第40話 教会騎士団 下
「私が赦しても、神が御許しにならぬ」
いやブチ切れるのなら自分の怒りでブチ切れろよ、せめて。
なんで神様が切れてることにしてるんだ、この騎士サマは。
彼らにしてみれば知ったことではないのだろうが、冒険者ギルド内では抜剣禁止という絶対の規律を容易く破るという愚行に走らせるほどに頭に血がのぼっている。
実際はそうたいしたものでもないのだが、彼らは生涯で受けた過去最高の侮辱だと信じて疑わず、もはや白くなった顔色で年若い一人が剣を抜く。
他の三人はさすがにぎょっとして素に戻ったようだが、激高している一人は止まりそうもない。
「敵対、したね」
「抜きおったな」
やめなさいキミタチ。
なんでちょっと嬉しそうなの。
無言で前にでようとする白姫が一番怖い。
「旦那! 旦那!! 止めてください。さすがに殺すと拙い!」
ポルッカさんも。
なんで彼女らが完全武装の騎士サマ4人もを疑いなく殺せると思ってるのか、後で教えてください。
いくらなんでも冒険者ギルドの中でそんな蛮行には――相手次第か。
これ以上放置しておくと、本人たちは取るに足りないと思っている暴言で自らの死刑執行許可証にサインしかねないので介入するしかない。
「先に抜いたの、アルベール卿だけどね」
ポルッカさんに応える形で、俺が名乗っていない名を当てたことに剣を抜いた年若い騎士サマがビクッとなる。
頭に血はのぼっていても、己の顔と名前をこの場で一致させられる相手は、自分たちと同じ側、事と次第によってはそれ以上の立ち位置にいる可能性に思い至ってくれたらしい。
「今回の神域調査先遣隊、ここに見えられているアルベール卿、ベルナール卿、クロヴィス卿、ディオン卿……それにエドモン枢機卿と聖女クラリス様まで含む1パーティーですか。後続は三日後に3パーティー。交代で神域調査を行うかまえですね」
にこにこと笑いながら、他の三人及びここには来ていない上役二人の名前も当ててみせる。
こういう状況では、どう見ても貴族の子女としか見えないヒイロの容姿も武器になるな。
周りを囲んでいる、本当は怖いお姉さんたちも。
「な、なぜ」
あきらかに動揺してくれたのはありがたいが、この状況でもエヴァンジェリン、ベアトリクス、白姫に視線を奪われるってのはどうなんだ。
まあ俺でもそうなるかなあと思わなくもないが。
「こう見えて僕には知り合いが多いのです。――今ここで全面的に冒険者ギルドと揉めることは、貴方の権限を越えるのでは?」
真似をするわけではないが、自分が誰とは名乗らない。
持っている情報と、見た目によるハッタリで彼らの言う「冒険者風情」ではない者もこの場にいるというのだと思わせる。
正体晒したら、ただの冒険者だもんな俺。
「――ここは引いてやる」
「ありがとうございます!」
この期に及んで偉そうな言い方で剣を納めるアルベール卿に、俺や冒険者たちがむっとする暇を与えず、ポルッカさんが大きな声で謝意を伝える。
これ以上深くもめても双方に利がない以上、冒険者ギルドが活動停止にならないのであればいくらでも顔を立てようというところだろう。
「やっぱり旦那は喧嘩高値買取じゃねえか!」
忌々しそうに大扉から出てゆく四人の騎士を仮面のような笑顔で見送り、扉が閉まった瞬間にポルッカさんにお叱りを受ける。
「僕じゃないよ、買ったのはエヴァとベア。それに売ったのはポルッカさんじゃない?」
「そりゃあまあ……面目ねえ」
どちらかと言えば俺は場を収めた立役者じゃないだろうか。
喧嘩っぱやいとの扱いをされるのは不本意である。
遺憾の意を表明する所存である。
だけど
「かっこよかったですよ」
さっきのポルッカさんはカッコ良かった。
俺に賛同する冒険者たちも多いと見える。
「旦那のところのセヴァスさん降臨させて踏ん張ってみたんだけどよ。情けねえことにまだ足がまだふるえてやがら」
自分で指し示す足は、確かに小刻みに震えている。
平気そうに見えたけれど、ポルッカさんにとってもアルビオン教に正面から敵対するのは相当の重圧であったらしい。
しかしそれに耐えるためにうちのセヴァスを降臨させた、という言い方に笑う。
確かにセヴァスやエレアであれば、手持ちの札だけで騒ぎにもせずに完封してのけたような気がする。
「どうしてあんな?」
冗談はさておき、さっきのポルッカさんはある意味らしくないともいえる。
冒険者ギルドの業務停止などとても認められるものではないとはいえ、あそこまで自分に敵意が集中する言い方をする必要はなかったはずだ。
「いやまあ旦那のおかげたぁいえ、俺が『執行役員』ってのは本当だしな。さっきのはギリギリ現場判断の範疇だろうと思ってよ。落とし前として仮にも冒険者ギルドの執行役員の首飛ばしたとなりゃ、あちらさんも引かざるを得んだろうし」
ああ、なるほど。
現場の執行役員が勝手な判断をしてアルビオン教の「お願い」を蹴り、冒険者ギルドは運営続行。
後日その執行役員が冒険者ギルド本部から叱責解任でオチ、というカタチに持っていこうとしていたわけか。
現場の騎士サマたちはいい面の皮だが、冒険者ギルド本部とアルビオン教教皇庁が深刻に激突することはなくなる。
それ以上の落としどころは本物の役員様に任せる形で、ポルッカさんとしては己のいる現場の利益を最優先したというわけだ。
自分の得た地位を対価として。
「――さすがに物理的に首は飛ばねえよな? タナボタの役職が飛ぶくらいで済むんならいい使い方かもと思ってよ。支部長、下っ端に戻っても優しく頼むぜ?」
「かっこいいなあ、ポルッカ執行役員」
「だからそりゃ止してくれって旦那」
これで名実ともにポルッカさんは執行役員として認められるだろう。
冒険者ギルドという組織の上部からではなく、この顛末を聞いた冒険者たちすべてから。
「切るべき札を切るべきタイミングで切れる者にとってのみ、切り札は切り札たりえます。――お見事でした」
白姫が珍しく言葉にして高く評価している。
元「運営の憑代」として、己の存在理由にこだわっていた白姫としては、自己犠牲も織り込み済みで組織の最大利益を追求し、結果を出したポルッカさんに思うところもあるのだろう。
「なにかと言えば暴力で解決ってのはちょっと考えないとね。――僕たちも」
暗に約三名に対して告げると、さすがに恥ずかしそうにしている。
美人は得だよな、それでなんとなく納得してしまうもの。
とはいえ迷宮で出逢うようなことがあったらあの四人には注意してほしいところだ。
なにしろ迷宮で行方不明になった場合、証拠がない証拠が。
うちの僕たちは戦場で敵対した相手には、何の遠慮もしやしないんだから。
「いや、ヒイロの旦那の援護が無けりゃ、向こうさんも引っ込みつかなくなってたろうさ。やり方は違えど俺もやり過ぎてたってこった。――助かったよ」
「どういたしまして」
ここで謙遜してもはじまらないので、素直に受け入れておく。
確かに約一名血気盛んな若者がいたせいで、刃傷沙汰に及びかねないところだった。
さすがにそうなっては「執行役員」の首一つでは収まらないだろうし、ポルッカさんの「敵意を自分だけに集中させよう」と取った言動が行き過ぎだったのも事実だろう。
もしそうなっていたら何の躊躇もすることなく、この世から四人の『教会騎士』が退場していたのは間違いないわけだしな。
「しかしあんな嫌味っぽい態度も取れんだな、旦那。どこのお貴族様かと思ったぜ」
「好きになれない相手にはあんなものですよ。僕は俗物なんです」
それは本当だ。
俺は我意を通すために、持っている力を行使することを厭うような人間ではない。
であれば根っこは自分のためと、自分の好きな相手を優先することを是としたい。
そりゃ正義だとか法に従ってだとか、いわゆる世界のためにとか言って行使するに越したことはないんだろうけど、そんなものは出来ればレベルでいいと思っている。
「意外とな」
ポルッカさんに肯定されてちょっと笑う。
多分それくらいでちょうどいい。
「でもああいった手合いを敵に回すと、結構厄介なものよ?」
皆で笑っていると、背後から不意に声をかけられる。
振り返ると、忘れもしない褐色露出系、自信過剰美女が呆れ顔をしている。
――出たな褐色痴女! このひと月ほどどこに潜んでいやがった?





