第73話 世界会議――開幕
『世界会議』は午前中、はやい時間から開始された。
『天空城』ほどの高度を取れない『九柱天蓋』旗艦は、その地域の天候の影響を免れ得ない。
だがここのところ数日は抜けるような晴天、今朝もそれは継続されている。
夏待月から朱夏へと移ろう季節らしく、午前中から強い日差しとからりと澄んだ空気が、ここ王都ウィンダスの上空に満ちている。
白く巨大な積乱雲と濃い蒼がコントラストをなす空に、八つの『九柱天蓋』が浮遊している様は壮観だ。
ヒイロに言わせればこれで蝉の声でもあれば完璧なのだろうが、朝顔やカキ氷、風鈴なんかが似合いそうな夏の空気と、石造りの王都の上空に浮かぶ『九柱天蓋』の組み合わせはどこか奇妙でもある。
このどこか偽りめいた現実感こそが、幻想的というべきなのかもしれない。
夏の外気――外であれば気持ちの良い暑さから隔離された室内、大会議室。
今そこに大陸に存在する53の国家のうち、実に47ヵ国からの使節団が揃っている。
独任制、統裁合議制もしくは共和制の政治形態をとる国は基本的にその首長が直接参加しているが、君主制の国々はさすがに王や皇帝本人が参加している国はない。
最初の『世界会議』主催国となるウィンダリオン中央王国のみが例外で、幼女王スフィア・ラ・ウィンダリオン本人が会議室にその姿を見せている。
もっとも他の君主制の国も、王太子、皇太子級が使節団代表となっているため、けしてこの会議を軽く見ているというわけではない。
というよりも通常では考えられない対応である。
ウィンダリオン中央王国が如何に大国といえど、今はまだ大陸統一を成しているわけではない。
その懐へ世継ぎを送り込むなど、後ろ盾にウィンダリオン中央王国を持つ国家をのぞけば狂気の沙汰とさえ言える。
だがこの会議に先立って開催された公式歓迎会、ならびに舞踏会で得た体験やその他の実利から、中堅国家群は参加を決めた自分たちの判断の正しさを、今は確信している。
潜在的な敵対国家どころか、実際に小競り合いを続けている国家同士であっても、今日までの二日間での外交成果は大いに有意義なものとなっている。
通常の外交として考えれば、すでにその二日間で得た成果だけでどの国にとってもここ数年なかっただけの成果を上げているのだ。
ラ・ナ大陸に存在する多くの国は、各々の事情、状況、立地条件によってほぼ必ず三大強国のいずれかをその後ろ盾としている。
実際の戦闘が発生する国境地帯での小競り合いなど、三大強国の代理戦争と言ってしまってほぼ間違いではない。
それらの当事者国にとっては大きい、だが今となっては些細な各種の問題は、この二日でほとんど片が付いてしまっている。
ウィンダリオン中央王国に対して、先の「アーガス島侵略戦」の結果から「敗戦国」となるヴァリス都市連盟配下の国々は、宗主国の指示により下手の外交に出るしかない。
それに対してウィンダリオン中央王国を宗主国とする国々は強気に出ることなく、場合によっては大きく譲歩してまで今までの問題を解決してしまおうとした。
シーズ帝国も漁夫の利を狙うようなことをせず、配下の国々の揉め事を積極的に終結させる方向へと動いた。
その際必ずどこかに発生する不利益は当事者国ではなく三大強国のいずれかが負担する形で、長いものでは十年に渡ってもめていた案件も含めそのほとんどがすでに解決。
残ったものも現場での最終調整を必要とするだけで、ほぼ片付いているようなもの。
つまり三大強国は本気でこの『世界会議』を成功させようとしているのだ。
それは先立って行われた公式歓迎会及び舞踏会における、三美姫たちの本気度からもよく伝わってきていた。
その会議がやっと始まるのだ。
各国が誇る優秀な官僚たちは、今日までに準備してきた水も漏らさぬと思っていた資料のほとんどが用をなさなくなり、交渉を有利に運ぶために友好国と積み上げてきたシナリオもその意味を失ったことを理解している。
ほとんどの国にとってこの『世界会議』は、圧倒的な強者による一方的な「これからの世界の在り方」を宣言される場となった。
それが『世界会議』に参加するすべての国に利益を生むのであれば、基本的に文句などはない。
もっともその限りではない国も、いくつかは存在するのだが。
『世界会議』に欠席している辺境6国と、出席しているものの水面下――少なくとも当事者たちはそのつもりなのだ――で不穏な動きを見せている10国がそれにあたる。
だが今はまだ、おとなしくしている時間帯であろう。
「第一回目となる『世界会議』の議長を務めさせていただきます、ポルッカ・カペー・エクルズという者です。冒険者ギルド総ギルド長兼、アーガス島独立自治領の領主という立場にあります。――よろしくお願いします」
緊張してはいるものの落ち着いた声でのポルッカの宣言に、出席者たちからの拍手が為され、ポルッカの議長が承認される。
「映像と共に「表示枠」によって議事録を取ることをご了承願います。それらは専用の魔法道具によって各国持ち帰っていただけるようになっております。それぞれの机に設置されているのがそれで、各々の前にも表示されますし、この会議場にも大表示枠を出させていただきます」
ポルッカの声に従い、出席者たちの眼前に丁度良い大きさの表示枠が必要数表示され、会議室の巨大な円卓の中央上部に、十六枚の巨大な表示枠が外側に向けて浮かぶ。
たった数日でこの会議に参加する者は慣れてしまった、アーガス島迷宮から発掘された逸失技術の体を取っている「表示枠」
その「技術」による会議進行に、今更驚く者はだれも居ない。
よってポルッカの議長と同じく、拍手をもって承認される。
オー・パーツや逸失技術の類が迷宮からもたらされたとしても、その使用方法さえ明確であればヒトはあっさりとそれに順応するものらしい。
正直に言えばポルッカは、それをそら恐ろしく感じている。
制御する者なきままに「誰でも使える便利な力」が世界に溢れるのは、得ることのできる利益以上にどこか怖い。
それがこの『世界会議』が成功してくれることを望んでいる、ポルッカの本音の一部分。
「では最初に、この『世界会議』の主催国であるウィンダリオン中央王国、スフィア・ラ・ウィンダリオン陛下による挨拶をいただきます」
ポルッカの宣言に、各国の代表たちは自らの席で首を垂れる。
この場にいる王はスフィアだけであり、ウィンダリオン中央王国は大国。
最低限の礼をとる必要は今の時点でも十分以上に在るのだ。
「ウィンダリオン中央王国国王、スフィア・ラ・ウィンダリオンである。此度の『世界会議』への各国の出席、心より礼を言う。対等な会議の席ゆえ、みな楽にしてくれればありがたい」
その言葉をもって、参加者たちは下げていた頭を上げ、スフィアに視線を集中させる。
「具体的なことは議長であるポルッカ殿から後に説明があろう。――よって余は何のためにこの『世界会議』を開催したのかだけを告げることにしよう」
十歳の少女であるにも拘らずその声は堂々としており、世界中の要人たちの視線を一身に集めてもまるで動じていない。
その薄い胸には当然、『支配者の叡智』が輝いている。
歴史ある大国、ウィンダリオン中央王国の王であれば当然ともいえるが、昨夜の舞踏会の様子が記憶に新しい参加者たちにとっては、そのあまりの落差に違和も得る。
この幼いながらも大国を指導するものとして堂々としている王を、ただの少女に戻してしまうヒイロに対する、ある種の恐ろしさを誰もが心に浮かべてしまう。
「――世界は遅くとも五年以内に、未曾有の危機に襲われる」
ウィンダリオン中央王国以外、知り得ぬ未来の情報がスフィアの口から語られる。
さすがにこの情報は、ヒイロと『天空城』に関わりのある者でなければ入手できようはずもない。
それ故に、突拍子もなく響く言葉でもある。
それを言ったのが大国ウィンダリオンの幼女王であり、その場が世界最初の『世界会議』の場であってもなお。
「それを我ら一丸となって払うためにこそ、今世界は一つにならねばならん。今までのようにお互い争っておっては――――五年以内にヒトの世は滅ぶ」
大声を出すでもなく、淡々と宣言するスフィアの声に嘘は感じられない。
また冗談を言うような場でも、面子でも、タイミングでもない。
だが出席者の誰もが『連鎖逸失』からの解放によるヒトの大躍進時代の宣言、その拡大の時代に争っている場合ではないという「お題目」を予想していただけに、動揺も呼ぶ。
ざわざわとした空気が拡大しようとし始める瞬間、ヒイロの背後に直立不動で立っているセヴァスが、その踵を高く澄んだ音で一度踏み鳴らし、会議室中に響かせる。
余韻を残してシンとなる会議室に、ヒイロの声が響く。
「その部分についての具体的な話は、僕からさせてもらいます」
落ち着いた声で幼女王スフィアの左側に座っていたヒイロが立ち上がり、巨大な会議室に居並ぶすべての者たちをその視線でなぞる。
それだけで誰もが口を噤み、ヒイロの言葉を黙って待つ。
なぜかそうなってしまう。
『神殺しの英雄』だということはみな、当然理解している。
昨夜も、その前の夜も、直接話した者もいれば遠巻きに見ていただけの者もいるにせよ、ヒイロがいる空間に平気で自分たちはいたのだ。
それが今、許可を得なければ呼吸さえしてはいけないのではないかという圧に支配されてゆく。
大げさではなく、声どころか身動きもとれなくなっていく錯覚にとらわれる。
スフィアを挟んで右側に座る、シーズ帝国の第一皇女ユオ・グラン・シーズと皇太子クルス・グラン・シーズの二人だけには、その理由が視えている。
一昨日の公式歓迎会、その場で自分たちの『竜眼』が映した、ヒイロたち『天空城』勢の正体の残滓。
それだけでユオに尻餅をつかせ――それだけでは済まなかったが――クルスに膝をつかせたその圧倒的な魔力。
それを今、ヒイロが一切抑えることなく晒しているのだ。
残滓ではなく、そのものを。
からりと澄んだ夏の午前中の空気。
それは一切変わることなく、ユオの眼にはこの巨大な会議室がヒイロの――いや見たことのない枝角を生やした禍々しい影に覆われているように見える。
その影は立ち上がったヒイロの足元から、光源など関係なく会議室中に影のように広がっている。
だがそれを見るユオの瞳に、すでに恐怖はない。
熱に浮かされたような潤んだ瞳で、この場を支配する圧倒的な空気に陶然としている。
ヒイロたち以外の誰もが予想しなかったカタチで、『世界会議』は開幕したのだ。





