10
疲れたという真代は、部屋へ帰って休んでいたが、他の三人はまだ知美の部屋に居た。
最初涼香はここで寝たらどうかとみんながバラバラになることを渋ったが、今は人狼の襲撃もないから、と、結局真代は戻って行った。
もう時計は午後4時を指している。知美は、うーんと背を伸ばした。
「長いこと話してたみたいね。もう4時だわ。」
そう言われて、他の三人は時計を見た。箪笥の上に乗っているガラスのカバーの掛かっている金時計の、振り子がくるくると回ってそれに応えた。
「ああ…そうね。思えば肝心の怪しんでいる二人の話も聞かないまま、私達だけで話してしまってたわ。一度一階に降りてみる?誰か居るかもしれない。」
知美は、ためらった。確かに怪しんでいる二人の話は聞くべきかもしれないが、それでもまた浩二と顔を合わせるのが嫌だったのだ。
涼香は、それを見て同情したように言った。
「優子さんと知美さんは嫌かもしれないけど。でも、今も話したでしょう?これを早く終わらせるためには、私怨よりも人狼を探して吊って行くしかないの。そうしたら、ここからも出られるんだもの。最悪最終日までなんてなったら、村人の犠牲の数は大変なことになるわ。早くピンポイントに人狼だけを吊るのが、ここから逃れる一番の方法なの。それがつまり、あの二人と接しずに済む近道なのよ。」
知美にも、それは分かっていた。だが、一刻も早く顔を見ずに済ませたいと思うのは、きっと優子も同じのはずだった。
それでも、知美は渋々ながら頷いた。
「そうね。でも、話すのは無理。涼香さんか美久さんが聞いてくれていい?私は、それを聞いて判断するから。もう顔を見られたくもないような気持ちで。」
涼香は、頷いた。
「ええ、任せて。本当は私達だけで行って聞いて来た方がいいんだろうけど、ここはみんなで行った方がいいものね。真代さんも連れて来ましょう。それで、女子は一緒に行動して同じ情報を共有するって感じ。大丈夫、きっとみんな人間だもの。ね?」
涼香は、そう言って微笑むと立ち上がって扉へと向かった。知美は、しかしなぜかその微笑みに、別の何かを感じた。優子と美久が、それに続いて何の疑問もなく歩いて行く。その背を自分も追いながら、今の違和感はなんだろうと考えて、ふと、思った…涼香は、共有者だ。今唯一、人間だと分かっている役職だ。襲撃もされやすく誰よりも慎重になるし、同じ共有者以外は信じられないはずで、これまでの話を聞いていても、冷静で的確で、知美のように感情で白黒を判断したりしない。
それなのに、その涼香がそんなことを言うことに、違和感を感じたのだ。いくら仲良くなっても、その相手がどんなカードを引いているかまで、共有者には分からない。それなのに、みんなが人間だと思うから一緒に行動しようと言う、その言葉の裏には、別の何かがある。
もしかして、いろんな役職が混じっているだろうこの中で、多人数が一緒に居たら勝手な行動が出来ないだろうと思っているのでは…?
知美は、それに思い当たった。思えば、真代が部屋へ帰って寝ると言った時も、渋ったのだ。もしも真代が人狼陣営で、他の人狼と話をするために戻るのだとしたら、それをさせたくないと思ったのではと考えると、合点が行く。
つまり涼香は、皆を信じているどころか、信じていないからこそ一緒に行動しようと言っているのではと考えられたのだ。
そう思うと、目の前で笑い合いながら話しをしているその姿さえ、全くの嘘なのではないかと、知美は急に冷静になった。
涼香は、本当に生き残ろうとしているのだ。感情などは交えず、逆に他人のそれを利用して自分に有利に事を運ぼうとしているのだ。
そう悟ってしまうと、涼香が共有者で本当に良かった、と知美は思った。ここまで狡猾に進められる涼香を見たら、そうでなくても人狼ではと怖くなって吊ってしまっていたと思うからだった。
そんなことを考えている知美の目の前で、美久が真代の303号室の扉を叩いた。
「真代さん?ちょっといい?」
少し間があって、真代が眠そうに目をこすりながら、鍵を開けた音がした。そして、扉を開いた。
「どうしたの…?まだ時間じゃないよね?」
肩まである栗色に染められた髪が、寝ぐせになっている。美久は、申し訳なさそうに言った。
「ごめんね、寝てた?これからみんなで、一階のリビングへ行ってみようかって。疑われていた二人の弁明も聞いてなかったでしょう?やっぱり、人狼を吊りたいから、誰か居たら話だけでも聞いて来るかなって。」
真代は、目をこすりながら頷いた。
「そう。いいよ、行こう。もう結構寝たし、これで夜は眠らなくても起きていられそう。」
そう言って廊下へと出て来て、扉を閉めて鍵を掛ける真代を見ながら、優子が驚いた顔をした。
「え、眠らないの?」
それって、人狼ってことなんじゃ。
皆に戦慄が走ったが、真代は頷いて鍵をポケットに入れながら、すんなりと答えた。
「ええ。だって、私占い師だし、夜に襲われるかもしれないでしょう?誰かが殺しに来たら、隠れたり逃げたりしなきゃいけないもの。寝てたら簡単に殺されちゃうわ。昼間にしっかり寝るから、大丈夫。」
みんなそこを心配していると思ったらしい。そこが少し、やはりズレているのだが、真代は真代なりに自分の論理に忠実に行動しているのだ。言われてみれば、そうだった。夜しか襲撃時間がないのに、その夜に襲ってくださいとばかりにぐっすり寝ていたら、命がいくつあっても足りないかもしれない。真代の言う通り、昼に寝ておくのが一番いいように思えた。
涼香が、感心したように言った。
「まあ…考えてなかったわ。確かにそうね。私は、みんな一か所に集まって寝て誰かが見張りに起きてればいいかと思っていたけど、昼間は襲撃がないんだから昼に寝て夜起きてたらいいのよね。一瞬、人狼だから夜起きてなきゃならないのかと思ったけど、起きてた方がいいのは人間も同じだわ。」
真代は、それを聞いて顔をしかめて涼香を見た。
「え?涼香さんはまだ私が人狼陣営だと思ってるの?占い師だって信じていいのってさっき言ってたよね。」
涼香は、軽く顔をしかめた。もうそれに気付いていた知美には、しまった、という顔に見えた。だが、涼香はそのまま困ったように言った。
「もちろん、信じてはいるけど、でも私達から見たら本当に分からないのよ。あなたが怪しい行動をしたら、やっぱり違うのかなって思ってしまうわ。今のがそれ。夜に起きて居たいなんて、人狼なのかなって普通なら思うわ。でも、あなたの説明を聞いて、確かにその通りだって思った。意見って変わるものなのよ。」
それを聞いて、真代は階段を降りながら、うーんと考えるような顔をした。
「そうなのね…難しいわ。よく、分からないの。信じるって、もっと重い言葉なんだと思っていたの。本当に揺らがない気持ちがあって、やっと言う言葉って感じ。でも、変わるかもしれなくても、みんなは信じるって言うんだね。覚えておくよ。」
さすがの涼香も、それでグッと黙った。真代は、あまり言葉を知らないが、時々もっともなことを言う。確かに普通に生きていたら、信じるという言葉はそうそう使うものでもないだろう。そんなシチュエーションになることも多くないからだ。
だが、知美もあっさりと信じると言ってしまう時があるのは事実だった。真代にとっては、そんな軽いことではないのだ。
「なんか…考えさせられるわ。」美久が、感慨深げに言った。「そんな風に考えたことがなかった。でも、そうよね。信じるってそんな軽いことじゃないわ。私も、よく考えて使うようにする。」
美久がそう言うのに、涼香は何も言わなかった。優子も、黙って聞いている。
そうしている間に、一階のリビングの扉の前へと到着した。
先頭の涼香が、その扉を開いた。
そこのソファには、男性達が全員座ってこちらを見ていた。