第06話 冒険者に至る顛末⑤
「よろしいですか」
「なんだ?」
興味深げに俺の指示を受けていたエレアが、挙手をして発言を求めてくる。
有史上最高と称(賞)される頭脳は、今の俺からの断片的な情報だけでどこまでを理解し、どういう動きをしようとしているものか。
内心興味津々で聴いてみると、配下たちを「軍団単位」ではなく「個」として動かしてもいいかという確認であった。
なるほど。
ゲーム時では指示不可能だった「新拠点設営」が指示できるのと同じように、現実化したこの世界においては組織の運用もゲームシステムに縛られた「軍団単位」でなくてもよくなるというわけか。
そりゃそうだ。
一体一体、それぞれが意志持つ個体であるからには、単独行動ができるのは当たり前。
エレアたち常に「現実」であった側にしてみれば、打ち合わせなど存在しない「絶対の指示」に従っていただけなのだ。
会議によって主、すなわち俺の意図を汲むことが可能な今のエレアにしてみれば、一騎当千の僕たちを個々に運用する方が俺の意図に添うと判断し、このような提案をすることはいわば必然とも言える。
これはけっこう期待できるかもしれない。
たった7単位ではフォローしきれなかった天使の同時多発侵攻も、我が千を超える僕たちが個々に対応できれば完封すらも可能かもしれない。
戦力的には末席№の僕であっても、鍛え上げられた今では雑魚天使如きに後れは取るまい。
「任せる。最大効率で進められるよう編成せよ。管制管理意識体及び各統括とよく話し合って決めよ」
「序列上位である管制管理意識体殿の意見に逆らうことなどみな致しませんが」
強い意志を宿した瞳でエレアが俺の指示に応える。
左府、右府、各軍統括たちも意外なことを言われたという表情をしている。
「それはならん」
なるほど、会議どころか会話する機会すらないのが当然であれば、上位者の指示は絶対とならざるを得ない。エレアは才があるからこそ、そうしなければ組織が維持できないことを理解し、徹底していたのだろう。
あえて醒めた言い方をするならば、ゲームでプレイヤーの指示に従わない持ちキャラなど、そういうつくりのゲーム前提でもない限り、ゲームにならない。
だが今の体制、しかもトップが俺となればそれは弊害の方が多い。――と思う。
俺は一人だと絶対に間違う。
最悪の事態にさえ陥らなければ、間違ったことに気付くことすらできないかもしれない。
今は攻略方法が判明しているゲームの周回プレイとは、なにもかも違ってしまっているのだ。
有効な意見はできるだけみなで出し合い、その決定には俺が責任を持つ形にした方が間違いなく上手くゆく。
決定は責任者の職責ではあるが、それは意見を封殺することとは違うのだ。
「序列上位者は敬え。ただし盲信するな。……序列とて不動ではないのだ」
俺の余計なひと言に、エレアだけではなく各統括たちも無言のまま頭を下げる。
どこか面白がっているように見えるのは錯覚ではないだろう。
いろんな意味でみんな間違いなく俺より頭はいいんだから、管制管理意識体ともども俺を支えてくれ。
――本気で頼む。
「私は……何をすればいい、ですか? ブレド様」
『鳳凰』、エヴァ。
うわ、ほんとにあの声だ。
話し方も子供のようにたどたどしいくせに妙に艶っぽい、独特の雰囲気。
首をかしげるようにして話す仕草が、あざといと言われようが何と言われようが俺にとってはなんというかもう、あれだ。
尊い。
「我が役目もないな、主殿!」
『真祖』、ベアトリクス。
こちらも『真祖』というわりにはやたらと元気な、明るい声。
まあベアトリクスの場合は大人バージョンになるとめちゃくちゃ色っぽくなるわけだが、同じ中の人がそれを使い分けているところに凄みというか、恐怖すら覚える。
ナイ胸ソラして踏ん反り返るのは、幼女バージョンがお気に入りの仕草だ。
これもまた、あざと(以下略
しかし二人とも至近距離にいると本当に目のやり場に困る。
イベントグラも大概だったが、デフォルトでもかなり煽情的ないでたちでおられるのだ、このお二方は。
ベアトリクスは幼女バージョンなのだが、俺にとってはまあ、その……問題ない。
「二人には一番大事な役目を与える。ここ天空城を守護せよ。ただし何かあったら即私を起こせ。二人だけで無理することは私の期待を裏切ることだと覚えおけ」
まずないとは思うが、この天空城を陥落されれば有り体に言って終りだ。
その防衛には天空城そのものである管制管理意識体と共に、我が組織最大戦力である双璧に守ってもらうのが一番理に適っている。
相国の地位にあるとはいえ、いや相国の地位だからこそエレアは基本的に頭脳労働特化。
とはいえそこらの敵程度に後れを取ることなど滅多なことではないだろうが、我が一桁ナンバーズにおいてエレアだけベースが「ヒト」だしなあ……
俺が『黒の王』のまま健在であれば、左府たるエヴァと右府たるベアトリクスは遊撃として自在に動いてもらった方がいいのは確かだ。
『黒の王』が単体とはいえ敗北を喫する相手となれば、天空城と我が組織すべてが束になったとて敵うまい。その場合は不可能に限りなく近くても、できれば一人でも多く逃げおおせてほしいものである。
だが俺の計画では、最大戦力たる『黒の王』は不在となる。
即応不可能になるというだけなので、しばらく時間を稼いでくれればすぐに起きるが。
「ブレド様は……寝る、の? だったら、傍にいてもいい? ですか?」
「それなら我は、主殿の夢の中に遊びに行く許可を賜りたい」
……なんか妙なことを言い出したぞ二人とも。
エレア以下男性? 陣はその態度に対して「主になんということを」だとか「けしからんですな」などと何やら慌てているが、女性陣は敬意は敬意として存在しているものの、妙に踏み込んでくる。
「あ、ベアちゃん、ずるい……」
「ベアちゃんと呼ぶなと言っておるだろう、左府殿!」
「わたしも、エヴァって呼んでって、言ってるのに……」
おお、某イベントであった仲良し会話に酷似したやり取りだ。
実際に眼前でそれを聴けるとは……こんなに嬉しいことはない。
「いや、右府殿。狡いというのは確かに狡いと私も思う」
「ぬけがけよくない」
やはり女性体である『世界蛇』シャネルと、『白面金毛九尾狐』凜が参戦してくる。二人の声もやはり設定通り、に聞こえる。
いいんだろうか、こんな恵まれた環境。
その上、これはやっぱりお約束通り主はモテモテ設定なんだろうか。
「T.O.T」では主と持ちキャラの絡むイベントはなかったからその辺はよくわからない。
いやそれを忌避する理由などどこにもないが、とりあえず『黒の王』の姿でよかった。
表情を浮かべることが可能な人の顔であったなら、いかに見目麗しく造形したものであってもだらしなくやにさがっていた可能性は否定しきれない。
「――確かにある意味、この身は眠る」
苦笑めいた声で応える俺に、みな意外そうな表情を浮かべる。
女性陣も例外でないところを見ると、叱責覚悟でああいう発言に踏み切ってみたってところなのだろうか?
会話するのは初めてのはずだしな。
いや、少なくともエヴァンジェリンは表情からして天然っぽいし、だとするとベアトリクス以下はそれに乗ったというところか。
エヴァンジェリンの言動こそがすべて計算の上に基づいている、というのが一番怖い答えのような気もするが。
だが今はデレデレしている場合ではない。
今後機会があるのであれば大いに期待したいところだが、今は置く。
それよりも皆に俺がこの世界をきちんと愉しむことと、この世界でうまく立ち回っていくために、絶対に必要なことを告げる。
それは――
「私は『分身体』を生成し、冒険者となる」