第46話 神降ろし
こっちが内輪の会議をやっている間に、エドモン枢機卿たちの神域調査は順調に進んでいるようだ。
というよりも、何やら儀式の準備をしているようにしか見えない。
そもそも本当に単なる調査であれば、アルビオン教の秘蔵っ子とでもいうべきたった四人しかいない聖女の一人が、冗談ごとではなく命の危険に晒される迷宮奥深くまで足を運ぶとは考えにくい。
つまり神域調査とは聖女を特定の場所へと至らせ、そこで何らかの儀式を執り行うことこそが本質なのだろう。
「なにしてるんだろうね?」
「何やら降魔の儀式のようですな」
思わず口をついてでた俺の疑問に、猫のくせしてその手の儀式にけっこう詳しい『千の獣を統べる黒』が答える。
なるほど言われてみればそうとも見える。
とはいえシュドナイ、アルビオン教の聖女様が降魔の儀式もないだろう。
「いやシュドナイ殿、それだったら主殿が「何してるんだろうね?」は無いと思うのだが」
「これはしたり。『黒の王』たる我が主の前で、要らぬ恥をかいてしまいましたな」
半目で突っ込むベアトリクスに、シュドナイが本気で恐縮してしゅんとなる。
尻尾が九本とも萎れて地面についている。
確かに俺は両儀四象八卦における、陰の呪をすべて究めたからこその『黒の王』だ。
よって降魔の儀式の類で俺の知らぬものなどないと僕たちは思っているのだろうが、システムにない魔法や儀式は当然わからんし、配置や魔力の流れを見て「これは……」なんて無理です、すいません。
「てことは降魔じゃない、ね?」
いやだからエヴァンジェリン、あの人たち聖職者と聖女。
アルビオン教における聖者な方々なんだから、邪悪なものを呼び出したりはしないと思うぞ?
いや、ある宗教における神たる存在が、他宗教においては邪悪な存在とされることはままあることだけどさ。
多分アルビオン教から見れば、我々『天空城』は悪魔の巣窟みたいなものだろう。
少なくとも上層部、それも力を持ったら振り回したくなる俺みたいな連中にとっては、まさにそうなる予定にあいなったわけだが。
『天空城』として、現在世界宗教として権勢を極めるアルビオン教には衰退してもらうことを決定はした。
だがそれは今ここで聖女ごと、神域調査先遣隊を亡き者にしようとかそういう話ではない。
俺が力を失わせたいのは「組織」であって、アルビオン教徒と見れば片っ端からSATUGAIしようということではないのだ。
「召喚陣としては不完全ですね」
「正しい形ではないな。正しく伝承されておらず、見よう見まねのようなものなのであろうよ。あれでは憑代に負担がかかろうに」
白姫とベアトリクスは、今エドモン枢機卿たちが行おうとしている儀式の概要は理解できているようだ。
さすが専門家というべきか。
「憑代ってことは、やっぱり何か降ろすの?」
「あれでは完全には無理じゃろう」
「憑代にもそこまでの許容量は無いように見えますね」
俺の質問に答えてくれたベアトリクスと白姫の言葉から察するに、無茶なことをしようとしているってわけか。
聖女が立つ石の祭壇を中心に、五方等間隔に『教会騎士』たちが立つ。聖女と相対する位置に立っているのはエドモン枢機卿だ。
水色の宝玉を手にしている。
ああこれ五行相生で、憑代に魔力を注ぐ儀式っぽいな。
五人それぞれがおそらくアルビオン教の秘宝であろう、色の違う宝玉を戴いて集中している。
「ヒイロ様! 見ていてくださいなのです!」
元気だな。
クラリスはいつの間にやら聖女らしい純白の絹の祭服に着替えており、その肩に金糸で刺繍を施された豪奢な肩帯をかけている。
小さいがこれも豪華な宝冠が可愛らしく、お姫様に見えないこともない。
なんとなく全体的にだぶだぶにも見えるが。
「――はじまるっぽいね」
おそらくは聖女らしからぬクラリスの態度に苦笑気味ながら、エドモン枢機卿もこちらに一礼し、儀式を開始するようだ。
場を外してくれと言われるかとも思ったが、そんなこともないご様子。
意識を集中した教会騎士たちの噴き上げる魔力が、それぞれが戴く宝玉に吸収されてゆく。
そこで火属性、土属性、水属性、金属性、木属性に変換された魔力が宝玉から立ち上り、それぞれ「相生」に従って右回りに円を描いて渦を巻き始める。
火はすべてを燃して灰と化し土に帰す。
土からは金属を産ずる。
金は大気より水を凝結させる。
水は木を育む。
木は自らが燃えて火を生み出す。
五行相生の理に従い、円環する魔力はその属性を替えながら次第に増大してゆく。
そして巨大に膨れ上がった魔力がとぐろを巻き、流れ込む先を求めている。
「いかんな、やはり不完全だ。――憑代はそうとう苦しいぞ」
ベアトリクスの言葉とともに、膨大に膨れ上がった魔力がエドモン枢機卿を通じて、中央に立つクラリスに注ぎ込まれようとしている。
その瞬間。
すとんとクラリスが身に着けていた純白の祭服が、かけている肩帯ごと地面へと落ちる。
まだ幼い体躯が、一糸纏わぬ形で晒される。
――は?
ああなるほど、脱ぎやすいようにだぶだぶだったわけね。
――いやそうではなく。
「みちゃ、だめ」
「主殿、目を閉じるのじゃ」
瞬時に反応したSDエヴァンジェリンとベアトリクスが、俺の右目と左目をそれぞれ担当して覆い隠す。
大した連携だがどこもおかしなところはない。
突然視界が遮られたのでバランスを失って少しふらつく。
しかし一瞬とはいえ見てしまった。
つるぺた十歳の裸を見たからどうだというのだとは思うものの、そうであればこその罪悪感も確かにある。
しかし儀式の事を知っているにも拘らず俺に「見て」とは、なかなかに剛毅というか裸族の一員でもあるんだろうか、アルビオン教の聖女様は。
冗談はさておき、禊的な意味で裸体である必要のある儀式なのか。
「別に脱ぐ必要はないはずです。――歪んで伝わっているのでしょう」
との白姫の言。
脱ぎ損か。
まだ幼いとはいえ、大人たちに裸を晒すのは抵抗があるだろうに。
「っ――ゃ、ぁ――」
遮られた俺の視界の向こうから、クラリスの苦悶の声が聞こえる。
変な意味ではなくSDエヴァンジェリンとベアトリクスを目の前からどけて、クラリスの様子を確認する。
意外なことに二人の抵抗はなかった。
それもそのはず、今も円環を描きながら増幅される魔力をエドモン卿を通じてその幼い躰に注ぎ込まれているクラリスは白金に輝き、光のドレスを纏ったかのようになっている。
そしてその魔力は、石の祭壇に埋め込まれた魔力結晶へと注ぎ込まれている。
その神々しいと言える姿を「見て欲しい」という気持ちは、女の子として当然なのかもしれない。
だが相当に苦しそうだ。
我慢しようと歯を食いしばっているのだろうが苦悶の声を抑えることができず、ずっと漏れ出している。
「憑代の容量が足りぬうえ、属性もあっておらん。注ぎ込む役が水属性であっては、憑代の火属性を傷つけるだけでなくロスも大きかろう。――それ故に容量不足を補えているともいえるが……」
さすがにベアトリクスが痛々しそうに言う。
五行相生、相剋に基づくのであれば、注ぎ込む役は木属性の宝玉を持つ者であるべきだ。
苦しそうなクラリスの様子は光を纏ったその姿と相まって、我が身を犠牲にする聖女そのものと見えなくもない。
だが正直なところ、若干十歳の女の子が苦しんでいるのは見るに忍びない。
とはいえ部外者が勝手に止めるわけにもいかない。
クラリスは無理強いされているのではない。
すべてわかって、聖女たる己の義務としてやっているのだ。
エドモン卿たちも辛そうな顔をしながらも、儀式を継続している。
アルビオン教徒にとって、それだけ大事な儀式なのだろう。とはいえ――
「そもそもなんのための儀式なの、これ?」
「一番詳しい御仁に聞いてみるのがよろしいのでは?」
俺の根本的な疑問に、シュドナイが答える。
それはもっともだ、すぐに聞いてみることにしよう。
「ごめん『管制管理意識体』。アルビオンを呼んでくれないかな」
本来魔法に関わることであれば、『万魔の遣い手』であるエレアに聞くのが一番早い。
だが今度ばかりはエレア以上に間違いなく詳しい者が存在する。
我が僕にして、アルビオン教における主神、『女神アルビオン』本人である。
『天空城』における序列は確か二桁上位、20番台だったはずだ。
『承知いたしました』
『如何いたしました、我が主』
即座に応答してくれた『管制管理意識体』に続き、すぐさま別の表示枠にアルビオンの女神らしい、尊厳と美しさを兼ね備えた姿が映し出される。
こうしてみているとエヴァやベアに劣らぬ美女さんなんだけど、人化バージョンがないんだよねこのヒト。
つまりかなり大きい。
具体的に言えば東京タワーくらい。
幻影体であればヒトの大きさにもなれるのだが、実体としてはとても迷宮をご一緒できるようなサイズではないのだ。
ゲーム時代は何も考えずにパーティーに入れて育てたりしてたけど、現実化したこの世界だとどうなるんだろうな?
さておき。
「急にごめん。あれ、なにやってるかわかる?」
アルビオンの表示枠を儀式の方へ向けさせて確認する。
『え? ああ、あれは私の属神を我が身に降ろさんとしているのですね。各地に点在する祭壇に魔力を注ぐことによって、段階的に神降ろしが可能なのです』
ああなるほど。
主神たる女神アルビオンと、その属神四神。
アルビオン教徒には、聖女に属神を降臨させる秘儀が伝えられており、神域調査とは選ばれた聖女にその儀式を行わせるためのモノというわけか。
「何カ所くらいあるの?」
『属神一神につき約百ほどですか。完全に降ろせた聖女はいまだ誰もおりません』
多いわ。
誰も居ないって、そりゃそうだろう。
エドモン枢機卿たちはここ一ヶ所でも本来二ヶ月かかることをを覚悟していたみたいだし、そうぽこぽこと儀式を執り行える『神域』が発見されるものでもないだろうしな。
「それだけの厳しい試練をこなさないと、宿せないものなんだね」
『宿すのであればそうですね。ただ守護につくだけならばその限りではありませんが』
――え?
「守護に付けるにはどうすればいいの?」
『いえとくに。強いて言うなら属神たちの気分とか』
「気分」
『ええ、気分』
マジか。
神様ってこんななのか。
いやまあアルビオンはヒトが生み出した架空の神ではなく、実在する強大なあやかしの類が神格化された存在だからそんなモノなのかもしれない。
少なくともここ、現実化した「T.O.T」世界においては。
『我が主の御命令とあれば、守護ではなく完全に彼のものに降ろすことも可能ですが』
「試練は?」
『いえ一応ルールというだけなので。我が主の命令よりも優先されるものではありません』
ソードマスターヤ〇トか!
完全に降臨させるためには百の試練をこなさないといけないような気がしていたが、別にそんなことはなかったぜ!
「完全に降ろした場合、その属神はどうなるの?」
『基本的には憑代の意志に全て従います。ただし私と我が主の意志はそれよりも優先されます』
いろいろ言いたいこともあるが、今の俺にとってそれは都合がいい。
少なくともアルビオン教については、エレアやセヴァスが進めている僕を送り込む必要はなくなったとみていいだろう。
最終的にはクラリスの身を護ることにもなるだろうし、ここは彼女の望む通り属神を完全にその身に降ろしてもらうことにしよう。
それはアルビオン教の意に反することではない訳だしな。
「ではさりげなくあの憑代に、属神を完全に降ろしてくれないかな。ええと、魔力容量が足りないみたいだから、できるだけ優しくしてあげてくれると助かるかな」
『憑代は私の信者ですので、神の権限で容量拡張しますから大丈夫です。――ユリゼン』
拡張とか言うな、なんかいかがわしいから。
あとさりげなくって言っただろうが。
なんで呼んだ瞬間に、中央の祭壇の上に南方を守護する属神ユリゼンが完全顕現してるんだよ!
聖女もエドモン枢機卿たち教会騎士も呆然として儀式止まってしまってるだろうが。
――まさかユリゼンは四方守護神の中で最弱、とかではないだろうな?





