第45話 在り方の再確認
「ごめん、さっきの話なんだけど」
神域調査を開始したエドモン枢機卿たち『教会騎士団』と聖女クラリスを保護しつつ、中断されていた会話を再開する。
通路の外側からくる魔物は、『追尾する閃光』が自動的に迎撃してくれるから問題はないだろう。
……これ地上で暴発したら、俺は歴史に残る殺人鬼になってしまうだろうな。
とにかくシェリルさんから話を聞いて以降、俺がずっと考えていたことを序列一桁メンバーとは共有しておく必要が在るのは間違いないだろう。
「主殿がここに至るまで考え込んでおった件じゃな?」
「うん。褐色痴……シェリルさんの言ってた事なんだけどね」
城守『取りまとめると以下の通りですね』
『管制管理意識体』の表示枠が現れ、シェリルさんから得ることのできた情報を取りまとめた物が別の表示枠に並べられている。
曰く。
元プレイヤーは現存で十三人存在し、十三愚人を名乗っている。
十三愚人それぞれの特徴。
十三愚人は各々の目的のために動いており、お互いそれがなんなのかは知らない。
必ずしもプレイヤーと敵対するわけではない。
まあこのあたりは話半分というか、本当の事を言っているかどうかも今はわからない。
俺や俺が仲間と認識している者に対して敵意を持った場合、死ぬこともできずに苦しみ続ける『最上位強制呪文』をかけはしたが、万能ではない。
嘘をつくことは敵対と判定されるが、聞かれていないことを言わないというだけではその限りではない。
頭の良い人であれば、嘘をつかずに隠し事をするなどというのは割と簡単なはずだ。
こちらに手持ちの情報がほとんどないことも、それを簡単にするだろうし。
少なくとも十三愚人とやらがつるんでいる以上、共通の目的みたいなものがあって然るべきだと俺は思っているが、シェリルさんはその部分を語っていない。
あえて突っ込んでもいないが。
まあ十三愚人はそこまで脅威ではないだろう、というのが俺の予想だ。
俺というプレイヤーを意のままに操りたいのだとしても、単なる障害物と見做しているのだとしても、現時点で手を出しあぐねているのは間違いないだろうからだ。
己の目的のためにプレイヤーたる俺を利用する必要があるのであれば、今は泳がせておいた方がいい。
シェリルさんが本当のことを言っているかどうかは置くとして、その目的とやらが俺の意に反するものでなければあえて敵対する必要もなかろうし。
それよりも重要なのは、プレイヤーを倒しうる存在がこの世界にはいるということだ。
プレイヤーを打ち倒すのは『はじまりの賢者』と呼ばれるおばあちゃん。
敗北したプレイヤーは元となるが、そのままいなくなってしまうものもいる。というかそっちの方が多い。
対峙するのは最先端時間軸において。
シェリルさんを圧倒できるほどの強さではなかったらしい。
にも拘らず、数多くのプレイヤーが今までに敗北を重ねているという事実。
シェリルさんの言う「うしろめたさ」とは、数百年にわたる最先端時間軸に至るまでの歴史の中で、この世界を一方的におもちゃにした時代があったということ。
これは俺にも問題だ。
実際に数百年を過ごす中で、同じようなことをしでかす可能性は高いとみていいだろう。
なまじそれが可能な力を持ってしまっているのが、この際は厄介ともいえる。
でもどうだろう、何をしたかというよりは、「後悔」を抱えていることの方が問題なのかもしれない。
「仲間、なんだよね? シェリルちゃん」
「今のところは、だけどね。みんなも参加できる?」
エヴァンジェリンの疑問に、正直なところを応えておく。
それも含めて皆の意見を統一しておきたいところでもあるのだ。
というか本当に中の人も女なのかな、シェリルさん。
こればっかりは運営であっても証明手段などなかろうし、そうであってくれと祈るしかないところだ。
現実化した「T.O.T」世界においては間違いなく女性体なのだから、それでいいのだろうか? 数百年を過ごすという、ヒトの範疇を超えた経験を重ねれば男も女もなくなるものなのだろうか?
女の子の身体で百年も過ごせば、精神も女の子――ってバ〇アになるだけか。
爺さんもばあさんも関係ないと言われればそうなのかもしれないな。
――そういえば分身体、女性体も作れたよな……
当然と言えば当然なのだが、今の俺には数百年を生きるということの実感なんてもてるわけがない。
シェリルさんが見た目はどうあれ、最先端時間軸までの数百年×周回数を生きているのであれば、仙人レベルの精神状態であってもおかしくない訳だ。
もしもそうなら、ごく普通に振る舞うことも些事に過ぎないのだろうし。
十三愚人すべてがそうなのだとすれば、その長い時間の中でも摩耗しない『望み』とはいったい何なのだろう。
自分が自分の望みに囚われて、数百年を永遠に繰り返すことになる恐怖も感じる。
ばんま『御前に』
片眼鏡『我が主以上に優先されることはありませんな』
昼行燈『今は暇ですが、暇でなくとも我が主のおよびとあらば参上いたしますよ?』
尾喰『商談中ですが、ご容赦をー』
供物『…………』
Q夫『戦闘中! 戦闘中!!!』
「忙しい人はごめんね。聞いてるだけでも構わないから。あと『千の獣を統べる黒』は聞いてるだけじゃなくて意見も言ってね」
馬鹿なことを考えている間に、皆の表示枠が出揃った。
相変わらずカインは無言だが、この会議にはシュドナイも参加するように伝える。
最近俺の一番近くにいると言えば、エヴァンジェリンでもベアトリクスでも、白姫でもなくこの中身吾輩の黒猫だからなあ……
「吾輩もですか……」
ばんま『我が主の命なれば、遠慮はいらないよ』
「は、承知いたしました」
Q夫『おー、シュドナイ出世だねえ』
片眼鏡『我が主の側付ともなれば当然の事でもありますな』
つい最近まで遙か上位の序列であった連中の会議に参加するのはやはり緊張するらしい。
もともと白面金毛九尾狐が統括する西秋獣軍団に属していたシュドナイにしてみれば、上司と同列で会議参加となれば緊張するのもやむなしか。
向こうでは議題によってはそういう会議もそれなりにあったが、『天空城』においては会議自体がここ最近するようになった代物だししかたなかろう。
「とりあえず十三愚人は様子見でいいと思う。ちょっかいかけてきたら都度対処というカタチかな?」
尾喰『シェリルさんの情報で、一網打尽にはしないのかー』
昼行燈『その方が後腐れなくはありませんか?』
出たな、地味に過激派二名。
特に堕天使長はしれっと殲滅主義だから恐ろしい。
世界蛇は最大効率というか、安全策を好むが故の不確定要素排除思考なんだろうな。
「それもありだけど、当面の最大の問題はシェリルさん――プレイヤーを倒しうる存在であることは間違いないと思うんだ」
さすがにこれには全員が同意してくれる。
事と次第によっては、俺も倒されるかもしれない相手なのだ。
「それについて、十三愚人は僕なりに建てた仮説にも関わる可能性がある。つまり――」
俺の思いついた、「イベント戦闘理論」をみんなに説明する。
レベルやステータスと言った戦闘力ではないモノで、勝負が決められる可能性。
はじめからこの世界と己を現実として生きている僕たちにはピンときにくいかもしれないが、俺にはけっこう生々しい。
シェリルさんをはじめとしたプレイヤーたちが実際に敗北を喫しているし、そもそもレベルやステータスがある時点で、そういうことも可能だと思ってしまうのだ。
与えられた力で戦おうとするものを、与えた側はなんとでもできる。
まさにプレイヤーと定められたゲームシナリオとの関係というやつだ。
この場合、真の敵とは「はじまりの賢者」と呼ばれるおばあさんではなく、ある意味この世界そのものということもできるだろう。
『黒の王』もこの分身体も、この世界の理に縛られているからには逃れようがない。
ばんま『なるほど、条件を整える必要がある相手ですか……』
供物『力だけでは勝てぬのですか』
珍しくカインが納得いかぬという感情を言葉にする。
もっとも己が力をこそ頼りとするカインにとっては、納得しがたいのだろう。
「その可能性もあるって程度だけどね。みんなはどう思う?」
片眼鏡『しかし我が主の仮説通りだったとして、十三愚人とやらすべてから情報を集めたとしても「正解」を導き出すのは困難ではありませんか?』
「確かに。やってはいかんことの抽出程度は出来ようが、やらねばならんこと全てを洗い出すのは現実的ではないの」
Q夫『極端な話、すでにやらかしちゃってる可能性もあるもんね。今までのプレイヤー? はだれも白姫ちゃん味方にしてない訳だしさー』
尾喰『私たちが進めていることも引っかからないとは言えないしね』
皆の言うことももっともだ。
仮説通りだったとしても、完璧な正解を導き出すことなど不可能に近いだろう。
凜やネルの言うとおり、すでに詰んでいる可能性すら存在する。
逆に白姫を味方にしていなかったから敗れた、という可能性も考えられはするがそこまで単純なものでもないような気もする。
いや『凍りの白鯨』を味方にするって単純では済まないか。
ゲームであればトライアンドエラーが可能だし、何となれば攻略本も攻略サイトも存在する。
だが『世界再起動』を封じられた状態で現実化したこの世界においてはすべてが一発勝負。
故にこそ十三愚人をはじめとするプレイヤーたちは敗北を喫したのかもしれない。
セーブポイントをくれ、セーブポイントを。
三ヶ所制限でもいいから。
なんなら復活の呪文でもいいぞ。多分一文字間違うだろうけど。
「私はプレイヤーの方々にとってどういう存在だったのでしょうね?」
「死神?」
どうやら前周とかの記憶を持ち合わせないらしい白姫が素朴な疑問を口にし、エヴァンジェリンが直球の答えを返して白姫が半目になっている。
仲のいい姉妹喧嘩みたいだが、間違ってないと思うぞ白姫。
『静止する世界』で己が僕を一体一体砕かれたプレイヤーがいたとしたら、『凍りの白鯨』は恐怖の対象というか死神としか思えないだろうし。
もしくは恨みの対象か。
城守『極力私の方で分析し、必要条件と忌避条件の抽出には務めますが、精度は……』
『管制管理意識体』の言うことももっともだ。
どれだけ情報収集し、精度を高めて分析したとしても「やってみないとわからない」
これはそういう問題だ。
だから俺は完璧な答えなどは無から求めてはいない。
ではなぜこんな話をしたのかと言えば――
「よろしいでしょうか」
「言ってみて」
控えめに発言を求めるシュドナイを促す。
「吾輩は慎重である必要はあると思いますが、そこまでその条件に縛られることもないかと……いえ、決して我が主の仮説に異論があるというわけではないのですが!」
「意見言うのにそういう遠慮してちゃ、相談してる意味がないからねシュドナイ?」
笑いながら再度促す。
僕たちのこういう特性は自分ではどうにもならないモノだろうから、主である俺が常に意識しておく必要があるだろう。
あーでもない、こーでもないが必要な場において、イエスマンたらんとする本能は邪魔にしかならない。
「は、申し訳ありません。では……。吾輩たちの在り方は、我が主の望むがままになされるため力を尽くすことであったはず。――その条件とやらが、その意にそまぬものであればなんとします?」
シュドナイの言に、この場のすべての者が沈黙する。
だがシュドナイは、主である俺に対して問うているのだ。
「意にそまぬ選択肢を重ねて時を過ごし、その敵に勝ったとてそれは勝利と呼べましょうや? 我ら誰一人我が主が敗北するなどとは露程も考えてはおりませんが、勝つために意にそまぬ行動を重ねるならば、思うがままに振る舞って敗れる方が少なくとも我ら『天空城』らしく思えます」
供物『至言だな』
猫なのに汗をかくような表情で言い切ったシュドナイに、珍しく全竜が誰よりも早く我が意を得たりとばかり同意の言を重ねる。
どうやらシュドナイのその言は、この場にいる僕たち全員の思うところと一致しているようで、誰も異を唱えようとはしない。
「そうだね。第一に僕が愉しむこと、第二に僕ら『天空城』の安全。そこをブレさせたら勝っても意味がないかもね」
なるほど。
我が忠勇なる僕たちの在り方は、らしくなく存えるよりも、らしく滅ぶことに重きを置く様だ。
であれば俺としても異論はない。
ちょっとオトコマエすぎて、正直引くところもあるが。
もっともあっちでいたままなら、百年も持たずに御臨終するのが当たり前である。
それもそれなりのやりがいや幸せを持ってはいても、意にそまぬことの連続を踏ん張っての人生であることは間違いない。
それに比べれば、数百年の長きに渡って僕たちと意のままに暮らし、その果てで玉砕するのもありなのかもしれない。
数百年の時の最果てで、俺の死や消滅に対する考え方がどうなっているのかは不明だが。
まだそんなに長い時を生きていない若輩者の考える甘い理想に過ぎないのかもしれないが、後悔ばかりを引きずって永遠に生きるよりも、満足して死に至る方が幸せな気もする。
そうできなかったなれの果てが、十三愚人だというのであればちょっと怖いな。
自ら愚か者だと自称する気持ちがわからないでもない。
もしもそうだというのであれば、賢者とはなれなくとも愚人には墜ちたくないと思ってしまう。
「よし、やっぱりそれで行こう。情報収集と分析は進めつつも、選択肢の決定は己の望むがままにする」
それにシェリルさんの言っていた「うしろめたさ」を持たないことが勝利の条件かもしれない訳だしな。
どれだけ身勝手であったとしても、それがどうしたと笑い飛ばせるのも一つの強さではあるだろう。
とはいえ現実化したこの世界に、死と不幸をばらまきたいわけでもない。
「であれば基本、いつもの僕らのルートで行こうか」
ばんま「と仰いますと?」
シェリルさんの話を聞いてから、考えていた本題をみんなに話す。
これはアルフレッドさんたちをエヴァンジェリンに再生してもらった時から、おぼろげながら考えていたことだ。
この世界の最先端時間軸まで辿り着く、おそらくは最も精度の高いであろう方法。
つまりいつも俺がプレイヤーとしてやっていた通りに歴史を進めるのだ。
ただし細部ではなく、大筋の結果を同じにするカタチで。
約五年後に戦乱が発生し、その後の『天使襲来』で三大国家は一つを残して消滅。
俺の場合はウィンダリオン中央王国を常に残していたから、その際にアルビオン教も本拠地を失い、信仰としては残れども組織としては大きく衰退する。
それをそのまま踏襲する。
ただし、実際の犠牲者は必要最低限になるように動けばいい。
要はウィンダリオン中央王国が世界を支配し、天使軍を撃退すればいい。
歴史的な箇条書きとしては、ほぼ同じことになるだろう。
「らしくない?」
「我が主が真に望まれている事であれば、吾輩たちはそれでよいのです」
シュドナイの言葉に、他の皆が首肯の頷きを見せてくれる。
であればまずは最初の一手だ。
神域調査が進んで、なにやら儀式らしきものを始めようとしているエドモン枢機卿や聖女には大変申し訳ないのだが。
まずアルビオン教に、俺たちの知る歴史通りに衰退してもらうことにする。





