第54話 戦場の慣らい
アットワ平原のほぼ中央で、両軍は激突した。
教会騎士団一万二千が横陣から半包囲陣形に移行しつつ、アーガス島陣営の魚鱗陣六千を包み込むようにして互いに接敵。
包囲殲滅陣! という言葉がヒイロの脳裏に走ったかどうかは不明だが、その様子はまるでゲーム中継のように空中に浮いている巨大な表示枠にも映されている。
双方徒歩での白兵戦。
祝福された剣と盾に統一された『教会騎士団』と、一つとして同じ武器はないんじゃないかと思わされるようなてんでバラバラな『黒旗旅団』の激突は、双方にとって意外な結果となる。
神の「祝福」の効果で、現在一般に信じられている世界最高レベルでありつつそれに倍するステータスを得た教会騎士たちは、剣を切り結ぶこともなく相手を蹂躙することを確信して切りかかった。
強化系の光魔法を誰もが我が身にかけ、祝福を受ける前であっても上位冒険者はともかく傭兵風情に後れを取るはずなどあり得ない。
一振りで一殺となる、必殺の一撃。
だがそれはあっさり躱され、あるいは弾かれ、自分がどんな反撃を喰らったのかを理解する時間を与えられることもなく、騎士たちは神の御許へと召されてゆく。
もっともそんな上等な死後の世界はなく、彼らの肉体は死に、魂は九尾の尾の一つに吸収されることになるのだが。
「なんだこりゃ、弱いぞ騎士サマたち」
「お頭、聞いてたのとなんか違わねえか? おりゃ一応死も覚悟してたんだが」
『黒旗旅団』に現在五人いる千人長の筆頭、バルドゥルにその脇を固める傭兵たちが問いかける。
その間にも半ば後続の圧に押されて切りかかってくる騎士たちを、一刀のもとに斬り伏せ続けている。
「いやまあ、俺たちもなあ……朝から晩まで魔物領域に突撃かまして鍛えられてっから、今や自分の強さがどの程度のもんかわからんからなあ……」
バルドゥルは此処一月の暮らしを想い出して少々うんざりする。
魔物領域討伐の合間に、盗賊や盗賊みたいな傭兵団を殲滅するという、戦闘こそが暮らしだと思っていた自分でさえ、殺伐としすぎていると思える一ヶ月だった。
どうやらその分強くはなっているらしい。
半年前なら万が一戦場でであったらすっ飛んで逃げる、まともに戦えるなどと想像すらしたことのなかった『教会騎士』を鎧袖一触できるくらいには。
その力を辺境に暮らす人々のために振るうことが、楽しくなってきてもいたのだ。
口に出してこそはいないが、この任務の敵が『教会騎士』、しかも神の祝福を受けて強化されているという話を聞いた時には「死にたくねえなあ」と思った者は多い。
やっと胸を張って、他人様のお役にたてる稼業だと言えるようになってきたところで御終いは寂しいなあ、と。
だが現実は自分たちが『教会騎士』たちを圧倒している。
無駄話をしながら戦闘を続けられるほどに。
神の顕現とその祝福による強化に奢ったアルビオン教と、鬼の副団長と恐怖の団長を敵に回すなら魔物と死闘を繰り広げた方がマシな暮らしを続けた傭兵たちの差が明確に出たのだ。
「団長と副団長がアレですから、強くなった実感なんてありゃしませんしね。倒せる魔物の場所と形が変わるって程度で」
「だなあ」
こりゃひでえことになるな、とバルドゥルは思った。
最初の計画では、反包囲された自分たちがなんとか耐えている間に、大規模魔法で魚鱗陣内側の部隊を包囲外へと転移させ、部分挟撃で寸断するはずだったのだ。
大規模魔法を戦場へ投入する、今までにはなかった作戦。
いや思いついたとしても、誰もそんなことが不可能だった作戦だ。
すでに後続の騎士たちも前線での惨劇に気付き始め、はやくも踵を返して撤退に入ろうとしているこのタイミングが、まさに転移が行われるそれと重なる。
転移した傭兵たちも相手は強敵だと思っているから、その背後から全力で騎士たちに襲い掛かる。
虐殺が始まった。
もはや何が起こっているかわからぬままに、前からも後ろからも命を刈り取りつづけられる『教会騎士団』たち。
そこへ『黄金林檎』に属する虎の子の魔法使いたち数名による、範囲攻撃魔法が敵陣の後方へ叩き込まれる。
こちらも『連鎖逸失』が失われた迷宮や魔物領域で鍛えていたために、その一撃で集団にぽっかりと穴が開く規模で騎士たちを屠ってゆく。
今や地に這い、泥にまみれているのは騎士たちの純白であった外套と、貫かれ切り裂かれた鎧に包まれた死体ばかりとなっている。
彼我の数の差など、戦闘力の差の前には何の意味もなさない。
まるで溶けるようにして、一万二千の教会騎士たちは五千の傭兵たちに討ち減らされてゆく。
「神様! ああ神様あぁぁぁぁぁぁ!!!」
「助けてくれ! 助けてくれ!! こんな事になるなんて思っていなかったんだ、頼む助けてくれ!」
逃げることもできず前と後ろから迫る死に対して、助命を懇願する者たちも出始める。
騎士たちはみないずこかの貴族の子女であり、本来であれば傭兵風情など見下して生涯を送るはずだった者たちが、涙と涎に塗れてその傭兵に縋っている。
「いや騎士様、アンタらだって俺らぶっ殺すつもりで進軍してきたんでしょうが。勝てそうにないから助けてくれって、そりゃ通らんでしょう」
そう言ってバルドゥルは容赦などすることなく斬り捨てる。
いやだとか、バカなだとか、中には母を呼びながら死ぬ者もいる。
そんなんで戦場に立つんじゃねえよと思わなくもないが、立ったからには敵は敵だ。
全軍一斉に降伏するとか、戦場に決着がついていれば助命嘆願にも応じるが、現状ではまだ見敵必殺を徹底する必要がある。
万単位の兵が入り乱れる戦場では、此処が勝っているからと言って戦場全体がどうなっているか知れたものはないのだ。
だが『天空城』によって上空に映し出されている戦場の俯瞰図を見る限り、全域で一方的な情勢となっているのは間違いないようだ。
ただもともとの兵力数の差が大きいため、まだまだ数では互角以上となっている。
特に何が起きているかを理解できてさえいない、数で勝るがゆえに生まれている敵の遊兵があるがため、こちらからはまだ油断などできない。
そいつらが強い可能性もまだ残されているのだ。
減らせるときに減らすのは戦場における鉄則。
だが局所的な決着がついたこの場には、九尾の配下となった者には見える、死んだ者たちの魂が戦場に無数に浮かんでいる。
その多くは黒く澱んでおり、彼らが今まで何をしてきたか、この戦に勝利した場合アーガス島の迷宮都市で何をしようとしていたのかは明白だ。
そうでなければ魂がその色に染まらないことを、バルドゥルたちはこの一ヶ月で思い知っている。
そしてそれ等の魂は後に九尾の尾の一つに吸われ、死してなお解放されない苦痛に晒される事になるのだが、それは自業自得としか思えない。
まだ生きたまま、魔法の燃料とするためにどことも知れぬ空間で狐火に焼かれ続けるよりはいくらかマシなはずだ。
ただ中には白く澄んだ魂も所在無げに浮かんでおり、心の底から神の正義を信じて戦場に立ち、わけもわからず死んでいった者もいることをうかがわせる。
「戦場に立ったのはアンタらの判断だから、悪く思わねえでくれよ。これも戦場の習いってやつでな……ってももう、役にゃ立たねえな」
いくつかの白い魂に対して拝む仕草を見せ、バルドゥルたちはまだ敵のいる場所へと移動を始める。
「なんだこれは!? 何が起こっている!!!」
アルビオン教の本陣では、主席枢機卿であるリカルドが混乱の極みに陥っている。
聖都『世界の卵』での閲兵式では無敵としか思えなかった一万二千の『教会騎士』たちが、たかが傭兵風情にものすごい勢いで蹂躙されている。
その様子を上空に映し出す、表示枠を信じることができない。
いや信じたくはない。
「神の祝福を得た騎士たちが何故……」
あるいは上空の映像が嘘であり、己を欺くためのモノではと信じたくなるがそんなことをする必要がないことくらいリカルドにもわかっている。
実際戦場から聞こえてくる声は、神の名を呼びつつの断末魔が圧倒的なのだ。
エドモンは上空に映されたヒイロの姿を目にした時から、これあるを予測していた。
あの圧倒的な魔法使いが敵にまわり、手を打っていない訳がないと。
我が聖女にユリゼン様が降りたことを確かに知りつつ、リカルドとあの会話をできるという事実。
それは「神をも殺せる力」を、あの規格外だった冒険者が有していることを示しているのだ。
その前哨戦として、神の力に酔った教会騎士たちが自業を自得させられている。
それは頭ではあれこれ考えつつ、行動としてはこの戦場に立った己とて逃れられないであろうことをエドモンは承知している。
どうあれ己は枢機卿の一人なのだ。
組織と命運を共にするに値する位置に自分はそれなりに長い期間立っている。
責任者は責任を取らねばならない。そうでなければ今までの自分を給料泥棒だと認めることになる。
それはエドモンにとって、命に代えてもできないことなのだ。
「リカルド主席枢機卿! 兵での力はあちらが一枚も二枚も上手です。これ以上静観しても犠牲が増すだけです! 神の顕現をもって一気に叩き潰すしかありません!」
不本意であっても、今生き残るための方法を選択するしかない。
おそらく己はヒイロという冒険者に二度と会うことなくこの世を去ることになるだろうが、せめて己の聖女様の助命くらいは叶わぬものかとそれこそ神に祈る。
多くを望んでいいのであれば、出来は悪いが気の良い連中でもある己の部下たちも。
「お、おお。それしかあるまい。聖女たちに指示を出せ!」
「畏まりました!」
総指揮官であるリカルドの許可を得、部下たちを四属神の聖女たちのもとへと向かわせる。
己は南方守護の聖女である、クラリスの直衛に入る。
――あの時はあれだけ誇らしく、世界のために神の力を貸していただけることに胸を躍らせていたというのに、こんな気持ちで神の顕現を望むことになろうとは……
そしてなぜ自分がヒイロという冒険者の意に反することを此処まで厭う気持ちになるのかがわからぬまま、エドモンはクラリスのもとへと急ぎ赴く。
「さて、本番第一幕です」
ヒイロの視界に、壊滅しつつある『教会騎士団』の向こうにあるアルビオン教の本陣から立ち上がる、四柱の神の姿が映っている。
ヒイロの基準で二百メートル級の属神たちが顕現している。
東方守護神ルヴァ。
西方守護神サーマス。
北方守護神アーソナ。
そして南方守護神ユリゼン。
巨大なことを除けばどれもみな美しい女性の姿をした四方を守護する神たちが、己が聖女の身体を憑代として完全に受肉をし、世界への干渉を始める。
ルヴァの土。サーマスの風。アーソナの水。
そしてユリゼンの火。
それぞれの神が持つ権能が魔法の形を取り、先の『黄金林檎』の魔法使いたちが放った大規模魔法を数倍する規模で、『黒旗旅団』へと向けて放たれる。
魔法が成立するだけで、戦場全域の大気が震えている。
どれか一撃でも着弾すれば、六千の傭兵たちすべてが壊滅させられかねない大魔法。
だがその射線上へ、突如その大魔法と同じくらい巨大な防御魔方陣が積層して立ち上がる。
直後。
神の奇蹟たる大魔法と、巨大積層防御魔法陣が激突し、相殺する大音響が戦場へ響き渡る。
結果として四属神が放った大魔法はどれ一つとして地に着弾することなく、空中ですべて消し飛ばされた。
神の攻撃を、ヒトが防いで見せたのだ。
「アルフレッドさん。アンヌさん。お姉さま方。頼みます」
ヒイロが声をかける先、アルフレッドたち六人のパーティーが準備を終えて転移魔法陣の上に揃っている。
『天空城』が建設中の要塞都市、神智都市アガルタでとんでもないペースでレベルを上げている『触れえぬ者』と『貫く者』を兼ね備える、パーティーに『矛盾』の通り名を持つ現在ヒト最強の集団。
彼らに振られた役割は、今顕現している「属神殺し」である。
ヒトにでも神を殺すことが可能であることを証明する、大事な役どころ。
それをヒイロは、『連鎖逸失』を繋げることに生涯をかけてきたアルフレッドたちに任せる。
「おー、神様の攻撃でも防げるもんなんだねえ」
先の大魔法四連発を見事に凌ぎきったのは、レベル上昇に伴って超絶強化されたアルフレッドのユニーク魔法『絶対障壁』である。
「あの……僕さん倒しちゃってもいいんですか?」
そしてこれから神の身を穿つのはアンヌの持つユニーク魔法、これもレベル上昇に伴って強化された『防御貫通』となる。
アルフレッドたちは、アルビオン以下属神四神も含めてすべてがヒイロの僕であることを知っている。
神智都市アガルタには序列二桁もぞろぞろいるし、何となれば資材を移動させている女神アルビオン(東京タワー級)とも会話したこともある。
故に遠慮してもいるのだ。
それは裏を返せば、この世界において神と呼ばれる存在に対して遠慮できるだけの力をすでに身に付けていることの証左でもある。
「大丈夫ですよ。天空城で蘇生しますから」
アルビオンたち全員に永続蘇生系アイテムを既に使用している。
撃破されれば憑代ごと、指定したポイント、つまり天空城にて蘇生される。
経験値はデスペナ分、減少するだろうが。
よって僕たちは本気で戦いに望むだろう。
ヒイロがそう指示しているというのもあるが、そもそも僕たちは戦闘で三味線を弾くなどという器用なことは出来ないのだ。
その分アルフレッドたちは危険に晒されることになるが、充分に仕上がっているとエレアとセヴァスから報告を受けてもいるので心配はしていない。
『凜、『黒旗旅団』を下げて。『天空城騎士団(仮)』が出る』
『了解でっす。ほらカイン下がるよ。アンタがあの子等相手してどうすんのよ、涙目になるでしょ!』
表示枠で指示を伝え、『黒旗旅団』を下がらせる。
同時に転送魔法陣を起動する。
「アルビオンが出たらこっちに任せてください。属神四神はお任せします」
「任せたまえ」
ふざけることなく、アルフレッドたちが転送されてゆく。
ヒトの手による「神殺し」が始まろうとしている。





