第49話 狭間の日常
ここはアーガス島南部、山岳地帯。
まだヒトの手の入っていない、未開の地。
峻嶮な岩山がいくつも連なっている中にいくつもの小さな川が流れ、一見すると不毛の地にしか見えない。
なんというか、南の島なのに寒々しい。
だが内側には少々高い位置にはなるものの、肥沃な土地が広がっているらしい。
ポルッカさんによれば、この島に第二の街をつくるのであればその場所がベストとのこと。
ただしそこへ至る道は山道とも呼べない獣道の様なルートがあるのみで、人一人であればまだしも、物資を運ぶための馬車はもちろん建築資材などを持ち込むことなど到底不可能な場所でもある。
それがこの場所がアーガス島の迷宮攻略都市から傍近くにも拘らず、未だヒトの手が入っていない理由である。
だがもう、そんなことも言っていられないらしい。
現在アーガス島は『連鎖逸失』が発生していない迷宮という情報が世界中に広がり、冒険者の多くがこの島に集まってきている。
もちろんそれ以外の人間も、目的こそ多岐に渡れど次々と集まって来る。
その数は半端なものではなく、しかもこの後も増え続けることは間違いがないと来ている。
迷宮はその攻略階層が深くなればなるほど、受け入れられる攻略者の上限が上がってゆくのは自明の理だ。
低階層では駆け出しが、中階層では中堅どころから熟練者が、深層部ではごく少数のトップ攻略層が、それぞれの立場で迷宮攻略で食っていく。
今まで第五階層までしか足を踏み入れることができなかった迷宮が十階層へ、二十階層へと攻略が進めば加速度的にそこで食っていくことのできる冒険者の数は増えるのだ。
――基本的に迷宮は、深く潜るほど広大になっていくしな。
『連鎖逸失』がすでに失われているのは他の迷宮、魔物領域も同様だ。
だが冒険者ギルド主導による他の迷宮、魔物領域の精査と攻略準備は順調に進められてはいるものの、まだ今少し時間がかかる。
それにこの五年ですでに寂れている「死んだ迷宮攻略都市」を再生させるよりも、今なお活気があるアーガス島を拡大する方が話がはやい。
かかる手間であれば再生の方が楽かもしれないが、何事にも必要な先立つ金の集まりやすさ、という点では後者が勝るのはよくわかる話だ。
今アーガス島では未曽有の冒険者景気とでもいうべきものが始まろうとしている。
それを十全に活かすためには、迷宮だけではなく攻略都市としてもヒトの受入容量を拡大する必要に迫られているのは間違いない。
よってここの所、俺個人に対する冒険者ギルドからの正式任務が多発しているというわけだ。
本来休み明けの日は「執行役員」になってからポルッカさんが乱発するその正式任務――というよりは土木開発事業じゃないかこれ? ――をまとめてこなすのだが、昨日はアルビオン教の神域調査におつき合いしたために今日にずれ込んだのだ。
「じゃあ始めますね」
「いや始めるって坊主、何をどう始めるってんだ?」
先行してこの地に入っている、これからできる「道らしきもの」をきちんと街道へと整備するための人足たちの親方が怪訝そうに聞いてくる。
親方や人足たちは俺の事をポルッカさんからよく聞いているのだろう、侮ったり馬鹿にしているわけではない。
指定されたこの場所に来てみれば、そう問うしかないだろうなあと俺でも思う。
目の前には周りの物と比べれば比較的低いとはいえ、間違いなく切り立った岩山が屹立している。
街道を整備しろと言われたところで笑うしかないだろう。
そこへ冒険者ギルドの執行役員がどれだけ言い含めてくれていようが、十二歳前後の小僧が美女三人とペットを連れて現れ、「始めますね」と言われれば俺だって「何を?」と聞く。
「みんな、もうちょっと、さがってね?」
「主殿はああ見えて結構アバウトじゃからな。我らよりも前に立たぬ方がよいぞ」
「警告はしました。――従わなかった場合は自己責任です」
とはいえエヴァンジェリン、ベアトリクス、白姫の美女三人に言われれば、怪訝な表情ながらも一応その誘導に従ってくれる。
約一名にはディスられている気がするし、約一名はけっこう厳しいことを言っている。
――うん、見せるまで理解できるわけもないから、あんまり無理言うな白姫。
みんなが三人娘の後ろに下がったことを確認し、作業を開始する。
目の前の岩山を敵とみなし、現在俺の持つ最大の攻撃呪文である『天罰降光』を発動。
目の前の岩山の山頂に、ぶっとい光の柱が天空から降り落ちて直撃。
轟音と共に岩山の十分の一程を消し飛ばし、その大部分を蒸発させる。
だが蒸発を免れ、衝撃で吹っ飛ばされた無数の岩塊が当然のことながら四方八方へと飛び散る。
それを視線による多重照準によって『追尾する閃光』で吹き飛ばす。
危険そうなデカい奴だけでいいかと思っていたが、誰かさんに結構アバウトと言われたのでむきになってすべてを捉え消し飛ばしまくる。
無数の『追尾する閃光』が視界を埋め尽くし、定期的に降り落ちる『天罰降光』と相まって光の乱舞が響き続ける轟音とともに飽和する
――埃以外を地上へ降ろしてなるものか!
もはやSTGのノリである。
それを繰り返し、岩山を丸ごと一つ消滅させるというのがここでの正式指令である。
最初は荒くてもいいが、基部近くになれば奥の土地は此処よりも高い位置に在る。
上手く坂になるように調整しなければならない。
――掘りすぎると修正できないからな……
よって後半は『天罰降光』を封印し、ほぼほぼ坂になるように『閃光』で整えた。
よし問題ないだろう、終了。
今俺たちの目の前には、数百メートルの幅をもった荒い坂道が、峻嶮な岩山の連なりをぶち抜いて目的の肥沃な土地まで通っている。
これを街道らしくするのは、親方たちおっちゃんズの仕事だ。
「意地になりましたね?」
「いや別に?」
「嘘じゃ、小石ひとつ逃がさなんだではないか。アバウトと言われてむきになったのじゃろう?」
「こども?」
――わりとな。
いやまあ、確かにちょっと意地にはなったのは事実だ。
「すいません、お待たせしました。この後の作業はよろしくお願いします」
「いやお待たせってお前……」
初見のヒトたちが呆然とするのはよくわかっている。
俺だってこんな光景を向こうに居る時に見せられたらハリウッド映画かと思う。
いや工事現場が映画化されることはないだろうけど。
そんなに大したことはやってないんだけどなあ、などというつもりはない。
まあ控えめに言っても無茶苦茶だ。
でもできるんならやった方がいいよな、役には立つわけだし。
「いや俺らもどうしようもない岩とかを冒険者様に砕いてもらった事とかはあるけどよ……山ひとつをこの短時間ってマジか。魔法使いってなこんなデタラメなもんなのかよ?」
いえ多分違うと思います。
とはいえそんな説明をするわけにもいかないしな。
「そうなんじゃないですかね? では僕は次の正式指令があるので行きますね。気をつけて作業してください」
「お前さん、俺らの業界に来ねえか?」
「いやちょっとそれは……」
手伝うのはいいけど、本職にするのはどうかと思う。
「閃光の土木業者」とか、ちょっと好きだけどな。
とりあえずやんわりと断りながら次の正式指令の場所へと向かう。
彼らの視界から消えたら、真の姿に戻った『千の獣を統べる黒』に乗って、作業地点まで高速移動。
島中にやることがあるからわりと大変だ。
今日はあと二つ山吹っ飛ばして、一つ湖沼を干上がらせ、水路を二本通さなければならない。
――まあ、午前中で終わるかな。





