第50話 アーガス島接収宣言
「ポルッカさん、今週の分の正式指令全部終わったよ」
一週間分の正式指令をすべて終え、ヒイロたちが冒険者ギルドへと戻ったのは昼食が済んだ昼一くらいの時間だった。
全ての処理を完了して報酬を受け取り、ポルッカの執務室でお茶を振る舞われている。
「申し訳ねえな、秘匿級冒険者ともあろうお方に毎度土木作業させちまって」
「きちんと報酬貰ってるからいいですよ」
嫌味ではなく申し訳なさそうにするポルッカに、ヒイロが笑う。
別に無報酬でやってくれと頼まれているわけではない。
普通の冒険者から見れば破格と言っていい額の報酬が、正式に冒険者ギルドからヒイロには支払われている。
ただこの件に関しては「主に何をさせてんだ、何を」という視線を三人及び一匹から向けられるポルッカは肩身が狭い。
もっとも最近は真の姿の自分に乗ってもらえる『千の獣を統べる黒』も、島の各地をヒイロと共にドライブのようにまわれるエヴァンジェリンとベアトリクスも、まんざらではないと思いはじめてはいるのだが。
白姫は「我が主にしかできないことを、ポルッカ氏の立場で我が主に依頼するのは効率的かつ必然ですね」などと最初から肯定的である。
仕事の遂行能力において、どうやら白姫はポルッカリスペクトらしい。
「妥当な額だと胸張る自信はねえけどなあ……」
「島の発展に寄与できるんなら、そこらへんはまあ……それより冒険者ギルドが赤字になったりしてませんか?」
絶対額としてはかなりの額とはいえ、ヒイロが実際にこなしている作業に見合うかと言えばその限りではない。
山ひとつ消し飛ばして道を付けるなど、金をかければ必ずできるということでもないのだ。
だからこそ意味と価値があるともいえるのだが。
よしんばヒトにできることだとしても、数百人の人足を雇って年単位での工期が必要となる大工事の基礎部分を、午前中だけでいくつもこなすヒイロが特別なのだ。いや異常と言った方がよりしっくりくるだろう。
同じく今日、アルビオン教の聖都『世界の卵』で展開されている「風景が変わる」という事象は、ここアーガス島にとっては昨今特段めずらしいことではなくなっている。
とはいえポルッカが決めているであろう、冒険者ギルドが支払うヒイロへの報酬が膨大な額であることも間違いない。
故にヒイロは心配しているのである。
「正式指令単体で見りゃ多少はな。けどそれこそ旦那が言った通り、島の発展こそが中長期的には莫大な利益を生むこた間違いねえ。それに比べりゃ端金で受けてくれる旦那にゃ感謝してるし、島が発展した暁にゃ利権面での補填は約束するよ」
「期待してますよ」
ポルッカの言うことをヒイロもある程度理解できているので、無駄な謙遜や遠慮はせずにうけておく。
「とりあえずは新市街の一等地に、旦那の邸宅建てさせてもらうよ」
空手形ではなく、ポルッカはそう思っている。
投資とはそれ以上の見返りが見込めて初めてするものだ。
その観点から言えば冒険者ギルドにとって、ヒイロへの投資に対して中長期的に帰ってくる見返りは桁違いと言っても過言ではない。
本来諦めるしかなかった場所に、巨大な街が生まれる際に発生する利益がどれだけの物かは想像に難くない。
完成した際の利権の一部や、邸宅の一軒や二軒は当然の報酬として用意するのに余りある利益を間違いなく生むだろう。
「で、昨日はどんな魔法使ったんだ旦那?」
一連のお約束の会話を済ませ、ポルッカが本題を聞いてくる。
昨日の厄介事――アルビオン教による神域調査を嘘みたいにあっさりと片付けてくれたヒイロに、その真相を聞こうというのだ。
「いやまあ、同行してみたらいいヒトたちだったってことですよ」
「――旦那がそう言うんならまあ、それでいいけどよ」
だがヒイロは詳しく話すつもりはないらしい。
そうと察するとポルッカはすいと引く。
ヒイロが語るべきではない、もしくは語りたくないとしていることを無理に聞き出すことは、ポルッカ、ひいては冒険者ギルドの益にならないと判断している。
最初の敵対的な空気から、エドモン枢機卿と聖女クラリスによる冒険者ギルドへの謝罪。
そこからヒイロが道先案内人となる流れまでは、ポルッカも同席していたので理解できる。
齢十歳の聖女様が、秘匿級冒険者殿に見蕩れていたことも含めてだ。
だが二ヶ月かかるといっていた神域調査が一日で終わった理由は理解できても、迷宮から戻った後の聖女クラリスを含む先遣隊の態度がどうしても理解できない。
あれは友好的などというレベルではなかった、とポルッカは判断している。
一目惚れとか、圧倒的な戦闘能力に対する尊敬や憧憬、自分たちの調査に多大な貢献をしてくれたものに対する感謝の念。
そういったものとは断じて違う、間違いなく一線を隔すもの。
最初あれだけ敵対的であった四人でさえも、ヒイロを見るその目はまるで――そう、まるで崇拝するかのようなものになっていたのだ。
あたかも己が信じる、神をその目に映しているかのような……
それが聖女、枢機卿も含めての事となれば、何があったのか聞きたくもなる。
だがヒイロが語らぬというのであれば、この話はここまでだ。
少なくともあの様子では、冒険者ギルドが短期的にアルビオン教と険悪になることは考えにくいだろう。
ならばいいかとポルッカは思う。
「そうだ旦那、後一月ちょいでウィンダリオン中央王国の王族が来るって話だけどよ……どうやら『幼女王』スフィア・ラ・ウィンダリオンご本人様が御出ましになるって話だぜ」
「そうなんですか」
先日も話していた、厄介事のもう一方だ。
誰にでも話していい情報ではないが、ヒイロに隠す意味もない。
「冒険者ギルドにも視察に見えられるらしくてなあ……旦那もそんときゃ付き合ってくれって頼みだ」
「僕でよければ喜んで」
それどころかこちらが同席を頼まねばならないと来れば、話すことは当然。
だがヒイロが意外と面倒くさがらずにうけてくれたことに、ポルッカは意外の念を禁じ得ない。
何やらヒイロは澄ました顔をしているが、美女三人の様子を見るにつけ何か含むところはあるのだろう。
――あれだけの別嬪に囲まれておいて、旦那は幼女好きなのかねえ……ん? 年齢的には本来そっちの方が真っ当じゃねえのか?
最近の付き合いで、見た目は十二歳の美少年であるにもかかわらず、ヒイロの年齢があやふやになりつつあるポルッカである。
どうやら幼女王直々に御出ましになるのは、落とされた『九柱天蓋』の確認だの、冒険者ギルドの視察だのというのは建前で、話題の冒険者に会うためらしいというのは黙っておく。
王族ともなれば秘匿階層の件や、秘匿級とされるヒイロの情報も掌握しているのだ。
これはヒイロがアーガス島の冒険者として現れてくれたことによる、ウィンダリオン中央王国の確かなアドバンテージだとポルッカは判断している。
それに即応する「幼女王」を大したものだと、正直なところ思っている。
「……じゃあ僕からもとっておきの情報――というか予測をお伝えしようかな」
「旦那のそういう話は、いつもおっかねぇんだけどな……」
己が冒険者ギルドの「執行役員」となる切っ掛けとなった、『連鎖逸失』の消失についても、こんなふうにヒイロはあっさりとポルッカに語ったのだ。
秘密ですよ、などと言いながら。
今間違いなく、ヒイロからはその時と同じ空気が発されている。
我知らず、ポルッカが固唾を呑み込むほどの。
「はやければ今から一月以内、『幼女王』の来訪よりも早くアルビオン教が大きな動きを取る可能性が高いです」
ポルッカの目が、あの時と同じように見開かれる。
ついさっき自分が予測した、アルビオン教とは当面もめまいという予想の、真逆の言葉。
「その最初の標的はアーガス島迷宮になる可能性が非常に高い。――できるだけ現在進めている『連鎖逸失』の後始末を急ぎ済ませ、どのような動きにも即応できるように整えておいた方がいいと思います」
「冒険者ギルドとして、か?」
「この島として……ですかね」
多くを語ってくれるわけではない。
だがヒイロがそうした方がいいというのであれば、それは恐らくそうなのだろう。
「わかった、善処する」
インフラにも金をかけ、より多くの冒険者が暮らしていけるようになり、それに伴って冒険者ギルドも潤うようになるはじまりに自分たちはいるのだ。
アルビオン教の大きな動きとやらがどんなものであれ、この島を好きにさせるわけにはいかない。
ポルッカにとっての現場は此処なのだ。
そして己の現場を護り、責任を持つのが「執行役員」というものだろうとポルッカは思う。
ここを冒険者ギルドとして護る為であれば、己でのできる限りのことをすることに否やはない。
そしてそれより約一か月後。
『幼女王』のアーガス島来島を明日に控えたその日。
アルビオン教皇庁によるアーガス島の聖地認定、並びにその接収が、一方的に世界へ向かって宣言されることになった。
それを嚆矢として、世界は煮えはじめる。
本来は五年後に発生するはずであったラ・ナ大陸の戦乱を、あたかも前倒しするが如く。





