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その冒険者、取り扱い注意。 ~正体は無敵の下僕たちを統べる異世界最強の魔導王~  作者: Sin Guilty
第四章 その冒険者、世界を変えた者。

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第72話 舞踏会の夜

 舞踏会(バラーレ)の夜。


 御披露目舞踏会(デビュタント・ボール)でもないのに、年若い女性たちが身に着けているドレスの多くは白をベースにしたイブニング・ドレス。

 その頭にはみな、美しい花冠や、可愛らしい小冠(ディアデム)をちょこんとのせている。


 もっとも『世界会議コンルクウィム・オヴィテラルム』に参加するような階層の人間が、ドレス・コードの常識を知らぬことなどあり得ない。


 これは実際がどうあれ、狙いの主役たちに対する「自分は無垢ですよ」という、ちょっとばかり行き過ぎなアピールだ。

 奇を衒ったこの手の露骨なパフォーマンスは、中堅国家以下が冷笑を浴びることを覚悟の上で、それでも目立つためにやらかすのが常。


 だが今夜はそれを嗤う者は誰も居ない。


 それどころか、告げられた舞踏会(バラーレ)のドレス・コードをバカ正直に守った国こそが、己の不明を悔やんでいるという異常事態だ。


 三大強国と称される大国、そのそれぞれが擁するこの時代の三大美姫。


 ウィンダリオン中央王国の幼女王、スフィア・ラ・ウィンダリオン。

 シーズ帝国の第一皇女、ユオ・グラン・シーズ。

 ヴァリス都市連盟の総統令嬢、アンジェリーナ・ヴォルツ。


 この三大美女すべてが、純白をベースとしたドレスに身を包んで現れたとなればそうもなる。


 中には白ベースだけではなく、下品とされるギリギリのお色気系のドレスを恥ずかしそうに身に着けているお嬢様方もちらほら見かけられる。

 

 上流社会(ハイ・ソサエティ)とはいったい、と言いたくなる光景ではあろうが――


 今この場にいる美しい女性たちにとって最優先されるべきは、目的の殿方の気を惹くこと。そのために有効でありさえすれば、その手段を選んでいる場合ではない。

 「ルール違反」が冷笑を浴びる程度で、即失格とならないのであれば使わない方が愚か者とされる。


 いやそもそも「試合」ではないのだ。

 戦場で魔物(モンスター)に、いや魔物(モンスター)だけではなく()に有効な武器を使わない者などいはしない。


 この場をある意味において「戦場」だと見做せていなかった温い者が、初手でまず選別されたというだけのこと。


 だがそんな舞台裏の事情はヒイロにはわからない。


 『天空城(ユビエ・ウィスピール)』の(しもべ)たちや、ポルッカ、幼女王スフィアらと話し合った通りに、己の演じるべき役をまっとうするのみである。


 超然と微笑んでいるように見えて、ヒイロはヒイロで結構テンパっている。


 素体としてヒトの域を軽く超える性能を持っている『分身体』ゆえに、ベアトリクスから教えられた各種ダンスは一度踊っただけで頭にも身体にもインプット済み。

 そのためダンスで恥をかくようなことはあり得ないし、レベル二桁を超えた今では一晩中踊っていたって体力的な問題は何もない。


 まともにダンスを覚えることを早々に放棄したポルッカと本質的には同じヒイロとしては、若くて高性能――天才と言われる人間とはこういうものなのだと初めて実感したりもしている。


 なにしろベアトリクスが言葉ではなくちょっとした仕草や足運びで「かくあるべし」を示してくれれば、身体と頭が連動してそれを最適化して覚え、二度と忘れないのだ。


 ――そりゃこういう形で基礎が全部頭と体に入っていれば、アレンジなんて言うとんでもないことも瞬時にできたりするよなあ……


 どこか他人事のように、今の自分の身体の高性能さに感心するヒイロである。


 つまりヒイロは舞踏会(バラーレ)における作法や()()()()に不安を持っているわけではない。


 本来の自分のキャラからは遠く逸脱した、求められた役割を演じることに軽く鬱が入っているのだ。


 そのヒイロが今宵一人目のダンス・パートナーとして申し込んだ相手は、昨夜公式歓迎会(レセプション)に参加していた者たちの面前で「お姫様抱っこ」を敢行したシーズ帝国第一皇女、ユオ・グラン・シーズ。


 純白をベースとしたわりと派手、というかヒイロに言わせればドレス・アーマーにそのままアレンジできそうな衣装に身を包み、髪型は実はヒイロが大好きなポニー・テールのようにあげている。

 もっともかなり手が込んでいて、ポニー・テールではないのだろうがヒイロの知識ではわからない。

 

 当然最初の一曲は最も注目される。


 通常であれば主賓のヒイロと、ホステスである幼女王スフィア・ラ・ウィンダリオンが二人で一曲踊ることによって舞踏会(バラーレ)の夜が始まることがラ・ナ大陸流なのだが、今夜はいろいろと変則的である。


 昨夜に引き続いてシーズ帝国を優先するヒイロの態度に、各国の参列者は頭をフル回転させるも、この場で答えの出ることではない。


 一曲目をお手本のように踊り終え、皆それぞれが躍りだす二曲目、三曲目もヒイロはユオをパートナーとして踊り続けた。

 四曲目に入る際にダンスの輪を抜け、手近な席で葡萄酒を呑みながら軽く歓談した後にユオを解放する。


 一曲目の途中から、傍目に見てもわかるくらいユオが真っ赤に茹で上がり、三曲目が終わるころにはにこにことした表情を崩さないヒイロに対して、腰砕けのようになっていたことを参加者たちは見逃してはいない。


 ダンスの途中でヒイロとユオが何か言葉を交わすたびに、ユオがそうなっていったのだ。


 傍から見る限り、それはユオの()()()()演技には見えなかった。

 つまりヒイロという『神殺しの英雄』殿は、大国シーズの第一皇女を素でテレさせたのだ。相手が籠絡にかかってきているという状況下にも拘らず。


 その証拠というわけでもないだろうが、本来であれば他のパートナーと踊るべきユオはヒイロとの歓談の後、撃沈されたかのようにダンス・ホールに出てこない。


 まあ誘う勇気のある男がいないというのもあるのではあろうが。


 そういった思惑をよそに、ヒイロが二人目に申し込んだダンス・パートナーはヴァリス都市連盟の総統令嬢、アンジェリーナ・ヴォルツ。


 美しい蒼の髪を大人っぽく纏め上げ、清楚なイメージを崩さない程度に肌の露出や、躰のラインを強調したシンプルなマーメイドライン・ドレスにその身を包んでいる。

 コーディネイトとしては掟破りなのだろうが、ドレスグローブをせずに素の肌を晒している。

 手入れされた爪や、グローブの代わりというように飾られた金鎖、銀鎖、を幾重にも重ねて宝石を配されたアクセサリーが艶のある生肌に映えて艶めかしい。


 こちらは軽くヒイロが赤面して始まった一曲目、その曲の途中にその素手でヒイロの首筋から頬に触れたアンジェリーナの大胆さに、ダンス・ホールは声なき驚愕に包まれる。


 一層赤面を強くしたヒイロと、ホールの一角で戦闘職であれば察知できたかもしれない抑えられた殺気が爆発的に膨れ上がったのを知る者はこの場には少ない。


 ちなみにその瞬間、『千の獣を統べる黒(シュドナイ)』がホールの隅でパタリと倒れている。


 それを見ていたアンジェリーナの本質を知っていると思い込んでいる、ヴァリス都市連盟の使節団は「してやったり」と思ったのであろうが、二曲目から様子が変わる。


 男を赤面させることはあっても、必要な演技以上でその頬を染めることなどなかったアンジェリーナの様子が、赤面するヒイロから何か話されるたびに赤く染まっていったのだ。


 父親であるヴァリス都市連盟、現総統アレックス・ヴォルツも意外を感じながらも、そこまでせねばならない相手かと思っていたら、ユオに続いてアンジェリーナの反応も籠絡するための演技と言えぬものへと変化する。


 アンジェリーナが、涙を流したのだ。

 それも悲しそうな顔ではなく、泣き笑いのようにしてヒイロの胸にしがみつく。


 曲の途中ではあったが、そのままヒイロにエスコートされてダンスの輪を離れ、会場からも送られて自室へと退く。

 何が起こったかわからぬまま慌てて退出するヴァリス都市連盟の使節団がヒイロを見る表情は、昨夜の襲撃を退けたという事実を知った時よりも驚愕に満ちている。

 

 神に選ばれた清楚なる娼婦、男の心と身体を手玉に取るためにこの世に生を受けたとしか思えないアンジェリーナを、泣かせたのだ。

 そして駆け引きも何もなく、人前でダンスの最中に胸に縋り付くさまなど、アンジェリーナをよく知る者ほど信じられない。

 目の前で起こったことだというのに、その映像を理解できない。


 神を殺せる力を持った者は、悪女の一人や二人殺すのも容易いのか。

 アンジェリーナを知る者ほど、それに近しい驚愕を得ている。


 そしてヒイロが三人目に選んだ、ダンス・パートナー。


 明日の『世界会議』において、ラ・ナ大陸を統べることになるウィンダリオン中央王国の幼女王、スフィア・ラ・ウィンダリオン。


 本来であれば御披露目舞踏会(デビュタント・ボール)にもまだはやい幼いその身体を、上品に仕立てられた純白のプリンセスライン・ドレスに包んでいる。

 頭にのせているのは、略式とはいえ本物のウィンダリオン中央王国の王冠の一つ。

 もっとも胸はまだないに等しいので、詰め物で補っている。


 それでも年齢的には、ヒイロと並ぶと最もしっくりくる。


 ヒイロの圧倒的な立場と予想外の展開ゆえに忘れがちだが、先の二人とのダンスを客観的に見れば可愛い年下の男の子が、美しいお姉さんに踊りを教えてもらっているようにしか見えないものなのだ。


 ヒイロの肉体年齢は約十二歳。

 その基本性能ゆえに最大限成長しているとはいえ、元の世界においては未だ小学生最高学年に過ぎないのだ。


 それはスフィアと並んだ方がよほどしっくりくるというものである。


「何をなさいましたの、ヒイロ様? ダンス・ホールが声なき声に満ちていて、曲が聞こえなくなりそうですわ」


 スフィアはヒイロとの会話を「陛下モード」では行わない。

 公的な場ではその限りではないが、二人の会話となれば素をみせる。


 そして()をみせている自分を、周りに見られることも厭わない。


 これは大国ウィンダリオン中央王国の幼女王である自分が、ヒイロにだけ見せる顔であることを、この場にいる全員に理解させる必要があるからだ。


 ヒイロの前では王ではなく女として振る舞う。

 それがスフィアが決めたヒイロへの接し方。


「他のお姫様との会話を、お話しするわけにはいかないですよ、スフィア陛下」


「意地悪ですね」


 そう言ってスッと差し出された手を、ヒイロが自然に受ける。


 曲が始まる。

 流れるような自然なリードを行うヒイロに、さすがに王族だけあって幼いにもかかわらず完璧なフォローでダンスを成立させるスフィア。


「びっくりするほどお上手ですのね」


「ベアに叩き込まれましたからね」


 苦笑を浮かべるヒイロに、スフィアは本気で感心する。

 本当に一から叩き込まれるところを自分の目で見ているスフィアは、今踊っているこの完成度が付け焼刃だと知っているからだ。


「明日、()()()()()()()女の前で他の女を腰砕けにしたり、泣かせたり――――ヒイロ様は悪い殿方なのですか?」


「そういうつもりはないんですが……」


 意地悪な質問に、ヒイロはまたも苦笑い。

 

「まあ婚約と言っても、あくまでも()ですしね」


「政略としてこんな小娘を相手にするよりも、ユオ様やアンジェリーナ様の方が魅力的ですものね」


 悲しそうな表情を、これは演技で浮かべながら意地の悪い一言を重ねるスフィア。

 自分との婚約発表はヒイロと『天空城(ユビエ・ウィスピール)』が定めた方針だけに、この程度のいじわるは許されるだろうとの判断だ。


 だいたい自分と結婚し王配になったところで、ヒイロが側妃を娶らぬはずがない。

 ラ・ナ大陸を統べる実質の王となるヒイロの側妃となれば、先のユオやアンジェリーナは間違いなくその候補筆頭。


 自分が正妃となることを、ウィンダリオン中央王国の王としては良しとしなくてはならない。


「違いますよ。5年後も陛下の気持ちが変わっていなければ、正式なものにしますとも。――本気で陛下に好かれたら、僕なんて骨抜きにされるでしょうし」


 曲にあわせて突然顔を近づけられ、耳元でそう囁かれる。

 これあるを覚悟していたのに、顔に血がのぼってくることを止められない自分が悔しいスフィアである。


「今でも本気のつもりですわ?」


「それは光栄です。五年後も同じ言葉をいただけるように努力しますよ」


 そう言ってヒイロが笑う。


 悔しい。

 完全に子供扱いされていると思う。


 ――見ていなさいな。


 完璧なリードに身を任せながら、幼女王スフィアは誓う。


 ――五年後、完璧な淑女(レディ)になって、貴方からあらためて求婚させてみせますからね!


「スフィア陛下も、『支配者の叡智(ブルー・ウォータ―)』でズルしちゃだめですよ?」


 ――ぬ。


 くすくすと笑いながら耳元でささやかれる言葉に、けっこう本気で赤面する。


 どうやらヒイロ様は、この手の駆け引きに関してはかなり長けているようだ、と判断せざるを得ない。

 ユオとアンジェリーナに比べて、短いとはいえ相対的には付き合いの長い自分でさえこうなのだ。


 あの美女二人であっても、先の様になるのも仕方ないのかしら? と思うスフィアである。


 ――エヴァンジェリン様、ベアトリクス様、白姫様にいつも囲まれているんですものね。


 自分たち程度では、本気で動揺させられないと思うと正直悔しい。

 大国の王という立場でも、大陸の三美姫と呼ばれる女としても、敵わない。


 だからこそ見ていなさいな、と思うのだ。

 まだ幼いからこそ、成長の余地は残されていますわ、と。


 なんのかんの言いながら、先の二人よりはまだしも無難にダンスを終えたスフィアは戦意を新たにする。


 だがそれは、恋とはまた違う感情なのだ。


 ――少なくとも、今はまだ。







 舞踏会(バラーレ)開始から約二時間後、男性用の休憩用小部屋。


 三人の後も()()()()の御嬢さんたちと踊り終えたヒイロを、すでにぐったりとしたポルッカが迎える。


「旦那、お疲れ……」


「ポルッカさんもね」


「おっさんはダンス数曲でもう限界だ。面目ねえ」


「いえいえ」


 ポルッカはポルッカで、狙いを定められた色っぽいお嬢さん数名と必要最低限のダンスをこなしてはいる。

 おかげで完全に息は上がっているようだが。


「ところで旦那はなんでそんなぐったりしてんだ? ダンスは完璧だし、体力は一晩中踊ってたって平気だろうに」


 俺と違って、と自嘲的な笑いと共に付け加え、自分の横にぐったりと座り込むヒイロにポルッカが意外そうに声をかける。


「いえ……あまりと言えばあまりな自分のキャラにちょっと……」


「いいオンナ腰砕けにしたり泣かせたり、幼女を盛大に赤面させたりしてたなあ……」


 これは事前に打ち合わせ通りにヒイロが頑張った結果である。

 ああいう「イイオトコ・ムーブ」はヒイロの身体はともかく、心を盛大に疲労させる。


「…………」


「……すまん」


 完全に接待臭しかしない自分の場合と比べて、()になっているヒイロに要らん嫌味を言ってしまったことをポルッカが詫びる。


「いえ、必要なことですし」


「ま、明日の世界会議後にどうなるかだぁな」


「……そうですね」


 明日以降も、今日のような態度を皆が取るとは限らない。

 それだけのことを、ヒイロとポルッカはやる予定なのだ。


「俺もその後旦那に相談がある。ま、明日の議長は任せてくんな。キッチリやるべきをやるからよ」


「……お願いします」


 少しだけ意外そうな表情で、ヒイロがポルッカを見る。

 肚を決めた男の貌というものは、男同士であれば意外とわかるものだ。


 そしてその相手がよく知る者であれば、その理由にもある程度察しが付く。

 だからヒイロは、どこか嬉しそうだ。




 前哨戦は終了した。

 必要な仕込みもすべて完了した。


 残すは明日の『世界会議』のみ。


 それをもってラ・ナ大陸は実質的に統一され、ヒイロの考える必要な()()()()を、いつでも引く準備が整う予定なのだ。


 なお予定はあくまで予定につき、今なお決定ではない。

 

 それを良しとしないであろう勢力の介入、その可能性はまだ残されている。


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