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日菜とリンダさん  作者: さん☆のりこ
31/35

別れ

 お母さんが転院した。


 隣の市の少し大きな病院の救急外来に駆け込んだお母さんだったが、其処の病院では難しい手術は出来ないとかで、もっと大きな病院に転院しなければならなかったのだ。

・・それだけ病状が重いと言う事だ。


「日菜、一緒に見舞いに行かないか」


 あれから数週間が経ち、何度目かの誘いをお父さんから受けている。

お母さんの病状は良く無いらしく、体力の低下から手術もすぐには出来ないそうで、今は点滴をしながら体の回復を待っているところだそうだ。

お父さんは黙っているが、たぶんもう手遅れなのだ。

全身に病巣が広がっていて手の施しようも無いのだと、余命3カ月くらいなんだそうだ、そんな話を夜中にひそひそとお父さん達がしているのをリンダさんが盗聴して自室のベットで聞いていた日菜だった。

お父さんはお母さんの意識が有るうちに、何とか母と娘を和解させたい様だ。


「お母さんは、私に会いたいとは思わないと思うよ?」

「日菜、そんな事は無いよ。

・・お母さんも心の中では日菜に可哀想な事をしたと思っているんだ、それでもどうしても心が動かせなくて、今まで苦しんで来たんだとお父さんは思っている・・許してやってはもらえないだろうか?」


頑固なところは母子で似てしまっているらしい。


「気持ち悪い様な娘はお見舞いしない方が良いと思う。」

「あの言葉は・・日菜に言った訳では無いと思うんだ。

お母さんはお袋・・お父さんのお母さんの事が嫌いだったからな。

まぁ、お袋はあの通り不思議な人で有ったから、無理も無いと言うか・・お父さんも自分の母親だったけど苦手だったしな。お袋は人が隠している心の奥底を見通す様な目をするだろう?愛想笑いで誤魔化せる相手では無いし怖かったんだと思う。日菜の扱いについても随分説教をされて悩んでいたから・・別に日菜の事が気味が悪い訳では無いはずだ。」


お婆様の幻影を日菜の中に見ているのか・・確かに日菜にお婆様の姿を被せて脅した(リンダさんと共犯だ)のは事実だが、インパクトが強すぎたか。


 病院からは家族の付き添いを指示されているので、今は兄さんが傍に付いている・・急変に備えているのだろう。日菜はまだ未成年なので<家族としての意向>を問えないらしい、付き添いからは外されていた。あの兄さんなら無理な延命措置を要求する事はしないだろう・・あの人はいつだって自分の意向が一番大事なのだから。



 結局最後の親孝行?だとかで、病院に向かう羽目となった。


・・嫌なんだよね病院って、オ~ラが見えるってのも考え物だ。

病院って怖い・不思議な怪談の宝庫では無いか、このところ<思考の残滓>とか言う名の、地縛霊っぽいモノを見る身にとっては病院って鬼門なんだよね。

一方のリンダさんは、この世界の最新医療が見れると思って密かにワクワクしているようだ・・日菜に気を使って隠しているつもりの様だが、日菜には丸ッとお見通しだった。



    *****



 お母さんは個室に入っていた、重病だから個室なのだそうだ。

それでも集中治療室から出られたんだとお父さんは嬉しそうに言うが、それってあまり病状とは関係ないと日菜は思う。

ドアをノックして中に入ると、寝ているお母さんと暇そうに椅子に腰かけている兄さんがいた。あんなに可愛がっていた兄さんなのに、お母さんは声を聴く事も顔を見たがる事も無く、意識は有るのにただただ天井を見上げているばかりの様だ。


『無駄な人生だった』


お母さん事から投げつけられた言葉を思い出す。

お母さんの人生が無駄だったと言うのなら、その子供である自分達は失敗作なのだろう、今更なんて言葉を掛けたら良いのか判らずにドアの前に立ちすくむ。







『日菜よ、この者を延命させる事は可能だぞ』

『リンダさん?・・何を急に・・・』

『私自身は平たく言うならエネルギー体みたいなものだ、眼鏡にも宿るし、其方の首の金剛石にも乗り移る事が出来る、人の身体にもまたしかりだ』


『はぁ?』


『だが、この者にとっては辛い事やもしれぬ、本来儚くなる直前の状態から何故か生き続けるのだから。不思議な症例として学会で発表されるやもしれない』

『いや・・それは、痛いとか辛いとか有るんでしょう?』

『それはこの世界の医療水準にもよると思うが、しかし全体的な症状の緩和にはなるはずだ。ステージが軽くなる様な感じで、私が注力すれば少なくてもあと17年・・70歳過ぎぐらいまでは生きられると思う』


思わず、ベットで力なく寝たきりになっているお母さんを見てしまう。


『・・でも・・でもリンダさんはどうなるの?』

『この者の一部となって・・この世界の医療現場を詳細に見る事になるだろう』


    おいっ


『リンダさんは痛くは無いの、辛い事は無いの?怖くは無いの?』

『エネルギー体に痛いも辛いも無い、有るのは純粋な力と私自身の知的好奇心だけだ・・背後霊の様な感じだろうか?後ろに居るらしいが余り役には立たないみたいな?』


    ・・みたいな?・・とか言うな。


『リンダさんはもう日菜といてくれないの、もう日菜は必要ではなくなった?』



『日菜よ、其方は私の最後の弟子だ。

私は幾多の弟子を育てて来たが、みな魔獣と戦う為に出かけて行き世を去って行った、私自身は<国の宝>として王都から出る事は叶わなかったがな。』


『何その自慢』


『最後の弟子ぐらい、幸せに生き続けて欲しいのだ。

其方、私に依存していると以前バリキャリ女に指摘された事があったであろう?覚えてはいないか?私と会話しているせいか最近心が内向きになっているぞ、自分から他者に話掛ける事が無くなっているだろう、無意識に人と係わる事を面倒だと思っている事実を自覚せよ。もっとリアルにも目を向けないと会社でも孤立して、ボッチの裳女なってしまうだろうよ』


リアル・ボッチ・裳女?何処でそんな言葉を覚えたんだか。


『この者の身体はかなり弱っているから、私のエネルギーを全部吸収する事は叶わないだろう、一部はまだ其方の金剛石に残り宿り続けるだろうよ、会話する事は出来ないが其方を見守り続ける事は可能だ』


高級な守護霊様から、背後霊にジョブチェンジする様なものだな。

リンダさんはそう言って笑っているが、日菜には突然すぎて、混乱して事どう返事をしたら良いか解らない。


『でも・・でも、寂しいよリンダさん』

『いくら寂しくても、私では其方を抱きしめて温めてやることは叶わぬのだ。所詮人は脳内の情報だけでは満たされぬ、其方は其方の世界で共に歩む者達を見つけなければならぬ。拒絶される事を恐れすぎるな、すべての人間が其方の母親の様ではなかろうよ。其方が心を閉ざさなければ、光は何処からか入り込んで来るものだ。世界は広いのだ日菜、目の前に見える物だけが全てでは無い、求め進め・・・弟子に贈る師匠の最後言葉だ、其方の人生に幸多からん事を祈る』




   【・・時間が有れば心が氷解する事も有る・・】






   【日菜・・其方、愛されたかったのであろう?】




フッと何かが動いて、お婆様の金剛石から力が抜けた感じがした。

慌ててお母さんを見たら、その体を包むように光が取り囲んで・・スッと吸収されて消えて行った。


   リンダさん!


涙がブワッと目から溢れて嗚咽が喉から漏れた、いつだって・・いつだってお母さんは日菜の大事な物を取り上げてしまうんだ。


「日菜、どうした?」


お父さんと兄さんが驚いた顔をして日菜を振り返る、それでもお母さんは日菜を見ようとしない。


「死なないよ、お母さんは死なない!

どんなに医者が不思議に思っても、具合が悪くてもお母さんは死なない!

70歳過ぎまで生き続けるんだから!!」


大声で叫ぶと日菜は病室を飛び出して行った。



     *****



ポテポテと国道を歩く。


失敗した・・財布を持っていなかったのだ、電車に乗れない・・。

初任給が入ったらガラゲーからスマホにチェンジして、おサイフケータイにするんだ。そんな事を考えながら人通りの少ない国道を歩き続ける、道は解っているのだ・・歩き続ければいつかは自宅に着くだろう。


冬らしい澄み切った夕焼け空の下を、涙と少々の鼻水をすすりながら日菜は歩く。

お父さんが日菜を追って来ないのは、多分あの後お母さんの様態が良い方に急変したのだろう、きっと今頃病室は大騒ぎだ。何たってあのリンダさんの事だから、好奇心の赴くままに色々と仕掛けているのだろうさ・・お医者さんとお母さんには、ご愁傷様?な気がしないでもない。




「おい日菜っこ、どうしたお前一人か?」


 突然話しかけられて驚いたが隆志だった、いつもの軽トラが道の脇に止まっている、お母さんの見舞いに行く途中だったのだろうか隆志一人が乗っている・・軽トラで見舞いか?

隆志は日菜を軽トラに誘うと車内のヒーターの温度を上げてくれた、寒空の下を歩いていたので体が冷え切っていたから正直有難い、酷い顔をチラッと見て黙ってテッシュの箱を渡してくれる。


「叔母さん、具合はどうなんだ?」

「大丈夫だよ・・何が有っても、お母さんは死なない」

「そうなのか、良かったな・・それなら行きやすくなるしな」


お前、春にはどっか余所に出て行くんだろう?


隆志に言われてグッと言葉に詰まる・・そうか、日菜が出て行きやすくなるように、後顧の憂いを無くす為にもリンダさんは助けてくれたのか。


「心配するな、叔母さんの様子は俺様がたまに見に行ってやるから」


何でそんな事までしてくれるの?そんな日菜の問いに、それが御本家様の心得だと隆志はカラカラと笑った。この先に美味いラーメン屋が有るからと、連れて行かれた豚骨ラーメンは、何故だか塩味がやけに効いていた様な気がしたが・・大変に暖まったし美味しかった。

そのまま家まで送ってくれて、日菜が家の中に入るまで軽トラの中から見届けて隆志は本家に帰っていった。思ったよりもジェントルな奴だ。


「何か用事が有ったら連絡しろ」


そう言い残して・・。






 1人寒々しい家に入って汚部屋を眺めると、散らかったこの部屋がお母さんの内面そのものに見えてくる。机の上はその人となりを表すと習ったが、部屋もまたしかりだ・・いろんな物が堆積して、何が何だか解らないこの部屋はお母さんそのものだ。

昔の物や感情と今の物・感情がごっちゃになっていて、もう何が一番大切なモノなのかも解らなくなってしまっている。混乱と破綻の極みだ。


本当に・・もう・・もう、うんざりだ・・・。




「復讐だ!仕返ししてやるーーーーー!!」


日菜は拳を天井に突き上げて叫んだ。


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