第62話 誰が為の在り方か――『鳳凰』の場合
『九柱天蓋』旗艦の基部、魔力炉を破壊せんとしている十三愚人の一人、Ⅷ。
元プレイヤー。
阿弥陀被りをした狐面と、少女の体躯。
その身に纏う着物もこの世界には本来存在しない奇異なものだが、それよりも目を引くのはその単眼だ。
隻眼という意味ではない。
もとより顔の中央に、大きめの眼が一つあるのみの単眼少女。
それが元プレイヤーたちの集団「十三愚人」、Ⅷの姿。
一目でヒトではない、魔物ですらないあやかしの類だとわかる見目でありながら、そこに美しさを感じてしまうのが一番の怪異であるかもしれない。
『静止する世界』に囚われていながらにしてなぜか自在に動けはするものの、『管制管理意識体』が多重展開する防御陣を砕ききれもしない。
そのために目的である魔力炉を破壊することができずに、攻めあぐねているのが現状だ。
その目の前に、金色の炎が燈る。
中央に大きく一つ。
そしてそれを中心として炎の結果を張るが如く、単眼少女の周りを無数の炎が取り囲む。
中央の大きな炎がヒト型ではあれどもその姿も、身に纏う衣装も、揺れる髪さえも金色の炎と化したエヴァンジェリン・フェネクスの形を成す。
『鳳凰』――その戦闘形態の一段階目である。
その胸元には主である『黒の王』から与えられた、「ゲヘナの火」が燃え上がっている。
エヴァンジェリン本来の炎と混ざり合い、溶け合いながらもけして一つにはならない。
それを愛おしそうに両の手で抱くようにしながら、『鳳凰』が完全に顕現する。
「――貴女が来ちゃったか。できれば貴女たちの主と相対したかったけど……しょうがないね」
それを見て、慌てるでもなく単眼少女がため息と共に言う。
『天空城』最強戦力である『鳳凰』を前にして、唯一それ以上の力を持つ『黒の王』と相対したかったと、鈴の音のような可憐な声で告げる。
「ブレド様に、勝てるとでも?」
金色の炎そのものの姿で、感情無き声でエヴァンジェリンが問う。
己を軽く見るのは好きにすればいいが、主である『黒の王』を言葉だけで軽く見ることは赦さぬとばかりに。
「どうかな。――一応言っておくけど、今回の私たちの目標は貴女たちじゃないの。それでもやる?」
今回の十三愚人の目的は、『世界会議』の成立を阻止すること。
なぜその必要があるのかまで語る事はさすがにしないが、それさえ成れば、今この時に『天空城』と直接事を構える気はない。
そのことを念のためと言わんばかりに告げる。
だが語るに及ばずとばかりに、無言のままにエヴァンジェリンが周囲に張った結界の如き炎を単眼少女へと集中させる。
主に任されたこの場から、僕がそんな言葉だけで引くわけもないのだ。
「そうだね。貴女たちの在り方は、ほんの少しだってブレることなく変わらない」
それを苦も無くすべて消滅させ、苦笑交じりで単眼少女が言う。
懐かしいものを愛おしむような目で、主の命令に忠実足らんとするエヴァンジェリンを見ている。
初撃を出し惜しみするエヴァンジェリンではない。
殺すなと命じられてはいるものの、死と再生を司る『鳳凰』たるエヴァンジェリンにしてみれば、消し飛ばしてから再生させる方がはやい。
『天空城』序列№003、戦闘力においては僕筆頭の己が、そのつもりで放った一撃――いや数十撃を、単眼少女が苦も無く無効化してみせたことにすくなからずエヴァンジェリンは驚いている。
「たとえどんな相手であっても、己が主の敵と認めれば一切の躊躇なく殲滅する」
だが一切の出し惜しみをせず連続して繰り出すエヴァンジェリンの一撃を、すべて単眼少女は同じように無効化する。
「勝てる勝てないどころか、己の生き死にすらも顧みない。主が最後に勝つことを確信して、自分が消滅することすら厭わない」
そして憐れむように、愚直に攻撃を続けるエヴァンジェリンの事を語る。
「それが僕としての、正しい在り方」
『凍りの白鯨』ですら一撃で殺しかけた己が身に炎を纏って突進する技ですら、語る単眼少女の言葉を止めることすらできずに無効化される。
「――それじゃあ、ダメなんだよ。エヴァンジェリン・フェネクス」
そして言われる。
エヴァンジェリンのすべての攻撃を無効化してみせた上で。
「それじゃあダメなんだ。そのままだと貴女たちの主もいずれ必ず負ける。そして元プレイヤーに――愚か者の一人に堕ちる」
それを単眼少女は、知っていると言わんばかりにエヴァンジェリンへと告げる。
十三愚人たちはみな、元プレイヤー。
つまり今の『黒の王』と同じように本拠地を持ち、多くの僕たちを従えていたはずだ。
――元が付くまでは。
だが今、単眼少女は孤独。
そして愚直に主の命令に従わんとする『鳳凰』を、憐れむような、懐かしむような目で見ている。
「今日はそれだけ覚えておいてくれればいい。――今日はこれで引くよ」
『鳳凰』の攻撃は今のところ一切通らない。
だが単眼少女の今日の目的は『天空城』――『鳳凰』を倒すことではなく、『世界会議』を成立させないために被害を与えることだが、それも『管制管理意識体』に阻まれて叶わない。
千日手だ。
ゆえに溜息交じりで、元プレイヤーとしての忠告をしたことを良しとして、撤退の宣言をする。
――だが
「逃がさない、よ?」
今まで一切の攻撃が通じなかったエヴァンジェリンが、宣言する。
「――え!?」
ここへ来た時と同じ「転移門」を開こうとして、それを即座に焼かれたことに単眼少女は驚愕する。
今まで『鳳凰』のすべての攻撃を無効化してきた鉄壁のはずの防御を、苦も無く抜かれている。
「ずっと、貴女の言うとおりだった、よ」
そう言って、エヴァンジェリンは笑う。
『黒の王』が「ヒイロ」という分身体を創り、何を思ったか冒険者を始めたりするまでの自分たち僕の在り方は、確かに単眼少女が言うとおりだったなあ、と思い出しながら。
「でももう、今は、ちがうの」
そう、まるで違う。
前周までのエヴァンジェリンは、まさか自分が己が主と同じ部屋に暮らし、料理を作ったりメンテナンスと称して触れ合えるようになるなど、想像すらしたこともなかった。
それが今や、エヴァンジェリンにとってのかけがえのない、大切な日常と化している。
「ブレド様を愉しませることが、今の私の正しい在り方。だから――」
そしてブレドは確かに明言した。
エヴァンジェリンたち『天空城』を成す僕たちはみな、ブレドを愉しませるためだけに存在しているのだと。そのために身命を賭して奮励せよと。
――それこそが僕たる己らの存在理由なのだと。
「もしも勝てない相手がいたら、私はブレド様のところへ逃げるよ?」
そうであれば、勝てぬ相手に自己満足で挑んで死んでいる場合ではない。
主より後に死ぬことさえなければ、それでいいと思っていた頃の自分たちではもうないのだ。
勝てない相手からは逃げればいい。
そして主と、仲間たちと力を合わせて迎え撃つ。
それでも勝てねば主と一緒に滅びればいいのだ。
今のエヴァンジェリンが己の死を良しとするのは、『黒の王』が消えてしまった後だけだ。
それ以外であれば、何としてでも生き延びることを第一とする。
『黒の王』を愉しませる――悲しませないためにこそ僕たる己は存在する。
「――だけど、貴女は違う、ね」
確かに単眼少女は、エヴァンジェリンの攻撃その悉くを無効化してのけた。
だがその攻撃は『管制管理意識体』の展開する多重防御障壁を抜くことができず、エヴァンジェリンへと攻撃してくることもないままに引くという。
それにそもそも、最初の『天空城』からの魔導砲を無効化ではなく、躱している。
単眼少女は元プレイヤー。
つまり何らかの手段で、「僕」の攻撃を無効化しているのだ。
それはおそらく、エヴァンジェリンの攻撃を無効化するたびに単眼少女の指で一つずつ砕けていた「指輪」だ。
誰かから与えられたものか、エヴァンジェリンたち僕が知りえない、プレイヤーにだけ赦された「課金アイテム」の類なのかはわからない。
十指の指輪すべてが砕けても、いくらでも予備があるのであれば確かに千日手だ。
だが、単眼少女が撤退しようとして開いた「転移門」は、いとも簡単に焼くことができた。
プレイヤーである『黒の王』から与えられた、「ゲヘナの火」を混ぜ合わせた己の炎を駆使すれば。
「ブレド様の力を借りれば、勝てる、よ?」
そう言って「ゲヘナの火」と混ぜ合わせた巨大な炎を、単眼少女に叩き付ける。
「――ぁ」
その炎は無効化されることなく、まだいくつか残っていた指輪ごと単眼少女の小躯を焼き尽くす。
その後に残された、黒白の世界に浮かぶ単眼少女の魂を、『鳳凰』たるエヴァンジェリンが支配する。
十三愚人の一人、単眼少女はこうして、わりとあっさりと『天空城』の手に堕ちた。
十三愚人の思惑を大きく外れるカタチで。





