傘かさ振れフレ
6月も中盤になった時、お昼の校内放送で重大発表が有った。
何と!我校のヒエラルキーのトップ、栄光なるサッカー部の面々が関東大会の決勝にコマを進めたそうなのだ。
あれからソフトクリーム屋さんでソフト君と出会う事も無かったから、存在自体忘れていたよ・・・モブはモブで忙しいし、サッカー部はモテるからね、迂闊に近寄るとその後の学校ライフに色々と支障が出るといかんからな・・・無難に避けていた訳だ。
君子危うきに近寄らず
昔の人は良い事を言う、この頃ソフト君も人気が高いらしいよ?
他校の女生徒まで練習を見に来るらしい、青春だね~~~。
その目出度い報告の放送によると、明日地元のサッカースタジアムで決勝戦が有るそうだ。決勝戦ともなれば地元のTV局も撮影に来るし、応援が少ないと放送された時にちょっと寂しいから、暇な生徒は応援に行くようにと動員が掛かったのだ。
因みにチアリーディング部も大会だそうで、駆け付ける事が出来ないらしい・・・チア部目当てに応援に来る男子生徒も多いからね、今回はエースの<大高源吾>様は不在だし、これでは客足が鈍いだろうと予想されての応援要請だ。
「どうする?日菜ちゃん行く?」
「暇だから言っても良いけど、暑そうだね~~。」
今年も異常気象で(このところ毎年以上気象では無かろうか?)熱中症や日焼け止の対策を取らないと後で酷い目に合いそうだ。
「スタジアムって屋根無かったっけ?」
「小坊の時に行ったきりだから覚えていないなぁ、どうだったっけ?」
「暑そうだね・・・帽子・・・日傘とか要るんじゃない?」
「・・・何だっけ、どこかのプロ野球の応援団が傘を振っていなかったっけ?傘が有ると面積が広いから少ない人数でも多く見えないかな。」
「クルクル回したりすると可愛いかも、モール付けるのは手間か・・。」
「日傘は黒が多いからね、後は白か・・・まぁ、本数が集まれば<がんばれ>の傘文字位出来るんじゃね?」
そんな話をしていたら、賛同者が集まって来た・・男子も母親から日傘を借りて来る事になり、足りない分は複数持っている者が提供する事となった。
『うちのお母さん、日傘50本くらいは持っていそうだからねぇ。問題はすんなり貸してくれるかだね。・・・何せ異常に物持ちが良くて、捨てるのが嫌いな人だから。』
その後生徒会の呼びかけで放課後の体育館に有志が集まり、当日に座る配置や、サインの合図でウエーブをするとか、傘を左右に揺らすとか・・そんな事が雑に決められて行った。
日菜は以前検索して知識で、ゴミ袋が便利らしいとか、S字フックが良いらしいとか、凍らせたペットボトルが熱中症対策に良いらしいとかレクチャーしてみた。
学校からの帰り道、鼻歌交じりで自転車を漕ぎながら、夕焼けで赤く色づいた田んぼの苗を見ながら走っている。オタマジャクシも尻尾が切れて、カエルに近くなり水辺から上がってくる時期だ。そうして盛夏の頃になると、わざわざ車道に出かけて行って、車に轢かれてペチャンコになっているカエルが増えるのだ。あれだけ事故に遭いながら、毎年減ることも無く繁栄を続けているカエルって凄いと思うよ?
県道に出てしばらく走る・・電気屋の前のソフト屋さんのベンチを見てもソフト君の姿はなかった。明日大事な決勝だもんね、今頃は最終作戦会議とかして、チームの面々で熱い情熱をたぎらせているのだろう。
頑張れ・・皆頑張れ・・悔いの無い様に笑って終えられますように。
日菜は自分は頑張らない癖に、頑張る人の邪魔をしたり、馬鹿にしたりする様な人は<糞根性が悪い>と思っているので、多少の知り合いの事だし・・此処は全力で応援しようと決めていた。
「お母さん~~、日傘貸してくれない?」
「高校生が日傘?今時の子はませているわね。」
そうでは無くて斯く斯くしかじか、応援のアイテムにする為、本数がいるのだと説明する。
「いやよ、壊されそうだもの。」
「古くてシミが出て居たり、骨の錆が出ている様な廃棄寸前のモノでいいんだけど。・・まあ、地元のケーブルTVには映るかも知れないけど、遠目なら襤褸さも解ら無いから大丈夫だと思うよ。」
大丈夫の意味が二人の間で、微妙に違いがある様だが・・・。
その後調べた所によると、母の日傘コレクションは全部で65本。雨傘と違い濡れたまま保管するような雑な事をしていなかったので、全部が何とか広げる事が出来た。
昔は黒より白が多かったんだね、珍しい赤や水色とか刺繍入りのレア物まである。
余り高級そうなのは悪いから白の襤褸を中心に、55本を借りる事にする・・・昔の日傘は折りたたみ式では無いので持ち運ぶのが大変そうだ。
「これなんか刺繍が綺麗だね、お母さん使えばいいのに。」
「昔の物はUV加工とかしていないし、単なる影を作る傘だからね・・今は車で移動するからあまり使わなくなったわね。」
「UVスプレーとか無いのかな?シミになっちゃうか・・勿体ないねぇ。」
母の断捨離が進まないのが解ったような気がするが、半分はシミが出ていて廃棄モノだったぞ?日菜は借り受けた日傘にビニールテープを貼って、2B・沢口と名前と通し番号を書いて行った、中々の手間である・・・これは是非ともサッカー部に勝って貰わねばコスパが合わない。
ブツブツ文句を言いながらも、日菜は作業を続けて行った。
*****
翌朝、55本の長い傘をママチャリの籠(前と後ろ)に差し込んで出撃の準備は整った。惜しむらくは傘が長い為に前が見えにくい事だろうか、これではスタジアムまで立ち漕ぎで進まねばならぬ・・何ちゅう苦行だ。幸い近所に坂らしい坂は少ない(裏道を通れば大丈夫なのだ)ので、どうにかなりそうだが。凍らせたペットボトルはチャリ籠に入れるスペースが無いので、リュックに入れて背負う事になるが、地味に背中が冷えて腰痛になりそうだ。仕方が無いのでペット達はバスタオルの包んで、ぎゅうぎゅうに詰め込む事にする。
応援するまでに精魂尽きそうだ・・・少し体力をつけないと就職に支障を記すかも知れない。何か会社って頑丈で体力が有り、遅刻しないで休まない人が欲しいらしいよ?
体力が大事なのはカンフー映画とジブリのアニメだけでは無いらしい。
「さて行きますか!どっこいしょ~~~。」
婆むさくも日菜はスタジアムに向かって走り出した、自転車で1時間位の距離か?十分体は鍛えられているように思えるが・・・。
******
「ひえぇ~~こんなに広かったっけ?スタジアムって。」
「わぁ~、芝生が綺麗だね。縞々になっているけど人工芝なのかな、それとも芝の種類が違うのかな?」
5年振りくらいに訪れた地元のスタジアム、シーズン中はサッカーフアンの観光客が、夏は大人達がビアガーデンとかで楽しんでいる様だが・・日菜達高校生にはまだ縁が無いイベントだ。地元民って案外行かないものだよね、山梨県民が全員富士山に登る訳でも無いだろう・・静岡県民もね。
「どこに座れば良いのかな・・・あっちでマネージャーさん達が呼んでいるよ?」
「随分近くで見れるんだね、同じ高校特権って奴かな。」
「見てみて、あそこTVカメラが来ているよ。」
日菜はス~~ッと、智花ちゃんの傍を離れた。
あれだ・・TVのカメラマンと言う種族は、群集の(モブ)塊の中から、美人を見つける達人なのだ。TV中継で夏の甲子園の応援席を見てみるがいい、か・な・ら・ず可愛い子や美人の子を見つけ出してアップで撮っているだろう。美人を見つけて、お茶の間にお届けするのは彼らの尊い使命なのだ。可愛い智花ちゃんを目立たせるために、比較対象物の様に映されるのはごめん被る。日菜は日傘を持っていない人たちに、返却方法を伝えながら配り、自然の風を装って智花ちゃん達、校内美人番付に載る様な子達から離れて行った。
黒い日傘の中に、白い日傘でガンバの文字・・・白が足りなくて<レ>まで出来なかったのは残念だったね。
生徒会長の音頭で、校歌を歌いながら上下左右に揺らしウエーブの練習をする。
ブラスバンド部の部長がドラムを叩き拍子をとっている。
皆テンションが高い、このまま騒いでて最後まで持つのかな?
練習に疲れて何しに来たのか忘れる頃、ようやっと試合が始まる様だった。
ついに試合が始まるようで(遅いよ、とっととやってよ)、両軍のキャプテンが握手をして審判?の人に何やら注意を受けている・・ここまではお約束なのだろう、みな落ち着いた様子で広いスタジアムのコートに散って行った。
ソフト君は何処かな・・・小さすぎて解らない、あれか背番号で探せば良いのか・・彼は先発の様で既にコートの中に居た。
何やらお役目に名前がついている様だが、ナンチャラヒルダーとか?
悪いが日菜はゴールキーパーしか解らない、あの役の人は蹴られた玉を手で取って良い人だ、たぶんな。守護神とか言うんだっけ?相手のキーパーは強そうで、何だか仁王様の様な人が守っているが・・大丈夫だろうか?
ピーーーーーーーッ
笛が鳴って試合が始まると、オ~ラの光を帯びた人があちこち走り回るので残像が面白い。日菜のいる場所からでは胸の色タイマーは見えそうも無いが、今の所両軍揃って元気に走り回っている。
日菜は皆と合わせて傘をフリフリ歓声を上げた、生徒会長がホワイトボードに叫ぶ言葉を書き込んでいて、さん・はい!で叫ぶのだ。
頑張れ、頑張れ・・み・や・ざ・き
その宮崎君は、蹴り蹴り走りをして敵の陣地?に玉を運んでいる人だ。
しかし敵もあっぱれで、蹴り蹴り走りの横っちょから足を出して来て、玉を奪おうと画策して来る。中々白熱した展開だ、流石に決勝戦と言う戦いなのだろう。
前半戦には両軍とも点が入らず、後半戦に縺れ込んで・・・それも刻々と時間が過ぎて残り10分となっていた所だった。
「おい、あそこ・・・Jリーグの偉いさんが見ているぜ。」
事情に詳しそうな男子が話している、スカウトの人なのだろうか、将来の金の卵が居るか見に来たのだろうか。バードウオッチングするような望遠鏡?で、選手達を眺め回している・・・海水浴場でやると捕まりそうな感じだ。
【スカウトされなければ、プロになるのは難しいんだ・・俺は自分をアピールしてチャンスをつかみたい。】
・・・ソフト君・・・・。
そのソフト君と言えば玉を奪ったのはいいが、パスを出しかねている様に見える、周囲を敵に囲まれそうだ・・・彼の虹色のオ~ラがヒラヒラとしていて、浮足立っているように見えている・・焦っているのだろうか。
何してんだよ!スカウトが見ているんだぞ!!
日菜は思わず立ち上がると
「ぶっ放せーー!!」
・・・ごく普通に叫んだつもりだったが、何故か瞬間応援が停止してシ~~ンとした静寂の中、日菜の声だけがスタジアム中に大きく響き渡った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うっ・・・・。
・・・・次の瞬間ドッと笑いが起き・・・(うわ~~~ん)・・・。
どーーーーーーーん!!
みんなが油断したその瞬間に、ソフト君が思い切り蹴とばした長いシュートが、相手のゴールに吸い込まれてネットを揺らしていた。
ゴーーーーーール!!
わああああああああああああああああああああ・・・・・・・・・
スタジアム中に味方の歓喜の声がコダマした。
監督が叫ぶ
「試合中だ油断するな!」
敵がカウンター?(何それモノでも置くのか?)をし掛けて来て、もう皆ゾンビに追いかけられているように走り回っている・・日菜などはゴチャゴチャしてどっちが敵のゴールか解らなくなった来た。
『リンダさん・・何したのさ、日菜の声だけ嫌に通っていたけど?』
『応援が聞こえなければ意味が無かろう、あの少年に活を入れたかったのであろう?あれは自分をもっと押し出す気概が必要な男だな。精々ケツを蹴り上げてやるがいい。』
それは日菜の役目では無いよ・・変に目立っちゃったな・・トホホだよ。
そのソフト君の活躍に、下級生の女の子がキャーキャーと喜んでいる。
大きな夢を持つ人の、その願いが叶いますように・・日菜の気持ちはそれだけだ。努力は人を裏切らないと言うけれど・・皆努力してこの舞台にいるんだもの、後は<持っているモノ>を上手く生かせるかどうかなのだろう。
頑張れぇ!
敵の渾身のシュートを、味方のキーパーが辛うじて弾いた。
その玉を奪って、今度は味方のメンバーが敵のゴールに向かってひた走る。
それを追いかけて敵も走り、あっという間にまたもゴール近くは敵味方入り乱れてのぐっちゃぐちゃだ。
敵をその大きな背中で押しのける様にして空間を作ると、ソフト君はパスを出す振りをして踵で玉を蹴り、キーパーのいない所を狙ってポンッと押し込んだ。
ゴーーーーール!!
味方も敵も、呆気に取られたトリッキーなゴールだった。
そんなゴールを決めたソフト君のオ~ラは、それはもう<大高源吾>様ほどに光り輝いていた。1試合に2ゴールだ・・・これは凄い事なのだろう?
日菜はそっとスカウト?の人を伺い見た・・・何やら彼は喜んでいる様で、オ~ラが楽し気にチラチラと踊っている。
『これは・・掴みはOKかな?』
ソフト君のプロサッカー選手の幕開けは、もう始まっている様だった。
そうして試合が終わり、日傘を回収して日菜はトボトボと自転車を押して歩いていた。応援も疲れるようで、立ち漕ぎして自宅まで帰るライフがもう無かったのである。行きの倍ほどの時間を掛けて、ようやっと例のソフトクリーム屋さんの前まで辿り着いたら、ベンチになんとソフト君が座っていた。
「お疲れ・・・凄いなその傘。」
「お母さんのコレクションなんだよ・・・。芝生の上から傘の応援見えた?皆結構頑張っていたと思うんだけどさぁ。」
「最初と最後は見えた・・試合中は余裕が無かった・・悪い。」
応援何てそんなものだろう、賑やかしに成れたのなら何よりだ。
「勝って良かったよ、は~~どっこいしょ。」
疲れてベンチに座り込む日菜に、ソフト君は新作のソフトを買って来てくれた。
奢りだってさ、気前が良いね。
「何だかね、Jリーグの偉い人とか言う人が試合を見ていたよ、こう腕を組んでうんうん頷いていたから、掴みはOKなんじゃないかな?この試合で得点したのはソフト君だけだし、目立っていたと思うよ凄く。」
「試合後・・帰る時に声を掛けられた、この調子で頑張れって。」
「やったね!凄いじゃん!」
今日のソフトの味は格別だね、自転車を引っ張って疲れた体に冷たい甘さがしみ込んで行く様だ。
「声が聞こえた・・・ぶっ放せって。」
「空耳じゃない?『リンダさんめ!』」
「そうかもな、でも・・ありがとな。」
「じゃ・・俺行くわ。」
「お疲れ様~~、ソフト有難ね。」
新作のソフトはレインボー・・・7色のフレーバーで、色は綺麗なのだが、味の方は混じり合って良く解らない複雑な味だった。・・いや美味しいけどさぁ。
レインボーか・・虹色のオ~ラを持つソフト君の内面も、こんな風に良く解らない複雑な味?なのかな。
「さて帰りますか。」
ソフトで元気になった日菜はその後、立ち漕ぎで家まで帰って行ったのだった。
頑張れ青少年・・婆は応援しているぞ!