日菜の企み~1
翌朝・早速、有難いご本家様の総領息子にメールを送らせて頂く。
From 日菜
Subject 早速のお願いで恐縮っす
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母の退院準備の為、家を掃除(粛清)します。
ゴミの搬出の為、軽トラを貸してくださいませ。
よろしくお願いします。
何故か家のお母さんは、病的に物を捨てる事が出来ない人なのだ。
タンスから溢れた堆積物の地層の中には、はるか昔・伝説のバブルの時代に一世を風靡したと言う・・肩パット?アメフトの選手の様な肩幅を誇るスーツなどが黴を生やした状態でプレスされていた。なんと!お母さんの幼少期のアッパッパ?とか言うスモック状のワンピースみたいのとか、ジャンバースカート?キュロット・・チューリップハットとか言う、昭和の服装史の変遷を感じさせる様な年代物の衣装がごまんと出て来た訳である。どれもこれも状態が悪く、とてもじゃ無いが売れそうなものは無い、ネット型通販買取サイトも鼻を摘まんで逃げ出す勢いだ。
・・これは真に正しく<襤褸&ゴミ>である。
そんな黴臭く手ごわい難物を、日菜は夜なべして紐で十字に縛っていた。
古着は縛って出すのがここの地域のゴミ出しのルールなのだ、コンビニで白い玉巻テープを4玉買って来たのだが、それでもギリギリ足りるかどうかの量だ、良くこれだけの服がこの小さな建売のお家に収まっていたものだと感心する事しきりだ。埃が凄いので喉飴を舐めながらマスクで凌ぐ、それでも喉がイガイガしてくしゃみが出そうだ、きっと鼻の穴の中は真っ黒になっている事だろう。
朝一番にメールしたのだが、隆志が来たのは10時過ぎだった。
「来たぞ~、ゴミ出しって軽トラにどのくらい積むつもりだぁ。」
勝手知ったる我が家に入って来た隆志は<古着の山>に唖然とした、そうだよね普通の人なら驚くよねこの量は尋常ではない。
「これ全部叔母さんの古着か?すげえな、でも良いのか叔母さん物を大事に・・えぇ~と、とにかく溜め込むのが好きな人だから、勝手に捨てたりしたら超激怒するんじゃねぇの?」
「良いんだよ、これは日菜の嫌がらせなんだから。もう此処を出て行く日菜は<立つ鳥跡を濁さず>で、思いっきり後ろ足で砂掛けて出て行くんだから」
「掛ける砂が・・掃除なのか?まぁ叔母さんが怒る事は間違い無いが」
そう、怒る基準と言うのは人それぞれな訳である。
物と過去に執着し、それを燃料にしていつも怒っている(思い出し怒りか?)お母さんには、物質の喪失は堪えるでしょうよ。無駄だったと嘆く人生のあれこれを、この際綺麗サッパリ捨て去って、生まれ変わった気持ちで(失敗作の子供も巣立つことだし?)リンダさんがくれた残りの時間を楽しく歩んでもらいたいものだ。
「それでさ此処の和室の畳を取っ払って、洋室にリホームしたいんだけど。押し入れも壊してテレビを置くスペースにして、床の間も無くしてお洒落な飾りタンス?ガラスで出来た、ほら昔お医者さんの診療室に有ったような白いやつ?を置きたいんだ。隆志の知り合いに格安で工事をしてくれる人はいないかな、壁紙も可愛いのに張り替えたいし・・そうだね・・全体のイメージは、カナダの島に住む有名な赤毛の女の子の家みたいな感じにしたいんだ」
「なんだそれ、カナダの赤毛女?」
何と言う事でしょう、隆志はかの有名な<赤毛の〇ン>を知らなかった。
「知り合いで工務店をやっている奴はいるが、金はどうするんだ?流石にタダでは出来ないぞ」
「お婆様から貰った遺産が有るからね、自分の引っ越し費用や初期装備も必要だから・・それでも60万くらいは出せると思う。無理かなぁ?出来る所はDIYで自分でするよ、壁紙はったり・・ペンキ塗ったりは出来ると思うし」
心当たりを探してやると、頼もしい事を言いつつ隆志は軽トラに積んでいた原付に乗って帰って行った。
日菜はまだ正真正銘の初心者なので、軽トラの前と後ろに若葉マークを貼り付けてゴミの搬出に向かう。病気で痩せてしまっているから、今着ていた服ももう着られはしないだろう、思いっ切りよくお母さんの服は全部捨て去る事にした。
軽トラに積めるだけ襤褸を積んで車を走らせる(法定速度でね、積み荷が荷崩れしたら大変だもの)、ゴミセンターは海の方に有るので家からは車で15分くらいの距離だ。全ての襤褸を片付けるにはゴミのセンターを4往復しなければならなかった、終いにはセンターの人に呆れられてしまったが、これは日菜の襤褸じゃないもん!お母さんのだもん!プンプンだ。
どうにか3時過ぎには襤褸を片付け終え、コンビニ弁当を食べて遅い昼食をしていたら、隆志が数人の作業服を着た人を連れて戻って来た・・仕事早いなアンタ。
工務店の若社長とか言う、隆志のC高の同級生な訳だが、その人に希望を聞いて貰い工事の見積もりを出してもらう事になった。
若社長が言う事には、畳を外してフローリングに施工すると値段が高くなるそうなので、剥がした床にコンパネとか言う分厚い板を敷いて、段差を無くして<フローリング風>の印刷がされている厚手のフロアクロスを貼ったらどうかと提案された。
良いでは無いか・・ディスカウント!
フロアクロスとか自分で貼れるかな、確かTV番組でイケメン芸能人がリホームするのに、せっせと貼っていたような気がする。
押入れを壊すに当たって中の物を全部出して見たら、お母さんの布団以外は全部<食器セット>だった。食器を集めるのはお母さんの趣味だが・・しかし台所以外にもこんなに買い込んで有ったとは驚きだ。それも高級品で知られる<何タラウッド>とか<ロイヤル何とか>とか、日菜も聞いた事がある一流ブランド品ばかりではないか。
「ねぇ、これって売れるかなぁ。売れたらリホームの足しにしたいんだけど」
「勝手に売って大丈夫なのか」
「こんなの、この家では宝の持ち腐れだよ、豚に真珠・猫に小判・隆志に美女」
我が家に無駄に使うお金は無いとか言って、日菜に習い事をさせてくれなかったのに、何だよこのお宝の山は・・人間は他人の為に使う金は無くても、自分の為に使うお金は有ると言う事だな。
隆志に古物商の友人に連絡を取って貰い、明日には査定をして貰う事になった。
異論は認めない、これは日菜の復讐で嫌がらせなのだから当然の行為なのだ
「あぁ~のぉ~」
影の薄そうなヒョロリとした人がオズオズと話しかけて来た、内装をする人とかで壁にクロスを貼るのがお仕事なのだと言う。
「俺の家の会社、何年か前に注文住宅の仕事をしたんだけど。
施主の奥さんが可愛い感じの壁が好みで、やっぱり<赤毛の〇ン>みたいな家にしたいって言い出してさ・・熟考した結果、凝ったクロスを特注でわざわざ外国から取り寄せたんだ。それなのに・・途中で施主の旦那さんが怒りだして・・奥さん独断でクロスを決めていたみたいでさ、親戚中から強硬な反対が入るわ、離婚騒ぎの大喧嘩になるわで・・結局無難なアイボリーのクロスになったんだ・・。
それで・・旦那さん、取り寄せたクロス代を払ってくれなくて・・」
うわぁ・・そりゃ酷い・・。
ヒョロリさんは、その時の辛い気持ちを思い出したのか涙目だ。
業者さんを困らせるのは良くないね、施主は希望は統一しておかないと。
「件のクロスは今、家の倉庫で埃を被っている、所々シミが出ているかもしれないけど、その分格安でどうだろうか。場所を取って邪魔でしょうが無いし、社員一同見るのも嫌な品なんだ」
「大きな変色は困るけど、小さなシミなら壁に貼るシールが百均で売ってるから隠せるし、良いんじゃないかな~?どんなデザイン何ですか」
「淡い緑色と白の縦のストライプで、所々に淡いピンクのバラの花が散っている」
うおおおおおぉぉぉ~~乙女チック・・・喜んで採用いたしましょう、その他にも同じデザインの色違い<クリーム色と白>・<ピンクに白>バージョンも有るそうだ。その一件からヒョロリさんは<赤毛の〇ン>が大嫌いになったそうだが、名作に罪は無い在庫が整理出来たら読んで(名作劇場のアニメでも可)欲しいものだ。きっと感動するぞ!
クロスは一番後の行程だそうなので、取り敢えずはお宝の売り出しと、その他のゴミ出し、要らない家具を粗大ごみで搬出するとかがメインの作業になるようだ・・とにかく掃除が済まないと工事も出来ない。頑張ろう!そんな打ち合わせをして、皆さんに見積もりを出してもらう事となった。
・・そして夜。
「何だ、この有様は!」
病院から戻って来た兄さんが驚いた様に叫んだ、堆積された服や紙ごみ、要らない雑誌が無くなるだけで随分と家の中がスッキリしただろうに?
スッキリしたのに<この有様>とはこれいかに?
「この家、リホームする事にしたから」
「お前、何勝手にそんな事してんの。誰に断って・・っておい!」
「慌てんな、兄さんの物にはまだ手を付けていない」
片付きつつある家を見知らぬ所の様に、不安げにキョロキョロする愚兄、お楽しみはこれからだぜ。
「春には兄さんも日菜もこの家を出て行くんだから、残された年寄り夫婦が快適に過ごせる様にリホームするんだよ、お母さんの趣味全開でね、まだまだ長生きするんだから快適な方が良いでしょう。」
「・・長生き?・・ババアの趣味?」
「知らないの、お母さんは本当は乙女チックな可愛い物が好きなんだよ?よくその手のインテリア雑誌を見て萌えていたじゃない」
まぁ、兄さんは基本自分の事しか興味はなく、お母さんの様子など見てはいなかっただろうが。
「兄さんはもうこの家に帰って生活する事は永久に無いんだから、身辺整理のつもりで荷物を片付けてね、兄さんの部屋はお母さんの寝室にリホームするから。そうそう、明日古物商の人が家に来るから、売りたいモノが有ったら出しておくと良いよ。社員寮に入るんでしょう、そんなに荷物持って行け無いものね」
いや、ちょっと・・急にそんな・・。
なんかブツブツ言っていたが、今夜中に仕分けしろ、片付けていない無い物は問答無用で捨つる!と強く言ったら慌てて自室に入って行った・・素直で結構な事である。
*****
翌日・早速古物商の人が来てくれて<鑑定>をしてくれた、チャラッチャチャ~~例のテーマ曲が脳内に流れる。さぁ!幾らの値が付くのか!
食器セットのブランド品が25箱(!)有って、総額32万の高値が付いた・・まぁ買った時の半値以下だろうし、大損こいているのだろうが知ったこっちゃない。日菜が見て気に入ったイチゴ柄のブランド品のセットだけを残して後は全部売っぱらった、その他にも宝探しをした所、舶来のクリスタルガラスで出来た動物の小さな置物、カットガラスの花瓶(これも舶来品だ)、カットグラスのセットなどが多数発見された。お母さんは何でも捨てられない人なので、ブランド品の箱やら中の注意書き・リボンの果てまで全部取って有ったので古物商の人は大変に喜んでいた。
どれもマニアには値打ち物らしい、どれも数点残してバイバイだ。
兄さんの部屋からは漫画本のセット(日菜には読ませてくれなかった)や、TVやゲームの本体・ソフト、DVD(妹に見せられない様な秘蔵を含む)時計などが数点の出品となった。どれも状態が良かったのでそこそこ・・本当にそこそこの値が付いた、全部合わせて5万にもならなかったが。
兄さんはこれは自分の財産だと言い張ったが、どれもこれも小遣いを貰って親に買わせた物ばかりだ。リホーム代の足しに差し出せと迫ったら(周りに隆志の他・ギャラリーもいたので、出せ~出せ~コールが湧き上がった、流石隆志の知り合いノリが良い)渋々お金を供出した。当然だ。
まぁ、何と言う事でしょう~全部で45万になりましたよ!
これで日菜が出すお金と合わせて100万近くになるね、これだけあれば台所とお風呂場のどちらかをリホーム出来るかも知れない。さて、どちらにしようか?
工務店の人とも相談しなくてはね、型落ちで安い品が有るかもしれない。
そう考えながらも日菜は、愚兄に自分の不用品をゴミステーションまで軽トラでとっとと運んで行けと指令を出すのだった。




