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日菜とリンダさん  作者: さん☆のりこ
19/35

夏は桃味

 翌日の放課後、日菜は神社の門前の甘味屋で箱の大きさの割に数が多く・食べやすく、尚且つ日持ちすると言うスーパー和風スイーツを購入すると事件の起こった銀行に謝罪をするために訪れた。

何たって対応した行員のお姉さんは、バーサーカー状態になった犯人に掴み掛かれて怪我まで負ったと言うではないか。爪で引っ掛かれたと聞いたが爪での傷は跡に残りやすいらしい、若いお姉さんの顔に傷でも残ったら大変な事だ。


『・・行きにくいなぁ・・それでも行かない訳にはいかないし。』


彼女が犯行を止めてくれたからこそ、日菜のお婆様からの贈与のお金(独立資金)は兄さんの遊興費に消えてしまわずに済んだのだ。ありがたい事だ、誠に正しく銀行員の鏡と言えよう。


たいして大きくない銀行に、隅の方からコソコソと入って行く。

すぐに行員さんに見つかって、支店長代理とか言う偉い人に引き合わされて奥に通された。


「この度は私の貯金を守って頂き、本当に有難う御座いました。」


お礼の気持ちです、休憩の時にでも召し上がって下さいと紙袋の中から菓子折りを取り出す。なんかこの一連の流れも、礼法的作法が有る様なので事前にネットで検索して練習してきた。紙袋を置く位置とか、菓子折りを取り出すタイミングとか・・いろいろと決まり事が有るようだ。

本当に助かるよ・・ネットが無かったら調べるのが大変な事って沢山ある、動画なところも解り易くてポイントが高いよね、イラストより断然わかりやすい。


お菓子は有名な門前の甘味屋さんの品だからな、ここの銀行の顧客でもあるだろうし・・文句はあるまいよ。

支店長代理さんは色々この手のトラブルの経験があるのだろう、貴方も大変ですね・・と労わられてしまった。怪我を負った行員のお姉さんは休みを取っていて会えなかったが、怪我の具合は大した事はないそうで、跡も残らないと断言されたので心底ほっとした。長居しても悪いので、お姉さんによろしく言って下さいとお願いしてお暇をした。

支店長代理さんは、日菜の所作が綺麗でマナー通りに出来ている事を褒めてくれた・・何気に嬉しい。


・・日菜を褒めてくれるのは、よそ様ばかりである。



    *****



 さて待望の開校記念日で平日が休みとなった、これは大変に貴重な休日なのである、何しろ免許センターは平日しかやっていないからだ・・今頃平日にしかやっていないってどうよ?働け公務員。

またこれが自宅からエライ事遠くて、県庁所在地からバスで40分も掛かる僻地だ・・有り得ない。

日菜は早起きして、家族が寝ている間にサッサと出発した。


『兄さんが免許を取る時には、お母さんが休みを取って車で送って行っていたよね。』


 どうでも良いけどさ・・自転車をこぎながら朝焼けの中を走っていく・・銀行にお礼の挨拶を済ました日菜の心はつかえが取れた様で晴れ晴れとしていた。

2両編成のジーゼルに乗り込み窓側を陣取る、この時間は朝日が綺麗で水郷に照り映えインスタ映えも素晴らしい。日菜は教習所の教本を読んでいたいので、リンダさん成分が含まれている眼鏡はお洒落サングラスの様に髪の上に乗せておく・・十分に景色を堪能するが良い。


教本に関しては、標識の暗記などはリンダ力が発揮できるのだが、文章問題にはどうも対応がしにくいらしい。問題の趣旨がよく解らないと言う・・なんか、免許の問題って頭の良い人には難しいらしいよね。TVでどっかの大学教授とか、弁護士の人とかが落ちたと嘆いているのを見た覚えが微かに有る、異世界人で理系のリンダさんには聊かハードルが高いらしい。確かに免許を取るのに地頭はそう必要が無いのかも知れないね、従兄弟の脳筋隆志も一発合格していたからな。まぁ、そんな訳で日菜は自力で試験に挑む必要が有るのだった。


終点の県庁所在地に着いて、お目当てのバス停を探す、其処からバスで40分近く掛かる(しつこい)らしい・・バス停にはもう何人か見知った人達が並んでいた。

春休みの前から卒業するまでは3年生がこぞって教習所に通う時期で、日菜達2年生は学科を取って教習車を譲る暗黙のルールが有る。進級した4月から晴れて教習車に乗り込み、上手く効果測定を潜り抜け仮免を取得し、この開校記念日に免許を取得するのが早く生まれた者の最短コースなのである。

残りの者は夏休みか、就職が決まってから冬休み~春休みコースだろうか。何にせよ車が無ければ買い物ひとつでも大変な地域なので、免許の取得は絶対に必要なのだ。


「おはよ~。」

「日菜ちゃんおはよう、今日免許取れるといいねぇ。」

「そだねー。」


受験費用もさることながら、こんな遠くまで行かなければならないのが面倒くさい、朝一の試験に落ちてもその後何回か受ける人もいる様だ。


「就職祝いに中古の軽を買ってもらう約束をしているんだぁ。」

「いいねぇ!車種は決めているの?」

「う~~ん、色はピンクなら何でもいいんだけどね。」

「いま可愛いデザイン沢山有るよね。」


地元では車は本当に足代わりだ、走って荷物が積めれば良いのである、車にステータスを感じる者などいない。早く就職を決めてドライブに行きたいね、などと話していたらバスが来た。

バスの中では互いに問題を出し合い、和気あいあいと過ごした・・別に受験の時の様にライバル関係では無いからね、互いの健闘を祈り合って試験に臨む。


    ☆☆☆☆☆☆


 試験自体は恙無く終わり、合否の結果を待って待合室で無駄話をして過ごす。この時期なら夏休みの予定についてだな、就職組はわりかしのんびりとバイトや旅行などで時間を潰すらしい。


「今年はサッカー部は県大会で負けて、インターハイに出られないらしいね。大高さんが卒業しちゃって戦力不足なのかな、去年は応援も大変だったよね。」

「そう言えばそうだね、応援の要請とか無かったか・・気が付かなかったよ。」


日菜は日菜で資格試験が目白押しだったので忙しかったのだ・・パソコン関係だけでも資格が有り過ぎるような気がする。

ソフト君ともこの頃は会う機会も無いし・・冬はそもそもソフトクリームなど売っていなかったし?ソフト君の就職・・Jリーグのチームからのスカウトはどうなっているのだろうか。

高校3年生と言う時期とは、自分の居場所が見つかる前の落ち着かない季節な様な気がする。



 その後、無事に皆揃って運転免許を取得できた。

次の難関は免許に使われる写真をいかに綺麗に可愛く取るかだが(持ち込みの写真でも良いらしいが、日菜はそんな面倒な事はしない。)これが難しい。

トイレでムースなどを使い、一応髪型なんかを整えて・・シミとかはもとよりまだ無いが・・なるべく目を大きくひん剥いてパッチリ目に写るように頑張るのは乙女心と言うものだろうか。

そんな心を知ってか知らずか、只の流れ作業のロボットと化したオジサン(警察官なのかな??)は無情にも実に無造作に写真を撮ってくださいましたよ。待つことしばし、免許書受け取り場で番号の読み上げが始まる・・ドキドキだ。


「27番 沢口日菜さん」


渡された免許は・・二重にしたのに、なに怒っているの?と聞かれそうな仏頂面だった(涙)。次の更新までこの写真と付き合わなければならない、辛い・・これではせっかく取った免許証も、友達に見せて自慢の一つもできやしない。


因みにリンダさんも学科試験をやってみた様だったが・・後で答え合わせをしたところ不合格だったそうだ(笑)。


まあ、資格は何でも取れると嬉しいよね、これで日菜の行動範囲は広くなる・・自転車よりかなりの時短だ。最も卒業までは運転してはいけない校則なのだったが・・。


 帰りは県庁所在地のファミリーレストラン(高校生の御用達・安価なイタリアン)で、合格祝いと称して皆で遅い昼食を取った。

男子は驚くような品数を注文して胃袋に収めて行く、それでも太らないのだけら羨ましい。兄さんは理系でそんなに食べる方ではなかったからビックリするね、これはエンゲル係数が高そうだ・・これから就職しても給料をみんな消化して排泄しちゃうんじゃ無いの?脂肪にして溜め込むのとどちらが建設的なのだろうか。

ステーキをワシワシと食べている彼は運送会社に就職したいと言う、人と話さないで済むから気が楽なんだと・・お届け先には礼儀正しくご挨拶する必要が有ると思うが。まぁ入社してからギッチリ躾られるのだろう、日本の物流の為に頑張って頂きたいものだ。


「日菜ちゃんはどうするの?」

「パソコン部の先輩が東京に居てね(事故物件住まいだが、その後その手の不安を聞いたことが無いので大丈夫なのだろう。)、そっちの方で探したいんだぁ。」

「なに、沢口は田舎脱出希望なの?」


『・・どちらかと言えば実家脱出希望者なのだが。』


「別に東京でなくていいんだけどね、一人暮らしに憧れていてさ。」

「ああ、わかるその気持ち。心配する気持ちは解るけど、チョッとウザいよね親心ってさぁ。」


・・心配はされないがな。

家庭のプライバシーを話す訳にもいかなくて、日菜は曖昧に微笑んで頷いていた。



     ******



 午後の中途半端な時間に地元に戻ったので、家に帰る気も起きずに日菜は学校に向かった・・私服だけど。パソ部で時間を潰そうと思ったのだ、あの事件以来家の中はギスギスしていて居心地が悪いっちゃありゃしない。

自転車を駐輪場に置いてサッカー部のグランドの脇を通って校舎に向かっていたら大きい声が聞こえて来た、何やら争っているのか尖った声が聞こえる。


『何だろう?嫌な感じだね。』 


グランドに目を向けると、サッカー部の面々が一人を囲んで文句を言い合っている。


「ソフト君?」


なんと吊し上げに合っているのはソフト君だった、彼は今季サッカー部の中心人物だよね?何だろう・・怒られるような立場では無いと思うのだが。

部外者(日菜が)がジッと眺めているのを感じたのか、部員団子は解けて散って行ったが、何やらほの暗いオ~ラが残っていて不穏な感じである。


『何か有ったのかなぁ、仲良しサッカー部にしては珍しいよね。』

『人が集まれば、意見が分かれる事も有るだろう、珍しい事でもない。』


・・そんなモノか・・。

日菜はパソコン部に行く為に校舎に入って行った。  



    ******



 どうしても6時には学校から追い出されてしまう、家に帰りたくないなぁ・・と思いつつも帰らない訳にはいかない、高校生の悲しい所だ。

キコキコとチャリをこいでいると、いつものソフトクリーム屋さんのベンチにデカイ男が座っていた、ソフト君だ・・背中に哀愁が漂っている。ワザワザここにいると言う事は、日菜に何か話したい事でも有るのだろうか・・オ~ラの一件から何かと付き合い?カウンセリング?をしている様な気がする。


「久しぶり~、今日ね運転免許取れたんだ。」

「・・良かったな・・。」

「見せびらかしたいんだけど、写真がチョッとアレで見せられない所が悲しいよ。」

「何だそれ・・・ははは・・・はぁ。」


元気が無いね、これは重症そうだ。


「ソフト君・・オ~ラの中にまた殻が出来掛かっているよ?」

「そうか・・俺もそんな気がしているよ・・。」


ソフト君が言う事には<大高源吾>様とその仲間達の3年生が卒業していき、C高はかなりの戦力ダウンになってしまったのだそうだ。中学生の頃から有名だった大高さんと同じチームでプレーしたいと、才能が有る人達がこぞってC高に集まって来ていたのだが・・悲しいかな学生には卒業がある。ソフト君も大高先輩に憧れたクチで、去年のメンバーまでは大高効果でかなり良いチームだったのだそうだ。それが大高先輩が卒業して、カリスマが居なくなってしまった為に、チームの結束も無くなり思う様に練習が出来ないでいるらしい。


「1年生がやる気が無くて、ダラダラしていて見ていてイライラするんだ。中学で有名だった奴は皆ライバル校の私立に行っちまったし、今年の部員には碌な奴がいない。

コッチは時間が無いのに、奴らの面倒まで見なればならないし、そのくせ文句ばかり言われて・・やる気が無いならサッサと部を辞めれば良いのに、サッカー部はモテるから・・とか言いやがって。」


まぁ<大高源吾>様クラス居なればモテるだろうが。

・・ソフト君もそこそこモテている様だし?


「あんまり頭に来たから、俺この夏はクラブチームの方で練習するから部活には来ないって言ったんだ。俺は練習したいし、プロ志望なんだからこの夏の頑張りで道が開けるかもしれないだろう。それをあいつらチームを捨てるのかとか、裏切者とか・・自分さえ良かれば良いのかとか言い出して。戻って来ても部のチームには入れてやらない・・って言われちゃって。」


あ~~~それは辛いね・・。

ソフト君のオ~ラは、正月の国立競技場の時と比べて格段に濁りヘタッていた、もう随分長い間我慢して来たのだろう。


「ソフト君さぁ、すべての人に納得してもらって、応援してもらうってのは多分無理な話なんだよ・・きっと。私もさ、就職は地元を出て都会に行きたいと思っているけど、絶対に反対されるだろうし、支援も受けられそうに無いんだ。」


お父さんは心配で反対するだろうし、お母さんや爺・親戚一同は本家の用事に日菜を使えなくなると困るから反対するはずだ。


「怒られようが泣かれようが、それでも私は地元を出て行くと決めている・・誰にも止められないし止める権利も無い。結構悲壮な覚悟もしているんだぁ・・・何が有っても、泥水すすり草を食んでも、血反吐吐いても地元から出て行くんだって・・。

ソフト君の覚悟一つだと思うよ?夏が終わってレギュラーを決めるテストの時に、お願いしますチームに戻って来て下さい・・って懇願されるぐらいに強くなれば良いのではないかな?みんなに引き留められない様じゃ、プロのスカウトの目に留まるなんて無理な話なんだろうし。」


【ドクンッ・・とソフト君のオ~ラが拍動した。】


「偉そうな事言って御免ね。でも私・・家族の顔色を見なくなって、都会で就職するって目標を決めてから、こんな人生でも楽しくなった気がするから。」


「・・・不思議ちゃんも、色々大変なんだな。」

「人の気持ちより自分の気持ちの方が大事だよ。頑張ろう?血反吐吐かない程度に。」


俯いているソフト君のオ~ラがドクンッドクンッと鼓動し始めている、周囲に気を遣う優しい人なんだろう・・優柔不断とも言いそうだが・・自分の気持ちを押し込んでしまうタイプなんだろうね。





「はい、もう夏の果物のシーズンだね、ピーチとバニラのミックスだよ。」


お互いの健闘を祈って乾杯と行こうではないか?固く組んでいるソフト君の手に無理やりミックスをねじ込んで持たせる、早く食べないと溶けちゃうよ。


「美味い・・。」


桃って美味しいよね~~瑞々しくて乙女の様だ、水蜜桃とか言うんだっけ?


「冬にはまた国立に連れてってよ、応援って立派な口実が出来たから、年末年始は本家に連行されて奴隷労働に使われなくて大変に助かりましたよ。」


「おう・・頑張るよ。そんな貢献もしていたんだ俺達。」

「母校と故郷の誇りだよ、ソフト君達は・・。」


ポンポンの応援は<優勝おめでとう>まで作っておいたのだ、来年はぜひ最後までご披露させて頂きたい。




梅雨が終わり・・夏の始まりを告げる、カエルが鳴き出した田んぼ脇のベンチに座って、しばし高校生のカップル?(糖度無し)下剋上狙いの2人は桃味のソフトを楽しんでいた。


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