GWの逃走
気分の悪くなる記述があります・・・ハラスメント注意。
リンダさんの特訓に日菜の灰色の脳ミソも慣れて来たのか、はたまた毎晩の睡眠学習の効果が表れてきたせいなのか、CADを操るスピードも上がって来て嬉しい今日この頃だ。そんな好調で気分のいい爽やかな朝に、トーストに蜂蜜を塗ってウマウマと食べていた時・・。
特大の爆弾が投下されたのだ・・・母によって。
「あんた、GWにはお爺ちゃん家に手伝いに行って頂戴。お母さんは忌引きで休暇を使ってしまったから、GW中はずっと仕事だからね、代わりに働いて来なさいね。」
母が此方に目も向けずに言い放った、母方の爺さんの家は専業農家で、毎年GW中や夏休みに作業を手伝いに来いと五月蠅く要求して来るのだ。
他の家族はなんやかんやと理由を付けて、労働から逃れようとしているが、日菜はそれでも素直に小学校中学年ぐらいまでは派遣されていた。
しかし母の実家の爺は大変灰汁の強いジジイで、彼の男尊女卑具合にはいい加減僻僻して来たので、それ以降は父方のお婆様の家に単身避難していたのだ。お婆様がホームに入ってしまってから避難場所が無くなってしまったが、中3の時は受験を理由に逃げ切った。
昨年の高1時のGWには渋々手伝いに行ったが、大変に嫌な思いをしたので、<もう絶対に行くものか!>と心に決め、夏休みはパソコンを買う為バイトをするからとやり過ごした。時給0円で今時の若者が言う事聞く訳が無いのである、其処の所が86歳の老害には解らないらしい。爺は叔父さんに運転免許を取り上げられているので、此方まで押しかけて来れ無くなったので非常に助かっている。
「無理、今年のGWは6月の資格試験の勉強でずっと学校で練習するから。」
「何それ、今取らなきゃならない物なの?あんた手伝いが嫌で嘘ついているんじゃないの。」
端から信用が無いらしい。
「まずCADの基礎を取ろうと思って、難しいかなと思っていたんだけど、凄い先生がクラブに来てくれてね。凄く解りやすく教えてくれるんだ、就職にも有利だし・・・良いでしょ、お父さん。出来ればその先の2級、1級や3Dも狙っているんだ。」
「へぇ凄いな、1級は結構難しいぞ?」
そんな父との会話を、苦虫をかみつぶしたような顔で聞いている母・・手伝いに行かないと実家から嫌味を言われるのが嫌なんだろう。そのくせ自分は手伝いに行きたく無くて、シフトを無理矢理ねじ込んだに違いない、その辺の大人の事情はもう日菜にも解ってしまっている。
「資格試験だってお金が掛かるんでしょ、そんなのどうせ落ちるんだから払わないわよ。」
「お婆様のくれたお金を使うから大丈夫だよ、そんなに手伝いが必要なら兄さんを行かせれば良いじゃん。」
「お兄ちゃんにそんな事させられないでしょ!」
・・・・・・・・・・・キレられた・・・・。
*****
『日菜・日菜・・・目を覚ませ。』
明日から楽しいGW(予定のある人は)と言う明け方、のんびりと眠っていた日菜をリンダさんが起こして来た。う~~~~眠いですぅ。
『日菜を連れ去る為に、車がこの家に向かって来ているぞ。男が一人乗っている、襤褸なつば有り帽をかぶって、上下がつながった服を着ている若い男だ。知り合いか?荷台付きの小さな車に乗っている・・・あと10分程度で此処に着くぞ?良いのか?』
「ヤバい!隆志の奴だ!!ビンテージのユーズドのキャップがご自慢の脳筋だよ。爺の家の内孫で、爺を3倍に薄めた様な奴なんだ。」
何が何でも日菜を手伝いに駆り出したいらしい、冗談じゃ無い!断固断る!!
日菜はすぐに着替えると、リュックサックに制服や勉強道具、買い食いの為の小遣いなどを大急ぎで詰め込むと、よっこらしょっと婆臭く背負った。
玄関から出ると母親の見つかるだろう、しかし靴が無い・・・ベランダに有るサンダルで良いか!
日菜はベランダに出ると、サンダルをリュックの外側のポケットに突っ込み、樋を掴んで伝い下り始めた、少し下がれば物置の屋根に足が届く。物置にたどり着けば後は簡単だ、腹ばいになって出来るだけ地面に近づく様に足を延ばし、ブラ~んとぶら下る様に体を伸ばす。10センチ程飛び降りれば無事に着地できた。サンダルを履き、音がしない様に注意しながら自転車を取り出す。
遠くの方から、スピード違反で走って来る車のライトが見えて来た。
隆志だ!ギリギリセーフか!あっぶなっあ~。
大きな道を避ける様に畑の中の農道を無灯火で走って、紫色の朝焼けの中を日菜は静かに消えて行った。バイバイーーあっかんべ~。
ピンポーン。
「おい、日菜迎えに来てやったぞ。」
母の兄の息子、隆志は26歳の脳筋男だ。
日本の農業の為に働く勤労好青年だと本人は言うが、サーフィン好きなチャラ男で、農繁期以外は海に浸かってばかりいるので、たいして役には立っていない。
跡取り様と威張ってはいるが、自分の家以外では使い者にならない遊び人だ。農業関係者には独身男性が多いので、年若い日菜はレアもので、良いからかい相手で連れまわして優越感に浸りたいのだろう。
去年は無理矢理に酒の席に連れ出されて、ビールを注いで回れと命令されたり、灰皿が山盛りだ・・・気が利かない女だな・・・早く交換しろ・・とか、言いたい放題されてムカついたのだ。日菜があのサッカー部の美人マネージャーの様な美しい高嶺の花なら、あんなふざけた態度も取れないヘタレ共なのだろうが、残念な事に日菜はそれほど気を使う必要も無いモブ顔なので、普段の鬱憤を晴らすようなパワハラ(偉そうに命令して来る)セクハラ(言葉で・・色気が無い、胸が小さいとか。)三昧だったのだ。
オッサンに片足を突っ込んでいる奴らの3次元の下ネタは、2次元で鍛えていても辛いモノが有る、BLだって美少年・美青年・美中年・美老年だから許せるのだ・・・そうだろう?(美幼年はいないぞ!健全なのだ。)酒臭い酔っ払い共は日菜が大人しいから(相手をするのも馬鹿馬鹿しいからスルーしていただけだ。)いい気になって、言いたい放題のやりたい放題だった。そんな様子にも親戚の者達は笑って放置しているし、爺は女たるもの~~とか、訳の解らない説教を始めるしで心の底から、本気でウンザリしたのだった。
もう絶対手伝いなんか行かない!
兄さんは行かせようとしないのに、あんな親戚や爺たちに、日菜を生贄の奴隷の様に差し出そうとする母さんは・・ホントどうかしているよ!!
言う事なんか聞くものか、裏道を巡りながら日菜は逃亡犯の開放感を味わっていた。
「そうだ、リンダさん海は見た事ある?」
『私の祖国は島国だった、偉大なるランケシ王国。』
「じゃぁ海でも見に行こうか、此処は海から朝日が昇るんだよ~。浜辺が黒くて黒潮だから、海の色はリンダさんの所ほど綺麗じゃないかもしれないけどね。」
キコキコとチャリを漕ぐ事、小一時間・・・港に着いて、防波堤で日の出を待っていたら船がゾクゾクと入って来た。漁港が開いてセリが始まるらしい、賑やかな喧騒が響いてリンダさんが興味深そうに見ていた。・・・漁港は何処の世界でも似たようなモノらしい。
登って来た太陽にリンダさんは
『一つだけか?少ないな・・その分大きいようだが。』
「リンダさんの所はいくつ太陽が有るの?」
『太陽は6つで、月は3つある。太陽の運行の加減では年中昼間の様に明るい年も有った。』
「何か凄いね・・・。」
異世界に行った孫娘ちゃんに、UVカットのクリームを届けてあげたいと切に思う。
「あれ、不思議ちゃんじゃないか。こんな早くどうした?」
声を掛けられて振り返ると、先日の迷えるサッカー少年が、朝もはよから走っていた・・・日菜に気が付き足踏みしている。
「おはようございます~、朝日が昇るのを見るのが好きで~。部活前に走り込みですか?凄いですね。」
「暑くなる前に走っておくんだ、部活ではボールを運びたいからな。」
「そうですか、私もGW中はクラブ活動です。資格取りたいんで。」
「そうか、お互い頑張ろうな。じゃ、あとで学校で。」
そう言うと、サッカー少年は爽やかに走って行った・・たったったっ・・。
「学校で・・・会う事もないだろうけどねぇ。」
なんでわざわざ声を掛けて来たし?
『其方の恰好・・どう見ても家出して来た様に見えたからだろう。』
そう言えば足元はサンダルだった・・しかもいわゆる便所サンダルだ。
「まぁ、プチ家出だけどね。適当に帰って、ロフトにでも隠れるよ。」
コンビニで適当に朝ごはんを調達して、リンダさんに市内の名所や穴場など、彼方此方と案内しながら時間が過ぎるのを待ちつつ学校に向かった。
・・・・のだが・・・・・・・。
その学校に隆志の奴が待ち伏せしていたのだ、駅前の公衆トイレで制服に着替えた日菜が油断しきって校門に近づいた時だ。
「日菜の癖に手間かけさせやがって、これはお仕置き確定だなぁ。」
いきなり腕を掴まれて、捻じり上げられ髪まで掴まれた。
爺の家は基本DV気質で、隆志はDQLの糞ッたれなのだ。
「きゃぁーーーーっ!助けて襲われてるーーーー!!!!!」
人通りは少ないが、一応駅には近い立地の学校だ、セ-ラー服の女子高生が攫われる由々しき事件に見えたのだろう、何だなんだと人が集まり始める。
「ふざけんなテメー。」
「痛い痛い、腕が折れるー!いやあーー!たーすーけーてー!.」
駅前に交番が有るからね、いつまで粘るつもりだ隆志よ。
それでもしつこい脳筋男の隆志は、停めてあった軽トラの助手席に日菜を押し込もうと引きずり始めた。
「なにやってるんだよ、嫌がってんだろう放せよ!」
おぉう!
悩めるサッカー少年ではないか、サッカー部の登校時間なのかガタイの良いのがぞろぞろ集まって来てくれた。日菜の掴まれた髪を離す様にと、隆志の腕を掴んでくれた、ねらい目通りに掴んで来た腕を振り払う為に日菜の髪から手を離した。髪が抜けたぞ、乙女の髪をどうしてくれる!
悩めるサッカー少年と脳筋でDVチャラサーファーである隆志は日菜を挟んで睨みあっている、ううう~~~サメに挟まれたアジの気分だ。
助けて下さるのは大変に有難いのだが、しかしながら大事な大会を控えている皆さんに、怪我をさせる訳にはいかないし、スキャンダルは命取りだ・・・どうしたものかと逡巡していたら救いのヒーローが颯爽と現れた。
生活指導の鬼・・中川原利通先生・・中年の地理の教師ながらも190センチ近い巨体を持って、学校に居るごく少ないが<アレ>な生徒たちを絞めている校則順守の権化だ。ちなみに柔道部の顧問でもある、その昔は全国大会で名を馳せたそうだ・・知らないけど。
「おまえ、山本隆志じゃあないか・・卒業生がウチの生徒に何の用だ、掴んでいる腕を放せ。ああぁ?事と次第によっちゃあ~先生許さんぞぅ。」
そう言えば隆志の奴もこの学校の卒業生で、当時から問題児のチャラサーファーだったので、生活指導の先生も良く覚えていたらしい。
日菜が涙ながらの演技でマヤって(恐ろしい子・・って奴だ。)親戚や隆志の悪行をここぞとばかりに言い募ったので、ギャラリー達はドン引きしたし、隆志はガッツリ説教を食う羽目になった。
「あぁっ!親戚とは言え酒の席にウチの女生徒を連れ出して、キャバクラの姉ちゃん代わりにするとは良い度胸じゃぁ無いか。未成年にさせる事じゃないだろう?」
キャバクラのお姉様ほど接待のスキルも、華も無い日菜だが・・自覚しているからこそCADオペを目指しているのだ。
先生は隆志の黒歴史も多数握っているらしく、
「お前、解ってんだろうな・・ウチの生徒を泣かすんじゃないぞ。じゃないと先生口が軽くなってしまうかもしれないぞ・・・お前の三角関係・黒いラブレター事件はこの学校では校内伝説だぞ?うん?お前が出典元とは知られたくは無いだろう?サーファー仲間には特にな・・そうだろう?そうだよなぁ?」
なになに?それ・・・凄く聞きたい。
先生が893にしか見えないのは何故だろう?
隆志は先生の言葉に震えあがって、脱兎の如く逃げて行った・・・先生、ありがとうございます!
先生は日菜はこれから就職に向けて検定を受けまくるので、其方の家には手伝いに行かれないと、隆志の家に電話を入れておくと約束してくれた。
何でも先生は、<中川原ノート>と言う過去何十人分のファイルを持っていて、卒業生を含む生徒指導に役立てているのだそうだ。
校門の前で大騒ぎしてしまったので、サッカー部の人や皆に心配を掛けてしまって申し訳ない気分だ・・多分後で巫女様達のお小言を頂くだろう。・・・運動部の暴力系スキャンダルは大事になってしまうからね。日菜は皆さんにお礼を言いながらペコペコと頭をさげつつ、その場をフェードアウトして行った。
それにしても、長年の悩みが一瞬で解決してしまってビックリだよ。持つべきものは良い師だねぃ、有難くて涙が出ちゃう・・・だって日菜なんだもん。
『その通りだ、ではしっかりと学習しようか?』
そうだね、いま得るスキルは将来の飯の種だ。
「宜しくお願い致します、リンダ先生。」
日菜は気分も軽くなり、張り切ってパソ教室に向かったのだった。