第68話 幼女王の焦燥
「それはありませんわよね……ええ、わかってはいましたの」
素の状態でひとりごちる。
公式歓迎会が表面上はつつがなく終了した後、幼女王スフィア・ラ・ウィンダリオンはずっと調べ物をしていた。
とはいえ、別に古文書などをひっくり返していたというわけではない。
『九柱天蓋』旗艦に設えられた王の居室に籠り、ウィンダリオン中央王国王家に伝わる至宝『支配者の叡智』に蓄積された叡智を、初代からの記憶を降ろしてまで洗いなおしていたのだ。
なにを調べているのかと問われれば「大人になる魔法」などという、ヒイロに言わせればローティーン向け女性雑誌のあおり文か、メ○モちゃんネタかと言いたくなるような代物があるのかないのかを真剣に確認していたのだ。
当然のことながらそんなものがある筈もなく、最初のスフィアの台詞へと繋がる。
今のスフィアが『真祖』のバージョン替えを知れば、血を吸われて眷属になってでもその能力を欲するのかもしれない。
「年齢バランス的には、陛下が一番有利かと思いますが?」
深く長い溜息をつく己が仕える主君に対し、公式歓迎会には出席していなかったアルフォンス・リスティン・フィッツロイ公爵が真面目くさった表情で伝える。
公式歓迎会終了後スフィアに呼ばれ馳せ参じた後、調べ物とやらが完了するまで脇で控えていたのだ。
「普通であればそうであろうな、アルフォンス卿。だが先の公式歓迎会の話はすでに聞き及んでおろう?」
「シーズ帝国のユオ・グラン・シーズ第一皇女をお姫様抱っこですか。――ヒイロ様は剛毅ですな」
アルフォンスに対するスフィアはいつも通り陛下モードである。
素を知られているからといって、家臣に対してそう接するつもりもなければ必要も感じていない。
『支配者の叡智』の力を借りていようがいまいが、ウィンダリオン中央王国の王陛下らしければスフィアにしてみればそれでよい。
己が捜していた魔法に価値などあるのかと言いたげなアルフォンスに、スフィアはため息を一つついて応える。
たとえ出席していなかろうが、アルフォンスが公式歓迎会で起きたすべてを掌握していることなど大前提。
要は公式歓迎会の一幕で、スフィアは自分が女として戦える年齢ではないという絶対的な事実に焦燥を覚えたのだ。
ヒイロはスフィアに良くしてくれる。
いつも優しい笑顔を向けてくれるし、素であろうが陛下モードであろうがそれは変わらない。
ウィンダリオン中央王国による大陸統一を最初に口にしたのはヒイロだし、スフィアがよほどの馬鹿でもしでかさない限り、ヒイロの方からその口約束を反故にすることなどないだろうとも思っている。
自惚れではなく、自分がヒイロに好かれているという自覚くらいは持てている。
だが先の公式歓迎会でシーズ帝国の第一皇女をお姫様抱っこした時や、ヴァリス都市連盟の総統令嬢に微笑まれた時に見せた、ヒイロの男としての貌。
それは一度たりとも自分に向けられたことのない種類のものだ。
まだ幼いとはいえ、スフィアはそれを女として敏感に感じ取っている。
ヒイロもまだ幼いとはいえ、男の貌を出来るのであればそんなことは問題にならない。
そもそもヒイロに付き従う三人の美女――巷で大陸の三美姫の一人などと呼ばれている自分の通り名の一つに(笑)を付けたくなるほどの「自称ヒイロ様の僕」たちは、みな美しい女のヒトだ。
「余のこの貧弱な躰では、ヒイロ殿に男の貌をさせることもできん。我ながら馬鹿なことをしている自覚がないでもないが、真剣にそんな魔法を望み、探すことになるなどとは思いもよらなんだわ」
『支配者の叡智』で大人の女のなんたるかを、知識と記憶でなまじ知っているだけに焦燥も強いのだろう。
ヒイロは自分を可愛いとは思ってくれているが、女としては見ていない。
それが一人の女としてはともかく、ウィンダリオン中央王国にとって致命的なことになりかねないのだ。
それに――
「ユオ殿が突然倒れられた理由も、『九聖天』からの報告を聞いた今では理解できる。――シーズ皇家の血統能力である『竜眼』で、ヒイロ殿たちの真の姿を見てしもうたのじゃろう」
「第一皇女だけではなく、クルス皇太子殿も真っ青だったとか?」
シーズ帝国の皇太子や第一皇女という立場にあるものは、よほどのことが無ければあんな失態を見せることは無い。
一瞬はそこまであざといことをするのかとも思ったが、あの時の第一皇女の真っ青で歯の根もあわない様子は、純然たる恐怖だったのだと理解できる。
――よほどのこと。
軍備の面でウィンダリオン中央王国を軍事大国たらしめているのが『九柱天蓋』とすれば、人材の面でそれにあたる『九聖天』
それが一方的な死を確信させられるほどの襲撃が、つい先刻確実にあった。
何事もなかったかのように今こうしていられるのは、何者かがそれと気づかれる前に迎撃してのけたから以外に在り得ない。
そして何者かという点において、ヒイロ率いる『天空城』勢以外は考えられない。
『九聖天』の一人が報告する通りであれば、それだけの敵を何事もなかったように一瞬で張り倒したヒイロたち。
そのすぐ側にいた自分であっても、ヒイロがあの時に何かしたとは俄かには信じられない。
だが確かにヒイロたちが迎撃したのだ。
その残滓とも言うべきもの――ヒイロたちの正体を血統能力である『竜眼』で見てしまったがゆえに、シーズ帝国の皇族であるあの二人があそこまで動揺したのだろう。
あるいは見てしまったせいで、自分たちが始末されることすら覚悟したのかもしれない。
少なくともスフィアの目の前で崩れ落ちた第一皇女の様子は、それほどに狼狽していた。
「神殺しを直接この目で見た余であってもあそこまでにはならなんだ。――シーズ帝国の血統能力である『竜眼』を通してみるヒイロ殿たちの真の姿……どれだけ恐ろしかったのだろうな?」
「羨ましそうにも見えますが?」
「お、王としては最大の脅威を正しく捉えられるというのは、羨望に値するのじゃ」
嘘じゃない。セーフ。
ただヒイロの男の貌を引っ張り出しただけではなく、スフィアすらも知らないヒイロの本当の姿を見たであろうシーズ帝国の第一皇女に、謎の対抗心のようなものがあるのも確かだ。
間違いなく恐怖に震えていた第一皇女が、ヒイロに差し出された手を取り「お姫様抱っこ」をされた瞬間、頬を朱に染めて女の貌を見せた。
それを羨ましいと思ったこともまた、嘘ではない。
ウィンダリオン中央王国だのシーズ帝国だの、歴史ある大国の王家、皇家に生まれた女が、ただの女でいられる相手など本来はいない。
つねに自分たちには責任を負うべき国家が付きまとう。
だがヒイロほどの力を持った者であれば、自分や第一皇女であっても市井の女の子と何も変わるまい。
そう扱われたがっている自分に正直驚きも得るが、自分に嘘はつけない。
だがスフィアはまだ、幼い少女に過ぎない。
その年齢でありながら『支配者の叡智』に頼らざるを得ない立場に立たされている。
いわば究極の耳年増状態と言っていい。
知識で恋を知ってはいても、本当の意味ではまるで知らない。
御先祖の記憶をなぞったところで、心は反応していない。
ゆえに今スフィアのヒイロに対する一連の言動、心の動きも含めたそれはウィンダリオン中央王国の幼女王としてのものに過ぎない。
もしもスフィアが第一皇女や総統令嬢と同じ年頃であったとしても、それではヒイロに刺さるまいとアルフォンスは見ている。
――だがいい傾向です。
スフィアが王たるの責任感から得ている焦燥ほど、アルフォンスは慌てていない。
よほど馬鹿なことを自分たちからやらかさない限り、中長期的にことを構える余裕はあると判断している。
そうなれば拙速が必ずしも功を奏するとは限らないし、己が主はある意味において今一番強力な仕込をしているとも言えるのだ。
――ヒイロ殿がその、本気で幼女嗜好とかでは無くて助かりましたね。
本気でそう思うアルフォンスである。
いやもしそうだったとしたら、祖国のためにスフィアを差し出すことも厭わなかったではあろうが。
今、ヒイロが可愛らしい少女として庇護欲込でスフィアを見ているならば好都合なのだ。
少女はいつまでも少女のままではいたりはしない。
女とみていなかった可愛らしい少女が、自分のすぐ側で美しい女になってゆくという懐から刺されるような一撃は、男にとって致命の一撃になりえる。
アルフォンスのような年齢の男にとって、5年などあっという間である。
だがそのあっという間に、スフィアは幼女王から少女王に変化――羽化する。
己の仕える王陛下の恋の相手としてヒイロは申し分ない相手だ。
何しろ落とせば同時に、世界もその落した者の手に落ちる。
だから来たるべき不意打ちの瞬間に備えて、幼女王はなやみながらもゆっくり恋をしていけばいいとアルフォンスは笑う。
己が真の主と認めた先代王の忘れ形見が、王としてだけではなく女としても幸せになってくれればいいとわりと本気で思っている。
そうなれば本当の我が娘とも恋敵になるのだろうかと、余計な心配もしながら。





