第60話 襲撃
華やかな表舞台。
使節団の顔たる皇族、王族たちを中心とした公式歓迎会。
その舞台裏で、こちらは使節団の本体とも言える実務担当、各国を実際に動かしている官僚のトップクラスたちは、明後日に開催される『世界会議』に向けての資料の再確認、整理に余念がない。
実際に発言するのは顔である貴顕たちだが、その己らの顔に恥をかかさぬように水も漏らさぬ根拠資料を整え、必要に応じて他国との調整、根回しをするのも彼ら官僚たちの仕事であれば、時間はいくらあっても足りるということは無い。
今日に至るまでに自国の資料は完璧に整えていることは大前提、今の時間は友好国との連携を図り、敵性国家の権益を少しでも削らんと情報戦を繰り広げている。
この上なく忙しく余裕もないが、才と努力を認められてその職責を得ている官僚たちにとってみれば、充実した時間を過ごしているといっても間違いではないだろう。
大変であろうが重責であろうが、己の才を全力でぶん回せる場を与えられるということは「幸せ」のカタチの一つではあるのだ。
よって使節団の大部分は己の為すべきを為し、思うがままにならぬこともありながらも充実した時間を得ているこの時間帯。
手持無沙汰、というよりは明確な無力感に苛まれている者たちがいる。
各国使節団付の、護衛武官たちである。
公式歓迎会の主宴会場脇に準備された、小宴会場。
そこはその護衛武官たち用の控室となっている。
控室と言っても出される料理や酒は主宴会場に劣るものではない。
この規模ともなれば、いわれなければ控室だなどと思えない華やかさである。
もっとも万が一があれば即護衛対象のもとに駆け付ける必要がある武官たちが酒を飲むことはあり得ないし、腹いっぱいに料理を喰うこともない。
武装も許されている彼らがそれを抜くことはまずあり得ないとはいえ、公式歓迎会終了までは神経を研ぎ澄まし、彼らなりの充実を得るはずの時間。
だが彼らは今、その充実を得ていない。
それどころか無力感に苛まれている。
なんなら酒呑んで腹いっぱいになって寝てやろうかとさえ思ってしまう者もいる。
なぜならば今自分たちに給仕をしてくれている美しい侍女たち――『天空城』から派遣されている、執事長配下の侍女式自動人形たち――が己らよりはるかに強いことが、それなりに強いが故に理解できてしまうからだ。
『連鎖逸失』が解放されたということは知っている。
故に成長限界に至った者同士の中で優位を得ていた己らの力が、今や絶対のものではなくなったことも理解はしているつもりだった。
神をも殺しきる者が実在し、それに比べれば「人類最強の一角」などと自惚れていた己らの力が取るに足りないモノであるということも、納得したはずだった。
だからこそ『連鎖逸失』が解かれた迷宮へと潜り、己の限界を高めることに否やはなかったし、高揚してもいたのだ。
とはいえそう簡単にレベルは上がらない。
だが今はまだ遠く及ばなくとも、いつか己も『神殺しの英雄』に並び立つ力を得て見せると、誰もが内心に誓っていた。
『世界会議』使節団の護衛武官に選ばれた時、『神殺しの英雄』の力を己が目で見られるであろうことに、武に身を置くものとして胸を高鳴らせてもいたのだ。
それが少々みな無表情気味ながらも甲斐甲斐しく働き、誰を見ても相当な美人と言える侍女にすら遠く及ばないと自覚させられてはさすがにへこみもする。
護衛もへったくれもあったものではない、ここ『九柱天蓋』に降り立った瞬間から、自分たちの命は完全に主催者に握られているのだ。
――黙れ殺すぞ。
気分次第でいつでもそう言い放ち、実行することが可能な存在の懐に自分たちがいるという事実は、なかなかに居心地が悪い。
「よう……その装備、アンタ『八大竜王』の一人だろ?」
だから今までであれば絶対に在り得なかった、他国の護衛武官に声をかけることも自然にできる。
この場で「武人」として気を張り続けることの滑稽さに思い至れば、妙な照れくささも手伝って似た立場の者と想いを共有したくなるのだ。
『八大竜王』
八頭の竜をそれぞれ従えた竜騎士たちで構成される、シーズ帝国最強の武人集団。
「そういう貴君のそのいでたち、音に聞こえた『五芒星』の御一人か」
問われた竜騎士装備の男が、問いかけたいかにも魔道士然とした衣装の男に問い返す。
『五芒星』
五大理事国から一人ずつ選出される、ヴァリス都市連盟が誇る最強の魔法使いたち。
陰陽五行をそれぞれ一人ひとりが象徴し、この男が朱の衣装を身に纏っているということは火を司る者なのだろう。
「その通り。「炎の魔道士」って大層な通り名を持ってる」
「私もお察しの通りだ。「第四竜王」の名でよばれている」
そう言ってお互い、本来似合わないシニカルな笑顔で笑いあう。
己の力の無さを自覚した今となっては、誇りとしてきた己の属する組織の大袈裟な名称、己自身の通り名が気恥ずかしくもなるのだ。
誇りを捨てるわけではない。
その名に恥じぬ力を未だ身に付けられていない、それでいて今まで増長していた己がいたたまれなくなるだけだ。
「気持ちは充分にわかりますけど腐ることはありませんよ。彼らが特別なのです」
そう言ってその二人に声をかけるのは、ウィンダリオン中央王国にて『九柱天蓋』に対応して九名が任じられる神器遣い、『九聖天』の一人。
護衛任務を任されているこの男が遣う神器は『盾』のようである。
「ウィンダリオンの『九聖天』でもそうなのですか……」
「侍女殿たちでへこんでいたら、ヒイロ殿たちと向き合うと泣けてきますよ?」
「マジか……」
三大強国が大陸に名を轟かす武力の象徴、そこに属する者たち同士の会話を受けて、他国の大仰な組織名、通り名を持つ者たちも今までにはなかった交流を開始する。
誰もが皆当然のこととして、つい先日までの成長限界。
お互いの相性もあろうが、たとえ相手がだれであってもその範疇においてはおいそれと後れを取るなどとは思っていない腕自慢ばかりだ。
実際、ただのレベルだけではない経験と、それに裏付けられた戦闘技術は同じレベル7同士の中でも突出したものを持っている。
それが今のところ侍女にも勝てぬと知れば、お互い話したい事も生まれるのだろう。
だが愚痴に近い形で始まったその会話は、次第に熱を帯びてゆく。
今は取るに足りぬ自分たちであっても、『連鎖逸失』を解かれた迷宮、魔物領域で鍛錬を重ねれば、いずれ神をも殺せる力を身につけることができる。
一部では叶うわけもないと馬鹿にされながらも『連鎖逸失』に挑み続けていた、知る人ぞ知るアルフレッド率いる酔狂パーティー。
そんなつい最近までは自分たちと似たような位置に間違いなくいたはずの者が、属神とはいえ実際に神を殺してのけたのだ。
それを知っているだけに、圧倒的な彼我の力の差を叩きつけられて無力感に苛まれたとしても、そこから脱することができる。
いつか自分も、アルフレッドたちのような「世界を護れる力」を必ず身につけてみせる。
そう思える。
その為には国単位で争うような愚かなことをしている場合ではなく、この『世界会議』で世界が一つにまとまり、そのまとまった世界を護るために己らが鍛えられる時代が来ればいいと皆が素直に思う。
その中で各々の国の誇りを保てればいいと。
さすがに酒を呑むことなどはないが、今までであれば絶対に在り得なかった各国が誇る最強たちがまず互いの憂鬱を語り、そこからの成長を語り合う。
『世界会議』に先立ち、これもまた歴史上初の出来事が小宴会場で地味に起っている。
――だが。
そのいわば呑気な空気を咎めるかのように、『九柱天蓋』旗艦の遥か上空から、三つの影が高速で落ち来る。
その三体が放つぬるりとした圧倒的な殺意に護衛武官たちが気付き、弾かれたように皆が立ち上がるが、遅い。
すでに後数秒で『九柱天蓋』旗艦に至る位置まで、その三つの影は到達している。
大陸中の要人が一堂に会しているこの場を、蹂躙する為に。
十三愚人のⅡ、Ⅷ、Ⅸが襲撃してきたのだ。
絶対に勝てないと確信させる、圧倒的な殺意。
今から走っても、間に合うはずもない接近速度。
相手の強さが理解できるがために、敵対することは死を意味すると本能が告げる。
だが護衛武官たちはみな、剣を、盾を、杖を取る。
たとえ結果が死しかないとしても、己の職責に従って己が全力をぶん回すことは、戦士たる己の在り方。
己より強いとりあえずの味方がこの場にはいる。
神をも殺してのけた力であれば、この死がカタチを為したような三体にも勝てるかもしれない。
だがそんなことは知ったことではない。
強者の陰に隠れてガタガタ震えている己を許すなら、剣など捨ててしまえばよいのだ。
今はまだ取るに足らない力だとしても、己はその力で誰かを護ることを選んだ。
だったら少なくとも、その護るべき相手より後には絶対に死なない。
恐怖に引き攣りそうになる己の顔に無理やりにでも不敵な笑みを浮かべ、己の在り方を全うしにゆく。





