第05話 冒険者に至る顛末④
ヒトの世界の戦乱から、それを一掃するべく発生する『天使降臨』までが第一回固定イベント――いわゆる『世界変革事象』である。
よくある「神使である天使たちによる神罰執行」というやつだ。
当時はなんとかクリアするのに手いっぱいで、ヒトの世は一度ほとんど壊滅状態に陥るというけっこうな鬼畜イベントであった。
時系列的には矛盾をはらむが、このイベントの最高難易度クリアの報酬として今俺が呼んだ『堕天使長ルシェル・ネブカトネトツァル』が入手できる。
それを鍛えた上での二周目以降、プレイヤーの介入次第でその後の世界が大きく変遷する、『因果事象』を発生させるためのキーキャラクターである。
まあそりゃみんな配布された「世界再起動」は使うし、やり込み勢は課金してでも周回するわな。
イベント自体は「世界再起動」するたびに発生するけれど、イベント開催期間中しか手に入らない限定キャラやアイテムというのは必ず存在するし、期間中に「世界再起動」すればそれらが複数入手できるとなれば回す人はまわす。
俺が回す人か否かは、いまさら語るまでもない。
「世界再起動」する場合、『堕天使長ルシェル・ネブカトネトツァル』を投入して「どの国を優先して救うか」が続けて発生する『因果事象』イベントに大きく影響し、その後の分岐が多岐にわたるとなればなおのことだ。
ラ・ナ大陸の三大強国は今なおどれか一つしか救えず、「どの国を救うか」がネット上で派閥を形成し、熱く争われ続けている。
ウィンダリオン中央王国の幼女王、スフィア・ラ・ウィンダリオン。
シーズ帝国の第一皇女、ユオ・グラン・シーズ。
ヴァリス都市連盟の総統閣下令嬢、アンジェリーナ・ヴォルツ。
ヤロー共の視点から見れば、「この中のだれを助けるか」ということと同義であり、己の信仰するところを熱く語り合っていたわけである。……殴り合っていたという方がより正しいかもしれない。
俺が一度もブレることなく、どの国を救ってきたかは特に秘す。
ちなみに「ロリコン死すべし慈悲はない」とのたまう輩とはいずれきっちりと決着をつける所存である。
ただし事が現実となると、わりと本気で笑い事ではない。
「頼めるか?」
冗談はさておき、現時点では被害を最小限にとどめるための手を打っておくにしくはない。
敵主力の出現地点は固定されているし、そこへルシェル率いる南夏軍を据えれば少なくとも壊滅的な被害は抑えることができる。
「お任せください。元我が眷属どもの思い上がり、御身の僕たるこのルシェル・ネブカドネツァルが今まで通り砕いてごらんにいれます」
鍛え上げた『堕天使長』は天使軍団への特効を持つ。
一軍を任せる程に鍛え上げたルシェルは、最近の周回では単体ですらイベントボスを瞬殺してのける域に至っている。
言葉の通り任せても問題ないだろう。
ただ世界中に同時多発する「天使軍団」はボスを倒しても消えないから厄介なんだよな。
プレイヤー単体+天空城(相国、左府、右府の三役込)+五軍フル回転で討伐に回っても強国三国家のうちふたつは滅び、全人類(亜人、獣人、魔族系も含んで)の約半数が失われてしまうのは今のところ避けようがない。
ここまで組織全体を鍛え上げた今でもそれは変わらないので、この世界を襲う最初の「大惨事」と言ってもけっして大袈裟ではないのだ。
現実となった今回、何らかの打開策が見つかればいいのだが今そこを深く悩んでも仕方がない。手札が揃わねば結局「選ぶ」しかないのだ。
ゲームが現実になったとしても――あるいはなったからこそ、余計に。
「エレア」
「は」
敵の本隊へは、今までの周回から導き出される最善手は打った。
あとはそれまでの時間をどう有効利用するかだ。
今までの周回では、もっとも経験値とアイテム、資源を稼げる遺跡、迷宮を片っ端から攻略するというスタイルであった。
酷いと言えば大概ひどいが、どうせ最初の『世界変革事象』で滅びる、正しくは見捨てる国に遠慮しても仕方がないという判断の下、ヒトの手が入っていようがいまいが実力で排除して最高効率を追求するという、いわゆる蹂躙プレイというやつだ。
だが今回はそうする予定はない。
そうすることで劇的に我が組織を強化できるというのであれば強行したかもしれないが、今となっては初期段階で入手可能なリソースは現状の戦力にそう大きな影響を与えない。
もっと言えば101周目ともなれば、最先端時間軸まで効率プレイを強行したところで誤差の範囲でしかないだろう。
まあそれを課金してまで行おうとしていた俺がいまさら何をという話だが、事態は当時の「ゲームプレイ」という範疇を大きく逸脱している。
だとすれば少なくとも最初の『世界変革事象』までは出来るだけ波風立てずに平穏にやり過ごすつもりだ。
プレイヤーの介入していない、言ってみれば「自然な世界の歴史」というものをできるだけ観測しておきたい。
「南夏軍を除く三軍は可能な限りヒトの手の入っていない遺跡・迷宮を制圧せよ。すべての手筈は管制管理意識体とエレアに任せる」
「ヒトの手の入っていない、ですか?」
指示を受けたエレアも当然、今までとはまるで違う手順だということを瞬時に理解する。
その目的までは理解できないだろうが、間違いではないのですね? ということを確認してきている。
実動部隊を率いた他の面々も、同じように意外そうな顔をしている。
「そうだ。それは厳守せよ。ヒトの世に天空城の存在を気取らせるな」
「……承知いたしました」
どうしてかを理解は出来なくとも、主の指示には絶対服従。
不足そうな顔を見せることなくあっさりと首肯する。
「近衛軍はセヴァスが中心となって未開大陸中心に不落の要害を建設せよ。資材は必要なだけ使ってよい。『外なる者共』を寄せ付けぬことが最低条件だ。ヒトの住める街も備えよ」
「承りました」
こちらも今まで一度もやったことのない展開だ。
シェルターのような要塞を用意し、人数は限られるが世界の要人をそこで護りきることは可能かもしれない。
これも酷いと言えば酷い話だが、五年後に完成する規模次第でかなりの数を救えるだろう。その数がゼロなことに比べれば、ずいぶんマシなはずだ。
本来の「T.O.T」における最新の『世界変革事象』の敵である「外なる者共」を撃退できるレベルであれば、ゲーム時よりも「天使」が相当に強化されていたとしても耐えきれるだろう。
ゲーム時にはできなかった指示ではあるし、どうしてもヒトの世の戦乱が発生するのを止められないというのであれば、各国の首脳を収容するというのは現実的ではないかもしれない。
最悪、強制的に収容するという手もあるが、それは本当に最後の手段とすべきだろう。
今俺が考えているのは別の手だ。
もしかしたら現実化したこの世界であれば『世界変革事象』すら、それこそ力ずくで『因果事象』――プレイヤーの介入で結果を改変できる――に置き換えることが可能かもしれない。
その可能性につながる手は、この最初期においてすべて打っておく。





