第80話 新時代の黎明
『世界会議』から約一月。
ポルッカは冒険者ギルドの喧騒――活気を聞いている。
場所は相変わらずのアーガス島独立自治領、今やその中心ともいえる冒険者ギルド。
ただし今はもう支部ではなく、本部となっているが。
その受付窓口あたりを見下ろせる二階、己の執務室の扉の前に今ポルッカは立っている。
『世界会議』以前にも大陸中から集まってきていた冒険者たちが各々の身の丈に合った依頼を受け出発し、夜間攻略組が帰還して報酬を得て快哉を上げ、依頼を登録する者たちが受付窓口に並び、依頼の成果を受け取り悦ぶ者もいる。
いかにも冒険者ギルドらしい、熱を伴った空気を直接感じることをポルッカは愉しんでいる。
「よー、ポルッカ総長、今日も朝から暇そうだな」
「やかましいわ! 俺には俺なりの仕事が山ほどあんだよ!」
「別嬪さんらのご機嫌取りが仕事たぁ、羨ましいこったな」
「代わってやろうか? あぁ!?」
「いやあ、俺らガサツな冒険者は素直に迷宮攻略に勤しむとすらぁ。羨ましいのは本音だが俺らにゃとても務まらねえよ。適材適所ってことで一つ頼まぁ」
「……無理だきゃすんなよ」
「わーってるよ」
手をひらひらさせながら、1パーティー6人が大扉から迷宮へと向かう。
ポルッカがまだ、ただの受付中年だったころから付き合いのある古参冒険者たちだ。
こういう気安い連中が居る一方、移転組などははじめから「ギルド総長」兼「御領主」兼「お貴族様」かつ『世界連盟(仮称)』議長であるポルッカに対して直立不動だったりするからおかしなものだ。
その移転組が、アーガス島の古参冒険者たちが憧れている高名な冒険者だったりするからややこしい。
みんな揃うとジャンケンのような関係で見ている分には面白いのだが。
実際ポルッカは最近、実務をやるような立場ではなくなっているのが少々不満ではある。
決済や判断も今のポルッカの位置まで来ればその重要度は以前とは比べ物にならないほどに上がってはいるものの、処理しなければならない案件数自体はガクッと少なくなる。
それでも十分忙しいと言える質と量を伴った仕事量とはいえるが、絶対量で言えば「執行役員」であった時の方が膨大であったことは確かだ。
最近のポルッカの主業務は古参たちの言うとおり、偉いヒトたちのお相手というものが多くを占めている。
主な偉い人――ここのところアーガス島冒険者ギルドに入り浸っている、どこぞの幼女王と第一皇女と総統令嬢がそれである。
『世界会議』の最後に発表された幼女王スフィア・ラ・ウィンダリオンとヒイロの婚約(仮)はそれを聞いた者たちにかなりの衝撃を与えた。
内外ともにであるが、内についてはここは置く。
狙い通りウィンダリオン中央王国が宗主国となることに異を唱える国はなくなったが、それに伴い各国の思惑が渦巻くことになるのも当然である。
大陸の三美姫だけではなく、各国にとって要人としか言えない人物が多くアーガス島に集中しているのが現状なのだ。
スフィアに至っては仮にも王たるものが何をしているのだという話だが、今は「仮」でしかない婚約を確固たるものとするため、未来の伴侶の側へいることこそが最優先だと有力貴族、官僚全会一致で結論されている。
アルフォンス・リスティン・フィッツロイ公爵が取り纏め、つい先ごろまでの不仲はなんだったのかと思えるほど一致団結して公務を回しているらしい。
腐っても大国の貴族、官僚たちである。正しく全力を出し、協力することこそが最も利益につながると理解すれば、かくも見事に国はまわる。
力というのは王にこそ必要ですわね、というのがここのところのスフィアの正直な感想である。
力無き王の国はいずれ衰退する。
ヒイロから聞かされた「存在しない歴史」でラ・ナ大陸に戦乱をおこす要因の一つは、その歴史での己が力不足ゆえに招いた軍部の暴走だ。ヒイロに選ばれなければ、ウィンダリオン中央王国は疲弊しただろう。 そこへ「天使襲来」が発生すればどうなるかなど聞くまでもない。
力ある王が君臨するからこそ、王国は繁栄する。
幸いにしてスフィアにとってわかりやすい力は手の届く範囲に居てくれるので、目下のところスフィアの最優先事項は五年の猶予以内に(仮)を取り除くことだ。
五年もあればぺたんこもある程度育つだろうし、見てなさいなと思っている。
その間も油断はできないので距離を詰める努力は怠らないが。
残りの二人は可能であればその隙を突き、それが無理でも第二、第三の座を射止めよということでこれも国では満場一致で認められている。
とくに三大強国の中では諸般の事情により圧倒的に立場を弱くしているヴァリス都市連盟のお偉方は、アンジェリーナがいつものようにヒイロを籠絡してくれることを心の底から期待している。
そう扱われることを当然としていた――ある意味諦めていたアンジェリーナが思わず笑ってしまうほど、その願いは真摯なものである。
面白いことに、そこに蔑みはない。
『世界会議』で見せた圧倒的な力を持つヒイロを夢中にさせられるのであれば、それは為政者たちにとっても畏怖すべき力の一つのカタチなのだ。
力に貴賤などない。
虎の威を借りることが可能な狐は蔑む相手ではなく、場合によっては虎そのものよりも畏れるべき対象となり得る。
だがアンジェリーナはあの舞踏会の夜から、自分でもわかるほどに変わった。
自分でも本当はどうしたいのかわかっていない状況だが、望まれ許されるならヒイロの側に居たいと思っていることは確かである。
通じないとわかれば、あれだけ本当は嫌っていた色仕掛けを愉しめてしまう自分を、以前より嫌いではないここ最近のアンジェリーナである。
シーズ帝国はよりわかりやすい。
『世界連盟(仮称)』の中核をになう三大強国であり、ヴァリス都市連盟のような瑕疵もない状況ゆえに、わりとあけすけな要求を明確にしている。
要は幼女王スフィアとヒイロの婚約(仮)を認める代わりに、第一皇女ユオ・グラン・シーズを側室候補として傍に置けと、皇帝と皇太子の名のもとに正式要請しているのだ。
これは皇族としてはハシタナイというか普通ではありえない話ではあるものの、実利を重んじるシーズ皇家としては譲れないところなのだろう。
当の本人である第一皇女が文句を言うでもなくその指示に従ってアーガス島へ居を移しているからには、外野がとやかく言うことではないのだろう。
ユオにしてみればあんな醜態をさらしてしまった以上、ヒイロの嫁にしてもらわねば他所になどいけないと言ったところか。
ヒイロの理想像を演じ切ってみせると嘯いていた以前の自分をぶん殴ってやりたいユオではあるが、ヒイロに逢えたら満足してしまう自分をどうにかせねば、正妻候補であるスフィアと清楚でありながらお色気系であるアンジェリーナに太刀打ちできないと頭を抱えている。
もっともこの大陸の三美姫の本当の敵は、お互いではないのだが。
とにかく。
『世界連盟(仮称)』の成立がなった『世界会議』以降、ラ・ナ大陸――世界の中心は宗主国となるウィンダリオン中央王国王都ウィンダスになるかと思われたが、そうはならなかった。
『大迷宮攻略時代』と呼ばれるようになる状況そのままに、冒険者ギルド本部の所在地がすなわち世界の中心と見做されたのだ。
つまりここ、アーガス島が今や世界の中心である。
今や冒険者ギルドの総長であるポルッカの直轄地であり、そのポルッカをその位置まで押し上げた要因でもある『神殺し』の通り名をもつ冒険者筆頭ヒイロ・シィの活動拠点であるからには、当然ともいえる。
その上大陸の三美姫が常駐し、各国の要人の多くが集中しているとなればなおさらである。
現在もラ・ナ大陸中で攻略が進められている多くの迷宮、魔物領域のなかでもアーガス島迷宮の攻略深度は圧倒的なものであり、そこからもたらされる未知の魔物素材やアイテム類は日々とんでもない値で取引されている。
攻略深度が深まるのに伴って冒険者たちのレベルも上昇し、成長限界という言葉はすでに過去の言葉となってしまっている。
今や僅かな犠牲も出しながらも膨張の一途をたどっている「冒険者」たちにとって、己の活動拠点が「アーガス島迷宮」であることは一つの大きなステータスになりつつある。
実際アーガス島冒険者ギルドでの「新人冒険者登録」は一時的に停止しており、他所からの転属も書類審査等が厳格化され、相当な有力冒険者でなければ認可されない状況だ。
『神殺し』と同じ、最も攻略深度の深い迷宮で体を張っているという肩書は、拡大の時代を迎えた基本積極思考である人々の、単純な憧憬をわかりやすく刺激する。
もっとも最深部を更新しているのはヒイロであり、他の冒険者たちの攻略階層は他の迷宮とそう変わらぬものではあるのだが。
世界の中心にして、最前線。
新時代の黎明、その光がもっともさしているのが今のアーガス島と言える。
そしてその変化は、元々迷宮都市として栄えていたアーガス島を数段飛ばしで世界最大規模の都市へと発展させている。
この地にて墜とされた『九柱天蓋』はすでに再建されており、後一月もすれば予定されていた各種施設も完成、冒険者ギルド本部をはじめとした機能のすべてを天空に移す予定となっている。
当初はヒトの出入りに不便すぎるとの実際的な問題から、あくまでも軍事的な運用に限定されることも考えられた。
だが、『天空城』から提供された実質永続的な大規模転移陣を敷設することによって「移動」の問題はあっさり解決されたのだ。
冒険者ギルド総長であるポルッカをはじめ、昨今各国の主要人物がうろうろしているアーガス島である。
逸失魔導技術を投入してでも、安全の確保を優先することは正解なのかもしれない。
『九柱天蓋』側から遮断してしまえば転移魔法陣の機能は停止し、空でも飛ばない限り侵入は不可能となる。
旗艦と違ってアーガス島の空中要塞はその施設を内側に抱える岩塊なので、要人警護という点では有利ではあろう。
もっとも再度浮上した『九柱天蓋』のはるか上空に『天空城』が常に浮遊している以上、アーガス島に手を出してくる存在は考えにくいと言えるのだが。
ヒイロがポルッカからの正式依頼に従って開拓した「第二の街」が規模的にも主都市になると見做されており、そこへの資本注入はそら恐ろしい規模になっている。
居住区はそれこそ各国の王族クラスを想定した地区も存在するし、そうとなれば日用品から食材に至るまで「最高級品」と呼ばれるものも扱われる。
第二の夜街の規模も相当なものだ。
貴族が平気でうろうろし、莫大な富を生み出す原動力となる攻略最前線冒険者が暮らす街に求められる娯楽は、それに応じたものとなるのは当然だ。
規模、質ともに嘘偽りなく「大陸一の夜街」が完成の域に入りつつある。
酒場や妓館で客を誘う美女たちは、もはやウィンダリオン中央王国の王都やシーズ帝国の帝都のそれを超えている。
最大の迷宮と、その攻略を支える最大の都市。
その両輪を強力に回して、アーガス島はヒトの大拡大時代、その先頭を驀進していると言っていいだろう。
「さてと、そろそろ準備しますかね」
首を鳴らしてポルッカが独りごちる。
最近の迷宮攻略を夜の部に移しているヒイロが、地上に帰還してくるのが後小一時間くらい。
それを見越して、お偉方がポルッカの執務室へ訪れるというのがここのところのルーチンワークである。
攻略を夜の部に移したことによって、夜会などは欠席。
昼は完成した屋敷で休息するヒイロと間違いなく会えるのは、攻略の報告をしに訪れるポルッカの執務室となる。
ゆえにそこにスフィア、ユオ、アンジェリーナの大陸の三美姫がその場所へと集うのは、彼女らにしてみれば公務のようなものだろう。
そしてヒイロに付き従う三大美女となにやらポルッカにはよくわからん戦いを繰り広げるのだ、舌戦的な意味で。
それのお世話が仕事とは天を仰ぎたくもなるが、この輝かしいヒトの大躍進時代にとって必要なことであるのも確かなのだろう。
一部ではその判断の苛烈さ、容赦のなさにのちに『鉄血』の通り名を得るポルッカ・カペー・エクルズの片鱗はすでに見えている。
「反乱軍」を『世界連盟(仮称)』の名のもとに鏖にする第一種任務を発令したのはその最たるものであろう。
だが目下のところ、ヒイロを取り巻く女性たちの女性らしい部分に振り回されるヒイロのフォロー役。
どうやらそれもポルッカの仕事の一つであるらしい。
とんでもない美女揃いの、女性らしからぬ部分については知らん。
それはこの世界をここまで変えた、ヒイロ本人の領分だろう。





