第43話 Ex-プレイヤー
ヒイロの回想は、冒険者ギルドで褐色痴女と約一月ぶりに邂逅した直後からなされている。
「きゅう……」
『魔神』モードのヒイロの目の前で、正体を現した褐色痴女が崩れ落ちる。
「いやオノマトペを口で言わないでくださいよ」
その様子を確認して、呆れた口調でヒイロがツッコミを入れる。
『黒の王』本体を呼び出すまでもなく、『魔神』モードでなんの危なげもなく、殺してしまうこともなく決着はついた。
というか相手の攻撃を受け切った後、一撃でこうなった。
殺してしまわないように状態異常系の中位呪文をぶち込んだら、そのまま突っ伏して痺れている状態になったのだ。
この程度が真の力だというのであれば、『黒の王』はもとより、序列一桁ナンバーズも必要ないだろう。
『天空城』の僕たちであれば、序列二桁№であれば充分に対処可能、序列三桁№でも上位の者であれば何とかなりそうだ。
――それが本当の実力であれば、だが。
「いや、ホント強いねヒイロ君」
「護ってくれと言っておきながら、突然『真剣勝負!』は無いと思うんですけど」
空中に描かれた足場となる巨大魔法陣に頭を付け、尻だけが持ち上がった状態で褐色痴女が感嘆の言葉を述べる。文字通り鎧袖一触されているのでそれなりに説得力はある。
その言葉に呆れた表情を崩さぬまま、ヒイロが答える。
もっともな意見と言ってもいいだろう。
冒険者ギルドで遭遇した瞬間に、躊躇うこともなく白姫が『静止する世界』を発動、そのままアーガス島上空へ転移を行った。
正体を掴み切れていない存在を、迂闊に「天空城」へ連れてゆくようなまねはしない。
そこでヒイロたちが何かを言う前に、勝手に名乗りを上げて真剣勝負! と来たものだ。
それで強いのかと言えばそんなこともなく、あっさりと床ぺろしているとなれば何がしたいのかがわからない。
自らが名乗るところによれば、褐色痴女の正体は以下の通り。
組織『春宵の祭列』首魁、『螺旋の王』シェリル・パルヴァディー。
元プレイヤー。
「ごめんねー。でも護ってもらうからには一応実力も見ておきたいかなーって。――とどめを刺さないってことは、護ってくれるってことでいいのかな?」
「相手によりますね」
一理はあるか、とヒイロは思う。
そして一方的に戦闘を仕掛けてきた相手にとどめを刺さないということは、少々悔しいがシェリルの言う通りでもある。
ただしあくまでも暫定であって、なにから護るかによってはその限りではない。
まあその部分を今の段階で正直に言うとも思ってはいないが。
私は、という言い方からもほかにも仲間――シェリルのいうことを信じるのであれば元プレイヤーは存在するのだろうが、それから護ってくれと言うくらいならば初めから裏切らなければいいだけだ。
そうする理由があったとしても、拙速としか言えないこのタイミングでいきなり寝返る必要はないはずだ。
『黒の王』率いる『天空城』勢が血に飢えた殺戮集団であるというならばまだしも、少なくともこの一ヶ月でそうではないことくらいは理解できているだろう。
まあ敵対者のままであればそう外れた予想でもないので、さっさと仲間になるという選択はあながち間違いというわけもないのだが。
「――私の愚かさからだよ」
「は?」
予想外の返答に、思わずヒイロが聞き返す。
そう言った瞬間シェリルが無表情だったせいで、冗談などではなく本気の言葉に聞こえたのだ。
意味は解らないが。
「具体的にはものっすごく厳ついおばあちゃんから。私はその人に負けて元プレイヤーになったんだよね」
だがすぐにいつものような表情に戻り、具体的な対象の事を口にする。
「そんなに強いんですか?」
「力でいえば私を圧倒するって程じゃなかったかな。ヒイロ君の方が確実に上だと思うよ」
「だったら……」
とはいえ、厳ついおばあちゃんと言われてもなにがなんだかわからない。
そんな敵ノンプレイヤーキャラクターはゲームであった「T.O.T」では存在していなかった。
だが少なくともそのおばあちゃんがプレイヤーに敵対する存在であることは確かなのだろう。
――それに負ければ元になるわけか。
そしてそのタイミングで、現実化した「T.O.T」世界でも『世界再起動』が発生し、新たなプレイヤーが召喚されるというわけだ。
今まで誰も勝てず、元となったプレイヤーたちがシェリルの一応の仲間と言ったところか。
しかし戦力的には大したことはないという。
さっきのシェリルが真に全力だったとすれば、『黒の王』どころか序列一桁の僕であれば危なげなく勝てる程度だということになる。
「多分……うしろめたさに負けたんだよ、みんな」
「…………」
口には出さないヒイロの疑問に答えるように、シェリルがこぼす。
ヒイロほどやり込んでいる人間がそう多くないとはいえ、シェリル程度であれば簡単にあしらえるヘヴィ・プレイヤーはそれなりの数がいるはずだ。
それらのすべてがそのおばあちゃんに負けたというのであれば、絶対的なレベルやステータスが及ばない部分で敗北したということになる。
――RPGによく見かけられる、イベント戦闘での敗北というやつか。
その戦闘に至るまでに必要なフラグをすべて立てていなければ、レベルやステータスに関わらず必敗を強いられるというよくあるアレ。
もしもそうであるのなら、敗北者の知識はヒイロたちにとって値千金の物となる。
暗中模索、五里霧中の状態から、少なくとも負けるに至るまでの歴史を知ることができるようになるだけでも大きい。
現実化しているとはいえ、元はゲームの世界である。
ヒイロの仮定が正鵠を射ている場合、すべての元プレイヤーと会い、可能な限りの情報を集めて分析し、必要なフラグを回収しなければならない。
なんとなれば今この時代、この瞬間に回収しておかねば最初期で詰む可能性すらもありえるのだ。
「そのおばあちゃんと対峙するのは歴史の最果て、最先端時間軸へ辿り着いてからの事。その時に私をそのおばあちゃんから護ってくれるなら、私はヒイロ君の味方に付くよ」
「本当の意味でなにから護るのか、まだすべてを語ってくれていない気もしますけど……護れるものなら護りましょう」
最終段階でのイベント戦闘。
それに勝利するためにはレベルやステータスだけではなく、これからヒイロが歩む最先端時間軸までに紡がれる歴史の中で必要なフラグを立て、回収していく必要がある可能性がある時点で、シェリルを処分することなど論外となる。
味方とはいかないまでも、敵対関係を避けるに越したことはない。
本当のことを言うとは限らないとしてもだ。
少なくともプレイヤーを敗北させる存在がいるという情報を得られただけでも、それが虚実いずれにしてもヒイロたちにとっては大きい。
何も知らない、認識すらしていないということに比べれば、はるかに。
「契約成立だね。――さてじゃあ私が知ってる限りのことを吐くよ? 拷問した方が盛り上がる? それとも『真祖』ちゃんに血を吸わせる? 女の子に秘密を吐かせるメジャーな方法でも私はいいわよ?」
なぜか嬉しそうに、不穏なことを言い始めるシェリル。
その言葉を聞き、今まで成り行きを見守っていたエヴァンジェリン、ベアトリクスの空気も不穏なものへと急速に変化する。
白姫は「効果的ですね」などと火に油を注ぐ発言をしているが。
女の子に秘密を吐かせるメジャーな方法とやらが、具体的にどういうものなのか小一時間問い詰めたいヒイロである。
――知・っ・て・る・く・せ・に(指でつん)
あたりで撃沈されるのが関の山であろうが。
天を仰いだヒイロの周りに、複数の表示枠が一斉に表示される。
『天空城』の一桁ナンバーズが、今の状況を共有していたのだ。
ばんま『契約破棄しませんか?』
片眼鏡『同意いたしますな』
「とはいえ主殿の決めたことゆえな……」
「仲間に、なったの?」
エレアとセヴァスの意見に、意外と冷静な意見を返すベアトリクス。
エヴァンジェリンはいまいち理解できていないようだ。
昼行燈『……暇ですね』
『天使襲来』に備え、指定地点から動かずかまえている堕天使長から嘆きの――というにはのんびりしているが――本音が漏らされる。
それ今言うことか? と思わなくもないヒイロだが、南夏軍と共に『天空城』本隊の動きから離れて動いてもらっている事には申し訳なさも感じる。
――忘れてるわけではないんだ。いやほんとに。大事な役目なんだよルシェル。
割と忘れがちなのは内密である。
尾喰『ルートあるなら手伝って、手伝って』
供物『…………』
Q夫『我が主の側に居れるのはずるいと思うかなー』
世界蛇は手が回っていない『黒縄会』の販路拡大を手伝ってもらいたい様子。
何のために表示枠に加わっているのかわからない全竜は今日も無言である。
白面金毛九尾狐は、なし崩し的にシェリルがヒイロの傍にいることになるのが気に食わないらしい。
左府右府の特権、白姫は能力的な例外と思っていたところへ、またしても部外者がその位置を占めるとなればそこを目指して頑張っている僕たちの立場がないというのはある意味真っ当な意見か。
城守『基本放し飼いにしましょう。すでにどこにいても把握可能です』
「私も存在を捉えました。イレギュラーな動きをした瞬間に静止させることも可能です」
『管制管理意識体』と白姫が言うには、すでに今後どこにいてもロストすることはないようだ。
「というわけでシェリルさんは基本的に自由に動いてください。万一危機が迫れば『管制管理意識体』か白姫が対処します」
各々の表示枠の名前は誰が決めたんだ? という疑問を持ちながらヒイロが告げる。
主たるヒイロであっても、つけた本人に聞かねば由来がわからないモノもいくつかあるので興味深い。
ともあれ。
シェリルの正体がわかりきっていない以上、必要な情報さえ得られればその方がいいだろう。
獅子身中の虫というには警戒しやすい相手ではあるものの、いつ火種になってもおかしくない相手を内側に抱えるリスクを背負う必要はない。
「ヒイロ君が許可したら、処分もされるってわけね」
「こちらから契約を破ることはしませんよ」
それはそうだが情報は必要なのだ。
それをこれから可能な限り聞き出す。
その後は『管制管理意識体』と白姫の警戒に任せるのに加えて、『黒の王』となって最上位の強制暗黒呪文をシェリルにかけておけばいい。
本気で敵対した瞬間、排除できれば問題はない。
その手の呪文は黒の王――闇系魔法にはいくらでも存在する。
『黒の王』の最上位魔法すら無効化できる相手であれば、元よりヒイロたちには対処しきれない相手だということになる。
その可能性を考えだしたらきりがないし、それは今のところ限りなくゼロに近いとみて間違いない。
プレイヤーでなければできないことを己の望む通りにさせることが目的だとすれば、少なくとも元プレイヤー側はヒイロを排除することは出来ない。
もしそんな要素がなく、ただ邪魔ものだというのであれば力をもって排除すればいいのだ。
力がないか、ヒイロが必要か。
どちらにしても今この瞬間、元プレイヤーたちは脅威足り得ないとヒイロは判断している。
そしてそれはそう間違ってはいない。
であればまず、シェリルの持っている情報を聞き出すことが最優先となる。
その虚実真贋を見極めるのは、『天空城』首魁たるヒイロの責務となる。





