リンダさんは鬼教官
その後の授業中はずっとリンダさんは数学の教科書に張り付いていた、微分積分だとかの謎の暗号が面白いらしい。日菜には何が面白いのやら、サッパリ解りかねるが・・魔術師と言う職種の人物は総じて理系な頭脳を持っているようだ。
さて、放課後は<パソコン部>の活動である。
基本活動日は週2日と言う緩い部活なのだが、部の機材・・パソコンや各種ソフトを使う事は許されているので日菜は毎日通い練習に余念がない。今日び事務職はワードやエクセル、その他パソコンを使いこなせる事が必須なので、就職希望の日菜には是非会得したいスキルだからだ。高2になる日菜は既にワープロ検定の2級は取っているのだが、卒業までには特級を取れれば良いと思っている(思うのは勝手だからだ)。
更に取得したいのはCADの資格だ、CADオペレーターはひたすらコマイことをチマチマチマとやっていれば良いイメージなので、対人関係の苦手な日菜には向いている職種だと思ったのだ。新しい建築や機械を生み出す様な才能は元より無いと自覚している日菜は、裏方バンザイ、これぞモブの生きる道と心得ている。しかしCADオペの試験は難しいので、出来れば卒業までに利用技術者の2級くらいは取りたいと思っていた。
『それはなんだ、面白そうだな。』
理系大好きのリンダさんが食いついて来た、何たって触手を伸ばして自らパソを検索するような玉だから、こんなものには興味が湧くのだろう。
『これはCADって言って、図面を作れるツールなんだよ。』
『図面だけ作るのか?』
『建物や機械を作る様な、専門知識を沢山必要とされる仕事は<設計士>って人が別にいてね、その人たちが書いたラフを綺麗に整えるような仕事かな?正確に、間違えの無い様に作らなければならないから、中々難しいんだよ・・・資格試験も学科と実技が有ってね。』
『ほう、興味深い・・・その教本の上に眼鏡を置け。内容を精査したい。』
はいはい・・・その時には、軽い気持ちで言う事を聞いてしまったんだ。
あんなことに成るとは思わなかったからね・・・。
リンダさんを好きにさせて、日菜はCADの模擬試験の問題にチャレンジする、操作に手間取って時間内に終わらないのが悩みの種だ。熱中していれば、あっという間に時間が過ぎてしまう・・・日菜にとっての仕事とは<子供の頃からの夢をかなえる>とか、<社会の為に役立ちたい>・・・とか、そんな大層な事では無く、ぶっちゃけて言えば要するに飯の種だ。稼げるようになって、窓が有るロフト付きのワンルームマンションで一人暮らしするのが当面の夢で目標である。
夕日が窓から入り込んで来て、閑散としたパソコン教室に長い影が落ちている、下校を促す放送が流れて来たので、日菜もパソを落として帰宅の準備を始めた。・・・ううぅむ、今日も時間内に課題が終わらなかった。
『リンダさん、教本はもういいかな?それは学校の本だから持って帰れないんだよ。』
『ふむ、このような簡単な作業手順書、この偉大なる・・・』
『はいはい、優秀で良いよねリンダさんは。日菜なんて覚えるのが大変なんだよ、自分の脳ミソの出来が恨めしいよ。』
生まれつき美人やハンサムがいる様に、頭の出来がよろしい人も一定数いるようだ・・・医者でありながら、弁護士資格を持っている人もいる様だし、小説を書いて人気を博している人もいる。そんな事を、世の中不公平だと嘆く元気も既に無いが、乾いた砂に水を吸い込ませるように物事を覚えられる人は、正直言って羨ましい・・・日菜など夕立の後のアスファルトの様に、中々知識が吸い込まれて行かないのだ。
「さてさて帰りますか?リンダさん何処か寄りたい所は有るかな?登校中に気になったお店でも有ったかい?」
『電気屋とか言う処に寄ってみたい、この世界の魔術具が有るのだろう?』
「同じフロアに百均も有るから良いよ~、一人暮らしする時の家電製品も見たいしね。」
早めに帰って母親とサシになるのも気が重い、日菜は寄り道をしながら帰ることに決めた。
そんな事を話しながら、教室を出て昇降口に向かったら・・またまた人垣に囲まれた。今日は嫌に人に囲まれる日だな・・・危機感も無く、ボケッとしていたら、その中でも飛び切りな美人さんの人が話し出した、何でも彼女はサッカー部の美人で敏腕チーフマネージャーなのだそうだ。
「貴方の言葉が気になったものだからね、大高君に足を医者に見せる様に進めて(半ば強引に)受診させたのよ。足のレントゲンを撮ったらひび割れが確認されたわ、このまま練習していたら疲労骨折になっていた所だったそうよ。」
「はぁ・・・それは・・・。」
「幸い発見が早いから、シップをして3週間も安静にしていれば治るそうよ。まだ予選が始まる前で良かったわ。」
「それは、お役に立ったようで何よりです?」
「それで、チョッと来て欲しいんだけど。」
欲しいと言う割に強引で、両腕を掴まれて連行される・・・冤罪だ~~私、何も悪い事していないよぉ。連れていかれたのはサッカー部の部室で、部室と言っても臭いロッカーが有る訳では無く、黒板やイスが沢山有って、何だか作戦会議をする部屋の様だった。流石スクールカーストの上位者の部屋、学校側も金を掛けているねぇ・・パソコン部との格差に凹みそうになるよ。
「この子が不思議ちゃん、ピッチの中にいる大高君の足の不調を見破った人。」
なんだその紹介は、何かホーリーっぽくナマステ~みたいに挨拶してやろうか。しかし大高と言う超高校級の人物を拝見したが、ピッチの中に居る時の様にビッカビカに光ってはいなかった・・いたって普通の光り方だ。どうやら光り輝く者は、己に相応しい場所でのみ燦然と発光するもののようだ。その事を話したら、部員たちに微妙な顔をされた・・だって本当の事なんだもの仕方ないね。
美人さんに他に気が付いたことは無いかと促される、どんな些細な事でも良いから・・と。
日菜は困った、サッカーの知識は11人でするくらいで、オフサイドとか聞いたことはあるがどんな状態なのかはサッパリ知らないド素人だ。地元に大きなスタジアムが有る割に、小学校の時に社会科見学で行ったきり興味も無く過ごして来たお祭り騒ぎが苦手な女である。
「え~~~と、『困ったよリンダさん、どうしよう。』そうですねぇ。」
答えに窮する日菜にリンダさんが助け舟を出してくれた、光をもっと詳細に見える様に細工?調整?してくれたのだ。
「この部屋で、一番頭の部分が光っている人はこの人です。頭を使った・・戦術とか?全体を見回して判断をするのが得意では有りませんか?」
「それから、しつこいのはこの人でしょう?何だか光の色が粘着系で、一度張り付いたなら剥がれなそうな感じ?」
言いたいことを言い出したら、部員の顔つきが更に変わって来た。
「大高さんを覗いて、光が強いのはこの人とこの人・・次にはこの二人。」
見えている通りに悪気無く話す・・・無理やり連れて来て尋問して来たのはそっちの方だ。不愉快な結果なら、信じなければいいだけだ。もう帰って良いですか・・そう言いそうになった時。美人さんが、もう一つだけ聞きたいんだけど・・この人はどう思う?そう言って後ろに立っていた人を日菜の前に連れ出して来た。
スポーツ刈りが伸びてツンツン毛が立っている色黒な男の子、体が大きくて壁の様に見える人だ。あれ?どこかで顔を見た事が有るかな?緑色のジャージ、同じ学年の子の様だ。
日菜は彼に正対するように体を向けると、しげしげと不躾に眺めまわした・・結構なイケメンを鑑賞できるなんて良い機会だ・・・じ~~~っと見つめる・・見つめる・・見つめる。
彼は極まりが悪そうに視線を逸らせて、まるで視姦をされている乙女の様だ・・・ご馳走様。
「何か胸のところに、堅い殻の様な物が有って・・・光が湧き出すのをセーブしているみたいです。なにか凄く我慢している事とか有りませんか?光は出たがっている様にも見えますが・・・心当たりは有りませんか。」
これにも部員全員+マネージャーたち、いつの間にかいた顧問の先生やコーチ達が難しい顔で、何やら腕組をして考え込んでいる。何だか騒動を引き起こしたのかな?
「他に気が付くことも有りませんので・・・失礼しま~すぅ。」
日菜はそ~っと後ずさりをして、部室から出て行ったが、誰も気付く事無く・・難しい重苦しい雰囲気は続いていた。
『何だったんだろうね?』
『メインの戦士が故障したので、替えをどのように構成するか考えているのだろう。』
『リンダさんの世界でもサッカーの様なスポーツが有ったの?』
『その様な無駄に腹が減る様な訓練をする余裕は無かった、戦士や戦う構成と言うのは、軍が魔獣とやり合う時に必要になるものだ。』
ううう~~~孫娘ちゃんの無事を祈るよ。
その後、リンダさんの希望通り大型家電製品の店に行き、一回りして説明をして差し上げる。リンダさんの世界では、このような家電品の代わりを平民の人達が人力で担っていたので、大変な労働だった様だ。手指の荒れていない人はいない様で、この世界の平民は恵まれていると話していた・・平民しかいないけどね。家電品を堪能した後は併設されている百均で、文房具と汗拭きシートを買って、お店の前のソフトクリーム屋でバニラとチョコのミックスを食べて居たら、髪がツンツンした男の子が自転車で近づいて来た。
「さっきはどうも・・・。」
「どうも・・・・・・・。」
日菜がオ~ラ診断?で、何か我慢しているんじゃないのか?と指摘された子だった。
彼は自らもソフトクリームを買い求めると、日菜の座るベンチの隣に・・一人分開けて座った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・気まずい・・・。
「俺、我慢しているのかなぁ。」
彼は勝手にぽつぽつと話し出した、彼と<超高校級の大高源吾さん>とは、幼いころからサッカー仲間で、常に彼の目の先を走る・・・いつかは追い付き追い抜きたい心のライバル(勝手に思っている。)なのだそうだ。地元のプロサッカーチームのユース(なんだそれ?)でも、一緒に頑張って来た戦友でありライバルで・・そうして大事な先輩なのだと言う。
「大高先輩はスター選手だ、ボールは常に先輩に集められるし、攻撃の起点も先輩だ。おれはいつも先輩をアシストする事を求められてきた。」
攻撃の起点?アシスト?・・・すまんが・・サッパリわからん。
「プロになるには、スカウトの目に留まることが大事なんだ・・でもこのままでは、俺は自分をアピールする場面が与えられない。」
答えに窮して、せっせと・・とソフトを舐める・・ソフト美味い。
「こんな話して悪かったな・・。」
日菜はフルフルと顔を振ると、
「サッカーの事はサッパリ解りませんが、味方が点を取れれば勝つのでしょ?それが一番大事な事なんでしょう?大高さんは確かにベッカベカに光っていて凄いと思いますが、凄ければ凄いほど敵は研究して対抗策をブツけて来るのでは?大高さんを囮にして、他の人が点を取るとかもしたら良いんじゃないですか、大高さんの為に他の人がいるんじゃなくて・・・11人の中の一人なんでしょ?勝たなければ話にならない訳で。」
日菜の言葉に、驚いた様に目をむくサッカー少年。
「素人が生意気な事を言って御免なさい、ただ大高さんに負担が集中したから足の負担も有った訳で・・良く解らないけど、チームプレーなスポーツなんでしょ?サッカーって。」
しばらくサッカー君は考え込んだように、手の中でソフトをクルクルと弄んでいたが(ソフトが垂れる、早く食え!!)何か吹っ切れた様にニカッと笑うと。
「ありがとな、不思議ちゃん。」
日菜にお礼を言うと、ソフトを一口で食べきり(あんなに有ったのに一口だと!)自転車に乗ると凄いスピードで去って行った。
『何だったんだろうねぇ・・・・。』
『悩み苦しんで未来に前進するのは、生きる者の特権だ。』
そんな特権なんか要らないし~~~ぃ。
7時過ぎに家に帰り着くと、既に母親はお風呂中だったので、着替えて冷蔵庫にラップされていた夕食をチンして食事を済ます。3分も有れば食べ終わるので、食器を洗っていると母親が出て来た。
特に会話も無く、交代で風呂に入ると氷入り麦茶を持って自室に入る・・・暑い。
『さて、特訓を始めようか?其方CADの利用技術者・基礎を取りたいのだろう?』
「へ?」
『これでも私は魔術師長として、若手の育成・指導に定評があった男だ。この私に指導されて、ひとかどの人物になれなかった者などおらん。基礎だけと言わずに2級。更に1級まで収めて3次元CADまで取得せよ。』
「え?えええ・・・なんで、そんな資格の級まで知って。」
『時間はまだある、来年の9月。高校生の就職解禁日までに、出来るだけの資格を取るのだ・・取れるな。まずは6月に基礎を取るぞ、夏休み中に2級、11月には1級に挑戦だ。』
ひえぇぇぇぇぇ~~~~~。
・・・・リンダさんの教え方は、直接脳ミソに叩き込む?焼き付ける?様で、大変に厳しいのでした。人は脳の一部しか使っていないそうで、脳を可能な限り活性化すると魔術が使えるそうですよ・・寝ている間も、勝手に脳にダウンロードしているようで・・・眠った気がしないのだが。
頭の中で検索を掛けると、必要な項目が浮かんでくる・・凄く便利だけどさぁ、資格が取れる前にぶっ倒れるんじゃね?
そんな危機感を持ちながら、リンダさんの特訓を強制的に受けさせられる日菜だった。
昔・・睡眠学習とか言う、怪しげなカセット(古)が流行ったものですが・・・あれはどこいった?