第59話 世界会議――前哨戦
『世界会議』開催の前には、二回の「夜会」が開かれることになっている。
一回目はたった今開場した公式歓迎会で、二回目は明日会議前夜に行われる舞踏会が準備されている。
とりあえず立食形式でご飯でも食べながら顔と名前を一致させたのち、ダンスでも踊って仲良くなりましょう、ということなのだろう。
ドレス・コードだのなんだの、その手のことにはてんで疎いヒイロはそれなりに内心焦っていた。
だが幼女王たちが世話を焼く隙を与えることなく『真祖』がヒイロを含む『天空城』勢の衣装を全て決めてしまった。
このあたりはさすが真祖として『夜に君臨する女王』であっただけはあり、各国首脳たちの前に出ても恥をかくことがないどころか、現社交界の流行を変えるほどのインパクトを与えることになる。
全員分の完璧に仕立てられた公式歓迎会用の民族衣装、舞踏会用の夜用正式礼装服は『天空城』の侍女式自動人形たちが総力を挙げ、一晩で仕上げた逸品である。
今ヒイロは一夜目の公式歓迎会に、ホストである幼女王スフィアらとともに主賓として立礼に立って来賓を出迎えている。
今日のドレス・コードは参加各国の民族衣装に指定されているので、各国の皇族王族たちは王宮における各々の正装に身を包んでいる。
一方ヒイロが身に着けているのは、ベアトリクスが『天空城』勢として今夜選んだ、細部の意匠は変えながらも統一された軍服とも言うべき衣装である。
ヒイロの感想では金糸飾緒の施された豪奢な学ランに、外套を羽織ったような、いわゆる厨二心をくすぐるデザインだったのでお気に入りだ。
主であるヒイロのみが純白、僕たちは要所に朱を配した漆黒で統一されていることが一段と目を引く。
だが今ヒイロはそれどころではない。
次々と訪れ、挨拶をしては会場へと入って行く使節団は途切れることが無い。
にこやかに挨拶を受けてはいるものの、ヒイロの視界にのみ表示されている情報が目まぐるしく整理、分類されていく様子に少々慌てている。
『管制管理意識体』による来賓たちの分析のおかげで、ヒイロは相手の名前を覚えるという苦労をする必要がない。
必要に応じて所属国、名前、挨拶の際に何を言っていたかのみならず、その国力や他の国との関係まで表示されるとあっては、会話で恥をかくようなことはまずないと言っていい。
なんならその国の特産物や名所まで表示されるのだ。
では今何にヒイロが慌てているのか。
それはヒイロに会釈しては照れたり、思わせぶりな視線を投げたり、とびっきりの笑顔を見せてゆく貴顕の女性たちの分類が、あまりと言えばあまりだからだ。
身長・体重・スリーサイズの表示くらいはまだ許せる。
いちいち再表示でもさせない限り覚えてなどいないし、見たまんまのイメージを数値化したに過ぎないと思えるからだ。
だがヒイロの反応をハートマーク十段階で一人ひとり表示するのは勘弁してほしい。
何が一番勘弁してほしいかと言えば、その精度が異常に高いことだ。
一つのハートが赤色で埋まるまでに10段階くらいありそうなので、そんなつもりはないのにも拘らず、ヒイロが100点満点で採点をしていることにしかなっていない。
失礼にもほどがあるが、自分で精度が高いと思えてしまうのが救えない。
そしてその情報が、どうやらヒイロの後ろに並ぶエヴァンジェリンやベアトリクス、白姫にも共有されているらしいというのが恐ろしい。
ふぅん、へぇ、ほぉん、という声がまるで凶器の様に背中に突き刺さって痛い。
――これなんの罰ゲーム?
そう思わずにはいられないヒイロである。
加えて女性たちの情報が分析され格納される際に己が僕の一体である『一角獣』がデフォルメ化された画像が表示され、笑顔だったり怒り顔だったりするのが本当にもう、冗談じゃない。
その表情も常に一定というわけではなく、無駄に表情豊かなのも腹立たしい。
やめなさい! と叫びたいがこの場でそれはさすがにできない。
いやな汗を額に浮かべつつ、貼りつけたような笑顔で会釈をし続けるしかない。
何を表現しているのかはさすがに察しもつくが、プライベートの侵害も甚だしい。
時に真逆の意味で内心『ええぇ!?!』とか思ってしまう自分もどうかと思う。
――いやいかにもって感じの娘が笑顔だったり、楚々とした所作の娘が怒り顔だったり、ええ?! と思ってしまうのはしかたなく、ないです、か……
その後に加点減点されたりするのが地味にえげつない。
我ながら男って生き物は……と思わざるを得ないヒイロである。
そんなわけで来賓全員を迎えた時点ですでにぐったりとしてしまったヒイロだが、主賓とあってはそれで終わりとなる訳もない。
さまざまな国の使節団同士が一見和やかに歓談する輪の中心で皆の注目を受けながら三人の女性と歓談する事からは逃れられない。
招待主であるウィンダリオン中央王国幼女王スフィア・ラ・ウィンダリオン。
ヒイロに次ぐ準主賓とも言うべきシーズ帝国第一王女ユオ・グラン・シーズ。
同じくヴァリス都市連盟総統令嬢、アンジェリーナ・ヴォルツ。
あ、『一角獣』が拝んでたのと、すっごいいい笑顔と、泣きながらがくがく震えてた三人だ、とヒイロが思ったのは内緒である。
どれが誰かは特に秘す。
シーズ帝国の皇太子クルス・グラン・シーズと、ヴァリス都市連盟の現総統アレックス・ヴォルツは興味津々の態ながら、ポルッカ・カペー・エクシズ冒険者ギルド総長と挨拶を交わしており、この場は女性陣に譲る構えのようだ。
ポルッカとアルフレッドの二人も似たような表情でヒイロたちを見守っているのを見て、後で覚えてろよ、と心に誓うヒイロである。
「我らが一堂に会する機会があるとはな。半年前にはおもいもよらなんだがよくぞ『世界会議』に参加してくれた。一応の主催者として改めて礼を言う」
当然の陛下モードで、スフィアが口火を切る。
「こちらこそご招待いただき心より感謝しております。皇帝陛下本人ではなく、皇太子クルツと第一王女である私が名代となる無礼をお許しいただければと」
ユオはヒイロに微笑みかけながら、シーズ帝国の非礼をわびる。
「高貴な歴史を誇るウィンダリオン王家現女王様と、シーズ帝国第一王女様と同じ場に立つことを、ただこの期の総統を務めているだけの父と共にお許しいただけることを感謝しております」
アンジェリーナは己の身分の卑しさを恥じつつ、ヒイロに対してほんのわずかに微笑みかけて見せる。
三人とも、完璧な笑顔と淑女の所作で笑いあっている。
妙な緊張感に空気が張り詰めることもない。
この時代に三美姫と呼ばれる三人が一堂に会し、男たちの目を奪うその美貌を存分に咲き誇らせている。
「早速だがスフィア王陛下。かの方のご紹介をお願いしても?」
「ぜひよろしくお願いいたします」
その空気のまま、誰もが本当の『世界会議』の主催者と見做しているヒイロの紹介を、あえてスフィアに願い出る。
今この時点においてはスフィアが、つまりはウィンダリオン中央王国が一歩も二歩も他国より先んじているということを、三大強国と呼ばれる他の二国の重要人物がきちんと言動で表し、認めたということだ。
そこで要らぬ虚勢を張るほど愚かでもなければ、必要もない。
要は追いつく、もしくは追い越せばいいだけであって、その自信も充分にもっているのだ。
「うむ。この者が『神殺しの英雄』、ヒイロ・シィ殿じゃ。――後ろに控えておるのはヒイロ殿の、あー、うー……」
その事を充分に理解しながらも、それでも現時点でアドバンテージを持つ者の余裕を持ってヒイロを紹介するスフィアだが、それにあわせて軽く会釈したヒイロに続く三人を何と紹介していいものか言い澱む。
「ヒイロ様の忠実なる僕、エヴァンジェリン・フェネクスと申します」
「同じく、ベアトリクス・カミラ・ヘクセンドールと申します」
「同じく白姫と申します」
それに対して完璧な所作と笑顔で挨拶をし、膝を折る三人娘である。
妙な威圧感を出しもしないし、嫌味の一つを言うでもない。
ただ自分の魅力を最大に出す、最高の笑顔で挨拶をしたのみ。
ただそれだけで、ラ・ナ大陸が誇る三美姫と称された自分たちよりも、ヒイロの僕と自称するこの三人の方が美しいということを思い知らされたような気になるスフィア、ユオ、アンジェリーナである。
さて何を話したものやら、と天を仰ぎたくなる気持ちのヒイロを他所に、今この時初めてヒイロと直接会った二人の女性は、真逆の意味で戦慄に近い感情を得ている。
まずシーズ帝国第一王女、ユオ・グラン・シーズはヒイロの持つ力に対してのあまりにも普通の少年のような反応に。
それは年齢の割には妙にこなれた対応であることは確かだが、神をも殺しきる力を持ち、大陸の三美姫とまで言われた自分たちでさえ色褪せる美女を侍らしておきながら、ユオが微笑めば頬を赤くし、言葉を飾るだけではなく思うが儘に振る舞わないということに。
いわば普通の男の子が、世界を滅ぼし得る力を持っているという事実に愕然としている。
一方のヴァリス都市連盟総統令嬢、アンジェリーナ・ヴォルツも同じく、ヒイロが自分に見せるあまりにも普通の男の子のような反応に驚愕している。
ただしアンジェリーナの場合は、ユオのものとは真逆の意味でだ。
自分はあからさまに、ヒイロに向かって女をアピールした。
それに対して確かにヒイロは盛大に赤面はしたし、背後に傅く自分でさえ見惚れそうな美女たちは表情に出さぬまでも確実に反応していた。
だがヒイロの瞳は色欲に濁らない。
色っぽい年上のお姉さんにからかわれて赤面する、少年らしい反応以上のものを見せない。
アンジェリーナはその呪いのために、そんな反応を見せられたことは今までなかった。
男のヒトであれ、男の子であれ、アンジェリーナの女に反応してその目を濁らせる。
それがアンジェリーナにとっての、男という生き物だった。
自分のことを、そういう対象として組敷こうとしない男が存在するという事実。
そしてその普通ではない男こそが、望めばこの世界さえ組敷くことが可能な力を持っているという、もう一方の事実。
それを理解した瞬間に己の躰の内に芽生えた、どろりと熱いものの正体をまだ、アンジェリーナ自身も把握できてはいない。
女たちはそれぞれの思惑で、それを隠して優雅に微笑みあう。
己が望みを叶えるために、自身の女を使うことすらまるで厭わずに。
「あ、こいつは『千の獣を統べる黒』と言います。――ほら、シュドナイ」
「にゃーん」
とんでもないと言っていい美女六人が一堂に会している場にもかかわらず、なぜか居心地の悪さしか感じないヒイロが、女性なら誰もが好きである可能性が高い小動物をダシにして空気の緩和化を図らんとする。
主に喉をくすぐられてごろごろ言った後、あざとくも可愛らしく鳴く九尾の猫に、確かに正体を知らぬ三美姫は一瞬、計算の無い笑顔を見せる。
一方『天空城』勢の三人は、「実は吾輩」のあざとい仕草に半目になって口が横に開くのを止めるのに少々の努力を要した。
まだ宵の口。
そして夜は長い。
公式歓迎会という名の、『世界会議』の前哨戦はまだ、始まったばかりである。





