秋休みの実習
予定通り秋休みにはまた実習に出た、今度の実習先は他県の海辺の街だった。
港町・・と言うには工業地帯地味ていて、倉庫の様な建物が立ち並び、肝心の会社は塀の向こうで良く見えない敷地は広い様だ、門の所には守衛さんがいる・・大きな会社だね。
周囲にはコンビニが有るくらいかな?その他は何もない、大きな道路が通っているだけだ、何だか地元に似ている感じがする。近くの観光地の様な華やかな雰囲気では全然無い。
『造船とか、不況が続いていて求人とか無いって思っていたよ』
現場が見たいと希望を出してはいたが、予想外でした・・この展開は。
『船か!動力は風では無いのだな、面白いじっくりと観察したいものだ』
大きな船とドック?って言うのかな?理系魂が刺激されてリンダさん大喜びで有る。
リンダさんの希望に添った訳でも無いのだろうが、本日は就職希望者を集めての社内・現場見学会の日だとかで、ついでとばかりに日菜もツアーに入れて貰えた。
大学生も多いが県内の工業高校の出身者の人も結構いた(制服なので解ったのだ、襟に校章が付いていたし)、溶接とかは人海戦術でやるらしくて人手はいくらでも欲しい様だった。大きな船を造るドックは足場も悪いし、かなり危険な現場の様で離職者も多い様だ。暑そうだものね溶接って、火花は怖いし火傷したら痛そうだもの・・その分お給料は良いのかな?
ツアーの中には理系そうな女子大生もいたし、総務とか経理には女性社員の採用も有るのだろう、チラホラと女性達が混じってた。
近くで見るとその大きさに驚くのは、船のスクリューとか飛行機の尾翼なんかだろう・・現場で見上げたブツの大きさにリンダさんはひたすら興奮していたが、日菜はこんな大きな仕事が出来るのかなぁと(まぁ、日菜のやる様な仕事はオフィスの中なのだろうが)不安になってしまった。
それから会社の福利厚生で驚いたのは、社員が大勢いて肉体労働系だからだろうか、社員食堂が大きくてお昼が充実していた事だった。
そりゃあ、あんな大きなものを造るんだもの、お腹も減る事だろう・・今日は見学者も食堂でお昼を振る舞われた、これは大層太っ腹の会社だと感心したものだ・・しかも定食の量が多い、半分お弁当箱に詰めて夕飯に食べても良いぐらいな量だった。
ご飯美味しいなぁ・・おごりだから尚更美味しい。
このところ家で碌なものを食べて居なかった日菜は、ウマウマと平らげた・・豚カツ美味しい。
今回の宿・派遣会社の寮はウイークリーマンションだった、家具家電が揃っているところが嬉しいね。
窓を開けて外を見てみると、電車の線路を挟んで宅地と工場、それから海が見えた。マンションは傾斜地に有るから眺めは良いが、行きはよいよい帰りは怖そうな立地だ、帰宅するのに毎回この坂道を登るのは骨が折れそうだ。
もし就職が決められたら原付を買おう、中古ならそんなに高く無いはずだ。
日菜はそんなことを考えて、かなり此処の会社の就職に乗り気なのに気が付いた・・何でだろう、自分でもよく解らず冷静に考えてみたが。
・・飯か!飯だな、あの社員食堂は美味かった。
実習中はお金を払わないといけない(社員さんは給料から天引きだそうだ)が、それでも外で外食するより安いし、何より周囲に食べれるような店が無い。
『明日から空の弁当箱を持って行こうっと』
【・・日菜の行為は食品衛生法的にどうタラこうタラで、食堂の人に渋い顔をされたが事務所の冷蔵庫に入れる事を条件に黙認される事となった。そんな実習生は今までいなかったようで、日菜は陰で<家なき子>とあだ名をつけられていた様だ・・古くね?同情するならオカズくれ~~~!】
さて、日菜は設計補佐の契約社員コースで実習したのだが、初日になんとCADの社内検定を受けさせられた。日菜は船専用のCADをリンダさんが事前にどっかに潜り込んで盗って来て初見では無かったので、どうにかこなす事が出来たがかなり厳しいよね。いきなり社内検定とはハードモードだ、周囲は設計希望の工業系大学の理系男子ばかりであった様だが。
翌日には3D・CADの社内検定・・社内検定にも段階が有るようで、今回は初級の様だったが就職してもテストばかり有るとは社会人も大変な事である。
かなり他人事の様だが、日菜は補佐だからね・・そんな脳ミソに汗をかくような羽目になる事は無いはずだ、無いはずなんだ!
検定を受けた後はCADには触れられず、何かの訳の解らない資料の打ち込みや、コピー何かを取ってみたり、やる事が無いので給湯室の掃除をしたり(お茶はセルフサービスなので、良くドラマで見るお茶くみ事とかは無かった)チョッと残念な気がした。
設計部の人達は基本パソコンから顔を上げないので、個人の識別は付かなかった・・なんか大体黒縁眼鏡を掛けているので同じ生き物のようだ。
実習のお世話を担当してくれていたオジサンはツンデレな感じの人で、他の実習の人達は怖がっていた様だったが、ツンデレオジサンのオ~ラは綺麗な白だったので、見かけよりは面倒見の良い良い奴だと日菜は思っていた。
オジサン相手だと色々気を使わなくて済むので(ソフト君の親衛隊とか、この頃やけに絡んで来るのでホンとウンザリしているんだよ)楽ちんだ、この職場だと婚期とかは逃しそうな気もするが、日菜は結婚する気も無い人なのでそんな事は関係も無い。
此処に就職出来たら良いのになぁ・・。
最終日、日菜はもう此処には来れないかもしれないと思っていたので、窓から見える非日常な景色をよ~く眺めて脳に焼き付け様としていた。
「どうした沢口君、アホづらして」
お世話係のツンデレ白オ~ラ社員さんは口が悪い、でもこのぐらいではパワハラにはならないだろう。
「最終日ですから、此処の景色も見納めだなぁと思いまして、じっくり眺めていました」
「何だ入社しないのか、君は社内検定で高得点を取っていたぞ?契約で応募してくれば採用されるはずだ」
「本当ですか!そうなら嬉しいですけど」
「俺の愛情あふれる指導に痺れたか?悪いが俺は愛する妻子持ちだ」
何言ってくれるんだ、このアラフォー親父は。
「ごはんが美味しいので嬉しいです」
日菜がそう言うと静かだった設計部にブホォっと笑いが起こった、知らんふりしていて聞いてんじゃねぇよ!黒縁眼鏡ブラザーズ。
・・そうして12月の初めに、日菜の就職先が決まったのだった。




