第61話 迎撃
超高速で『九柱天蓋』へと降り来る三体の影。
十三愚人のⅡ、Ⅷ、Ⅸ。
だが護衛武官たち――レベル7のヒトであっても察知できた襲撃を、ヒイロたち『天空城』勢が見逃すはずもない。
三体がどこを狙っているのかも含めて、瞬時で完全に掌握している。
Ⅱは今ヒイロたちのいる、公式歓迎会が行われている主宴会場。
Ⅷは『九柱天蓋』旗艦の基部に在る、この地を宙に浮かべることを可能としている魔力炉。
Ⅸは三大強国の象徴ともいえる、接舷されたシーズ帝国軍の総旗艦『八竜の咆哮』と、ヴァリス都市連盟の魔導浮遊戦艦『大嵐』
それぞれそこへと一直線に向かっていたが、充分な余裕をもって『管制管理意識体』が展開した多重防御障壁が、目標に到達する前にすべてを弾き返す。
障壁が数枚割り砕かれるが、それでも半ばまでも至れてはいない。
如何に元プレイヤーたちとはいえ、『黒の王』の能力の一部と、その居城である『天空城』の全機能を自在に駆使する『管制管理意識体』の護りを抜くことは容易ではない。
それに重ねて、即座に白姫が『静止する世界』を展開。
黒白の世界にすべてが囚われ、そこで動くことが可能なのは『白姫』――運営の憑代であり、不正者粛清ユニットであった『凍りの白鯨』が認めた者のみ。
だが――
「ユビエ――――撃て」
だがヒイロの――いや『静止する世界』が展開された瞬間に『黒の王』本体を呼び出した、ブレド・シフィ・ベネディクティオ・アゲイルオリゼイの指示に従い、一切の躊躇なく『天空城』の主砲が三閃する。
地平の彼方から『九柱天蓋』上空で動けないはずの三体を穿たんと放たれた魔導砲は、その目的を果たすことなく逆の地平へと突き抜ける。
躱されたのだ。
「そんな……」
常に動じない白姫が、さすがに動揺を見せる。
不正者を粛清する己の根幹ともいうべき能力を、あっさりと破られたとあってはそれもやむなしか。
だが何もこれが初めての事というわけではない。
そもそも白姫として、己が『天空城』の軍門に降ることになったのは、『黒の王』の僕たちが『静止する世界』をこともなく食い破ったからであったのだ。
「まあそうでなければただの阿呆よな。――我々に白姫が与しているのを知ってなおの襲撃とあれば、『静止する世界』を破る術を持っていて当然」
久しぶりに『黒の王』本体へと戻った、ブレドが言う。
『黒の王』はこれあるを予測して、ユビエに撃てと命じたのだ。
元プレイヤーであるからには、『凍りの白鯨』の能力を知っていて当然。
そのうえ『凍りの白鯨』とアーガス島上空であれだけ派手な立ち回りをしたうえ、その直後に干渉もされている。
『静止する世界』に抗する手段を持たぬままの襲撃など、自殺となにも変わらない。
仕掛けてきたということは、つまりそういうことなのだ。
どうやってかは、今はまだブレドにもわからない。
だがそんなことは大した問題ではない。
売られた喧嘩は高値買取が『天空城』の不文律。
殺さぬ程度に張り倒してから、本人たちに聞けばそれで済む。
ブレドは十三愚人たちを今ここで殺すつもりはないが、間抜けに逃がすつもりもまたありはしない。
敵対の意志を明確にしたものを、ただで済ます気などハナからないのだ。
予測を立てられていることなど恐らくは承知で、それでも一応『静止する世界』に捉われたフリをするあたり、いかにもプレイヤーっぽくて『黒の王』は笑う。
そしてフリを続行したまま喰らうでも、何らかの手段で防ぐでもなく、躱したという事実。
それは十三愚人とて、『天空城』の魔導砲の直撃を喰らえばただでは済まないということを示唆する。
そしてその程度の相手であればブレドの僕たち、中でも序列一桁の連中の敵ではない。
それすらも擬態、罠の可能性も無くはなかろうが、そこまで疑いだせばキリがない。
そもそも相手が実力を隠した格上だというのであれば、そもそも打てる手などない。
どのみち場に晒された情報だけで判断し、行動するしかない事に変わりはないのだ。
「――セヴァス。汝の全能力解放を許可する。これから始まる戦闘の余波を、この地の一切に及ぼすな。『千の獣を統べる黒』もそれに協力せよ」
『仰せのままに』
「承知いたしました」
久しぶりの主本来の姿からの命令に、『千の獣を統べる黒』はおろか、セヴァスさえも緊張していることを隠しきれずにいる。
だがどこか嬉しそうでもあるのは、僕ゆえの性質か。
セヴァスの『魔力糸』を介して、この場に存在する数百の侍女式自動人形がその本来の能力を全開とする。
これに『千の獣を統べる黒』も加われば、味方からの誤射でも喰らわない限り、一切の余波を防ぎきることはそんなに難しいことでもない。
十三愚人の目的は、『天空城』勢というよりも今ここに集結している大陸中の重要人物たちと見て間違いないだろう。
つまり『世界会議』の成立を阻止することが目的であり、それはこの地に何らかの被害を発生させればそれで事足りる。
神を殺せようが、迷宮や魔物領域を解放しようが、自ら呼び掛けて集めた各国の首脳を護ることさえもできなければ、『世界会議』とそれを成立させんとした冒険者ギルドを中心とする勢力の信頼は地に墜ちる。
ブレドたちはいわば完封することを強いられ、十三愚人たちは何らかの被害を発生させればその時点で目的を達することができるという、限りなく不利な条件下におかれているのだ。
だからこそ十三愚人たちは襲撃してきたと言えるだろう。
まあいうほど不利だと、ブレドは思っていないのだが。
「白姫はここで『静止する世界』を展開維持。――『管制管理意識体』は増援を警戒。必要とあれば全機能をもって対処せよ」
「……はい」
『最大警戒態勢にて対応いたします』
少々不本意そうではあるものの、『静止する世界』が通用しないとなれば白姫にできることはこの状況下ではない。
急速にレベルを上げたとはいえ、『天空城』の序列で言うならばまだ二桁にも届かない位置でしかないとあっては、今ここで前線に出ることは望めない。
『管制管理意識体』はアーガス島の位置からとはいえ、無いとは言い切れない増援に警戒する必要が確かにあるので素直にブレドの指示に従う。
殺さずに近づけないという程度であれば、『天空城』の武装で充分に可能なのだ。
「私は此処を狙った一体を相手する。――『鳳凰』、『真祖』」
「はぁい」
「はい」
ブレド自らが戦闘に赴くとの宣言に、それを聞いた僕たちのテンションが上がる。
そして戦闘能力においては『天空城』において双璧を誇る二人にも、ブレド直々に命令が下される。
「二人にも今の全能力の解放を許可する。残りの二体をそれぞれに任せる――――ただし殺すな」
『黒の王』の命令を、左府、右府共に無言で跪いて拝命する。
そして二人とも、今の全能力を解放するために必要な儀式を執り行う。
『鳳凰』は与えられた「ゲヘナの火」を起動させるために、その舌を『黒の王』の竜頭、その唇の位置に這わせて体液を得る。
『真祖』はそれ以外の一切の吸血を禁じられたかわりに赦された、『黒の王』の血潮をその首筋に這わせた牙から喉へと滴らせる。
先までの軍服のような漆黒の衣装から、それぞれ本来の姿となった『鳳凰』を身の前に、『真祖』を背後から侍らせたカタチとなる『黒の王』の禍々しい姿はいっそ淫靡でもある。
だが己が主から力を得た、エヴァンジェリンの胸元に黄金色の「ゲヘナの火」が燃え上がり、ベアトリクスの両の瞳が真紅の焔を噴き上げる。
全能力の解放がなったのだ。
次の瞬間各々の相手がいる場所まで、迎撃するためにそれぞれが「転移」で跳ぶ。
『黒の王』vs十三愚人のⅡ。
『鳳凰』vs十三愚人のⅧ。
『真祖』vs十三愚人のⅨ。
『黒の王』ブレド・シィ・ベネディクティオ・アゲイルオリゼイ率いる人外集団『天空城』
その中でも戦闘能力という点では他の追随を許さぬトップ3が、それぞれの戦闘へと臨まんとしている。
いずれもこの世界に敗北した、元プレイヤーをその敵として。





