15
役職行使の時間が過ぎて行く。
さっき、そっと涼香と二人で部屋の扉を開いて見ると、やはり廊下は真っ暗だった。
懐中電灯を手に、部屋の中から外を照らして見ると、階段の方もまた、真っ暗で灯りが無いと歩けそうもない。
洋館であることも手伝って、その雰囲気はかなり不気味なものだった。
涼香と知美は早々に外を見るのを諦めて、部屋の中へと戻って扉に鍵を掛けた。
涼香が、ため息をついて言った。
「これじゃあ、夜中に出歩くなんて至難の業ね。人狼陣営だって懐中電灯無しでは厳しいだろうし、これだけ暗かったらお互いにとって不利よ。部屋に籠っているのが、一番かもしれない。」
知美も同意した。
「ほんと。一人だったら怖いけど、数人で居たら最悪誰かは人狼の顔を知ることが出来るし、次の日に投票出来るものね。人狼も襲撃しづらいと思う。」
それでも、涼香は暗い顔をした。知美は、心配になって言った。
「どうしたの?」
涼香は、ソファに胡坐をかいて座って、言った。
「ほら…襲撃の決まり。人狼は絶対、誰かを襲撃しなきゃならないの。そうでなければ、全員が殺される。」
知美は、口を押さえた。そうだった…忘れていた。
「それって…じゃあ、絶対誰かが犠牲にならなきゃならないってこと…?」
涼香は、息をつきながら、ゆっくりと頷いた。
「ええ。でなければみんな死んでしまうわ。でも、誰かが死んだらいいなんてこれっぽっちも思ってない。狩人が護衛に成功してくれたらって思ってる。でも、人狼には襲撃してもらわなきゃとも思ってる。」
知美は、下を向いた。それは、皆同じなのかもしれない。誰か一人を差し出せば、明日もみんなで生き残ることが出来る。だがそうでなければ、みんなが死んでしまう…。
しばらく黙っている中、金時計がくるくると回っているのを見つめていると、涼香が、声を落として言った。
「ねえ」知美は、涼香を見た。涼香は、暗い瞳の色で続けた。「猫又って誰だと思う?」
知美は、ドキッとした。
「え、猫又…?どうして?」
涼香は、暗い表情のまま言った。
「だって、どうしても犠牲が出るのなら、猫又が一番だと思うの。人狼を一人連れて行ってくれるのよ?そうしたら、その繋がりから人狼だって芋づる式に出て来るかもしれない。私はだから、本当は猫又を知りたかったのよ。でも、人狼がそれを知ったら、絶対に襲撃しないでしょう。だから、そんなリスクは負いたくないと思って。」
知美は、どきどきとして来る胸を押さえて平静を装いながら、考え込むふりをした。
「そうねえ…グレーの中でなら、浩二さんと康介さんはあれだけ責められてもカミングアウトしなかったから違うでしょう?私は違うし、となると美久さんか佑さんか、拓也さんか謙太さん?」
涼香は、首を振った。
「美久さんは違うわ。共有者なの。」
あまりにさらりと言うので、知美はびっくりした。
「え、相方って、美久さん?」
涼香は、頷いた。
「ええ。だから私目線、あなたと佑さん、謙太さん、拓也さんの中に猫又が居るって思うの。もしかしたら、佑さんかなとか。」
知美は、驚いて言った。
「どうして佑さん?」
涼香は、鋭い目で言った。
「ほら、目立ってたでしょう、あの人。怖いからなのかなって最初は思ってた。でも、結構回りを見てるの。案外冷静。ってことは、わざとああしてるんじゃないかって。」
知美は、うーんと顔をしかめた。
「でも、猫又なら目立ったら駄目なんじゃない?怪しむ人が出て来るから投票対象に出来るから、人狼が噛まないじゃないの。猫又は、噛まれて役目を果たすんじゃないの?」
涼香は、フンと小さく鼻を鳴らした。
「だから、噛まれるつもりなんかない猫又ってことよ。ああして騒ぐことで目立って、残ろうとしてるんじゃないかなって思うわ。あっちこっち疑って人狼から煙たがられて噛まれることを願ってるんなら、こっちとしては嬉しいんだけどな。」
知美は、息をついて涼香を見た。
「結局推測ってだけなのね。そうかあ…残念。」
しかし、知美は本当はホッとしていた。自分はまだ、猫又だと疑われてはいないらしい。
すると、扉をノックする音が聞こえた。
「知美さん、居るー?」
真代の声だ。
知美は、急いで扉へと向かった。
「ごめんね、今開けるわ。」
鍵を開くと、そこには真代と、美久が立っていた。手には、懐中電灯を持っている。点灯していて、今の今まで使っていたようだった。
「ああ、よかった。想像以上に暗いの。こんなに僅かな距離なのに、すっごく怖かった。」
美久が、身を震わせながら部屋の中へと飛び込んで来る。真代は、おっとりと入って来ながら言った。
「窓はあるけど、遠いし今日は曇ってるみたい。廊下も真っ暗で驚いたわ。」
知美は、扉を閉めて鍵をかけながら頷いた。
「私達もさっき覗いてみて驚いたの。本当に真っ暗なんだもの。逆に人狼からもこっちが見えないねってね。」
真代は、頷いた。
「そうね。でも、暗いから灯りを着けずにいたら物置部屋にも自由に行けるよね。誰にも見られないもん。転がり落ちたら大変だけど。」
物置部屋…。
知美は、あの玄関脇の扉を思い出していた。鍵が掛かっていて、開かない扉。人狼にだけ、開く事ができるという…。
「男性達は、どうしているのかしら。うまく部屋に集まったのかな?佑さんか浩二さんの部屋に集まるとかだったけど、結局どっちになったのかな。」
涼香が、扉の方を伺いながら言った。真代が、首をかしげた。
「さあ。来る時には音は聞こえなかったわ。多分、あっちに人狼が居るんじゃないかな。だって、こっちには私達だけでしょ?涼香さんは共有者だし、優子さんは死んだ。知美さんは白だし、後は美久さんだけだけど、きっと人間だと思う。」
知美は、え、と真代を見た。
「え、どうして私が白だと思うの?」
真代は、知美を見て微笑んだ。
「占ったからよ。1番は人狼ではない、ってテレビの画面に出たわ。あなたは人間。」
知美は、口を押さえた。私を占ったの?!
涼香が、顔をしかめてイライラと言った。
「どうして知美さんを占ったの?他にもたくさん居たじゃない。佑さんは?康介さんもよ。知美さんは白いって私には分かったわ。そんなの、無駄じゃないの!」
美久も、困惑したように黙っている。しかし真代は、落ち着いて答えた。
「また、投票されたりしないようによ。優子さんは白いと私は思っていたのに、占ってなかったから殺されちゃったわ。ここで、みんなで楽しくしてたのに。私は、知美さんや美久さんがまたそんなことになるのはイヤなの。だから占った。これで明日から疑われずに済むわ。私は人狼でない人を助けたいの。だから、仲のいいお友達は占うわ。」
涼香は、一瞬ひるんだ。真代の目は真剣で、本当に知美を助けるために占ったのだろう。それが分かるので、すぐに反論できなかったのだ。
しかし、一瞬ためらったのち、涼香は言った。
「あなたの気持ちも分かるわ。でも、人狼を見つけて早く吊ってしまわないと、その知美さんだって襲撃で死んでしまうかもしれないのよ。そのためには、怪しい人を占わないといけないわ。早く黒を見つけて、終わらせないと。」
真代は、しかし現実を見ていた。
「…でも、私を信じてくれている人、どれぐらい居るのかな。白ならこのままグレランするかもだけど、黒なら信じられないとか言って意見が割れるんじゃないの?そうなったとき、グレーに残る知美さん達はまた投票対象になるかも。狼が票を合わせて吊られてしまうかもしれない。そんなのイヤだわ。」
真代は、自分が村に信じられていないのを知っているのだ。だが、初日の話し合いを見ていて、占われて白が出ていたらとりあえずは投票対象から外れるのを知った。だから、知美を占って結果を残そうとした。
真代なりに、仲間を守ろうとしたのだ。
それでも、涼香には納得できないようだった。
「あなたの気持ちは分かったわ。でも、明日からは私が占い先を指定する。郁人さんにもね。そこを占って。でないと、みんな死んでしまうかもしれないのよ。分かった?」
真代は、黙って頷いた。知美にすれば、それは有り難いことだった。だが、村に人間だと分かってもらえる役職の涼香には、それを証明できない人間たちの気持ちなど分からないのだろう。そう思うと、真代の優しさが嬉しかった。なので、知美は言った。
「でも、ありがとう、真代さん。私、占ってもらえると思っていなかったから、とても嬉しいわ。これで、私はグレーじゃないんだもの。吊られる心配はしなくていいものね。郁人さんも白を出したら、明日は間違いなくまたグレランだし、そうなったらもっと狭まって来て、確かに私も吊られる危険があったと思う。白圧迫って方法もあるぐらいだから、白でも黒でも結果が出るのは良い事だと私は思うわ。」
涼香は、軽く知美を睨んだ。
「白圧迫出来るのは、もっと人が減って来てからじゃないの?私は怖い思いをする人は、なるべく少なくと考えているのよ。普通のゲームとは違うの、実際に命を懸けて戦ってるのよ。人狼ばかりを吊って終わりにしたいと考えて、何が悪いの?その方が早くこんな生活から脱出出来るじゃないの。私達はね、死ぬことに猶予をもらっただけなのよ。わかる?本当なら死んでいるのよ。死にたくないなら、どうしても勝たないと。ギリギリ勝つんじゃなくて、余裕を持って勝ちたい。私だって怖い思いはしたくないわ。」
そう言って手にあるペットボトルからグイとお茶を飲む涼香の指は、微かに震えていた。
涼香も、怖いのだ。だからこそ、こうしてゲームに目を向けて集中しようとしているのだ。
そのまま、誰も口を開かないまま、夜は更けて行った。
人狼の襲撃時間は、もう過ぎていた。




