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日菜とリンダさん  作者: さん☆のりこ
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巣立ち前の猶予

 2月も中旬に入り、進学組も就職組も進路が決定し、学校内にはお目出度くも弛緩した空気が漂っている。この時期にまだ荒ぶっているのは、特進クラスの巻き返し(2次募集)を狙う勇者と、卒業を前に好きな子に告ろうと決心しているリア充を目指す猛者だけで有ろう。

3年生はもう卒業式を待つばかりで、友達に会えるのは式の練習をする登校日のみである。




 日菜は学校に向かう為に、通い慣れた国道を愛車のママチャリで走っていた。

国道を走る大きなトラックが横を通り過ぎるたびに受ける埃っぽい風圧や、道に轢かれてペチャンコになっていたカエル、夕焼けの空に群れて飛ぶ赤とんぼ、深い森をねぐらにしているカラス達の物悲しい鳴き声・・あぁ、何もかも皆懐かしい・・と、気分は某宇宙戦艦の艦長の様だった。

故郷を離れるカウントダウンが始まって、何やら感傷的になってしまっている日菜さんなのである。


『此処を離れる事を、こんなにも寂しく感じるだなんて・・思いもしなかったよ。もっとサバサバした気分で、大喜びで出て行くんだとばかり思っていたのに・・正直、自分でも予想外です』


それは日菜が、二度とこの地に戻らないと決心している事と。

あの日突然リンダさんに別れを告げられて、日菜が<寂しい>って感情を知ってしまったのが原因なのだろう。<寂しさ>と言う重苦しい気持ちも、日菜が認知しなければ単なる言葉のままで済んだのに、今では言霊よろしく<寂しさ>に命が吹き込こまれ、絶賛心に纏わりつかれ中なのだ。

リンダさんは・・本当に余計な事まで教えてくれた。


『・・奴はとんでも無い物を・・・』


盗まないで、日菜の中に押し付けて残して行ったリンダさんだった。





 登校日に集まったクラスメート達は、春休み?(次の居場所に向かうまでの猶予期間)の予定を立てるのに大騒ぎだった。卒業してしまえばこっちのものだ、五月蠅く言う先生はもういない、旅行に行こうかコンサートに行こうか・・さぁ、自由だ、何をしようか!

教室の中はざわざわと明るい雰囲気に満ちていた。




「日菜ちゃん~久しぶり~」


地元を離れて就職を希望した為に忙しく、学校にあまり来なかった日菜を友達みんなが温かく迎えてくれた。皆も元気そうだ。


「聞いたよ、お母さん大変だったんだね~。具合はどうなの?」


誰に話した訳でも無かったのだが、地元の情報ネットワークは優秀なようだ。

クラスのほとんどの人がお母さんが入院した事を知っていた、何でも救急外来の受付で、スプラッターな惨状で倒れ込んだお母さんを目撃してしまったクラスメイトが偶然にもいたらしい。

それはそれは、大変なトラウマ級の現場をお見せして申し訳ない。


「メールしても日菜ちゃん出ないし、忙しいと悪いから電話するのも・・ねぇ」


智花ちゃん達が心配していてくれたらしい。

日菜もテンパっていて、メールとか全然気が付きもしなかった。

改めてメールを覗いてみたら沢山着信していた、家族と友達・その他に分けていたから余計気が付かなかったみたいだ。みんなに心配かけたお詫びと、感謝の気持ちを伝える。


「本当にもう大丈夫なんだって、大部屋にも移ったし、経過観察で安定したら退院できる(お父さん談)らしいんだ」流石にリンダさんだ。

と日菜は笑顔で皆に報告できた。


日菜の話に皆はお互いを見ながら、安堵と期待の混じった顔で頷き合っている。

・・なんなんだ?


「実はね、日菜ちゃんがいない間に話を進めていたんだけど。

皆で卒業旅行に行きたいねって言ってたの、それが急に幸枝ちゃんが北海道に引っ越す事になったでしょう、もう卒業式前ぐらいにしか皆の予定が合わなくって」

「北海道?」

「そう、単身赴任だったお父さんが切れてね、家族が一緒じゃなきゃヤダって、こっちに来い~って駄々こねて。仕方がなく皆で引っ越しする事になっていたんだけど、元々お母さんの実家は北海道にあるし、全然知らない場所では無いんだけどね」

「それで幸枝ちゃん、北海道の専門学校を受験していたんだよね」

「そう動物の看護科に行くの、札幌の郊外に牧場が有ってね、其処に実習に行くんだって。私乗馬に憧れていたから楽しみなんだぁ~」

「馬って蹴ったり噛んだりしない?お母さんの昔の漫画で読んだような」

「教授が変な人なんだよね、カラスが肉を取って行くとか」

「年度末前は転勤とかが多いから、引っ越しトラックが捕まらなくって、キャンセルが出たって急に連絡が来たのは良いけど、それが3月の5日でさ」

「ホント!もうすぐじゃない。荷造り大変だよ?まだ雪でしょ札幌は」

「だから皆、夏休みには遊びに来てね~~」

「きゃぁ~~行きたい!」「行く行く」「小樽でお寿司も食べたいね」


  =話が飛躍して定まらないのは、女子高生のお約束である=


それにしても自分事が精一杯で、友達の進路の事とか丸っと忘れていた・・興味も薄かったのかな?改めて聞いたところによると、皆県外に進学や就職をする為地元を離れ、此処に残るのは智花ちゃんだけだと言う。智花ちゃんは地元の水産加工会社の一人娘だから(社長令嬢様なのでたいそう偉いのだ、日菜のピアノの先生だったりもする)家族の経営する会社で事務員さんをするそうだ。そうして、そこで見る目を養って、見た目が良く甲斐性の有る婿様をGetし会社を継がせるのが将来設計なのだそうだ・・智花ちゃん可愛いからなぁ、親も手放したがらないし期待も大きそうなので大変だ。それから智花ちゃんは<勉強は嫌い>なのだそうで進学はしないと言う・・社長令嬢なのに。

それがマイ・ウエーなんだってさ、何かカッコ良いね。




「でね!話は戻るけど。『戻せ』

今週の水曜日に律子さんお父さんが仕事で東京に行くんだって、ついでに車に乗せて貰って浦安の<夢の国>に皆で行こうか!って話になっていたの。閉園まで遊び尽くしても、帰りも拾ってくれるって言うから安心でしょう?どうかな、急な話だけど日菜ちゃんは都合悪い?」


皆は期待を込めたキラキラした目で、日菜を見つめてくる。


日菜はにっこりと笑いながら、頭の中の貯金通帳の残高と相談をし始める。

日程の都合は全然問題は無いが、金銭的にはカラータイマーが点滅しているのである。


『リホームの支払いや新しい家具・ファブリックで使ったから、残金は約18万ちょっとかな。もう敷金礼金は払って有るけど、3月分の家賃や初期設備を買う事を考えると・・チョッと厳しいな。まだ庭の手入れも残っているし』


室内のリホームを完成させた日菜は、今は庭の雑草と格闘中なのである・・冬なのにしぶとい雑草は、根っこが深くて撲滅するのに難儀している。そこを整えイングリッシュガーデン風に変えようと思っているのだ、芝とかバラの苗木を買うと幾らぐらい必要になるだろう・・飛び石代わりに煉瓦も敷きたいし。


ぐ~~~っ、でも皆と<夢の国>には行きたいぞ!


最悪、新生活の必需品、洗濯機や冷蔵庫を我慢すれば何とかなるか?

洗濯だって少しだもの、手で洗っても大したことは無さそうだし。


これは友達皆と遊べる最後のチャンスだろう・・お金持ちの智花ちゃんはともかく、これから一人で自活して生きていく日菜には北海道旅行なんて無理な話だろうし・・。


  =脳内一人会議終了致しました・・この間、約数十秒。=


「もちろん日菜も行く~、すんごい楽しみだね」


良かった!日菜ちゃんも一緒だね!!

皆も喜んでくれて、夢の国の<ネットでお得なセット割引>はお金持ちの智花ちゃんがまとめて申し込み、当日彼女に支払う事に事なった。


「レストランの予約も入れておくね、わたし海賊のレストランに行きたかったんだぁ~」


ちょっと不吉な予感・・・。

家に戻った日菜は、夢の国のパスポートの料金をネットで調べ見て血の涙を流した。海賊のレストラン?コース料理?金持ちのお嬢様に幹事を任せてはいけないと日菜はまた学習した。

この世には、教科書以外で学ぶ事のなんと多い事か・・。



    *****



 そして当日、


~来たからにゃ 楽しみ尽くすぜ 夢の国!~ 思わず一句捻る。


妙にテンションの高いキャストとお客さんの雰囲気に飲み込まれながらも、エアリーディングを発揮して楽し気に・・いや?楽しいよ実際・・フツーに・・燥いで見せる日菜だ。

ただね・・何というか、心に妙に冷静な日菜がいるのは生まれつきな訳で。

この群集の中に、このノリに付いていけない人だっているはずだ、ぜひ挙手をして頂き野鳥の会の人に数えてもらいたい。3割?・・いや6割はいるはずだ。


2月の寒い空の下、息を白く吐きながら笑っている日菜達は、傍から見れば何の憂いも無い、純真で単純な女子高生に見えるだろう。


『このお祭り騒ぎの風景を見たら、リンダさんはどう感じたかな?平和な良い世界だと思ってくれたかな』


どうも日菜は満員電車の社畜の群れとか、リンダさんに碌な物を見せてこなかった様に思う。それから智花ちゃんはインスタを始めたので、鬼のように写メを激写しまくっている。


「ねぇ、皆でカチューシャを付けて写メ撮ろうよ!」

「良いね!お揃いにする?それとも好きなの選ぶ?」


皆のテンションも最高潮だ。


『おい、待て落ち着け!

カチューシャなんて、この<夢の国>の中なら百歩譲って良しとしよう。でも一歩ゲートをくぐり外に出た途端、ただの浮かれた痛いJKのなるじゃないのさ。家に持って帰って何の役に立つ?燃えるゴミコースに一直線じゃないのかい!』


「どれが良いかな、やっぱミ〇ー?」

「日菜ちゃんはうさ耳にする?フワフワで可愛いよ・・尻尾を付けたらバニーさんが出来るかも」


『いや、もし会社で忘年会なるモノが有って、そこに契約社員が呼ばれたとしよう・・パワハラ気味の圧力に押されて<かくし芸>を披露する様な状況に陥ったとしてもだ。バニーは無いよバニーは、無理でしょうが体型的に。そのくらいならば猫耳着けて段ボール目掛けて滑り込みますよ私は、足を微妙に広げるのも忘れずに、肉球付きの靴下を履いて・・無ければ作ってでも・・・・』


=1人脳内会議の結果、猫耳をお買い上げになりました。=


絶叫マシンで叫び、目を回しながらティーカップに張り付き、可愛い動くお人形に癒されながら過ごす。お高いレストランの高級なコースを写メと胃袋に収めながら、日菜はこの一日を宝物のように思いながら過ごしていた。時間の流れが遅くなれば良いのに、今日一日が終わらなければ良いのにと願いながら。

夕日が沈み寒い風の中、身を寄せ合って電飾の行進を眺める。


「寒い~~~っ」


智花ちゃんが日菜に抱き着いて来た、ハグだ・・ちょっと驚いた・・いつだっただろう、最後に人に抱きしめられたのは。小さな頃はお父さんに抱っこされた覚えはあるが、小学校に上がってそんなことも無くなっていたし・・。


「温かい・・・」

「日菜ちゃんも温かいよ、こうすればもっと温かい」


みんなで<おしくらまんじゅう>をして、馬鹿みたいに笑いながら閉園時間まで過ごした。


    *****


 迎えに来てくれた律子さんのお父さんにお礼を言って車に乗り込む、日菜は後ろの席の真ん中だ、左右を友達に挟まれてヌクヌクと温かい。


【私では其方を抱きしめて温めてやることは出来ないのだ・・】


抱きしめられる事がそんなに重要だとは思えなかったが、こうして人と触れ合ってみると<人恋しい>と言う言葉の意味も解る様な気がする。


・・それにしても。

リンダさんは不思議な存在だった、何でもできる優秀な知性と魔術を持ちながら、なぜあの日・・お婆様と日菜が見つけるまで河川敷傍の道に転がっていたのか。お婆様はネットとかしない人だったが、それでもTVから情報を得る事は出来ただろうに・・リンダさんがその気になれば、この世界の中に浸潤して、何処までも行けたはずだ・・何故大人しくお婆様から日菜に贈られて来たのか。


・・勝手な妄想をしてみる。

リンダさんは<お婆様>に、自分が亡くなった後・・日菜が自立して生きて行ける様に、手伝ってやってはくれないか・・と頼まれていたのではないか。

そして日菜がリンダさんに依存し過ぎて、周りの人を見なくなる前に、お母さんに少しの時間の猶予を与え・・日菜の心の奥底の願いを叶え、この世界のどこかに旅立って行ったのではないかと。


・・リンダさんがエネルギー切れになって消え去ってしまうのは嫌だ、今もきっと・・そう、どこかの研究所のパソコンの中にでも潜んでいて、そこの博士の研究でも盗み見ているのに違いないよ。きっとそうだ。


・・いつかまた会えるだろうか・・・。



そんな事を考えながら、車の心地よい振動と友達の体温に温まりながら・・日菜の瞼は閉じて行った。


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