第52話 神の定義
「あ、あの……バレているのでしたら、素でもかまいませんか?……」
少々開き直ったような表情ではあるものの、問う。
「幼女王」と呼ばれるスフィアから「王」がとれて、幼女になっている。
これが見たかったんだよ、これが。とヒイロが内心で盛り上がる。
――中の人の演技が秀逸で、陛下モードの時と素の時とではまるで違う声に聞こえるんだよなー。
この辺も含めて、ある意味ベアトリクスとは被っているとヒイロは思うのだ。
・幼女⇔真祖 幼女⇔王陛下
・キャラ作っている
・実は幼女バージョンが基本
・すげえ俺好み
これ以上言うと本気で噛まれるから言わないが。時に沈黙は雄弁に勝る。
要は幼女であればいいのか。違うか。
とはいえ圧倒的な知識と、時には歴代の王の記憶さえもその身に降ろしていたであろうスフィアだ。
よって同じ年頃の少女に比べればはるかに大人っぽく、素の思考であってもそこらの大人をかるく凌駕することは間違いない。
どれだけ今は借り物の力を持っていようが、俺の根っこはただの会社員のオッサンに過ぎないしなあ、とヒイロは内心で笑う。
年齢がどうあれ、本物の王と対峙するような人間ではなかったのだ。
だがこうなったからには、必要に応じてやるべきことはやるしかない。足りない部分は要努力。
周りには頼りになる僕たちもいることだし、助力を乞うことを躊躇うつもりもない
「僕たちは問題ありませんよ。ただ『静止した世界』以外では今しばらくはいつも通りがいいかと」
「それはもちろんですの。今更その、替えられませんし……」
「いえ、もう少ししたら素でも大丈夫になると思いますよ? そうするというか……」
「え? あ、はい」
ヒイロがなにを言っているか、スフィアにはわからない。
スフィアが素を出しても舐められない、ウィンダリオン中央王国の幼女王に逆らう者を存在させなくするというのが、今の『天空城』の基本方針である。
そしてそれは、上手くいくならそんなに時間はかからない。
「で、もったいぶってもはじまりませんので単刀直入にお聞きしますが、どうなさるおつもりですの? ――あの、圧倒的なお力を持っておられるのは理解しましたけれど、ウィンダリオン中央王国の王として、我が国に害為すことは出来れば避けていただければありがたいんですけれど……」
このあたり、芯は強いがきちんと柔軟性があって凄い。
自分より強い相手に「利にならぬことには従わぬ!」と吠えたところで、その発言こそが利にならないどころか害となるのは当たり前のことだ。
矜持に殉じて自分一人が死を選ぶのは勝手だが、それに国民を巻き込むのであればそれはすでに王と呼ぶべき存在ではない。
どこぞの組織は主に矜持を捨てさせるくらいなら、兵悉く討ち果てるも本望という、結果よりも己がどう在りきるかの方が優先されるキ〇ガイ集団だが、それは例外とするべきだ。
ともかくスフィアは『支配者の叡智』の力を借りなくても、素地として王たるものを持っているのだろう。
そして至宝の力を借りながらではあれ一定以上の期間を実際に「王」としての責務を果たしているからには、その力が伸ばされ、磨かれるのも当然だ。
時に王こそが、国のために身を挺することも必要だということを理解するくらいには。
「そのためなら、私にできることであれば何でもいたしますわ」
王たる覚悟であるスフィアの言葉を受けて、おもわずヒイロの喉がなる。
「ヒイロ様?」
「主殿?」
「――有罪ですね」
空耳じゃありませんでしたか?
瞬時に入った三人からのツッコミに目を逸らすヒイロだが、流しきれてはいない。
即座に有罪判決も出たことだし、刑の執行はさっそく今夜にでも執り行われることだろう。
間違いなくベアトリクスは幼女バージョンで刑の執行に臨むだろうがそれは置く。
――有罪判決出した裁判官が、その刑の執行に参加するのはアリなのかなー
司法とはなんだっただろうかと、要らぬことを考えるヒイロである。
そもそも刑とはなんだという話なのではなかろうか。
「――いえ、ウィンダリオン中央王国に害為すことにはなりません。これは絶対です」
「それをお約束していただけるのであれば、どのような協力も惜しみません」
同じ過ちをやらかすものかと、努めて平静な表情でヒイロは続ける。
半目の三人娘と、面白そうにこっちをうかがっている狐と蛇の事は無視する。
「ですが大きな責任を陛下には背負っていただくことにはなります」
「こう見えても、今でも大国の王ですのよ? 今更――」
「ウィンダリオン中央王国には、最終的に世界を統一してもらうことになります」
その一言に、さすがにスフィアも黙り込む。
自国の利益を間違いなく逸失するアーガス島接収問題をどうするかの話が、いきなり世界征服の話になるとはさすがに予測は出来まい。
奇跡のような力をみせられていてなお、話のスケールが大きすぎる。
ヒイロはスフィアに対して、世界を統べる最初の王になれと言っているのだ。
「私どもウィンダリオン貴族はすべて、全力を挙げて陛下を御支えすることを誓います」
茶化すでもなく真摯な態度でそう告げるフィッツロイ公爵を見て、スフィアは確信する。
――この大風呂敷にのったというわけですのね? この爽やか狸オヤジは。
なかなかに辛辣なスフィアのフィッツロイ公爵評価だが、その判断の意味するところは大きい。
事と次第によってはウィンダリオン中央王国よりもフィッツロイ家の利を優先すると見做していた現当主アルフォンスが、一枚かむどころではなく、その総力を挙げてヒイロに協力しているのだ。
そしてこの男が本気で動いているということは、少なくとも貴族たちの取り纏めは大枠で完了しているはずだ。
なんとなれば軍部の懐柔にも手が及んでいても不思議ではない。
ヒイロという冒険者の枠に収まらぬ存在の協力もあるとなれば、そう考えた方がよほど自然である。
――最近何かと動きやすいと思っていたら、そういうことでしたのね。
以前であればスフィアがアーガス島を訪れることひとつとっても、ここまで簡単になされることはなかったはずだ。
つまりフィッツロイ家現当主アルフォンスは、ウィンダリオン中央王国による「世界征服」を与太話とは思わないだけの確信をすでに得ている。
尽くした力の大きさに応じて、事がなった暁に得ることのできる利益が大きいのは当然の事だ。だからこそ一切の出し惜しみはしない。
「その初手が今回のアルビオン教との戦争になります」
「やはり戦は避けられませんの?」
言ってからスフィアは、しまったという念を内心に抱く。
やはり素になっているといけませんわね。――王たる者がもっとも忌避すべき、具体案無き理想論を口にしてしまった。
「そうですね、最大の効果を狙うのであれば不可避です。犠牲は最小限にするように努力しますが、無くすことは出来ません」
「いえ、せんないことを申しました。力無いものが口だけで平和を唱えるのは罪悪ですわね」
甘いおためごかしを言わないヒイロに好感を持ちながら、謝るべきところはきちんと謝罪しておく。
それに対するヒイロの複雑そうな表情の意味を、スフィアはわからない。
ヒイロは単純に、年端もいかない少女が「必要な犠牲」というものを実感として理解していることに驚き、己の実際的な擬態を自嘲したのだ。
力無き者が理想を求めることが罪悪だというのであれば、圧倒的な力を持つ者が理想を否定することはなんと呼ばれるべきなのだろう。
だがヒイロが目指すのは理想などではない。
自分と自分の仲間たちの安寧と享楽である。
世界のためとやらで、それを犠牲にするつもりはないのだ。
「ではヒイロ殿。具体的にはどうされるおつもりかお聞きしても?」
「まずアーガス島が冒険者ギルド主導で独立宣言を行います」
ヒイロの答えに、質問したフィッツロイ公爵もスフィアも軽く目を見開く。
ウィンダリオン中央王国を表向きは巻き込まない選択だ。だがそれをすれば、アルビオン教に抗するために『九柱天蓋』をはじめとしたウィンダリオン中央王国の軍事力は期待できなくなる。
だがこれはすでに、ポルッカとも打ち合わせを進めていることだ。
「ではそれを認めればいいんですわね?」
「いえ、拒否してください。そして内政問題なのでそれが片付くまではアルビオン教のアーガス島接収を待ってほしいと正式に発表をお願いします」
「それで止まりますかな?」
「止まりませんね」
フィッツロイ公爵の質問に対して、あっさりとヒイロが答える。
時間稼ぎではないというのであれば、ウィンダリオン中央王国の戦力をあてにできなくなってまで、ヒイロが求める効果はなんなのか。
「ただしこれでアルビオン教へ目に見えない――経済的な圧力をかける大義名分にはなります。アルビオン教が迷宮を狙っていると判断するであろうシーズ帝国も表立ってはともかく、アルビオン教に対して可能な限りの圧力をかけるでしょう。ヴァリス都市同盟は利があるとみて味方する都市国家と、危険と見て距離を置く都市国家に分かれるでしょうね」
「私たちの本領発揮ですね」
その言葉に、『黒縄会』会長である世界蛇が悪い顔で笑う。
『天空城』――というよりもヒイロに敵対する組織を、経済的に干上がらせるというのは、黒縄会の主要任務と言える。
それもそこに住むヒトたちにできるだけ負担をかけず、対象だけを狙い撃ちにするとなれば腕の見せ所でもある。
武器供給による国家間バランス調整など他にもやるべきことはあるが、『黒縄会』の最初の任務はアルビオン教皇庁に対するあらゆる意味での経済封鎖だ。
「それでもアルビオン教は止まりませんの?」
「止まりませんね。そうするだけの自信が今の彼らにはあるからです」
スフィアの疑問はもっともと言える。
いかに宗教というものが厄介であったとしても、かすみを喰って生きていけるわけではない。
自身ではなにも生産していない聖都『世界の卵』はすべての国から本気で経済封鎖されて生きてなどゆけない。
聖地認定、聖戦という言葉は脅威だが、それは本質的に多数の国を味方にして、孤立した相手から徹底的に奪うためのお題目だ。
国というある意味暴力の権化ともいえる存在に、他国を蹂躙する大義名分を与える麻薬。
ゆえに本来、多数から目に見えぬ圧力、制裁を覚悟してまで発動するものではない。
それでもアルビオン教は止まらないとヒイロは言う。
だから経済制裁の条件は「戦端を開いたら」で構わないとも重ねて言われる。そうであればなおの事、アルビオン教は歯牙にもかけないだろうと。
つまりヒイロは戦いを回避しようとは思っていない。
アルビオン教の思惑通りの舞台に上がった上で、それを叩き潰そうとしているのだ。
一国の王として、暴走すら超えて狂気とさえいえる行動に、アルビオン教を駆り立てるモノ。スフィアとしてはそれを聞かざるを得ない。
「その自信の根拠をお聞きしても?」
その質問を受け、いつも即答していたヒイロが一拍を置く。
じっと見つめられてなぜか心拍数がはやくなっていますがみとめません。
いや物理的なことを認めないと言ってもはじまりませんわね。ええ、これはこれから聞く答えに緊張しているだけであって、王としてではなく一人の女の子として少し年上のお兄さんに見つめられていることにドキドキなんてしているわけではありませんの。
何の言い訳ですか、と自分で突っ込みたくなるが我慢。
王たるモノ素を出していても、赤面なんてそうそうするべきではありません。
素とはいったい何なのか、ちょっと迷走気味なスフィアである。
「――彼らは己らが信仰する主神アルビオン及び四方を守護すると言われる四属神の顕現、その使役に成功しています」
「まさか!」
「っ――!!!」
だがそんな思考も、ヒイロの一言でどこかへ吹っ飛ぶ。
フィッツロイ公爵もさすがに絶句している。
神の顕現と、その使役。
希少とは言え魔法が実在するこの世界においても、さすがに聞いたことはない。
だがそうであれば、アルビオン教の一方的な動きも、ヒイロが言った通り大国が何をしても止まらないという説明にも説得力が出る。
「ですからどれだけ軍事的な圧力をかけようが、経済的に封鎖しようが、彼らは必ずアーガス島接収のための兵をおこします。そして最初の敵を圧倒的に蹂躙することで、その力を誇示し、世界を実質的に支配下に置く心算なのでしょう」
そういうことだ。
アルビオン教にしてみれば、何をどういわれたところで圧倒的な神の力で粉砕すればいい。それまでの短期的な軍事的、あるいは経済的な圧力などないに等しい。一戦さえすれば、すべてがひっくり返ると信じている。
圧倒的な力に対して、その力で劣る者ができることなど限られている。
できるのは膝下に這いつくばり慈悲を乞うて存えさせてもらうか、勝てぬと知りつつ挑んで滅ぶかの二択。
相手が言葉の通じぬ魔物ではないことだけが救いと言えなくもない。
つまるところ信仰も、軍事力も、経済力も、国際ルールやヒトの良心でさえも――力が最終的に行使される際には「暴力」の形を取るのかもしれない。
「最終的には、シーズ帝国も、ヴァリス都市連盟も……」
「それどころか、この大陸に留めるつもりはないでしょうね。――なにしろ神が顕現しているのです。文字通りの意味で世界を膝下に組み伏せようとするはずです」
アーガス島の接収など、アルビオン教の覇業にとって序章に過ぎないというわけだ。
暢気に様子見だなどと構えている大国の横面を、神の力で殴りつける。
「四方の諸国を統治して、彼らなりの平和を与えて法を布く――まさに神による世界の統治ですのね」
深刻な表情でスフィアが呟く。
まあ神が降臨すれば、神が世界を統治するというのはある意味当然なのかな? とヒイロは思わなくもない。
神とはそういうもののような気がする、よくわからんが。
もっとも今回の神は少々勝手が違うのだが。
だがここは、神が実際に降臨したアルビオン教が辿るであろう道を明確にしていく必要がある。
「その通り。まつろうものには寛容を。まつろわぬ者には――」
「神敵必滅」
神の怒りで討ち滅ぼされる。
今まで黙ってヒイロの後ろに立っていた、エレアとセヴァスがスフィアの言葉に答える形で、今後アルビオン教にまつろわぬ――従わない者がどうなるかを端的に表現する。
「そうなります。――ですがさせません」
だがそれを、穏やかな笑顔を浮かべてヒイロが否定する。
ヒイロの側に立つ者たちもみな、自信を秘めた表情で頷く。
だがスフィアには有力ギルドとはいえ、冒険者――ヒトの身でありながら自信をにじませる『黄金林檎』の二人や、実は生きていたフィッツロイ公爵家の嫡男と姫君の自信の根拠がわからない。
戦いを生業とする者が、死を必要以上に畏れないことは知っている。
だが無謀な戦いに身を投じることを、忌避する者たちでもあったはずだ。
ヒイロの後ろに立つ、『黒旗旅団』の団長が副団長に「カインはやり過ぎちゃだめだよー」とか言っているが、神に歯向かうのは怖くないのだろうか?
退けることができるという、根拠はあるのだろうか。
「どうなさるおつもりですの?」
神を向こうに回して怯まない、ある意味度し難いともいえる連中に対して、スフィアは尋ねずにはいられない。
だがごく短い時間にヒイロという冒険者と関わったこの世界に生きる者たちはみな、同じことを考えている。
神がどうした。
問答無用でヒトの心を自在にするような、文字通りヒトの存在を超えたモノであれば対処のしようはないかもしれない。
だが相手はつまるところ、「暴力」をもって他者を踏み躙ろうとする輩に過ぎない。
神を自称しようが、そんなものは強力な魔物の一種と何ら変わらない。
『連鎖逸失』に縛られた『逸失階層』を徘徊していた、ヒトの手に負えなかった魔物を、アルビオン教が使役できるようになったという程度の事だ。
だったら何とかなる。
なんとかする。
そのための力を、今はもう俺たちは身に付けている。
ヒイロという冒険者に出逢って、ヒトの限界を超えさせてもらったのはこういう時のためだと理解している。
俺たちが神を倒す、いや――
みながヒイロの背中を見る。
それがわかっているかのように、ヒイロが答える。
「僕たちが神を――殺します」
その後細かい戦場の設定などを行い、『静止する世界』を解除して動き出した世界でも同じ会議を繰り返すこととなった。
それは当然必要なことなのだが、慣れていないスフィアは少々混乱している。
「え、と……あの?」
「陛下! キャラ! キャラが!」
素から王へ戻れていないスフィアに、フィッツロイ公爵が小声で突っ込みを入れる。
静止していたポルッカには、眼前でいきなり挙動不審に陥った幼女王に何が起こったのか、なにがなんだからわからない。
フィッツロイ公爵の肩が震えているのは間違いなく笑っていますのね? そうですのね?
この肚黒!
とはいえ修正しなければならない。
威厳ある態度で、さっき決めた内容を公的に確定させる必要があるのだ。
『支配者の叡智』接続起動完了。
よし大丈夫ですわ。「王陛下モード」に戻りました。
「――うむ、それでよいのではないか?」
ポルッカから「――は?」という声が聞こえる。
今回は『静止する世界』で打ち合わせをした全員の肩が僅かに震えている。
己は何かやらかしただろうか?
あ。
――はじめからやらないと駄目でしたわー!!!





