第07話 分身体
分身体。
いわば第二、第三のプレイヤー・アバターを作成可能とするシステムである。
もちろん課金対象。
最大数はこれが意外と多く、なんと8体まで可能。
ただし並行操作は不可能であり――インターフェース的に無理だ――「分身体」を操作している間は本体や他の分身体は凍結されることとなる。もっとも「組織」に指示しておいた命令は継続されるが。
膨大なアバターパーツを駆使していろんなキャラを作り込みたいプレイヤー向け兼、組織運営&グランドストーリーという「T.O.T」のいわば本筋から少し外れ、緻密に作り込まれた「T.O.T」世界を一人の冒険者として愉しむためのサービス。
――という触れ込みだったはず、確か。
ごく普通のアバター系RPGとして「T.O.T」を遊ぶためと言おうか、一般的なゲームから見れば「分身体」でのプレイの方が王道と言ってしまっていいだろう。
本体のレベルや獲得している各種加護、ステータスボーナス、拠点の持つ永続バフ効果等(課金要素も含む)に分身体の初期ステータス及び成長限界は影響される。
つまり現時点で『黒の王ブレド』の分身体を作成するとなれば、ヒトの世では「十年に一人の天才」とか「未来の英雄」とか呼ばれ得る能力を持った存在として開始可能だ。
当然本体及びその組織による「分身体」のフォローも可能で、本筋よりもそっちで「英雄譚」を愉しむプレイヤーもかなりの数が存在する。
分身体のアイテムなどのストレージは一応本体とは別となるが、拠点のストレージを通して共有可能。
「強くてニューゲーム」の亜種というのが俺の個人的感想だ。
ゲームプレイ時にはあまり興味は湧かず、本体と組織の強化に注力して放置していた要素である。
だが今回俺がしようとしているのは、それらのプレイヤーたちと基本的に同じこと。
これ以上なく恵まれた状況で、一から冒険者ライフを開始することである。
もちろんそれ以外の目的や目論見も多々あるが、骨子は揺らがない。
「ヒトとして、ということですね?」
「冒険者、でございますか」
エレアとセヴァスが難しい表情をしている。
エレアの尋ねる「ヒトとして」という意味は亜人や獣人、魔族も含んでのヒト――「T.O.T」世界における人類として、ということである。
冒険者をやるからには初期種族を魔族以上――神族や竜族などに設定は出来ない。
「隠れ」設定にすれば可能だが、そうするためにはグランド・ストーリーを進めて発生するあるイベントをクリアせねばならず、最初からの冒険者スタートは不可能だ。
ヒトとしての限界を誰よりもよく知るエレアだからこその確認だな。
セヴァスはああ見えてヒトではないし。
他方、セヴァスの言わんとすることもまあわかる。
エレアに劣らぬ知識と知恵の持ち主であるセヴァスにしてみれば、いくら恵まれた状況で「分身体」の育成を始めたとしても、今更『黒の王』本体に追いつくことが不可能なことは理解できているだろう。
事実、101周目である今回の最先端時間軸まで効率プレイを徹底したとしても、眼前に居並ぶ一桁ナンバーズの戦闘力には遠く届くまい。
戦力増強ということだけを考えるのであれば、僅かであっても『黒の王』本体の力を上積みすることに注力した方が確かに効率的だ。
いやそれを大前提として、言ってしまえば「誤差」の範疇に収まることのために己らの主を「ヒト」という弱い存在にしてしまうことにためらいを覚えているのだろう。
要は心配なのだ、我が忠実なる僕たちは。
「護衛は……」
「要らぬ。だが力を封じたうえであれば目付役を付けることは構わぬ」
うちの精鋭が護衛なんかに付いたに日には、普通の冒険者としての暮らしなど望むべくもない。人化して誤魔化していたとしても、あっという間に世界レベルでの有名パーティーと化してしまうだろう。
俺単体でも十分に注意を払わなければ、その恐れはあるというのに。
そこで立候補している『鳳凰』や『御真祖』とパーティーを組んでの迷宮攻略など論外である。
俺、『鳳凰』、『真祖吸血鬼』、『白面金毛九尾狐』、『世界蛇』
それ、どこの世界を滅ぼす魔王パーティーなんだ。
いやゲーム時の攻略では、容赦なくそんな布陣を組んで蹂躙したりもしていたけれども。
人化しても彼女らならその美貌で周囲の目を引くことは間違いない。
力を封じて、となるとなまじ綺麗なだけにいろんな意味で心配だ。
あっさり力を解放することももちろんだが、そもそも力を解放せねばならない状況になること自体が胸糞悪い。
そういう俺の心配というか杞憂を裏返せば、エレアやセヴァスの言わんとすることもわからなくはない。御目付役を受け入れるくらいはするべきだろう。
「候補は決めておいでですか?」
「ふむ。『千の獣を統べる黒』でよかろう。アレは小動物の姿になれるはずだしな」
その点小動物であれば妙な絡まれ方はするまい。
魔法使いと小動物、というのはある意味鉄板でもあることだし。
小動物モードの『千の獣を統べる黒』はやたらと可愛らしいから、一部の趣味を持つ方々の注目は集めるかもしれない。
だが珍しい愛玩動物を連れているくらいは「新進気鋭の冒険者」として許容範囲だろう。
もしも必要に迫られて真の力を解放しても、「千の獣」らをうまく使えばそこまで目立つこともあるまい。不可視の獣や、微細な集団生命体である獣も確かいたはずだ、『千の獣を統べる黒』の配下には。
真の姿を解放すればパニックは免れまいが。
ぶーぶー言っても駄目です、女性陣。
これは決定。君ら小動物モードとか持ってないでしょ。
約一体は蝙蝠になれるのかもしれんがあまり可愛いものでもない。
しかも一匹ではなく無数の蝙蝠に変じていたような気もするし、そんなの引き連れた冒険者なんて知らない。聞いたこともない。
他の三名に至っては、大動物モードでは迷宮を普通に進むことすらもままなるまい。絵面的には見てみたい気もするけれど。
あきらめなさい。
「――それでも心配か?」
「けしてそのような――いえ、正直なところを申し上げれば」
主に対して不遜とでも思ったのか、反射的に否定しかけてやはり本音を言い直す。
セヴァスもエレアの左後ろで首肯の頷きをしてみせている。
不満か? と聞かずに、心配か? と聞いたからかもしれない。
『黒の王』とある意味においては同族である『全竜』カインは、全面的に俺という存在を信じきっているのか、その手の不安な様子を全くと言っていいほど見せない。
もともと武人肌、というか極端に無口なキャラだったしな。
台詞が「…………」とかいらんやろその表示、とか思っていた。当時。
カインに心配されたりしたら、逆にこっちがびっくりする。
『堕天使長』のルシェルはあのルックスで天然というかボケているというか、男版エヴァンジェリンと言おうか、ズレているので比較的常識人であるエレアとセヴァスの心配など小首をかしげて疑問視するだけだろう。
おもえば濃い首脳陣である。
少数派であるエレアとセヴァスには胃腸薬が必要なのかもしれない、現実となったこの世界においては。
「ふ」
「笑われますか?」
思わず漏れた笑いに、エレアとセヴァスが心外、というよりも照れたような表情を見せる。なんだよ女性陣だけじゃなく、男性陣も存外可愛いじゃないか。
いや馬鹿にして笑ったわけじゃない。
心配されるってのは、信用されるのと同じくらいうれしいものなんだなと思っただけだ。
「よいか。我らは無敵であらねばならん。だが個々は構わぬ。負けても死なねばそれでよい」
百戦して百勝というわけにもいくまい、というのは某金髪の小僧様の至言。
元ネタがあるのかもしれないが、恥ずかしながらそれは知らない。
死にさえしなければ敗戦は雪げる。
逃げられるときは、逃げればいいのだ。
いろんな意味において、逃げられない戦いというものがあるのも確かだけどな。
「我らが眷属に仇為したものを我らで殲滅し、我が組織の名が無敵と同義であればそれでよい。まあその象徴としての私が敗れるのはさすがにまずかろうが、「分身体」であれば私であっても我が組織の駒の一つに過ぎん」
でもそんなことを聞きたいわけじゃないよな、二人とも。
案の定首をかしげているルシェルと、無言を貫くカインに内心笑いながら言葉を続ける。
「だからと言って迂闊に死ぬつもりもない」
そう言って『黒の王』の持つ召喚魔法の中でも結構気に入っている『剣王機神』を召喚する。
今となってはそう強いというわけではないが、見目の良さで相変わらずお気に入りだ。
それにパーティーメンバー枠を埋める類の魔法なので、蘇生アイテムの実験に丁度いい。
派手なエフェクトを纏って目の前に召喚された『剣王機神』に、ストレージから具現化させた永続蘇生系アイテムをポンと放る。
虹色のエフェクトは効果が発生した証。
「我が主、それは……」
うん、アイテム使うのを極力避ける俺のプレイスタイルでは、蘇生系アイテムは「貯めるモノ」だったから相当な貴重品として認識されているよな、多分。
だいぶ初期、どうしてもクリアできないイベントの時にゾンビアタックに多用したくらいか。
だけどこれ本来はけっこう気軽に使えるアイテムで、所有数も5桁後半に達している。
アイテム管理はプレイヤーにしかできなくて当然と言えば当然だから、『相国』ですらもなにがいくつあるのかを把握できていないのは当然と言えば当然なのか。
資源や敵からのドロップアイテムであれば、入手状況を把握していれば掌握可能なのだろうが、蘇生系アイテムのようにイベントなどで纏まって手に入ったり、課金アイテムとして入手するものはその方法も使えないだろうしな。
そういうアイテムは使わずにためちゃうんだよなあ、俺。
「エヴァ。――倒せ」
「いい、の?」
俺の命に対して、なんで? と言わんばかりに首をこてんと傾けるエヴァ。
まあ実験だからね。遠慮はいらない。
「かまわん」
「はーい」
俺の台詞の「わ」から「ん」のあたりで無造作にエヴァンジェリンが『剣王機神』をひっぱたいた。
うわー。
魔法メインのキャラのはずなのに、物理、というかただの仕草というか身動きで『剣王機神』消し飛んだよ。水蒸気爆発みたいなエフェクトも出てたよ、音速超えてんの?
『黒の王』の時ならまだしも、分身体の時にうっかりひっぱたかれたら俺も消し飛ぶのかしら。
その直後に虹色のエフェクトに包まれて『剣王機神』が復活する。
うん、意志とか持たない存在で実験してよかった。
ひっぱたかれて消し飛ばされたとなれば、意志持つ存在なら心的外傷ものだ。
蘇生が可能なことを確認できたのは予定通りなんだが、生き返れるからって迂闊に死ぬべきじゃないよね。肝に銘じます。
「……こ、このアイテムを全ての者に与える。必ず使わせろ。念のために予備も渡しておく。万一効果が切れた、つまり倒された者がいた場合必ず再使用させ、その相手の情報を精査して必ず勝てる者に当らせよ」
少し動揺してしまってちょっとかんだ。
まあエレアもびっくりしたみたいだからよしとしよう。
武闘派連中は当然とばかりに動揺もしてないな。
「――よろしいのですか?」
「よい。未知の状況にあたるに際して出し惜しみは悪手だろう。取りこし苦労だとしてもコイツの効果は永続ゆえ無駄にはならん。当然私の「分身体」にもこれを使用する」
数千個使ったところで半分も消費しない。
他にも有効なアイテムは山ほどあるし、最初は慎重路線で行くことは悪い判断ではないはずだ。
かくして俺の「分身体による冒険者案」は承認され、実行されることになった。
ちなみに女性陣がわりと強硬に主張した、俺に護衛をつける案は却下された。
御目付け役を仰せつかった『千の獣を統べる黒』をみんなして睨むのやめなさい。
九本尻尾が縮んでる縮んでる。