第65話 異世界攻略への仮説
力で押し通せと『黒の王』は告げ、元プレイヤーである蟲の集合体がそれを受ける。
これが期待されている展開だろう、とブレドは思う。
誰にかはまだわからない。
現実化された「T.O.T」の世界を肌で知る必要性を、初期からブレドは感じていた。
そうしなければ自分が率いる『天空城』勢が、この世界にとって度し難い厄災そのものになる可能性が高いと思ったからだ。
自分がまず愉しむという目的が嘘というわけではないが、分身体をもって「冒険者」としての暮らしを初手から行ったのはその理由も大きい。
もっとも厄災となること、そのものを忌避しているわけではない。
自分にとって必要であれば、世界の敵となりこの世界すべてを蹂躙することも厭わない。
だがそれはこの世界で日々を一生懸命生きるヒトたちが実際にいるということ、それを知った上でもそうするという、明確な意思決定をしたいというだけだ。
うっかりで世界の敵になるのは出来るならば避けたい。
そしてそんな展開は、おそらく期待されてもいない。
一方で現実化した世界に呑まれ過ぎて、これがあくまでもゲームだということを忘れないようにしようとも思っている。
どれだけとんでもない事態であれ、自分にとっては現実化したとしか思えない状況であれ、この世界の基礎は「T.O.T」――『世界の舞台――Theatrum Orbis Terrarum』というゲームであることは疑いようも無い。
だからこそ技・能力や魔法のみならず、レベルやステータス、それを支える経験値という概念がこの世界を支配している。
ゲームである以上、「目的達成」の条件は必ずあるはず。
一方で「達成失敗」があり得ることも、十三愚人――元プレイヤーたちの存在が示唆している。
そして今のところ、まだだれも「目的達成」に至っていないのは間違いない。
だからこそ十三にまで愚人たちの数は増え、『黒の王』と『天空城』が次の挑戦者として選ばれたのだ。
『黒の王』の中の人は重度のゲーマーである。
終劇のないネット系ゲームの存在には慣れているが、そこまでに出された目的はすべて達成したくなるのがゲーマーという生き物だ。
「継続」は許されていないようだし、愚人の一人としてゲームに取り込まれるのも真っ平だ。
必ず「目的達成」する。
そして今までにブレドがとった行動とそれに対する対応を見る限り、かなりフレキシブルにプレイヤーの行動に呼応してきているのは間違いない。
運営の憑代である『凍りの白鯨』の投入や、シナリオの早回しに対する十三愚人――元プレイヤーによる介入がそれにあたる。
コンピューターゲームを基礎としているが、そのあたりはまるで「会話型RPG」のようだとブレドは感じる。
そうなれば一つの仮説が成り立つ。
「プレイヤー」と相対する「ゲーム・マスター」がこの世界に存在し、ブレドの出方を見てその都度対応しているという可能性。
そういう真の黒幕ともいうべき存在は、上位世界で俯瞰しているだけではなく実際自身も世界に存在しているというのがある種のお約束だが、そこは今はまだいい。
この世界での暮らしをブレドは気に入っている。
そうとなればさっさと「ゲーム・マスター」を引っ張り出し、望む「目的達成」条件を果たして終劇に至り、その後の世界で僕たちと冒険者としてのんびり暮らしたい。
終劇後を好きに暮らせるゲームをブレドは好む。
というかMMO系やハクスラ系のゲームとくれば、メインシナリオクリア後の強化やアイテム集めこそが本当の愉しみ所でさえある。
それが現実化したこの世界でやれるというのなら、ブレドとしてはさっさとそこを目指したいのだ。
この世界を支配する存在が、必ずしも悲劇的な終劇を求めていないというのであれば、敵対せずとも済むかもしれない可能性もある。
『黒の王』として与えられた力を上手に使い、ブレドとゲーム・マスター双方が望む終劇に導けるのであればそれがベスト。
だがまだ今はまだ序盤。
即興師が引っ掻き回す場面でもなければ、機械仕掛けの神が登場するような場面でもない。
であればお約束を外さなければ、「達成失敗」にはまず至ることはない。
すなわち己からの行動は基本的に世界をよい方向へ導くことを軸とし、己の意に依らず発生するイベントに対しては力で退ける。
「レベルが高ければ絶対に勝てるなどと、思い上がらぬことだ!」
蟲の集合体が己の支配する無数の蟲をあたり一面に展開し、フードの奥から一つのアイテムを発動させる。
広がる光を受けて蟲たちが強化され、巨大化する。
それはおそらく、『静止する世界』の中で動くことを可能とし、僕の技・能力や魔法を無効化するものと軸を同じくするもの。
効果は「レベル差を無視して攻撃を通す」と言ったあたりか。
それは本当にそういう効果を持っているのだろう。
だが序盤でお約束となれば、プレイヤーは必要な能力は必ず得ていて、使い方さえ間違わなければ対処可能となっているからこそのお約束だ。
「必敗のイベント戦闘が発生するには条件が揃っていないとは思わんか? 貴様はただ踊らされただけに過ぎん――――ベアトリクス!」
「はい!」
「わたしも、いるよ」
『黒の王』の呼ぶ声に、SD化したベアトリクスと、ついでにエヴァンジェリンも答えて左右にポンと現れる。
各々が倒した十三愚人はすでに『黒の王』から渡されていた封印石に封じている。
『黒の王』が呼んだのはベアトリクス。
運営の憑代たる『凍りの白鯨』から奪った能力、『白光』――プレイヤーからの攻撃の一切を無効化する――を発動させるためだ。
ベアトリクスが『白光』を発動させると同時に、蟲の集合体が発動させたアイテムの光は失われる。
元とはいえ、十三愚人はプレイヤーと同じ扱いを受けるらしい。
あくまでも今のところは、という条件は付くのだろうが。
「――なんだと!?」
そうなれば蟲の集合体も、単眼少女や球体関節人形と同じく『天空城』、それもその首魁たる『黒の王』の敵たりえない。
十三愚人たちが自分たちで分析していた通り、彼我の戦力差は巨大なのだ。
『黒の王』が無詠唱で呼び出した漆黒の焔が、蟲の集合体が展開した蟲を呑み込むようにして焼いてゆく。
「殺しはせんよ。それこそ後に貴様らが欠けていたらクリア不可能な戦闘を仕込まれても困るからな。だが踊らされている者の雑音は今は要らん。――とりあえず素直に封じられておけ」
情報が必要になればその時に聞く。
今ただ垂れ流されるだけの情報は、その情報そのものが仕込みの可能性もあるとブレドは判断している。
「――あぁあぁぁ!!!」
己の蟲たちを伝って本体にたどり着いたブレドの黒い焔が、蟲の集合体のフードを焼き、本体をも呑み込んでゆく。
その姿は意外なことに蒼い肌をしてはいるが、美しい少女のものだった。
だがブレドの焔は焼くことを止めたりはしない。
焼き尽くしたのちに、封印石の美しい宝珠へと蟲の集合体を封じる。
予定外の十三愚人の襲撃は収めた。
あとは予定通り『世界会議』を成功させるだけである。





