第47話 降ってわいた力
女神アルビオンの属神ユリゼン。
南方を守護し、「理性」を象徴する四神の一柱。
五行においては火を司り、天頂――太陽を宿星とする荒ぶる神。
その特性に反して長く伸ばされた緩やかに波打つ青みがかった銀髪をもち、見た目で言うのであれば慈愛に溢れた女神の趣を持った容貌をしている。
だが常に閉じられている目が開くときはその権能を全開にする時であり、背に小さな太陽を顕現させてそれと同じ輝きを瞳に宿らせ、すべてを焼き尽くす。
この世界において属神とはいえ、間違いなく神と崇められている存在がアーガス島迷宮第八階層に完全な形で降臨している。
最終的にはそうすることが目的であるにもかかわらず、ユリゼンをその身に降ろす秘儀を行っていたアルビオン教の教会騎士たちも、憑代となる聖女クラリスも、呆然として立ち尽くしている。
神域調査の本当の目的である秘儀。
それを執り行うことによって、四人の聖女たちそれぞれが司る属神の権能、その一部を実際にその身に宿しているからには、神の存在を疑った事などもちろんありはしない。
だが長いアルビオン教の歴史を紐解いても、完全な形で神が聖女の前に顕現した事例など残されていないのも事実なのだ。
軽々しく口にする言葉ではないと思いつつも、「神の奇蹟」が目の前で起きているという認識になってしまうのも仕方がないだろう。
驚きのあまり秘儀は中断されているが、ユリゼンが消えることはない。
当然だ。
ユリゼンがこの場に顕現したのは、敬虔なる信徒たちの秘儀によってではなく、気まぐれな己の主神の命によるものだからだ。
――やれやれ、まだこの年端もいかぬ少女を我が憑代としてすべての権能を与えよとは、一体どのようなお考えによるものか……
ユリゼンは先程から己に対する秘儀が行われていたことを、当然理解している。
だが注がれる魔力はごく微量に過ぎず、憑代とされている少女の魔力容量も少ないとあっては、今回も基本的な権能をいくつか与えて終りだと思っていたのだ。
恐怖ではないのではあろうが、目の前で震えている幼い己の聖女。
その無垢な存在に、己のすべての力を受け入れることが可能な魔力容量を与え、己の権能すべてを与えることは簡単だ。
当然神といえども誰にでも可能なわけではないが、己が憑代として選ばれた上かくあるべしと育てられ、すでに何度かの秘儀を経ている己に特化した聖女たるこの少女であればことは容易い。
だがユリゼンは正直なところ気が進まない。
他の四方を守護する属神たちの聖女の中には、かなりの数の秘儀をこなしている者もいる。
未だ完全なる神降ろしを為せている者は居ないとはいえ、己が司る属神、その1/4程度以上の権能を身に付けた聖女はその力に呑まれている――狂っていると言ってもいい。
ユリゼンを震えながら見つめる聖女の今は穢れなき瞳が力に濁り、降ってわいた力を己の物と過信して狂ってゆく様は見たくないと思うのだ。
取るに足りない己の権能とはいえ、今のこの世界においてはあらゆるものを覆すことが可能な絶対の力ともなろう。
そんな力は毒にしかならぬと思うのだ。
強大な力を正しい正しくないは置くにしても、己の意志によってのみ行使し続けられる存在はそうそう存在しない。
必ず柵に捕らわれ、意に反しての力の行使を強いられ、いつしか力そのものに魅入られてそれを御せていると思いあがっている誰も彼をも己ごと巻き込んで、大概は悲劇的な結末へたどり着く。
とはいえ己が主神の命令を違えられようはずもない。
否も応もなく、この幼い聖女は間違いなく持て余すであろうユリゼンの力すべてをその身に宿すことを強いられるのだ。
――是非もない。
どのみち序列四桁に過ぎない己には、我が主のために働く機会などそうそうないだろう。
主神たる女神アルビオンであってさえ上位とはいえその序列は二桁、ここしばらくの「周回」においてはろくに前線に出たこともないのだ。
であれば主神の気まぐれに付き合い、己の聖女がどのような人生を歩むかに付き合うのもよかろう。
決定権は聖女に在るとはいえ、完全にその身に降りるとなれば助言などもできる。
そう思い定めてユリゼンは己の信者たちに対して口を開く。
『汝が我が聖女か』
「は、はい――」
神が語るとは思っていなかったのか、己の憑代となる聖女が緊張した面持ちで跪き、五方に立っていた教会騎士たちもすべて平伏する。
己や主神は力持つ存在であるが、ヒトより生まれし正しい神ではない。
いつの間にやら崇め奉られ、奉じられる魔力や祈りを己が力とし、時に報いたりはしていてもその事実は不変である。
その証拠というのも変な話だが、主神ともども力で張り倒されて、『黒の王』率いる『天空城』の末席を汚させていただくようになってからもうずいぶんと長い。
とはいえ勝手に神と崇められているということを理解してはいても、それは別段悪いものでもない。
信者に対して神らしく振る舞うことも、かなり板についてきている自覚もある。
――ここはある程度偉そうにいくべき場面。
「ちゃんと神様っっぽいね」
「あんな話し方、だっけ? ユリゼンちゃん」
「立場というものもあろうしなあ……」
「ですが吾輩も千の獣共に命じている姿を序列上位者に見られるのは結構きついので、ユリゼン殿もこれ、キッツいのではありませんか?」
『己の聖女の前ですので、少々カッコ付け気味になるのは黙認いただければ……私なんかも神託とか与える時とかは大概ですし、我が主にそれ見られたら軽く死ねます』
――だったはずなのだが、不穏な会話が神の耳に届く。
目の前で平伏する信徒たちには聞こえまいが、神たる自分の耳は魔術などで秘匿されていない限り、ある程度の範囲の言葉を拾うことは容易である。
最初の一言こそ不信心者がおりますね? などと神らしく憤慨しかけたが、続く会話がいけない。なにがいけないって、間違いなく自分の正体を知っている者たちでなければできない会話なのがいけない。
神にあるまじき行為なのだろうが、いやな汗をかきつつ、ちらりと声の方を横目で盗み見る。
聞こえなかった態で自分をだまそうかとも思ったユリゼンだが、それが不可能なことを思い知る。
そこにはSDになっていようがペットモードになっていようが見間違うはずもない、己などとは比べるのも烏滸がましい序列上位者たちの姿があり、その横に表示されている表示枠には己の主神の姿が映されている。
ということはまだ多くの僕たちが御目通りすら許されていない主たる『黒の王』の分身体が中央にいる美しい少年であり、最初の発言者ということになる。
――不信心者がおりますね? とか思ってなんかいません。ええ、絶対。
誰に内心を読まれるわけでもないことを理解していても、先の己の思考に嫌な汗が一気に湧く。
「……あの、ユリゼン様?」
偉そうに語りかけて来てから硬直し、ヒトであり信徒である身から見ても急に調子が悪くなったように見える神様に対して、おずおずとながら聖女クラリスが声をかける。
『あの人たちとはどんな関係ですか――by神』
声をだして尋ねるのはいろいろな意味で本当に憚られたので、己の聖女直通の念話で問うてみる。
もしも声で応えられたらどうしよう、と念話を送ってから嫌な汗が増した。
うっかり口調が丁寧気味になってしまったのもやらかした。
『ヒイロ様たちですか? 私たちをここ、ユリゼン様の祭壇まで導いてくれた冒険者様御一行なのです。ものすごくお強くて、おかげでこの奇蹟を得ることができたのです』
『へ、へえ……』
もはやユリゼンは素である。
我が主のお友達ですとか、下手をすれば彼女の一人ですなどということになったら、神としての態度がどうこうとか言っている場合でもない。
あえて念話で伝えたことを汲んでくれた、わずか十歳の己の聖女にユリゼンは心から感謝した。
しかし帰ってきた答えは、ユリゼンの現状を何一つとして改善し得るものではなかったが。
『あ……大切な秘儀に信者以外を立ち会わせてしまったこと、ごめんなさいなのです』
『いえ、ぜんぜん?』
そんなこと思っていませんよ? いませんとも。
後でうっかり「うちの神が「他人に秘儀みせんじゃねーよ」と不機嫌なのです」なんて言われた日にはえらいことになる。
どうしたものかと思案していたら、容赦なく己の周りに表示枠が連続して表示された。
『巻きましょう、ユリゼン。我が主をお待たせしてなんとします』
『いや、そんなに急かさなくてもいいよ。それより丁寧にしてあげてね』
そりゃそうですよね、自分が気付かないふりをしたところで意味なんかないですよね。
容赦ない己が主神のツッコミにへこたれつつ、初めて自分へと声をかけてくださった我が主の命は厳守しよう、とユリゼンは心に誓う。
『吾輩は見ておりませんから、お気になさらず』
この面子の中では比較的ユリゼンの立ち位置に近い――とはいえもともともずっと序列上位ではあるし、今や側付筆頭でもあるのだが――『千の獣を統べる黒』は、ユリゼンの置かれた状況に対して同情的である。
この面子の中に自分がいることに慣れたように見えても、未だ緊張を無くしきれないシュドナイなのである。
『神様、かっこいい、よ?』
『ユリゼン殿、今度神様らしい立ち居振る舞いというものを教えてもらえぬか?』
無邪気な左府の評価が地味に刺さるが、右府殿はその立ち居振る舞いをいつどこで、どんな目的で使用するんですか? という疑問が湧いたが口にはしない。
ここからは事務的に完全なる神降ろしと、その護衛に対する祝福を粛々と進めるべきだ。
己の主神が巻けと指示しているが、その上の絶対者が丁寧優先としているのでそれに全面的に従う。
だが最初にユリゼンが得た、暗鬱な不安は霧散している。
ユリゼンの権能のすべてを身に宿したところで、我が主と『天空城』との付き合いがあるというのであれば思い上がりようもないだろう。
自分の聖女が大きく道を間違えることはないという保証は、力を与えるユリゼンに安心を与える。
己どころか主神でさえ足元にも及ばない強大な力を持つ『黒の王』
その力もある意味降ってわいたものであり、その力に狂わないように己が主が心を砕いている事にまでは思い至れないユリゼンである。
『あの、神様? ヒイロ様たちにも神様の加護を与えていただくことは可能なのです?』
ユリゼンは自分の聖女の優しさが痛い。
強大な主に加護を与える僕の絵面とか勘弁してほしい。
『……信徒でないとMURIです』
しょんぼりする聖女には申し訳ないが、無理なものは無理なのだ。





