第75話 世界の敵
「では私の方からこの『世界会議』で話し合う、具体的な内容について説明させていただきます。まずは――」
静まり返った空間に、ヒイロからの指名を受けたポルッカの声が響く。
先の幼女王スフィアの挨拶の時のように、頭を垂れたまま上げることのできないほとんどの者にとって、その声は福音に等しく響いた。
それだけ先のヒイロの演技は恐ろしいものだったのだ。
それはこの場にいる『天空城』勢以外全員に共通している。
公式歓迎会と舞踏会を経て、それぞれのカタチで我知らずヒイロに惹かれ始めているスフィア、ユオ、アンジェリーナであってもその例外ではない。
それどころか今、『世界連盟(仮称)』に参加することによるメリットをまず説明し始めたポルッカの声すらも、わずかに震えている。
――緊張ではなく、恐怖にだ。
当然『世界会議』での展開については事前に打ち合わせもしており、スフィアの挨拶を継いでヒイロが発言した内容を、ポルッカは最初から把握している。
それどころかヒイロの芝居がかった円卓の外周をゆっくりと回る演出や、台詞回しなどもすべて打ち合わせ通り。
だがそのポルッカをもってしてすら、声が震えることを止められない。
ヒイロが内心思っている「柄じゃない」という感想もけして嘘というわけではない。
本人は心の底から自分には似合わない役を演じたと、いやな汗をかいているのは事実だ。
だが化け物が化け物として自分たちの背を回り、自分に逆らったら世界の三分の二を滅ぼすぞと言い放ったことは紛れもない事実。
その化け物がどんなつもりでそれを言っていたのかなど、ヒトには関係ない。
重要なのはそれがハッタリなどではなく、その気になれば簡単にできてしまえるのだという事実だけだ。
そういう意味においては、ヒイロたち『天空城』勢の力をこの場にいる誰よりもよく知っているポルッカと幼女王スフィアこそが、一番恐ろしい思いをしているとも言える。
機嫌のいい獅子と同じ檻の中に無手で放り込まれれば、おそらく似たような気分を味わえるだろう。
機嫌のいいうちは、トチ狂って自分から攻撃でもしない限り獅子は咎めまい。
歌おうが踊ろうが好きに振る舞う自由は保障されている。
だが己の言動のなにかで獅子に敵と見做されればそこで終わり。
もしくは腹が空いて喰われるオチかもしれない。
自分たちが今そういう状況にいるのだということを、嫌というほど思い知らされたのだ。
好意を持っていようといまいと、そんなことは一切合切関係ない。
いくら獅子を好いていたとしても、その本質が恐ろしいものであることに変わりはないのだ。
だがポルッカが「表示枠」も併用して説明する、『世界連盟(仮称)』へ参加することによる各国のメリットは、生物としてのヒトの本能が得た恐怖を、欲と希望で塗りつぶすには充分なものだった。
まずは何よりも、迷宮と魔物領域の解放。
これは冒険者ギルドが主導して、『世界連盟(仮称)』に参加した国の領土内に在る迷宮、魔物領域を無償で『連鎖逸失』から解放する。
そして今はまだ支部の存在していない魔物領域付近に可及的速やかに支部を設立し、冒険者ギルド管理のもとではあるがそれぞれの国の所有を認める。
今までの冒険者ギルドと迷宮、魔物領域が存在する国との関係を、そのまま踏襲することが保証されたのだ。
冒険者ギルドは当然利益を得るが、圧倒的な力を背景にそれを独占するようなことをせず、今まで通り国とその利益を分け合う、というよりも大部分を国が得ることを認める。
その代わりに、迷宮や魔物領域でのその国の正規軍・その国所属の冒険者たちの戦力を引き上げることを第一目標とする。
そして何よりも会議に参加している各国の代表たちに先の恐怖を忘れさせたのは、今はまだラ・ナ大陸において三つしか発見されていない迷宮が、一気に増えるという情報だ。
当然アーガス島以外の迷宮二つも、『連鎖逸失』から解放される。
シーズ帝国領内にあるフォルガンディ氷原に広がる迷宮。
ヴァリス都市連盟内、五大都市の一つ『迷宮都市ル・ルデ』にそびえる塔型迷宮。
そう広大ではない魔物領域を最深部まで攻略できるようになったとしても、未だ何階層まであるかすら判明していない三大迷宮がもたらす利益の方がはるかに大きいと見做されることは当然。
だが不公平感が出るとはいえ、相手は三大強国。
そこは致し方なしと判断している国がほとんどであり、それぞれの属国としていかに多くのおこぼれを得るかに腐心していたのがそれぞれの国の官僚たちだ。
だがその迷宮が、魔物領域の数だけ存在すると言われれば衝撃も走る。
「今申し上げたことは嘘ではありません。すべての魔物領域の最深部に迷宮への入り口があり、少なくとも十階層以上の深さを持っていることはすでに確認されております」
重ねて説明するポルッカの言葉にあわせ、各国代表の前の「表示枠」にその国の領土内に存在する魔物領域と、その最奥に存在する手つかずの迷宮の簡易情報が表示される。
これは言うまでもなく、『天空城』から提供された情報。
ゲームとしての周回時はヒトの世の都合など知ったことかと、再湧出周期にあわせて狩りつくしていた迷宮たちである。
今周においては、『黒の王』の命により一切手を付けられていない状況だ。
どんな辺境の小国家ですら、その領土内に魔物領域を複数抱えている。
もしもそれらの迷宮が今発見されている迷宮と規模を同じくするものであれば、それこそ他国と小競り合いなどしている場合ではない。
「というわけで、正規軍をすべてつぎ込んでいただいたとしても、魔物領域およびその深奥の迷宮攻略には全くと言っていいほど手が足りません。各国には軍の拡大もしくは冒険者の養成に注力していただくことが必須となります」
ポルッカの言葉にもはや出席者の心から恐怖は消え、各々の席で「表示枠」を睨みながら皮算用をはじめている者がほとんど。
『大迷宮攻略時代』という呼称が全く大げさではないことを、それぞれが確認している。
他にも冒険者ギルドによる各国からの正式任務の請負――これはアーガス島においてポルッカがヒイロに出していたものが例として説明され、今まで諦められていた開拓が、ヒトが迷宮から得る新たな力で可能となることが示唆された。
これは辺境に領土を持ち、広いだけでヒトの手が付けられない地域を多く持つ国々に大きな反応が見られた。
三大強国の一角であるシーズ帝国が、一番反応していたのは皮肉なところであろう。
シーズ帝国領北方の大部分の土地は永久凍土であり、ヒトの手には負えぬものとされていた。
だがヒイロによるデタラメと言っていい開拓実績をみせられれば、そこを肥沃な土地とする可能性も見えてくる。
迷宮で得られるあらゆるものを梃子として、それ以外の世界も拡大していくという実例は「己の国を豊かにしたい」と常に思っている官僚たちの夢に具体性を与える。
実現可能な理想ほど、ヒトを突き動かすものもそうそう在りはしない。
各国代表としてこの『世界会議』に出席するほどの有能な官僚たちにとって、今次々とポルッカから提示される条件は戦争で他国を蹂躙してもとても得られぬものばかり。
そのほかにも冒険者ギルドと『黒旗団』の連携による、盗賊をはじめとした不法組織への対策及び殲滅案。
『黒縄会』を中心とした貿易インフラの整備と拡大。
迷宮だけではなく、ヒトの世界を拡大させ、躍進させるに足る具体的な提案が次々と数的な根拠も伴って提示される。
もはや『世界会議』に参加しなかった数国は愚か者に過ぎず、冒険者ギルドとウィンダリオン中央王国が提案する『世界連盟(仮称)』に参加しないという判断はあり得ないという段階まであっさりと到達している。
問題はその対価だが――
「世界連盟(仮称)に参加していただいた国家の主権は今まで通り保証します。ただこちらの指示するタイミングで、一時的に書類上はウィンダリオン中央王国の自治領となっていただきます」
ポルッカの言葉に、誰もが首をかしげる。
実を取って名を捨てる、その大前提での覚悟は各国みなできていた。
ウィンダリオン中央王国の属国になってなお、どれだけの自治権を残せるか。
それが交渉の肝だと思っていたところへ、現在と変わらぬ主権を認め、書類上のみの属国化を求められればさすがに戸惑いもする。
「嘘ではありません。あるタイミング――『大厄災』を乗り越えた後は、再びそれぞれの国家としての復帰もお約束します」
幼女王スフィアとヒイロが告げた『大厄災』――『天使襲来』をウィンダリオン中央王国のもとで乗り越え、その後は元に戻す。
もちろん『世界連盟(仮称)』は残るのだろうが、各国の名を消す気もないという。
どこまで気前がいいのだという話だが、まさかヒイロがお気楽に迷宮攻略できる世界にしたいからだという理由を理解できる者がいるはずもない。
だがざわめきが大きくなる前に、気楽な調子でポルッカが告げる。
「ああ、それと最初にヒイロ殿が口にした脅迫とも捉えられる発言ですが――」
本気にしないでくださいよ、とでも続くのかと思ったが――
「世界連盟(仮称)は敵と見做した対象に、その力を行使することを正式に依頼します」
何の気負いもない口調のままそう告げる。
最初に圧倒的なメリットを提示し、その対価は取るに足りないモノだということも明確にする。
だがそれでもまつろわぬものに対しては――
「世界連盟(仮称)の敵はすなわち世界の敵となる。そう御心得下さい」
まつろうものには寛容を。
力とそれによる利益を与え、発展と拡大を守護もする。
それに対する見返りもほとんど求めず、ヒトの世界を拡大させることに共に尽力する。
だが敵は殲滅する――敵の存在のいっさいを認めない。
これはそういう、傲岸不遜な宣言なのだ。
だがほとんどの国にとって、それは悪い宣言ではない。
敵対して勝てぬ相手が、寛容を示しているのだ。
それに乗らない手はないし、また乗るしか生き残る道はない。
だがこのポルッカの宣言で蒼褪めざるを得ない者たちが居る。
ヴァリス都市連盟五大都市の一つ『ズィー・カーク』に唆され、すでに制御不可能の段階まで自国の軍を動かしているリーングランド王国をはじめとする十ヶ国である。
シナリオでは国の制御を受け付けなくなった反乱軍の暴走。
今更止める手段もない以上、そのシナリオを全うするしか道はない。
時間的にはそろそろ第一報が入るタイミング。
この空気の中、いかに白々しく演じ切るかが自国の命運を分けるだろう。
十ヶ国の代表たちが固唾を呑み込んだタイミングで、ポルッカが再び言葉を発する。
「というわけで、今回『世界会議』への参加を拒否した国々へ中継が繋がっていますので、まずはそちらを済ませましょう」
会議室中央上部に、6つの大きな表示枠が浮かぶ。
そこには参加を拒否した国々の、蒼褪めた王たちの姿が映し出されている。
――ヒイロが内心で「ニュース番組か!」と突っ込んだことを知る者は誰も居ない。





