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その後、本当に浩二は知美の視界に入る場所には絶対に来なかった。
食事を摂るためにキッチンへと涼香に連れられて入って行った知美だったが、他の男性達はうろうろと食べ物を探したりして出入りしていたが、浩二だけは入っては来ず、そのまま食事を持って三階へと戻る時も、一度も出くわしたりしなかった。
どうやら、浩二は本当に必要以外は知美と顔を合わせないつもりらしかった。
そんな浩二の様子を見ていると、知美は自分がとても理不尽なことをしているような気になった。何しろ、覚えていないのだ。殺したという記憶もなければ、殺されたという記憶もない。ただ、浩二本人から殺されたと聞かされて、傷の様子から知美が浩二に殺されたのだろうと推測しているだけだった。
だが、浩二を見てうすら寒いものを感じたのも確かで、それが全くの間違いだとも言い切れなかった。
なので、知美は今の状況に甘えることにしていた。
涼香は、そんな知美の様子を見ていて分かっているのか、知美の部屋で女性ばかり集まって食事を摂りながら、言った。
「そんなに、気にすることはないのよ。真実はどうであれ、あんな変なことを言い出したあの人が悪いんだもの。謝りたいってことは、何かあなたにやったってことでしょう。だったら、あなたが離れて居たいって思うのも、当然のことよ。」
知美は、何とか笑って頷いた。それでも、なぜか心のどこかで負い目があった。
せめて、今日はあの人に投票しないでおこう…。
知美は、なぜかそう思った。
7時になり、一階へと降りて行った知美達五人は、既に揃っている男性達の間を縫って自分の席へと着いた。
夕方あれだけやり合ったのだが、もう意見も出尽くしたのか7時からの一時間は全く荒れることもなく、淡々としていた。
佑でさえもおとなしく落ち着いている様子を見せているのは、どこか不自然に見えた。
だが、あれだけ話したらもう、話すこともないということだろう。
そうして8時が近くなり、自然みんなが黙っているようになった頃、突然にモニターが、パッと点灯した。
「!!」
皆が驚いて四方についているモニターの、それぞれが見やすい位置を見上げると、そこは真っ青な画面が出ていて、時間であるらしい数字のカウントダウンが始まっていた。
『投票の時間が近付いて来ました。全員、20時になりましたら1分以内に投票を済ませてください。投票したい番号を入力し、最後に0を三回入力してください。』
その声は、あの男の声ではなかった。
まるで機械で合成したような、単調な女声がそう、告げていた。
「0:30。29、28…もうすぐよ!みんな、構えて。」
涼香が言う。
その言葉通り、数字がどんどんと減って来ていた。知美は俄かに緊張して震えて来る指を押さえ、腕輪が装着されている左腕をテーブルの上に乗せ、指を構えた。
…誰?誰に投票する…?
知美は、まだ迷っていた。急に豹変した優子は少し怖かったが、とても投票出来そうになかった。浩二には今回投票しないと決めている。佑は投票して吊られなかった時を考えると、自分が責められそうで怖い。謙太、美久は白い。となると、康介…。
康介の番号は、「5」だった。
『投票してください』
画面が真っ赤になり、0:00と表示に変わった途端、女声がそう告げた。
全員が、一斉に腕輪に向かって番号を押す。知美も、少しもたついたが、無事に入力を終えた。
『投票が終わりました。結果を表示致します。』
やっぱり結果が出るんだ…!
知美は、ドキドキとしてくる胸を押さえて、固唾を飲んでモニターを見つめ続けた。モニターは青く変わり、そこにはパッパッと上から順に表示が現れた。
1→5
2→7
3→2
4→5
5→7
6→9
7→5
8→2
9→7
10→7
11→9
12→5
13→7
そして、最後にその横に大きく、「7」と表示された。
「嘘!」
優子が、叫んで椅子から飛び上がるように立ち上がった。知美は、混乱していた。どういうこと…7って、優子さん?!優子さんが吊られるの?!
そこに居る全員がまだ理解し切れていないその時に、女声は言った。
『№7が追放されます』
全く、感情のない声だった。
その、機械仕掛けのような色のない声が、逆に皆の恐怖を煽った。もしかして…本当に処刑されるの?!
「いや!こんなのおかしいわ、絶対に嫌よ!」
優子は叫んで、扉へと駆け出した。
「おい!」
佑が、ためらいがちな声を上げた。佑自身も、何がどうなっているのか分かっていない様子だ。しかし優子は、扉の前で唐突に倒れた。
足が絡んで、転んだようだった。
「だ…大丈夫?」涼香が、やっと声を出した。「ちょっと、そっちの人、起こしてあげて。」
ぐるりと輪になっていて、扉の方角には2番から4番辺りが近かった。皆固まっているので、3番の拓也が仕方なく立ち上がって、転んだままの優子へと歩み寄った。
「優子さん、席へ戻ろう。どうなるのか、まだ分からない…」
拓也は、屈んで優子の肩に手を置いたが、そこで、動きが止まった。
そして、そのまま固まっている。
「…どうしたの?」
4番の美久が、そちらを見て言った。拓也は、まだ固まったままだったが、ゆっくりとこちらを見て、目を不自然に見開いたまま、言った。
「息をしてない。」
知美は、両手で口を押さえた。息をしてない…?息をしてないって言った?!
そこへ、また機械的な女声が告げた。
『№7は、追放されました。それでは、夜時間に備えてください。』
「どういうことだよ!」佑が、金切り声を上げて立ち上がった。「何が追放だって?!」
言いながら、佑も優子へと歩み寄る。拓也は、もはや放心状態で佑を見上げた。佑は、そんな拓也をぐいと押して避けると、優子の顔を覗き込んだ。
優子は、目を見開いたまま、じっと虚空を見つめて息絶えていた。
佑は、こみ上げて来るものを押さえようとしているようだったが、思い切ったようにその手首へと手をやると、指先で脈を探った。
そうして、呆然としたように、言った。
「…死んでる。追放だ。」と、ハッとしたように腕輪を見た。「これだ…これだよ!あの男が言っていた、あいつらは、これで優子さんを殺したんだ!あいつらは本気だ!」
知美は、気が遠くなりそうだったが、必死に踏ん張った。今気を失ってしまったら、夜中に人狼に襲撃されそうになったらどうやって逃げるのか。そう思ったら、とても気を失っている場合ではなかったのだ。
美久が、涙を流している。さすがに、涼香も声が出ないようだった。それでも、郁人が険しい顔でしっかりとした口調で、言った。
「最初から、あいつらが本気なのは分かってたじゃないか。とにかく、投票先がまだ出てる。あれをメモして、明日からのことに備えよう。今夜は狩人に頑張ってもらって、オレは怪しい奴を占うよ。だから、みんなもがんばって人狼を探して。でないと、もっともっと犠牲が出るんだよ。」
知美は、それを聞きながら涙が溢れて来るのを留められなかった。郁人が言うのはその通りなのだ。でも、優子は本当に人狼だったんだろうか。それすらも分からないまま、夜を迎えるなんて。襲撃しなければ皆殺しになるという事実がある限り、きっと人狼は誰かを殺す。こうして、あっさりと死んでしまった優子を見たこの中の人狼は、自分もそうなることを恐れて、必ず襲撃して来るはずだ。どうしたらそれを避けられるんだろう。どうしたら…!
ノロノロと回りがメモを取ったり、死んだ優子をシーツでくるんで運び出したりしているのを霞む目で見つめながら、知美はただ、怖かった。




