私・・見えるんです
あっと驚く・・・・。
無事ミッションを完遂し、自宅に帰り着くと洗濯物が良い具合に渇いていた。
日菜は大量の洗濯物を取り込むと、それぞれに畳んでタンスに仕舞い、皺になっている制服やYシャツなどにアイロンをかけ始めた。暑い時期には嫌な仕事だ、麦茶を飲み飲みアイロンをかける。リンダさんはまだパソコンにしがみ付いていたが、そろそろ家族が帰って来るからと引きはがし、代わりに世界遺産のDVDなどを鑑賞させておく。夕方のテレビとか、この頃は碌なニュースなど無いからね・・わざわざこの世界の悪いところを見せることも無かろう・・そのうちバッテリー切れして消え去る運命の様だから、せめて綺麗な物を見せてあげたいと日菜なりの思いやりだ。
玄関のドアが不機嫌そうに開いて、日菜のいるリビングに母親が入って来た。両手にスーパーの袋をぶら下げている、自分で買い物を済ませた様だ。
「お帰り~~、麦茶飲む?」
「あんた、何で買い物サボったのよ。」
荒れているようだ。
「お金無かったし、仕方ないね。」
「沢山持っているじゃないの。」
やっぱりお婆様のお金を当てにしていたのか・・・。
「お婆様は日菜の将来の為に使いなさいって言ったから、記憶に残る様な使い方をしたいと思って。」
「金は金でしょ。」
フンッと鼻で笑うと、母は着替える為にリビングを出て行った。
『其方の母親は、気難しい質なのか?』
「どうなんだろうねぇ?更年期になると色々きつくなるらしいけど?」
自分の身体も、周囲にも・・・だ・・・。
「リンダさん、喋ると拙いよ。皆に聞こえちゃうよ?」
『ふむ・・これでどうだ?』
「何これ。テレパシー?頭の中で聞こえるよ?」
『其方も頭の中で答えてみろ、黙読の要領だ。』
『OK、聞こえる?リンダさん。』
リンダさんを棚の隅に目立たぬ様に移動する、高い位置なのでTVは見えるだろう。日菜は買い物袋の中身を冷蔵庫へと仕舞って行く・・肉が数点あった。いくつかは冷凍保存するのだろう、それは日菜が決める事では無いので取り敢えずチルド室に仕舞う。
「お母さんもう疲れたから、今日はお風呂入ってもう寝るわ、あんた適当に夕飯食べて。」
「解った~、お疲れ様です。」
既にご飯は炊いておいたので、納豆に卵を入れた<納豆卵かけご飯>で良いだろう、買い物袋に明太子も有ったのでそれも開ければ十分だ。日菜は納豆を十二分にかき混ぜて、ネバネバをフワフワにする主義なので力一杯かき混ぜる・・・もう、一心不乱にかき混ぜる。いつまでもネチャネチャやっていたら。
『いい加減にせんか・・・貧相な食事だな。』
リンダさんに言われてしまった・・取り消せ!納豆も卵も栄養価は高いのだぞ!
日菜と母親の関係は、反抗期と更年期がブッキングした為なのか・・・それとも、もっと年少の頃からそうなのか?今ではもう解らないが、小さな齟齬が積み重なって余り良好な関係とは言えない感じになっていた。
母親はいつでも日菜より3歳年上の兄を優先して来たし、日菜には余り時間もお金も掛けずに育ててきたように思う。確かに兄は日菜より色々と出来が良くて、自慢の息子なのだろう・・・今も県内の国立の大学に下宿から通っているし、顔も母親似で今時風のイケメンなのだった。
日菜は父親に似てしまった、愛想の無い顔で黙っていると<怒っているの?>と聞かれるご尊顔なのである。・・・よく考えると、これは隔世遺伝で<お婆様>に似ている事となるのだろうが、それも母親には気にいらない事なのだろう。また母親の実家は農家で・・・長男第一主義というか、古い昭和の匂いも香ばしく<女に金を掛けてもしょうがない>とか<勉強させると生意気になるだけだ>とか言われながら育ったらしい。その事に不満を抱えて居るらしいことは、たまに行く収穫の手伝いの時、態度の端々に感じられている。
多分・・母は自分より恵まれている日菜が気に入らないのだ、羨ましくて妬ましくて、過去の自分が可哀想で・・どうにも心のおさまりが付かないらしい。
こんな風に日菜が思える様になったのは、<お婆様の言葉>を聞いてからだった。
【日菜さん、大人はその大きな体の中に、小さな子供の頃の可哀想な自分を抱えて居るものなんだよ。その子を満足させてあげられるか、その子の不幸に引きずられてしまうかは・・その大人の心掛け次第なんだ。】
母親の心の問題は日菜にはどうする事も出来ない話だ、昔は仲良くなりたいと歩み寄ろうとした日菜だったが、反抗期を迎えた今は静観の構えでスルーしている毎日だ。
『孫娘ちゃんの様に仲良しな家族の子が<巻き込まれ召喚>されて、自分みたいな者がこの世界に居座っている・・・何だかおかしな話だよね。』
『いなくなれば気に病んで探す、親などそうしたものだ。』
不意にリンダさんに話しかけられて、驚いて飛び上がってしまった、この家で日菜の話にまともに答える者など居なかったから・・。
『そんなモノですかねぇ?リンダさん。』
『そんなものだ、日菜よ。』
******
さて、月曜になれば学校に行かねばならない、お弁当も作って準備は万端なのだが・・・学校に目立つビー玉は持っては行かれない。ポケットに忍ばせる事は出来るが、それでは外が見えないとリンダさんが文句を言う・・我儘だね。
『私は外を見てみたい、この家はもう見飽きた。狭い家だな、平民の家でももっと広いぞ。』
『悪うございましたね。』
『・・・む?そこにあるガラスの小さな窓みたいなのはなんだ?』
『これ?パソコンのブルーライトを防ぐ眼鏡だよ、こんな風に顔に掛けるの。』
実演すれば話は早い・・日菜は目は良いので、パソコンに向かう時にしか掛けない代物だが、放課後のクラブ<パソコン部>の活動の時に使う様にしているのだ。
『ふむ・・それを此方に持って来て、窓の表面とこの魔術球をくっつけろ。』
要求の多い玉だな、魔術球と言うのか・・玉じゃん、やっぱり。
不思議な事にくっ付けた途端にパアッと光って、眼鏡に吸収されたように玉が消え去った。
『どう言う事?』
『その窓に移ったのだ、これで私も外に出られる。ほら、学問をしに行くのだろう早く出かけろ。』
リンダさんは外に出るアイテムをGetしたようだ。
県道の隅に有る、自転車専用道路を爆走する。
リンダさんの我儘に付き合っていたから遅刻しそうなのだ、必死に漕ぐから汗でメガネが曇って前が見えない。ハンカチで拭こうとしたら、リンダさんがくすぐったいと騒ぎ出す、人を痴女扱いしてふざけた眼鏡だ。
リンダさんが何やら魔術を行使したのか曇りが取れた、ナニコレ便利じゃないのさ。リンダさんは県道を走る車に興奮して騒いでいる、どのような原理で走るのだと質問して来て喧しい。家に帰ったらパソコンで調べるが良いよと言ったら、それもそうかと納得した様だ。
畑と森と車・・田舎道をひたすら走って学校を目指す。汗を流していたら突然周囲の空気がひんやりと涼しくなった、リンダさんがしてくれたらしい。
「リンダさん、有難いけどそんな事したらバッテリーが切れちゃんじゃないの?」
『バッテリー?魔力の事か?心配は無い、少なくはなったがまだ100年ぐらいは持つ容量は有る。』
「はぁあ~~?私そんなに長生き出来無いよ。後70年もしたらお陀仏だ。」
『ふん、肉体は儚いものよな。』
そんな話をしながら学校まで爆走し、裏口から入って駐輪場に自転車を止めたら・・・驚いた。
「なに・・・あれ・・・・。」
生徒たちの身体の周囲に、光る靄の様なものがまとわりついているのが見える、それは濃さも光の強さも色もまちまちで、千差万別な光の奔流だった。
『生体から発せられる力の具現化だ、私自体が力を濃縮した様な物だからな。自他を判別するには生体エネルギーを感知するのが手っ取り早いのだ、私の影響で其方の窓でも見えるのだろう。その眼鏡だったか?外せば見えなくなる。』
これって・・オーラ?
『オーラ・・・人の内面から湧き出るエネルギーの事、生体エネルギーとも言われ、個々の身体から特有の波長となって発せられるもの。個人の状態によって発せられる色が変わり、状態の異常の判断にも役立つ。』
「国語辞典にそんな記述があったの?」
『いや、世界の不思議辞典だ。』
・・・・・さようですか・・・・。
「日菜おはよう、何ブツブツ言ってるの。」
「あぁ、おはよう。同じクラスで友達の智花ちゃん。」
「何その説明臭い挨拶は、早く行こうよ学活始まっちゃうよ。」
智花ちゃんのオ~ラは彼女自身を表すような明るい黄色で、優しい雰囲気を醸し出している。流石クラスの人気者で、男子からの好感度が高いお嬢さんだ。日菜は自分のオ~ラの色がついつい気になって、恐る恐る手を見たら・・・それは深い銀色の様な灰色な様な曖昧な色で・・・シルバーと言ったら聞こえは良いが、落ち着いているのか冷めているのか、あんまり若いお嬢さんの色では無いのでガックリとした。
ガッカリしつつ校舎に向かうべく歩き出したら、フェンスの向こう・・・新しく作られたサッカー場を見て驚いた。ベッカベカに光る何かが走り回っているではないか。
「あれ・・・何?」
「え?日菜が男子に興味を持つなんて珍しいね、あの人がサッカー部のエース、高校生にしてU-18日本代表に召集されそうだと呼び声も高い大高源吾さんだよ。頭も良いんだよね、部活しつつも特進コースで成績上位らしいから。」
へえ~~~~~~。
と、感心してはいるが、光が強すぎて肝心の<大高源吾>さんの姿は見えない。オーラの光が強すぎて本体が見えないのだ、流石出来る男と言う奴だな。・・・でも、あれって?
『ねぇ、リンダさん・・あの光っている人の・・何だろう?右の足首あたりかな、チョッと光が薄れていて気持ち暗くなっていない?』
『ふむ、其処だけ生体エネルギーが弱っている様だな。怪我でもしているのだろう。』
え~~~?それって拙いんじゃぁ無いの?
始めて見る光景に驚いて、フェンスにしがみ付いてガン見していたから悪目立ちしてしまった様だ、サッカー部のマネージャーのお姉さま(同学年もいるが)睨み付けられてしまった。おお怖っ!!
公立校でありながら強豪校で、プロ選手も多数輩出しているサッカー部はスクールカーストの頂点に立っている。彼らを崇拝しているマネージャー達は、さながら聖なる英雄を守る巫女様達だ。
うぉう、触らぬ巫女に祟りなしだ、日菜は急いでその場所を離れると智花ちゃんと教室に急いだ。
さて、日菜の通う高校は進学校では無い・・・成績によって特進クラスは設けられているが、日菜には関係の無いクラスだ。むしろ日菜は高校卒業後は進学はせずに就職して、晴れて自立をし、あの家を出て行こうと考えているので実務コースを取っている。
お婆様の残してくれたお金は日菜が独立して、アパートを借りて生活の基盤を整えるのには丁度良い程度の金額だった。将来の為に使えか・・・お婆様は何でもお見通しだったと言う事か・・・。
実務コースは普通科と少し違ったカリキュラムを設けている、卒業後は就職を目指す人が多いのが特徴だ。(専門学校に進学する人もいるが。)男子は近くの工業団地に就職することが多いが、女子の場合は事務職の空きが少なく、地元では狭き門なのが実情だ。
日菜が<パソコンクラブ>に所属してワードやエクセル等を習っているのもその為だ、出来れば地元を離れて、都会でなくても良いから就職し、安心できる自分の居場所を作りたいと思っている。
授業中はリンダさんは大人しく、静かに先生の講義を拝聴していた、特に理数系の話が好きそうだ。休み時間にトイレに行きたくなった時には、流石にリンダさんは外して机の中に仕舞う。
『先程の続きが気になる、数学の本の上に眼鏡を置いてくれ、中身を調べるから。』
そんな事を言い出した・・・はいはい分かりましたよ、次の授業は現国だからずっと数学の本と対話していればよいさ。
日菜はリンダさんを残してトイレに向かい・・・済ませた後に、お姉さまグループ(サッカー部のマネージャー)と言う名の、過激な巫女軍団に取り囲まれた。
何でも<オータカゲンゴ>さんには見守る会が存在し、彼女らが作ったローカルルールが有るようだ。彼の練習を邪魔しない、周囲で騒いだり煩わせてはならない、差し入れなどは一切しない・・・などの鉄の掟が有り、厳しく軍団が守らせているらしい。カーストの頂点達に興味も無い日菜は、軍団の存在も掟も知らずに、そのどれかに触発してしまったらしかった。
何?このモブの分際で<大高様>に近づくなどとは、片腹痛いわ!この無礼者!の迫力で威圧を掛けて来る・・これは怖い。
どうしたものかと思ったが、かの<サッカー部の王子様>はかなりの実力者で、将来が楽しみな御仁の様だ・・・あのベッカベカに光るオーラを見ると納得してしまう、きっといつかはワールドカップのピッチに立つような人物なのだろう。
日菜はモブの自分に満足しているので、できる奴に嫉妬や暗い感情を持つ事は無い、努力も才能の内と言うではないか・・・日菜は過剰な努力をするぐらいならモブでいる方を選ぶ様な怠けものである。
「何とか言ったらどうなの!」
巫女殿が吠える、どんなに取るに足りない様なモブでも、早めに潰しておかないと気が済まないらしい。
「ええ~~と、先週の水曜日に祖母が亡くなりまして。」
何の話だと、巫女達が不愉快そうに眉間に皺を寄せる・・跡に残るぞ?辞めたまえ。
「その祖母と言う人は、いわゆる<見える人>だったんです・・・良く、他人の体調の不調を言い当てて居ました。」
巫女達が軽く騒めきだした。
「私も驚いているんですが・・何だか急に自分にも見える様になりまして。祖母の49日が済んでいないので、まだ成仏せずに近くに居るのかもしれません。なんか、生命エネルギーの強い人は光って見えるんですよ。今朝学校に着いて、見回したら突然そんな風になっていて、私自身驚いたくらいなんです。」
巫女の中でも偉そうな、お嬢様然とした3年生が難しい顔をして腕組をした。
「ええと・・大高さんですか?その方はサッカー部の練習場の中でピカイチに光っていました・・・それはもう、ビッカビカに。
けど、何か・・右の足首の所だけ、光が薄い感じがして・・・それが気になってガン見してしまいました。運動選手は怪我が命取りなんでしょう?何だか気になってしまって。」
巫女達は偉そうな何人か頷き合うとその場を離れて行った、思い当たる事でも有ったのかな?その後日菜はその他の巫女達に、厳重注意と参観のマナーを教えられて、やっと解放されたのだった・・・疲れたよ。
何だろうね、酷い目に合った・・・それもこれもリンダさんのせいだよ。日菜はプンスカ怒りながら教室に戻った。
この作品はフィクションであり、実在する人物・地名・団体とは一切関係ありません。
オ~ラの色の解釈も、よく有る説明(ネットで検索)ですので、その辺の所はよろしくお願いします。