お婆様から渡されたモノ
B級聖女の詩乃さんと、同時期の此方の世界のお話です。
【お婆様が亡くなった。】
日菜の家はごく普通のサラリーマンの家庭だし、父親の実家も旧家やお金持ちなどの結構なものでも無く、亡くなったお爺ちゃんは普通の勤め人だった様に記憶している。それなのになぜ故<お婆様>などと言う、大層なお金持ちの様に呼称されるのだろうか?それは偏に<お婆様>の個性?と言うのか、彼女の持つキャラの濃さがなせる業だった様に思う。
そう・・お婆様は、普通の年寄りの女性とどこか違っていた。
それは叔父に言わせると「気味の悪いババア」となるし、超常現象が大好き、オカルト?ご馳走です!の女子大生の従兄弟に表現させれば「超能力者」と言う事になるのだろう。勘が鋭い人で、お婆様に注意されると不思議と事故に有ったり、病気になったりと・・・有難い様な有難く無い様な・・・不思議な人だった事は間違いの無い事実だった。
そんなお婆様はいつも小さめな体をしゃんと伸ばし、白髪を染める事も無く小さなお団子にしてゴムで雑に結っていた。某国民的家族アニメの様に、婆と言えども着物など着ている訳でも無く、孫がサイズアウトした量販店のピンク色のフリースなども平気で着ていたし・・・まぁ、見た目も中身も変わったお婆様で有った。
日菜はそんなことをボンヤリと考えながら、家族葬と言われるこじんまりとしたお葬式に臨んでいた。黒いワンピースやスーツの中、濃紺色のセーラー服は日菜只一人で・・それが故人が重ねた年齢の高さを物語っている様だ。
『制服は便利だね、冠婚葬祭何でも着られるし・・卒業したらどうしよう。』
そんな益体もつかない事を考えながら、斎場所属のお坊さんのショートカットバージョンのお経を聞くでも無しに聞いていた。
幼かった頃に日菜は無邪気に「お婆様は、超能力者なの?未来の事が解るの?」等と質問したものだったが、お婆様は苦笑いをして。
「そんな力は無いよ・・日菜さん、よく周囲を見て、自分の願いや打算なんかの余計なモロモロを除けて、相手の能力や性格などを心静かに考えてみれば、大方の先の事は誰でも見通せるものなんだよ。」
そんな風に言っていた。
しかしお婆様の予言(見通し)は、かなりの確率で的中していたので、親戚の中で密かに恐れられていたのも事実であった。中には八つ当たりして「あの婆、俺様に呪いを掛けやがったな!」などと言い出す叔父もいたのだが・・・今日びド素人がFXなんぞに金を突っ込めば、大火傷をするのは必然で・・そんな未来は日菜にだって予想可能な事だと思う。
とにかくお婆様は自他に対して常に冷静な人で、人間関係に一切の面倒臭い感情を挟む事なく、淡々と日々を過ごしていた様に思う。
そんなお婆様を冷たい人と感じる親戚もいたし、近寄り難い気難しい人、感情の薄い人情味の無い人と言っている従兄弟もいた。その辺の評価は、まだ高校生のヒヨッコな日菜には判りかねたが、延々と人の悪口や自分の不幸を言い立てて、いつも騒ぎ立てている叔母よりかも、ナンボか付き合い安く感じていた事は内緒の事である。
お婆様の性格はそのライフスタイルにも反映されていて、断捨離などが流行る遥か以前から家の中はスッキリと整えられ・・嫌にガラ~ンとしていて生活感が無く、余分な物や古くて要らなくなった物はドンドン処分されていた。
余りにも何もないので、綺麗好きも此処まで来ると病気だとか、こんな生活は修行僧の様だと言う叔母もいたのだが。
「別に綺麗好きな訳では無いのさ、むしろ掃除など面倒で嫌いだしね・・でも散らかっているのも気分が悪いし。」
お婆様によると、面倒な掃除を簡単に済ます為に物を整理していたら、自然とこんな風になったらしい。
「日菜さんや、人は自分で管理できる以上に物を集めなければ、スッキリと快適に住めるものなんだよ。」
そんな風に言っていた。
確かにお婆様の家は何もないので、ロボット掃除機は物にぶつかる事も無くスイスイ動いていたし、僅かな家具の上はハンディモップでひと拭きすればOKなのだった。
日菜の家のキッチンやリビング等と比べると雲泥の差って奴で有る、日菜の家には使い道の解らない様な埃を被ったキッチン用品や何処かの銀行のオマケの謎キャラの貯金箱(しかも中身は空)、溜まった雑誌・うず高く積まれて堆積し既に地層と化した服などが発掘できそうな勢いで増殖中なのだ。
まぁ、はっきり言わせて貰えば<汚屋敷>って奴である。
そんな状態も両親共に働いているのだから無理からぬ事だと思い、一度日菜が片付けを断行しようとしたのだが、烈火の如く母親に怒られてしまったのは苦い思い出で有る。堆積物を造り出す者達にとっては、それは邪魔なゴミなのでは無く<大事なお宝>だと言う事をシミジミと味わった日菜であった。
いきなり掃除を始めた日菜に、お婆様の入れ知恵なのか?とか、お婆様に何か言われたのかとか・・妙に母親が絡んで来て面倒くさかった覚えが有る。思うに日菜の母親は、あまりお婆様の事が好きではなかったのではないか?とか邪推してみる。多分性格が正反対だったからなのだろう・・どちらが良いとは判断しかねるが・・多分そう言う事なのだ。
そんなお婆様は、自分の<最後>に関しても完全に自己完結を貫いた。
お爺ちゃんが亡くなった後、8年間余りは家で一人暮らしをしていたが。
「そろそろお迎えが近い。」
と言い出して持ち家を売り飛ばし、その資金を元に自ら有料老人ホームに入った。3人の息子達は
「そんな金は勿体ない、誰かと(自分の家とは決して言わない。)同居すれば良いだろう。」
とか言っていたが、自分達は世話などする気持ちは微塵も無く、介護が降りかかるであろう嫁である日菜の母親達にドヤされて渋々ホーム行きを受け入れていた。家を売った資金は半分はお婆様が、残りは平等に3人兄弟に生前贈与された様だ。
・・・そうして今、ホームでお別れ会をしてもらい、葬祭場に移動しお経を謹んで拝聴し・火葬をしている間、控室で雑談している時に<ホーム付きの弁護士>と名乗る男性がやった来たのだった。
=お婆様の使い残した資金=
について、お婆様が遺言を残して行った・・・との事である。
これには親戚一同の目が輝いた、たとえ僅かで小遣い程度の小金でも貰えれば嬉しいものだから。流石に始末の良いお婆様であった、この度の葬式代や各種雑務の手当てもキチンと計上されていてお金を振り込むばかりになっていた。
日菜は弁護士と言う職業の人に、この日初めて出会ったが。
TVドラマで見るようなインテリジェンス溢れるイケメンでは無く、何だか腰でも痛そうな初老の悲哀を感じさせるようなくたびれたような男性だったので心静かに失望していた。彼は聞き取りにくいボソボソとした声で喋り、法廷とか言う処で声が通るのかなぁ?と心配になる様な御仁だった。
「・・・この度のお葬式関連の資金に関しては以上です、次に残りのお金の相続に関してですが、お子様達には既に生前贈与されていますので、7人のお孫様に贈られる事を希望されていました。お手元の資料をご覧ください。」
お手元の資料とやらには、今まで孫達に贈っていた<お祝い金>のリストが載っていた。7人の孫と言っても、結婚が早かった次男の長女はもう曾孫が二人もいて年齢も30歳半ばになっている。一番年下なのは日菜で、現在高校2年生の花の17歳だ。
それぞれの孫が成長する度に贈られて来た、保育園から小・中・高校・大学の入学祝・成人のお祝い・就職祝い・結婚祝い・出産祝い・曾孫の保育園の入園祝いまで・・・トータルすると結構な金額になる。30歳半ばの孫娘が貰って来た金額を元にして、それぞれの孫にこれから貰えられたであろう金額を、各自に配る様に封筒に入れて用意してあった。既に生前にお祝い金を頂いて来た30歳半ばの孫娘には今回の配当?は無しだ(ちょっと残念そうで、羨ましそうな顔をしていた。)
当然一番分厚い封筒を受け取ったのは日菜であった。
『何だか視線が痛いねぇ・・・。』
「日菜、それオジサンに預けないか?3倍にしてあげるよ。」
FXで大損こいて、離婚寸前の叔父が朗らかに・・・しかし目はちっとも笑ってはおらず、そんな事を言い出し近寄って来た。
間髪入れず<弁護士の先生>が、
「日菜さん、お婆様からの伝言です。幸雄叔父様がチョッカイを掛けて来るだろうけど、決して渡してはいけないよ、自分の将来の為に使いなさい・・との事です。それから幸雄さん、あなたは株やギャンブルに芽は無いから、地道に働いて兄弟に迷惑を掛けない様に・・との事でした。」
「あの糞ババア!くたばってからも適当な事言いやがって。」
「あら、お婆様の言う事は大概的中していたではないの、いい加減に懲りたら良いのよ、大口ばかり叩いて中身が無いんだから。」
離婚騒ぎを毎度起こしている、次男の叔父夫婦が睨みあっている・・怖い。
何だか殺伐としてきた控室だ、日菜は従兄弟達の視線を感じつつ、制服のスカートのポケットに曲がりにくい封筒を収めた。
「それから、日菜さんにはこれを預かっています。日菜さんなら覚えているだろうと仰って。」
弁護士さんは10センチ四方の白い箱を取り出して来た、周りは何だ?なんだ?宝石か等と姦しい。お婆様の僅かな装飾品はすでに生前贈与で娘孫たちに渡っていた、元よりたいして値が付くような品は無かったし、息子の嫁たちは(お婆様の子供は、3人の息子だけで娘はいなかったのである。)引き取りを辞退・・平たく言えば・・拒否・・していたからである。お婆様の形見など恐れ多くて気味が悪い、何だか監視されている様で落ち着かない・・との事だったが・・何があった母&叔母達よ。まぁ、そこは聞かぬが花だろう。
「早く開けてみなよ。」
そんな価値のあるお宝が出てくる訳でもあるまいが、不思議なノリで皆が覗き込んでくる。結婚指輪でも入れそうな白い箱を開けると・・・何やらお札を貼られた木箱が出て来た。
「いやぁ~~、何か謎と不思議な匂いがする。」
超常現象愛好家で、オカルト大好きな割には霊感ゼロの、今時の女子大生の従兄弟のお姉さんが騒ぎ出した。これって呪われているんとちゃうのぉ?お婆様のオ~ブ?何かのアイテム??
嫁ズはドン引きしてその場を離れだした、何やらお経を唱えている・・お婆様は魔王か何かか?
「お札切るか、剥がさないと箱を開けられないんだけど・・どうする?」
「日菜ちゃんが貰ったんだから、呪いが有っても日菜ちゃんに行くでしょう。構う事無いから、開けよう開けよう!」
『お姉ちゃん・・それどう言う意味かな?』
若干の疑問を抱きつつ、箱を軽く引っ張ってみる。
不思議な事に切れ目など入れなかったのに、僅かな力でピッとお札が切れて・・・と、言うか・・何だか自ら切れた様に見えたんだが・・・箱が開いた。
「何だ、下らねぇビー玉じゃないか。馬鹿馬鹿しい。あの糞ババア最後まで馬鹿にしやがって。」
皆急に興味を失くしたのかその場を離れだした、お茶でも入れようなどと話合っているし、弁護士さんは帰り支度を始めている。
しかし日菜はそのビー玉から目が離せないでいた。
『これって・・あの時のものだ。』
数年前の事だ、お婆様の友達の孫娘が行方不明になった事件が起きた。
夏休み前の休日に、道にポシェトを残し忽然と姿を消してしまったのだ。
そのポシェットの近くに、すぐ傍の有名進学校の女生徒の鞄も落ちて居た為、女生徒の誘拐現場を目撃した為に事件に巻き込まれて何処かに連れ去られたに違いないとか言われていた。
捜査は難航し虚しく時間は流れ、ようとして行方は解らず・・閉塞感に包まれた時に<勘が良く当たる>お婆様の事を思い出したその友達の老婆は、一縷の望みを抱いて捜索の協力を願い出て来たのだった・・・ちょうど日菜もお婆様の家に来ていた時の事だった。
行方不明になった孫娘さんには、日菜も面識が有った・・・夏休みにお婆様の家に遊びに行った時に何度か一緒に遊んだ事が有ったのだ。面倒見の良い明るい女の子だった様に思う、顔は覚えていないが・・・印象の薄い、モブな感じな子だった様な気がする。(もちろん日菜も、人様の事をとやかく言えない様な、その他大勢のモブ顔なのだが。)
頼みを快く引き受けたお婆様は、孫娘ちゃんのペットのウラ~だか、ウオウだったか・・・忘れたが、小太りの雑種の犬を連れて悪戯に近所を歩き回ったのだ。
警察犬さえ匂いを辿れなかったのだから、悪いがこんな雑種の小太りの犬には無理だろうと日菜は内心思っていたのだが、とてもそんな事を言える様な雰囲気ではなく、ワンコは散々ウロウロと歩き回った挙句、河川敷の草むらで突然ワンワンと吠えだした。
よく見ると草叢に何か光る物、良く言えば水晶の様な・・有り体に言えばビー玉の様な玉が転がっているのが見えた。ワンコは玉に向かって唸るし、薄暗くなって来た街灯の無い河川敷なのに、玉は何だか発光している様な感じでポワンと光っているしで・・・訳が解らない感じを受けた覚えが蘇って来た。
お婆様は玉を拾い上げるとマジマジと眺め、
「これは余り良くない物の様だ。」
とか言って、その時は白いハンカチに包み数珠を巻き付けて居た様な気がする。
あれから更に数年が過ぎ、孫娘ちゃんの事件はいまだ未解決だし。
お婆様の家も売り出され更地となり、あのご家族とも疎遠になってしまったが。
『お婆様・・これ、まだ持っていたんだ。どうしておけば良いのかな、取り敢えずお婆様から貰ったパワーストーンのブレスレットにでも絡ませて置けばいいか?こんなものを渡されても、どうして良いか解らないし、ハッキリ言って良いなら迷惑だね。』
まじまじとビー玉を見ると、模様の様な色がガラスの様な物の中でわずかに動いている・・・これって、アニメでおなじみの<魔法陣>とか言うモノの様に見えるが。何だろう?内部で円がクルクルと回りファンタスティック感が溢れているのだが。
『綺麗だな。』
取り敢えず<ビー玉>を制服の胸ポケットにブレスレットと共に放り込んでおいた、処理の方法は後で考えれば良いだろう。
その後、
「ご家族の皆様~、お骨が焼き上がりました~。」
と妙に明るい感じな案内の人が来て、親戚一同ゾロゾロと火葬場の方に移動していったのだった。
石とか拾わない方が良いそうですよ、オカルト板に書いて有りました。