第77話 容赦なき
ラ・ナ大陸北東部の海岸線一帯に存在する、都市国家の連合体であるヴァリス都市連盟。
その最北部に存在する港湾商業都市『ハシュ・ラパン』
五大都市の一つでもある『ハシュ・ラパン』は海運を中心に栄えたが、今ではヴァリス都市連盟の中でも最大の歓楽都市として名を馳せている。
大陸中から集まる旨い料理と上等な酒、劇や音楽をはじめとした文化、公営されている賭博関連。
金さえあれば世界中のどんな遊びでも愉しめる街。
それは当然、夜の遊びも含まれる。
ありあまる金をもって遊びに来る上等の客を目当てに、世界中から高く付く女たちも集まってくるのは自明の理。
「この街で抱けない人種のオンナはいない」とは夜を誇る街でよく言われる言葉だが、本当にそうである街は大陸広しと言えども数えるほどしかない。
他にも「大陸一」を自称している夜を誇る街はいくつかあるが、少なくとも『ハシュ・ラパン』がそれらに見劣りしないことだけは確かだ。
誰もが観光で一度は訪れたいと思うような、派手な街。
今その至近の位置を、約6万5千の兵力――すべて騎兵――が行軍している。
同じヴァリス連盟の五大都市のひとつ『ズィー・カーク』の精鋭1万2千を中心とした、リーグランド王国の辺境警備軍はじめクフィム峡谷周辺十国の混成部隊である。
この後表向きは「反乱軍」として扱われることになる、『ハシュ・ラパン』を蹂躙せんとしている各国から命令を受けた正規軍。
直接他国と接する国境を持たず、都市連盟の利を生かして防衛を隣接する『ズィー・カーク』に任せている『ハシュ・ラパン』は、その接近を察知すらできていない。
夜の帳が下りるまでは真面目な港湾商業都市として、日々の営みを繰り広げている。
身内に裏切られているのだ、無理なからぬことと言えよう。
――だが。
あと一時間ほどで『ハシュ・ラパン』へなだれ込める位置を騎馬にて行軍している「反乱軍(偽称)」のはるか上空に、その欺瞞も含めて完全に掌握している『天空城』が浮かび、等速度で移動している。
「我が主に現況報告をお願いします」
『――了解。攻撃可能な高度まで『天空城』を降下させます』
眼前に表示された「表示枠」を確認し、感情を感じさせない声で『万魔の遣い手』エレア・クセノファネスが告げ、それに『管制管理意識体』が答える。
一方的に平和な街を蹂躙しようとしている軍勢を見つめる、エレアとユビエの視線は静かなものだ。
民を守るべき軍が行おうとしている蛮行に対する、怒りもなければ失望も、蔑みすらもない。
もはや最初に感じた己が主に逆らう者に対する怒りも、それを滅ぼす喜びもない。
それは己が主の命令と同時に、ただ踏み潰すだけの虫を見る目だ。
『世界会議』の骨子の部分が確認され、あとは各国官僚たちによる詳細に移行しようとしている『九柱天蓋』旗艦の会議室。
統一された静寂が失われ、無秩序だがそれゆえに活気のあるやり取りが各所で開始されようとしていたタイミングで、再び会議室中央上部に複数の巨大な「表示枠」が現れる。
先の悪夢のような処刑の記憶が未だ新しいこの場にいる者たちはみな、弾かれるようにしてその表示枠へと視線を集中させる。
だがそこに映っているものを、初見で理解できた者はそう多くない。
大国がもつ航空戦力――ウィンダリオン中央王国の浮遊要塞『九柱天蓋』、シーズ帝国軍の総旗艦『八竜の咆哮』、ヴァリス都市連盟の魔導浮遊戦艦『大嵐』
そういった『逸失魔導技術』による「空を駆ける兵器」を持ち、そこからの景色を見たことがある者でなければ理解できない映像。
『ハシュ・ラパン』を蹂躙せんとする6万5千の騎兵の進軍、それを直上上空から捉えた実時間のものである。
「皆様、「表示枠」に注目願います。たった今情報が入りました――場所はヴァリス都市連盟所属都市『ハシュ・ラパン』近郊。規模は騎兵約6万5千」
急報というには落ち着いた声で、ポルッカが皆に告げる。
まあそれは当然だ。
この愚行が画策された瞬間から『天空城』はそれを察知しており、今まで泳がせていただけにすぎない。
当然議長役であるポルッカにも、その情報は共有されている。
「移動している先は――『ハシュ・ラパン』で間違いありません」
だがこの会議に参加している者たちはそうはいかない。
先の6国の処置も終了したということは、この場にはラ・ナ大陸に存在する全ての国の代表が揃っているのだ。
そして盗賊だの傭兵団崩れだのと言ったところで、6万5千もの騎兵が揃えられるはずもなく、そして軍隊が何処からともなくわいてくるはずもない。
つまり間違いなく、どこかの国に属する兵なのだ。
もはや蒼白を通り越して白い顔をしているリーングランデ王国他十国の代表以外も、立地的に近い国々の代表は背中に怖気を感じている。
この場での顛末を知らぬ軍のはねっかえりが、独断で動いたとしたら我が国は――
「所属国家は――」
だがその恐怖はポルッカの続く声によって瞬時に払拭される。
表示枠に各国の隊長格の名も添えて、正確な兵数と共に『天空城』が捉えている情報が表示されたからである。
リーングランデ王国。
エルトリア共和国。
セシェビア連邦。
グレナディア王国。
トゥバール帝国。
ルナウ王国。
聖ラギネイ王国。
ラグネシア諸島共和国。
マウシュタイン公国。
アスタファーン王国。
その十国にヴァリス都市連盟の五大都市のひとつ、『ズィー・カーク』を加えた軍であることが明示される。
後の世に『道化十国』と蔑まれ、馬鹿な真似をしてはいけませんという童話にまでされる国々の名だ。
公的な記録としては、此処で記されるのが最後となる。
騎馬にて駆けるそれぞれの軍の様子を「表示枠」に大写しにされながらとあっては、各国の代表もしらばっくれることすらもできない。
旗を立てるような馬鹿な真似こそしていないが、軍装はそれぞれの国そのままのものなのだ。
「各国の代表――いえリーングランデ王国の代表。ご説明願えますか?」
この場で『白姫』のアホ毛で順番に話させるわけにもいかないので、ポルッカが答える相手を指名する。
指名された者は災難と言えようが、答えないわけにもいかない。
「わ、我々は何も聞かされておりません! もし本当にうちの軍だとしたら、軍部の反乱としか思えません!」
「わ、私たちもです」
ポルッカの冷静な質問に、シナリオ通りとはいえまるで通じるはずもない返答を動揺しきった状態で答えることしかできない。
他の国の代表も、追従するのがやっとの状況。
そもそも本来のシナリオでは、『ハシュ・ラパン』に火の手が上がってから第一報が届く予定だったのだ。
まさか行軍中から完全に把握されているなど、予想の斜め上も甚だしい。
自分たちの演技力が肝ですな、などと出立の際に嘯いていた気概はすでに完全に萎えてしまっている。
『世界会議』で体験したことにより、自分たちの愚行を悔いてもいたのだ。
あるいは取り返しのつかない状況になる前に露見したのは僥倖であるのかもしれないとさえ思う。
まだ誰も殺していなければ、赦されるのではないか、と。
「では各国の管理を外れた軍が、暴走している状況だと?」
ポルッカの再度の確認に、もはや声もなく頷くことしかできない十国の代表たちである。
「如何いたしましょう、『世界連盟(仮称)』の暫定宗主国の王であるスフィア陛下の判断をうかがってもよろしいでしょうか?」
「そうじゃな――「表示枠」の10ヶ国及びヴァリス都市連盟加盟国である『ズィー・カーク』は現時点で即時主権を凍結。『世界連盟』預かりとする。ヴァリス都市連盟もこの件が片付くまでは自重してくれるとありがたい」
それを受けてスフィアに判断を仰いだポルッカに返された答えは、甘いことを考えていた十国の代表たちの思考を凍らせるほど苛烈なものだった。
ヴァリス都市連盟の総統は無言でそれを首肯する。
アルビオン教の暴走に続いて、深刻な事態が連続しているがまだお手上げという状況ではない。
事が終わった後になんとか挽回するのみである。
「国が持つ最大の暴力は軍じゃ。それを制御できぬ者たちに国を預けておく気など余にはない」
声もない代表たちに、侮蔑を含んだ視線を投げかけながらスフィアが断言する。
「して、反乱軍連合(仮称)はいかがいたします?」
「そうよな。先の会議でポルッカ殿が語ったことをさっそく証明してもらおうか。世界連盟(仮称)の暫定宗主国国王として、冒険者ギルドへ依頼する。なんとかしてみせてくれ」
現実に今侵略行為をせんとしている、国の制御から放たれた(ということになっている)軍隊――暴力をどう対処するのか。
それは『世界連盟(仮称)』の屋台骨を支えると豪語した冒険者ギルドが負うべき責任であることは確かだろう。
「承知致しました」
そう応えて、現冒険者ギルド総長でもあるポルッカは天を仰ぐ。
幼女王スフィアに言われたことはそう難しいことではない。
アーガス島での正式依頼のように、ヒイロに頼めばあっという間に片が付くだろう。
なんならただの一人も犠牲者を出さずにことを収めることも簡単だろう。
次からはこういう暴走を認めない、それでも十分に綱紀は粛正されよう。
――だが。
もしもヒイロと『天空城』がいなければ、この蛮行はどんな結果を呼んでいたか。
軍隊という暴力の化け物が国の制御を外れる、もしくはそのフリをするということを一度でも許すということの意味。
まだ軍隊同士の小競り合いというのであれば、ポルッカは甘い判断をすることをあるいは己に赦したのかもしれない。
しかしこれは、軍による略奪だ。
これから訪れる、いや自分たちで切り開くヒトの大躍進時代、輝かしい黄金の時代の幕開けに、そんな愚行を赦すわけにはいかない。
たとえ後世に自身が何と呼ばれようとも、絶対にだ。
天を仰いだまま動きを止めていたポルッカが、軽い溜息を一つつく。
公的な立場で言えば、
ウィンダリオン中央王国のエクルズ子爵家当主。
アーガス島独立自治領の領主。
冒険者ギルドの総長。
世界会議の最初の議長。
として。
私的な立場で言えば、ヘンリエッタ嬢に惚れている一人の男。
そしてヒイロの友人である一人の中年として。
ポルッカは今、何かを決めたのだ。
「『世界連盟(仮称)』から正式に当案件の解決を要請された冒険者ギルド総長、ポルッカ・カペー・エクルズの名において、ギルドに所属する秘匿級冒険者ヒイロ・シィに第一種任務を発令」
強い視線でヒイロを見つめ、落ち着いた口調で任務を告げる。
これは力持つ者が感情で断罪する案件にしていいものではない。
これより世界を統べる『世界連盟(仮称)』、その屋台骨を支える冒険者ギルドの代表、我ながらおこがましいとは思いはするものの、ヒトの意志でこの殺戮は成されなければならない。
「任務内容は可及的速やかに対象を完全に排除すること。――なお当案件は第一種任務につき、秘匿級に課されている一切の制限を解除する」
現世と後世の汚名は、ヒトの代表の一人である自分が受ける。
ヒイロや『天空城』は、ヒトの要請を受けてはじめて制限なくその力を振るう。
その在り方を、此処で確たるものにする。
「第一種任務を受諾します」
そのポルッカの意志を汲んだわけでもないのだろうが、ヒイロが珍しく真面目な表情でポルッカに一礼する。
そして即座に指示を下す。
「エレア――排除開始」
『承知いたしました、我が主』
『ハシュ・ラパン』近くの現地。
ヒイロの指示を受けたと同時に、『天空城』が光学迷彩を解除してその巨大な姿をさらけ出しはじめる。
あまりの巨体なため、端の方から光学迷彩が解除されていき、結果として暗い影が『天空城』のカタチに従って内側へ広がっていくような不思議な光景が展開される。
そして『天空城』はすでに即座に攻撃可能な位置まで降下していたため、「反乱軍」六万五千が進軍を続ける位置を中心に、陽の光は完全に遮られる。
姿を現しきった今、その直下には疑似的な夜の帳が下りた状態だ。
頭上を覆う『天空城』の下部はまだそれなりの高度があるにもかかわらず、その巨大さゆえにすぐ真上に在るかのように錯覚させる。
そして光学迷彩の解除と同時に、巨大質量の存在を気取らせぬように作用していた魔法障壁も消失し、『天空城』が移動する轟音と空気の乱流がその下部も含めて荒れ狂う。
それだけで重装備の騎馬は乱れ、倒れ、中にはそれに巻き込まれて命を失う者もすでに出ている。
落馬し、動きを封じられた「反乱軍」の兵たちに、自分たちの身に何が起こったのか理解できている者は誰もいない。
ただ突然頭上に現れた巨大な浮遊島を、茫然と見上げることしかできない。
その周りには運よく、落馬と同時に命を落とした兵や馬たちの死体が散乱している。
そう、初撃で死ねた者は幸運なのだ。
これから『天空城』より降り来る、『黒の王』の僕たち。
正真正銘の化け物たちに、一方的に虐殺されることに比べれば、遥かに。
そしてその映像は、何の配慮もなされぬままに遠く離れたウィンダリオン中央王国王都ウィンダス、その上空に浮かぶ『九柱天蓋』旗艦、その会議室へと中継される。
『僕は「大厄災」と同じことをこの世界に起こせます――今すぐにでも』
ヒイロが言い放ったこの言葉を疑っていた者など『世界会議』の参加者にはいはしない。
だがそれが実際に展開された時の光景を、きちんと想像できていたものもまた誰もいなかったのだ。
この世に現出する『地獄』
それを今からその目と魂に刻みつけられるのだ。
蟷螂の斧といえど、力をもって『世界連盟(仮称)』に逆らったものが、どんな目にあわされるのかということを。





