第53話 ヒト 対 神
クルバルム砂丘。
アーガス島の海を挟んでラ・ナ大陸側に広がる、広大な砂丘地帯。
砂丘の中には魔物領域がいくつかあり、アンデッド系や海棲系、蟲系の魔物が湧出している。
倒すと稀にサレコウベやふんどし、寄生虫などをドロップすることがあるが、集めても特段何かが起こるわけではない。
けしてメインジョブの半分のレベルまで、別のジョブをサポートに付けられるようになったりはしない。
古き良き、あるいは悪き時代を懐かしむ、開発陣の遊び心でしかない。
その砂丘地帯の海側に、アーガス島へ渡るための港を備えたそれなりに栄えた「ルナビサ」という港街が存在している。
別に気付かれにくい重要なNPC(以下略
一大経済拠点でもあるアーガス島への窓口として、本来片田舎の砂丘の果てに在る寂れた漁村だったものが、今やウィンダリオン中央王国の中でも有数の海運拠点都市に成長している。
だがルナビサは現在、その巨大な門を閉ざしている。
本来であればあらゆる者たちが忙しく働く日の高い時間であるにも拘らず、街中も港もシンとしている。入港して来る船もなければ、出港してゆく船もない。
数日前に一方的に世界に向かって発表された、アルビオン教によるアーガス島の聖地認定とその接収宣言。
それを受けてアーガス島は冒険者ギルドが主導する形で即時「独立」を宣言、現在アルビオン教も、表向きはウィンダリオン中央王国をも敵に回している状況である。
となれば大陸全土からルナビサへ集中する物資も、一時的に停止することは自明。
「独立宣言」などとのたまったところで、このまま物流を凍結し続けられれば早晩アーガス島は干上がり、無血開城となることもまた自明だ。
初めから水攻めをされているに等しい島に存在する消費特化型都市で、籠城は愚策とすら呼べない。
だが今回の冒険者ギルド主導によるアーガス島の独立宣言が、アルビオン教にウィンダリオン中央王国を「神敵」とする大義名分を与えないためだということは、さすがに多くの者たちが理解できている。
冒険者を束ねる組織がそこまで阿呆なわけはないし、実際ルナビサを経由しない迂回ルートでアーガス島への物資輸送は『黒縄会』が継続している。
ウィンダリオン中央王国がそれを黙認しているのが、その証左と言えよう。
アルビオン教、ウィンダリオン中央王国、冒険者ギルド。
今回の件に関わる三者の考えはそれぞれあろうが、共通しているのは「戦端を開くこと」であるとしか思えない動きを皆がとり、その結果が今結実している。
アーガス島から出た冒険者ギルド陣営と、ウィンダリオン中央王国の警告を悉く無視して進軍してきたアルビオン教『教会騎士団』が、クルバルム砂丘の中央付近に在るアットワ平原において対峙したのだ。
よって戦場が至近となるルナビサは、門を閉ざし息を殺している。
その数アーガス島勢約六千に対し、『教会騎士団』約一万三千。
アルビオン教団が保有するほぼ全兵力を、聖都を空にすることも厭わずアットワ平原の戦場へ集中したのである。
「完全になめてかかられてるねー、これ」
『教会騎士団』の布陣を『管制管理意識体』からの表示枠で俯瞰確認した白面金毛九尾狐が苦笑いを浮かべる。
相手の一万三千に対して、アーガス島勢の数は九尾と全竜率いる『黒旗旅団』の傭兵五千八百を中核に、後方に『黄金林檎』所属の冒険者たちやアルフレッドやアンヌたち『天空城騎士団(仮称)』六名あわせて二百ほどを加えた六千。
その全軍を魚鱗陣に組んでいる。
対する『教会騎士団』は、俯瞰で見れば単なる横陣。
横一列にずらりと騎乗していない教会騎士たちを並べ、その後ろに指揮官である主席枢機卿を守る千程度の騎士が配されている。
おそらくはその千の中に、四人の聖女もいるはずだ。
馬を連れてきていないのは、「神の祝福」は馬には適用されないため、白兵戦の方が有利だと判断したためか、騎士というわりには全員分の馬を用意できていないためかはわからない。
冒険者風情と侮っている者たちが数においても劣るとなれば、これは舐められても仕方ないかもねーと九尾は笑い飛ばす。
「陣形に左右されるような戦でもあるまい」
九尾の斜め後ろに立つ、全竜がぼそりと告げる。
「まあねー」
全竜が言うことはもっともだ。
この戦は間違いなく双方ともに、陣形など何の関係もないと確信している。
お互いがお互いを一方的に蹂躙して終わる、「見世物」なのだとしか思っていない。
「まあいいや、全軍前進」
とりあえず睨み合っていてもはじまらないので、気楽な声で進軍を告げる。
「神の御力を舐めおって……」
横に広く展開する『教会騎士団』の背後に布陣する、主席枢機卿リカルド・ラクンツァ・ぺレス大司教が侮蔑の表情をその肥え太った顔に浮かべる。
聖職者にはあるまじき飽食を経ねば、とてもこのような姿にはなるまい。
陣頭に立てられたアルビオン教の神旗に怯むことなく、進軍を開始したアーガス島勢の報告を受けての発言だ。
――まあよい。
どうせ全滅させて見せしめにする必要はある。
それをみせるためにここアットワ平原に幾人も放たれている各国の間諜も放置しているし、偉そうに上空に浮いている三つもの『九柱天蓋』も黙認しているのだ。
――いざとなれば空中要塞を投入すれば我らなどどうとでもできると思っているのであろうが、我が神の力をもって目にもの見せてくれる。
軍事大国の象徴たる『九柱天蓋』を己の力で叩き墜とすことに、暗い喜びを内心に燈すリカルドである。
「リカルド主席枢機卿。――戦わずにおさめる方法はありますまいか?」
「ふむ。エドモン枢機卿の神は慎重派と見える。――だが今や我らアルビオン教には主神アルビオン様も顕現し、他の属神もすべて聖女たちに宿っておられる。なにを恐れることがある?」
エドモンの言わんとしていることはリカルドには伝わらない。
いや理解した上で、あえて無視しているのだ。
神の力を軍事力として行使し、敵を蹂躙するのが正しい信仰の在り方とはとても思えぬエドモンである。
だが組織の上位者の決定に逆らえない立場であることも事実だ。
そもそも敵とはなんなのだ、エドモンは思う。
世界を滅ぼすような魔物に対峙するために己らが信仰する神が顕現し、ヒトを救ってくれるというのであれば解る。
教徒として今までの信仰が報われる瞬間であろうし、己が守護する聖女に属神ユリゼンが宿り、祝福を授けてくれた時には来る聖戦を思って身が引き締まったものだ。
その時にエドモンが思っていた聖戦とは、断じて今回のようなものではない。
市井で必死に暮らしている民から土地を取り上げようとしているのは自分たちで、それに逆らう者を敵――神敵だとでもいうつもりなのか。
そうだとすればまだしも国家間の戦争の方が、建前としては今少し立派なものを用意するだろう、と。
だが――
「心配召されるな。我らが神は寛容であられる――ここに至ってなお、最後に恭順の機会を与えることを良しとされよう。それでも恭順せぬとあらば、それはもう我らの責任ではあるまい」
醜悪な笑みを浮かべ、リカルドが進軍を命じる。
降ってわいた強大な「神の力」に酔ったリカルドには、もはや誰の言葉も耳に入らない。
己の意に逆らう者は、すべて神敵だと思っているのだ。
エドモンは一人のアルビオン教徒として、組織の要職たる枢機卿の一人として、己の在り方を今問われている。
「神の意に逆らう者たちよ! 我が寛大なる神が最後の恭順の機会を与えたもう。兵をおさめ神意に従いたまえ。さすれば一切の罪は問うまい!!!」
両軍の前線が限界点まで接近した地点で、己が率いる『教会騎士団』を背後に従えてリカルド主席枢機卿が大音を発する。
兵の陰に隠れているかと思えば前線に出てくるあたり、軍を統べる者としての自覚はあるのか、それとも別の自信によるものか。
エドモンに宣言した通り、最後の慈悲――降伏勧告を行う。
「だがあくまでも従わぬというのであれば、諸君らをアルビオン教主席枢機卿リカルドの名において神敵と見做す。以後の慈悲はないものと知れ!!!」
続けた言葉は、それなりの威を伴っている。
信者ではなくとも、並みの兵であれば呑まれても不思議ではない、堂に入った恫喝。
堂に入りすぎていて聖職者の最高位近くにいるとは思えぬものともいえるが、己が暴力に絶対の自信を持つ者が発する声には、確かにある程度他者を畏怖させるに足る力が宿るのだ。
『こちらアーガス島独立軍』
それを受けて、アーガス島陣容から返答が戻ってくる。
どこかのんびりした穏やかな声と、カメラに向かっているような話し方はヒイロである。
それもそのはず、ヒイロの一言と完全に同期して、両軍の誰からも見えるだけの大きさをもった巨大な『表示枠』が空中に複数現れたのだ。
当然『天空城』を制御する『管制管理意識体』によるものだ。
『天空城』は現在、不可視モードでここクルバルム砂丘の上空に浮かんでいる。
ヒイロがその気になりさえすれば、その瞬間にアルビオン軍を消し去れるだけの準備を万端に整えた状態でだ。
『大丈夫のようですね。――私はアーガス島暫定島主(仮称)ポルッカ・カペー殿にこの戦場の全権を任された一冒険者、ヒイロ・シィと言います。ああ、これは最近迷宮で発見された逸失技術を使っています』
しれっと嘘をつくヒイロ。
そもそもこの戦自体が巨大な茶番であるからには、大したことではないのだが。
半年も経たないうちに冒険者ギルドのオッサン受付係から、曲がりなりにも島の主にまで祭り上げられたポルッカのストレスは大変なものだろう。
なにしろヒイロたちが勝てば、暫定は確実に取り払われる。
ウィンダリオン中央王国の特別自治区だとか辺境独立領だとかになるかもしれないが、最高責任者がポルッカになることは変わらない。
事実今、ヒイロの後ろで胃を抑えている。
胃よりも髪の心配をするべきかもしれない。
全ての糸を引いているヒイロが「一冒険者」などと嘯くのが赦しがたいポルッカである。
まあ最初はこの表示枠で演説するのはポルッカに振られていた役割で、それを泣きついてヒイロに変わってもらったからには文句を言う筋合いでもない。
そのヒイロの目の前に現れた、アルビオン教『教会騎士団』ばかりか、味方の『黒旗旅団』たちでさえ呆然としている様子を映した複数の表示枠を確認し、ヒイロが言葉を続ける。
『アルビオン教から慈悲深いお言葉をいただいたので、僕たちもそれに応えます』
まだ呆然が取れない、上空の表示枠をぽかんと見上げる者たちの前で一拍を置く。
『今ならまだ見逃します。さっさと聖都に帰ってあなた方の神に祈りでも捧げていてください。さもなければ――――皆殺しにします』
声を荒げるでもなく、かなり挑発的な言葉を投げつける。
威も何も感じさせない、ただそうするよと告げるだけの言葉になぜか、言われたアルビオン教信者たちの胃の底がスッと冷える。
湧いてくるのは愚弄されたという怒りではなく、最後通牒を投げつけられているのだという理解と恐怖。
だが身体は本能でそれを理解できていても、頭が追い付かなくて沈黙を守ることしかできない。
「貴様! 神を愚弄するか!!!」
自分が言った内容を、言葉を変えて返されただけだということに思い至らず、リカルドが激高する。
ヒイロが馬鹿にしたのは愚行に出ているアルビオン教というヒトの集まりなのだが、それを即座に神に置き換えるあたり、リカルドは神を信じるのではなく、商売道具にする者としては正しいのかもしれない。
『神様だか何だか知りませんが暴力をもって他人の物を奪うというのであれば、それは僕たち冒険者にとって魔物と同じです。魔物を退治するのも僕たちの仕事。ご存じでしょう?』
「こ、この……」
よしんば神がいたとしても、魔物と変わらぬとヒイロは言い放つ。
暴走するに足る力――神を自ら与えておきながら、それで見事に踊った相手にこの言葉を投げつけられるというのは、ヒイロの面の皮の厚さも相当である。
踊らされた方が悪いと言われてしまえばそれまででもあるのだが。
『そもそもその神とやらが命じたんですか? 今回の侵略。もしもそうなら神とても僕らの敵ですし、そうじゃないならアルビオン教上層部の欲でしょう? まあいずれにせよ僕たちはそれを排撃します』
二の句が継げない、それでも宗教屋として神を愚弄されたまま捨て置くことなどできないリカルドに、ヒイロが追い打ちをかける。
聖戦などと綺麗な言葉で飾ってみても、侵略は侵略だとも言い放つ。
それを命じたのが本当に神であれ、それとも神の威を借るヒトであれ、答えは変わらないと断言する。
敵に例外は認めない。
神でも魔物でも――あるいはヒトあっても。
敵であれば叩いて潰す。
それが冒険者としての在り方なのだと。
「……神の力を舐めるなよ、生意気な孺子が」
『そちらこそヒトの力を舐めないでもらいましょう、神の威を借る似非聖職者殿』
もはや顔面を蒼白にし、実力行使でのみでしか己の正しさを証明できなくなったリカルドの言葉に、にっこりと笑ってヒイロが答える。
「神の力、思い知れ」
『迷宮にて積み上げたヒトの力が、神をも屠ることを知るがいい』
舌戦はここまでだ。
あとは己の信奉する力の激突によってのみ、己の望む結果を導き出せる。
神を絶対と信じる者たちと、神すらも魔物の一種とみなす者たちの戦が開始される。





