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吉沢知美(よしざわともみ)は、誰かに揺すられているのを感じて、目を開いた。生暖かい空気が頬を撫でているのを感じる。重い体ではっきりしない頭を持ち上げて手をついて起き上がろうとすると、手は毛足の短い絨毯の、軽い反発を感じた。

「…?」

知美は、状況を把握できなかった。少なくても、ここは家ではない。

そう思った途端に、俄かに目が覚めて慌てて回りを見回す。

「気が付いた?」

聞き慣れない女声にそちらを見ると、そこには長いさらさらの黒髪を胸元まで垂らした、ツンとした美しさを持つ女性が膝をついてこちらを見ているのと目が合った。そこで、知美は、その女性が自分の肩を揺すっていたのを知った。

「あの…」知美は、戸惑いながら回りを見回す。「私、どうしてここに…?」

その女性は、ハアとため息をついた。

「あなたもなのね。」と、回りを指した。「他の人もなの。私は、町村涼香(まちむらすずか)。あなたは?」

知美は、しっかりとした口調の涼香に、自分もしっかり答えなければと、言った。

「私は、吉沢知美です。ここはいったい?」

知美は、側に転がった自分のカバンを見た。隣りには、会社帰りによく行くパン屋のビニール袋が落ちている。それを見た時、知美は俄かに思い出した…そうだ、自分はいつものようにアパートへ帰ろうとしていて。メロンパンを買って、駅へと向かった、それで…。

それで、どうしたんだろう。

知美は、絨毯の上に座り込んだまま、眉を寄せた。どうしても、そこから思い出せない。どうも、電車には乗っていないような気がする。駅までのいつもの近道に裏路地を歩いていて、それから…。

「みんな分からないみたい。私は、仕事の帰りに急いでいたのでタクシーに乗ったことまでは覚えているけど、そこから記憶が無いの。気が付いたらここで。」

知美は、自分と同じだ!と勢い言った。

「私も!私もそうなんです、会社帰りに駅へ向かって歩いていたのは覚えているけれど、そこからの記憶が無くて。」

涼香は、困ったように側に立つ男を見上げた。そこには、ガッツリとした体形の背の高い男が立っていて、同じように涼香を見返している。

他に人が居るとそこでやっと気付いた知美が振り返ると、そこには10人あまりの人が、バラバラに立ったり座ったりしていた。

そこへ来てやっと周囲の状況が目に入って来たのだが、そこは、どうも大きな屋敷のようだった。

大きな両開きの扉があって、それが外へ繋がる扉のようだ。

床一面には如何にも値が張りそうな赤い、細かいペイズリー柄の絨毯が敷き詰められていて、扉と対面になる位置には大きな、映画などで女優がドレスアップして降りて来るような階段があった。

そのアンティークな内装に合うように、家具も美しい木製の細工が細かい物ばかりで、ランプの傘ですら知美には分からないがかなり高価だろう天使のような女性が彫り込まれた色付きのガラスで出来ていた。

天井は高く、ここは恐らく玄関ホールになるのだろうが、そこには大きなシャンデリアが吊り下げられてあった。

ひとあたり知美が現状を把握するのを待ってから、涼香は言った。

「みんな、同じなの。目が覚めたのはあなたで最後だったけど、他の人達も同じことを言ったわ。みんな帰宅しようとしていたり、仕事の途中で記憶が途切れてしまってる。ここがどこなのか分からなくて、謙太さん達男性が総出で扉を開こうとしたけど、びくともしなかったわ。」

知美は、首を傾げた。

「謙太さん?」

すると、目の前の大きな男が自分を指した。

「オレだ。オレは、原謙太(はらけんた)。謙太って呼んでくれ。仕事中にトラックで寝てたところまで覚えてるんだが、気が付いたらここだ。」と、窓を顎で示した。「ちなみに、窓だって割ろうとしたが傷もつかねぇ。あんなデザインで一見弱そうだが強化ガラスみてぇだな。」

向こうに立っていたかなりの美形な男性が、近づいて来た。

「その子も目が覚めたんなら、他の部屋を見てみないか。外へ出られないなら、屋敷の中を調べてみるしかないだろう。食い物だって探しておかないと。それで、やっぱりその子の携帯電話も圏外だったか?」

そう言われて、知美はハッとして慌ててカバンをまさぐった。そうだ、私のスマートフォン…!

そこに居る皆が、半分あきらめたような顔でそれをじっと待っている。知美は、焦りながらカバンの中を引っ掻き回してスマートフォンを引っ張り出すと、すぐに画面を見た。

壊れてはいなかったが、表示は完全な圏外だった。

「駄目…機能は問題ないみたいだけど、圏外だわ。」

ああやっぱり、という空気が流れる。涼香が、息をついて立ち上がった。

「じゃあ、助けは呼べないわ。ここに居る13人で何とかしないと。とにかく今、(たすく)さんが言った通り、この屋敷の中を調べてみましょう。とりあえず、一階から見てみない?」

ここに13人も居るのかと知美が驚いていると、佑と呼ばれたイケメンな男が頷いた。

「ああ。」と、他の皆を振り返った。「今はバラバラにならない方がいいだろう。一緒に行こう。こんな所で座り込んでいても、事態は変わらないぞ。」

座り込んでいるのは主に女子だったが、皆疲れたように立ち上がって、それに従う。

他の男子達もぞろぞろと集まって来て、そうして謙太と涼香を先頭に、側に居る扉へと移動した。


入口横には、小ぶりな扉があった。

見るからにあまり重要ではなさそうな感じだったが、それでも謙太がその扉に手をかけて、開こうとする。

しかし、それはガツンという音がして開かなかった。

「ここも鍵か。なんなんだ、いったい!」

謙太が、苦々しげに言う。佑が、奥にあるひと際大きな扉を指した。

「あっちはどうだ?奥へ繋がってそうじゃないか。」

謙太は、ブツブツと文句を言いながらも、そちらへ足を向けた。

「あっちもこっちも鍵が掛かってたら、いったいオレ達はどうしたらいいんでぇ。腹が減って来てイライラするんだよ。」

それは、知美も同じだった。

家へ帰る前だったし、その時点でデザートにメロンパンを食べようと思うほどにはお腹が空いていたのだ。

今は、空腹を通り越して何も感じていない状態ではあったが。

謙太は、誰より一歩が大きいのでいち早くその扉の前へと到達し、その両開きの大き目の扉を、押して開いた。

鍵など掛かっていなかった。

そこには、大きな明るい広い部屋があった。

窓は大きく、その大きな窓にはこれまた大きなカーテンが掛けられてあった。

窓際には、窓を背に沿うようにずっとソファが置かれてあり、中央には大きな丸いテーブルと、その回りにはアンティークな椅子がたくさん置かれてあった。

入って正面に見える窓の向こうには、円形のガラス張りの建物が見え、どうも側にある扉からあちらへ抜けて行けそうな感じだった。

全体的にアンティークな設えなのに、なぜか天井からはテレビのようなモニターが吊り下げられてあり、それは四方の壁の全てにあった。知美は、円形のテーブルについたら、どこからでもテレビが見られるなあと呑気に思って見ていた。

そして、その部屋はこの、朝夕は冷え込む季節なのに、暖かく維持されているようだった。思えば玄関ホールでさえ、生暖かい風を感じた…あれは、間違いなく空調の風だ。

つまり、誰かがここに住んでいるということではないだろうか。

「すごく広い部屋…。」

後ろで、女性の声が言うのが聴こえる。後ろから入って来た男性の一人が、入って右側にある扉へと歩いて行って、そちらも開いた。

「こっちはキッチンだ。」

「なんだって?」

謙太が、急いでそちらへと向かう。本当にお腹が空いているのだろう。佑が、息をついた。

「それどころじゃないぞ、謙太。どういう訳でここに連れて来られたのかも分からないのに、勝手に食って毒でも入ってたらどうするつもりだ。」

謙太は、もうキッチンへと入っていて、そちらの方から声だけが聴こえた。

「腹が減ってるんだって言ってるじゃねぇか。お、すごいぞ!何だってある!なんてこった、おい、これだけあったらしばらく困らねぇ!」

涼香が、慌ててこちら側から言った。

「ちょっと謙太さん?!食べてないでしょうね、ここがどこかも分からないのに、勝手なことしちゃ駄目よ!」

すると、謙太のくぐもった声が返って来た。

「毒なんか入ってねぇよ!」

間違いなく食べているようだ。急に空腹を覚えた知美がゴクリと唾を飲み込むと、突然に機械的な声が言った。

『ここにある物は何でも食べて頂いて結構です。我々は食事に毒を入れるなど姑息な真似はしません。そんなことをしなくても、我々にはあなた方をどうにでも出来る能力があるのですから。』

驚いた知美が声の出所を探して顔を上げると、さっきまで真っ暗だったテレビのモニターに、年齢のよく分からない整った顔立ちのキリリとした男が、嘲るような微笑みをその顔に浮かべて四方からこちらを見ていた。

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