妹
兄sideの話です(´-ω-`)
俺の妹は変わっている。
俺がどんなにひどく虐めてやっても、泣きもしなければ暴れもしない・・ただじっと、父方の婆さんに似た一重の目を細くして、冷めた目で此方を見つめて来るだけだ。その瞳は俺を軽蔑し、人格まで全否定している様で、妹がそこにいるだけで無性に腹が立ってしまうのだ。
そんな感情に何と名を付けるべきなのか・・ただただ相性が悪いのだと思う。
一度妹が保育園の時だったか、戯れにアクションヒーローゴッコをして怪我をさせてしまった事が有った。蹴りを入れたらゴフッと血を吐いて倒れてしまったので、流石にこれは拙いと感じて家から逃げ出したのだったが、夕方遅くに恐る恐る家に戻ったら妹はそのままそこに転がっていた。仕方が無いので母親に妹の具合が悪そうだと報告に行ったのだが「寝てれば治るでしょ」の一言で片付けられたように記憶している。そんなものかと夕飯を食べ風呂に入って寝たが、朝起きると妹は家には居なかった。
骨を折って入院したらしい。
いつ両親に怒られるかと内心ドキドキしていたが、この件に関して問われる事は無かった様に記憶している。ただ妹は退院後も家には帰らず、父方の婆さんの所にしばらく預けられていた、妹が家に帰りたがらなかったのが理由らしかったのだが。
数カ月の後、小学校に入学する事も有って、妹は渋々家に帰って来たのだが・・何だか雰囲気が変わっていた様に思う。
それから俺が少しチョッカイを掛けようとすると、痴漢避けの防犯ブザーを鳴らし逃げ回るの様になったのだ。此方は遊んでやっているつもりなのに、随分な態度だと思ったものだ。
ブザーは取り上げても取り上げても、何処からか調達して来て鳴り止むことは無かった。近所も不振に感じたのか、誰に通報されたのか解らないが巡回だと言う警官が家まで来た事が有ったし、俺が道を歩いていると近所のおばさんが唐突に
「妹を可愛がりなよ」とか「暴力はいけないよ」
などと話しかけて来たものだ・・解せぬ。
母親は世間体が悪いと妹を酷くしかりブザーを禁止したのだが、それに従う様な従順な妹では無く、ついには俺の方に妹との接近禁止令が出たものだった。
それにしても不思議だったのだ・・他の家では妹と言うものを可愛がるものなのだろうか・・と。
つまらない行事の度に呼び出される母親の実家・本家では、妹を親戚の人数に入っていなかったように思う、女は所詮嫁に行くものと言うのがその考えの様だったが。食事会と言う名の宴会でも、妹はただ一人寒い台所で食事の残りを食べさせられていたし、それを不思議と思う人間は本家には居なかった。昔からの仕来りと言うのは絶対で、それに異を唱える事など考えもしなかったのだろう。俺もそれが世の中のスタンダードだと思っていたし、女は男より下の存在で何をしても良いのだと信じていた。
都会のフェミニスト達が聞いたら怒りで発作を起こしそうな話だが、ひと昔の田舎などそんなモノだったのだ。本家のこの伝統は、田舎でももはや絶滅危惧の悪習だったのだが、子供だった俺はそんなことは知らなかったし、母親が何も言わないのだから、それで良いのだと思い込んでいた。
妹を目の敵にした理由は他にもあった。
俺は幼い頃から習い事に通わされて遊ぶ暇も無かったのだ、別に好きで英語や学習塾に通っていた訳では無い、だから妹が暇そうにボケッとしているのが<狡い>と感じたのだ。一度塾に行きたく無くて母親に言った事が有った、日菜ばかり楽をしていて狡いではないかと。
そうしたら妹が顔を輝かせて自分もピアノを習いに行きたい、友達はバレエも習っている、日菜だってやりたいと言い出した。
そんな妹に母親は
「ピアノ?バレエ?そんなモノを習って、プロになってお金を稼げる様にでも成るって言うの。無理でしょ、無駄よ、お金の無駄!ただお前の趣味の為に使うお金なんて家には無いからね。」
「お兄ちゃんの塾や英語教室はお金の無駄にならないの?」
「お兄ちゃんは大学に行かなきゃならないのよ、勉強しなければ良い大学・良い会社に入れないでしょう」
「日菜は?」
「女に勉強なんて必要ないんだと・・・金の無駄使いなんだってさ。」
無駄だと言ったのが誰だか察したのだろう、妹は唇を噛んで下を向いていた。
しかし妹は非常に諦めの悪い女だった。
ピアノを習っている友達の家に遊びに行って密かに教えて貰っていた様だ、たまたま道で出会った友達の母親に
「日菜ちゃん本当にピアノが好きみたいね、習わせてあげたら?(毎日家に来られてもウザいんですけど)」と言われたらしく、母親が恥をかかされたと烈火の如く怒って日菜を責めていた。
その時も唇を噛んで下を向いていたが・・諦める事も無く、小学校のクラブ活動で音楽クラブに入った様だった。学芸会の合唱の発表で、伴奏のピアノを弾いている日菜を見て、母親が般若の顔をしていた事を覚えている。自分の言う事を従順に聞かない妹に腹を立てたのか、その行動力に嫉妬したのか・母親でない自分にはその心理は解り様が無かったが。
何だって妹をそう嫌うのか・・・。
それは父親にとっても不思議だったらしく、深夜にトイレに起きた時に何度か両親が言い争う声を聴いた事が有った。
「私だってそうだった!」
「何もできなかった、何だって反対されて我慢して親の言う通りに生きて来た」
「日菜ばかり庇われて狡い!!」
最後は母親が大泣きして困った父親が慰めている様だったが。
父親は妹を庇っていたが、庇うと見ていない所で余計に当りがきつく成るので、妹の方から父親に庇わないで良いと断りを入れていた様だ。
自分の子供の頃の悔しさを、今更妹に八つ当たりしても仕方がないでは無いか・・女って面倒臭い・・俺も成長するにつれて母親が好きではなくなっていた。
俺に勉強させたいのも俺を思っての事では無く、従兄弟の隆志に対するライバル心からだ。祖父が尊重し金を掛けて来た叔父に対する意趣返しみたいなものなので、本家の隆志より頭が良い、顔も良い・・どうだウチのお兄ちゃんは凄いだろうと言う訳なのだ。
最も肝心の爺は、孫の隆志を溺愛して娘の自慢話など聞いちゃいなかったが。
隆志も隆志で爺に甘やかされて見事な三文安に成長し、もはや俺のライバルにもならなかったが爺にはそんな事はどうでも良いらしい。
「なまじ頭が良いと、余所の土地に行ってしまう。先祖伝来の土地を守るのが子孫の仕事だからな、家に残る者を大事にするのが当然だ」
チラチラ俺を見ながら、もの言いたげにそんな事を言って来る爺だったが、こんな田舎は俺にとって何の魅力なんかなかったし、頭の悪い隆志にはお似合いだろうと思っていた。
そんなこんなの嫌味合戦が有って、いい加減ウンザリして本家の行事に行く事はなくなっていった・・妹は奴隷労働に駆り出されていた様だが、知ってはいが放っておいた・・俺に実害は無かったし女なのだから仕方がないではないか。
そんな家族関係だったから、正直妹が<お母さんが死んじゃう>と泣いていたのが不思議な想いだった。
良く泣けるな・・あれだけ冷遇されていて・・虐めていた俺が言うのも何だが。
あの妹が言うのだ・・たぶん母親はまずい状態なんだろう、散々可愛がられて優遇されて来た俺が、涙の一つも出ないのは何故だろうか?
塾に行かせたやった、私立に入れてやった。
お前の為に正社員で頑張って来た、いくらお金が掛かったと思っているんだ・・恩着せがましく言われて来た言葉の数々を思い出す。
別に俺が望んで頼んだ訳では無い・・全ては母親自身の見栄の為では無いか。
病院に向かう為、母親の軽自動車に乗り込むがエンジンが掛かりにくい。
エアコンも調子が悪いのか、風ばかり吹いて車内がちっとも温まらない。
俺は不機嫌になってチッと口を鳴らした。
「それにしても・・・」
母親は弁護士や、あの<役立たずの女>の親との接見で体調を崩したのだろう。
そもそも事件の切っ掛けは、生意気にも貯金通帳に小細工をして俺を嵌めやがった妹のせいだった。あいつのせいで俺は内定をふいにし、数段堕ちる会社に就職する羽目に成ったのだ。本命の彼女には振られるし、友人たちは軽蔑の眼差しを残して去って行った・・それもこれもみんな妹のせいだ。
そうだ・・日菜のせいで母親が病を得たのだ。
「良心の呵責におののき、精々苦しめ・・・」
そんな事を思って俺は暗い国道を走って行った。
自己中兄さん・・(-_-)/~~~ピシー!ピシー!




