第04話 冒険者に至る顛末③
などと偉そうに言っているが、もちろんそれが全てではない。
いや建前に過ぎないというわけではないのは確かだが、それだけではない。
両輪でいえば片輪だけを語っているとでも言おうか。
力持つ者の義務とかなんだとかはさすがに置くとしても、覚悟くらいは必要だと思っているのは本当だ。
だけどそれ以上に、こんな世界に来てしまったからには安全を確認した上で堪能したいと考えるのも人間、それもこのゲームにどっぷりハマっていた俺のようなものにとっては至極当然ではなかろうか。
キッツい現実から逃避して、心の平穏を保っていた架空の世界こそが現実となったのだ。
実際そうなったらもっとパニックになるよな、とか順応するのはやすぎ、などというのは異世界モノのお約束ツッコミだが、実際そうなったらパニクっている場合じゃない。
少なくとも俺の場合は、現実への帰還手段探索の優先順位などは果てしなく低い。
慌ててはいるし混乱もしている点は素直に認めよう。
危険に対する警戒、いや正直に言えば恐怖だって間違いなく存在している。
が、それらをひっくるめても「わくわく」していることを否定できない。
それはハマっているゲームのイベント開始や大規模拡張、楽しみにしていたゲームの発売日などという程度ではない。
もう遠い昔、大学生活が始まる前に感じていた感覚が一番近いかもしれない。
今の俺ならバシャールと交信して、静止世界を自在にできるかもしれない。
冗談はさておき。
やりこんだゲームとしてなら、最強の軍団を率いて世界を蹂躙し、好きなように世界を構築してより己と配下の軍勢を強化していくのは充分に楽しい。
だがこうなったからには、1からファンタジー世界ライフを満喫してみたいというのも本音だ。
レベル1からコツコツと鍛錬を積み、一つ一つ魔法を使いこなし、迷宮の深淵を一階層ずつ攻略してゆく。
攻略で得る資金やドロップアイテム等によって装備は順を追って、時には幸運に恵まれて一足飛びに強化され、自身の育成計画や装備の充実を毎夜にんまりと確認して眠りにつく暮らし。
どう考えても最高である。
圧倒的な力で世界を蹂躙するなど、その暮らしの果てに選択可能な行動の一つでしかない。
必須と言える安全の確保を大前提に、先に述べた世界を知ること、そして知るための暮らしそのものを最大限愉しむことを両輪として、自身の行動理念とする。
そのために必要な取るべき行動をこれから我が主戦力たちと詰めるのだ。
その前に手持ちのアイテム類を確認しておく。
大事なこと、というか生命線ともいえる。
これから予定している自身の行動で、それらを最初から気軽に使うつもりはないが、使うべき時には躊躇わずに使うこともまた大切だ。その判断には「在庫量」は大きく影響する。
ゲームであるからには蘇生系や蘇生を仕込む系なども多数存在しており、それがこの世界でもきちんと存在し、何回使用可能かどうかを知っておくことは重要である。
うん、ある。
自分でもちょっとどうかと思うくらい貯め込み、また二か月先のイベントのためにより積み増そうとしたアイテム類、資源類はその膨大な数値のまま、視界に表示される所有アイテムとして表示されている。
蘇生系アイテムも無くなっているなどということはなく、ゾンビアタックを躊躇わないくらいにはたんまりと保有している。
これは後で永続蘇生系アイテムの効果を試しておく必要があるな。
効果が変わっていました、というのでは目も当てられない。
ただ、ひとつ。
これはアイテムとして所有できていたわけではなかったし、おそらくそうであろうと予想はしていたが、やはり「世界再構築」は行使不可能なようだ。
もともと課金のショップ画面から直接発動する仕組みだったので、おそらく不可能だろうなと思っていたが今のところ予想通り。
もしかしたら何らかの手段があるのかもしれないが、それは現時点では知る術もない。
気軽に「やりなおし」ができない以上、より慎重を期さねばならない。
下手を打って最悪の形で最先端時間軸まで進んでしまえばもう、「世界再構築」によるやり直しがきかないのだ。
「今周は捨てプレイ」などということは出来ない。
今から数百年の時を積み重ねる以上、最初の悪手が最終状況に与える影響は大きいだろう。
初期の小さなズレは、状況が進捗すればするほど大きくなるのは必然。
初手が重要であると強く認識するのは大事なことだ。
「エレア・クセノファネス以下、序列一桁に名を連ねさせていただいている我が主の下僕。すべて揃い参上いたしました。御身の居室の扉を開ける許可頂けますでしょうか?」
エレアの凛々しい声が扉の前から室内に届く。
なるほど、配下たるモノ転移で主の部屋に入るなど許されぬ、というわけか。
大げさに過ぎると思いはするが、何事にも動じないキャラっぽいエレアの声に、俺にでもわかるほどの緊張が滲んでいる。
それが『黒の王』という存在が、どれだけ彼らにとって「絶対者」なのかということをうかがわせる。
ここまであれだと、下手にフレンドリーに接したりしないほうがいいのかもしれない。
少なくとも当面は。
「赦す」
…………。
慣れだ、慣れ。開き直りは必要だ。
世の中には偉そうであることを求められる立場だってあるのだ。よくは知らないが。
俺のその言葉に反応し、おそらくは管制管理意識体が巨大な扉を外連味たっぷりにもったいぶって開いてくれる。隙間からドライアイスの煙とか漏れ出しそうだ。
確かにこんな巨大な扉を、例えばエヴァンジェリンとベアトリクスが左右に分かれてせっせと開けてたら様にならないもんな。
「御前に……」
「よい。――そこに掛けるがいい」
全員緊張した面持ちではじめての主の部屋に足を踏み入れる。
エレアが再び跪こうとするのを止め、魔法道具である椅子を八脚、半円状に出現させてそこへ座るように命じる。
跪かれていたのでは会議にならない。
正面にエレア。
その左にエヴァンジェリン、右にベアトリクス。
エヴァの側に左府配下である『全竜カイン』、『白面金毛九尾狐 凜』が並び、ベアトリクスの側に右府配下である『堕天使長ルシェル・ネブカドネツァル』と『世界蛇シャネル』が並ぶ。
「――執事たるもの、主を前にして座る訳には参りません」
カインの左後ろに直立不動で控える近衛軍統括、『執事長セヴァスチャン・C・ドルネーゼ』には譲れないものがあるらしい。
「よかろう」
椅子を一つ消す。
そういう拘りを無下にするつもりはないし、いかにもセヴァスっぽくていい感じだ。
半円状の椅子のバランスもそれでちょうどよくなることだし。
無言で一礼するセヴァス。うん、様になっている。
「では会議を始める。初めてのことなので今回は私が仕切るが、以後はエレアが取り仕切るように」
「拝命いたします」
一人称は「私」で行くことにした。
我や余は油断したら笑ってしまいそうだし、このメンバーで話す際は「私」で統一する。
この姿の時は、という前提でだが。
「まず、未知の状況を感知し得ているのは私だけのはずだ。他になにか感じている者はいるか?」
この質問に全員が首を横に振る。
あえて言うなら俺が声を発し直接的に配下と接するようになったことなのだろうが、それは結果であって原因ではない。
原因と言っても、俺にとってはゲームが現実になりました、などと言われても理解はできまい。
「……うむ」というのがみんなの聞いた第一声というのはなかなかにしまりがないが、その瞬間も驚いていたんだろうな、みんな。
自分がいっぱいいっぱいで見逃したのが惜しまれる。
首肯の一言だけだったので、自分のイケメンボイスっぷりにすら気付いていなかったから仕方がないのだが。
続いて前周の「世界再起動」から今に至るまでの流れをエレアに説明してもらったが、ゲームプレイとしてとはいえ自分の認識と乖離した点はなかった。
管制管理意識体がみなに表示枠で示す記録とも一致している。
つまり我ら「ユビエ・ウィスピール」勢の今に至るまでの流れは、俺の「T.O.T」プレイの記憶とほぼ乖離がないと考えていいだろう。
念のため、後ほど管制管理意識体にそれ以前の周回に対しても確認を取っておくが、今は前周との乖離がないことがわかればそれで充分だ。
「ふむ……ではやはり最初の大きな動きは五年後か」
「そのはずです。ラ・ナ大陸を中心とした世界規模の戦乱がこれより五年後に始まり……」
俺の言葉に律儀にエレアが応える。
これは100周の中で一度もズレたことはないので間違いないだろう。
というかゲームリリース後の最初の巨大イベントとして始まったものなので、プレイヤーが如何に介入しようとも必ず発生する『世界変革事象』――いわゆる固定イベントというやつだ。
これとは別に世界が大きく変動する『因果事象』――プレイヤーの干渉次第で発生する変動イベントが存在する。
「そこから半年後に『天使降臨』、か。……ルシェル」
「はい我が主」
『堕天使長 ルシェル・ネブカドネツァル』
漆黒に輝く長髪と十二枚翼。その整った顔の両の目は今閉じられているが、金と碧の斑の瞳を持った無慈悲なる元天使長。今は堕天の長。
穏やかな声は優しげに響くのに、誰が聞いてもなんとはなく「悪そう」に響く艶声。
中の人が最も得意とする役どころではある。
このキャラ一つとっても、現実化して目の前で見ると素晴らしい。
もしも今と同じ状況に陥って、取り損ねているキャラが複数いたら悶絶してたんじゃないかな、俺。
よかった、どんな無理も厭わずにコンプリートを維持してきて。
どんな形であれ、自分が大事にしてきたことが報われるのはやはりうれしいことだ。
サービスが停止されれば跡形も残らないモノに金を出すなんて馬鹿なことだと嗤う方々も多く居られたし、一理はあるとは思うのだが。
一方でそんなことは、現実に生きる俺たちすべてにも当てはまることだとも思うのだ。
死んだらどのみち、何も残りはしない。
――誰かが、覚えていてくれない限りは。