第39話 教会騎士団 上
「我らはアルビオン教『教会騎士団』! 本日よりここアーガス島迷宮の神域調査に入るため、これより二ヵ月間の冒険者ギルドの業務停止をお願いに参上した」
一階の受付フロア。
ギルド中に響くような大声で、一方的に勝手なことを言っているのが『教会騎士団』の一人だろう。
白に金をあしらった全身鎧に、盾と片手剣。
全員揃いで純白の外套を纏っており、見るからに教会の騎士様だ。
「きゅ、急にそんなことを申されましても――」
対応に出た支部長が、己の判断権限を間違いなく超える要求に困惑している。
そりゃそうだ。
神域調査かなんか知らんが、迷宮攻略で食っている冒険者ギルドが二ヶ月も業務停止なんかした日には御飯の食い上げである。
同じくそれで食っている冒険者たちからの信頼も根こそぎ失うことになるだろう。
そんな現実的ではない「お願い」であっても支部長がすぐに断れないほどに、アルビオン教、それを後ろ盾にした『教会騎士団』というのは厄介ということだ。
ポルッカ執行役員がうんざりした表情を浮かべるのもむべなるかな。
急いで一階へと向かうそのポルッカ執行役員の後ろについて、俺たちも同じく騒ぎの現場へと駆けつける。
「わかっておる。冒険者ギルド本部及びウィンダリオン中央王国への確認に時間がかかるというのだろう? いくらでも問い合わせればよい。ただしその間、同じく冒険者ギルドの業務は停止していただくが」
「そんな――」
一瞬物わかりのよさそうなことを言いだした騎士の一人だが、後半いやな笑いを浮かべてやはり身勝手なことをのたまっておられる。
あの騎士サマ、断られるなんて考えてもいないんだろうなー。
いや支部長の立場であれば、否も応もないというのが現実なのかもしれないけれど。
その間冒険者たちがどうやって食っていくかなんて、頭の片隅にも浮かんでいないのだろう。アルビオン教の威をもって、無理を通すことの快感に酔っている。
「やな、かんじ」
「偉そうじゃの」
「フーッ!」
エヴァンジェリンとベアトリクスが移動しつつ小声で感想を述べる。
いや気に食わんのは伝わったけど、猫として感情表現する必要あったのか『千の獣を統べる黒』?
うちの僕さんたちは「信奉するは己が剛力のみ」みたいなのが大多数だから、本能的に権力とか組織をかさにきて偉そうにする者を嫌う傾向にある。
虎の威を借る狐をみたらその虎ごと叩いて潰したくなるんだろうけど、血の気が多すぎるのも困りものだ。
「実際偉いんじゃないの? 口出ししちゃだめだよ?」
正直言えば俺も好きなわけではないが、切ないことに相当な馬鹿でもない限り、偉そうな奴というのは実際それなりに偉いことの方が多いのだ。
この場合は騎士サマ御本人ではなくアルビオン教が、ということにはなるが。
それにこの件は冒険者ギルドとアルビオン教の問題だ。
将来的に敵対する可能性があるとはいえ、今の段階で我々『天空城』がでしゃばる場面でもなければ、べきでもない。
世界的な規模の宗教と敵対するなんて、厄介なことにしかならないのは馬鹿でもわかる。
であればもしも敵対するのであれば、そうしたことに責任を取れる者の判断によってであるべきだと思うのだ。
それに言ったところで、借り物の力で気に入らない相手を叩いて潰すのであれば、その嫌っている相手とそう変わらないような気もするし。
「手は出してもよいのですか?」
「駄目」
意外と好戦的なんだよな、『白姫』
そういえば俺たちに対しても、「疑わしきは殲滅」の考えに基づいて顕現したんだもんなあ……おっかねえ。
会話が聞こえていたらしいポルッカさんが、勘弁してくれという視線を俺に向けてくる。
あれおかしいな。
ポルッカさんからすれば俺はともかくエヴァンジェリン、ベアトリクス、白姫の三人は綺麗なだけの女の子のはずなんだけどな。騎士サマに勝てるハズナイジャナイデスカ。
「我々アルビオン教が正式文書にて申し入れたものを、一支部長が勝手に判断などできまい? であれば答えが返ってくるまでは暫定的に停止してもらわねば、我らは申し入れを無視されたものと捉えるがよろしいか?」
「いえ困りますな。ですので冒険者ギルドの『執行役員』としてここで回答いたします」
にやにやと支部長をいたぶる騎士サマの前に、一階にたどり着いたポルッカさんが出る。
「貴様は?」
「これは失礼を。冒険者ギルド執行役員を務めさせていただいておりますポルッカ・カペーと申します」
丁寧に頭を下げ、自己紹介をするポルッカさん。
対してお偉いアルビオン教の騎士サマは、ヒトに名を聞いておきながらご自分は名乗るおつもりなどないご様子。
いつも思うんだが、信徒の傍若無人な振る舞いに対して、信仰される神様は神罰執行したりはしないんだろうか?
結構恥ずかしいものだと思うんだけどな。
――後で聞いてみよう。
「で、答えとは?」
「はい。『教会騎士団』の皆様の神域調査には、我ら冒険者ギルドアーガス島支部をあげてできる限りの便宜をはからせていただきます。宿屋の手配や御入用のアイテム類なども、よろしければお任せください」
ポルッカさんらしからぬと言ったら怒られるかもしれないが、物分かりの良すぎることを丁寧に答えている。
その言葉を受けた騎士サマたちは、「それが賢い対応だ」とでも言わんばかりの顔で頷いている。
彼らにとってみれば強がりなどではなく、「冒険者ギルド風情」というのが本音なのだろう。
いけ好かないけど、従うのが得策との判断なのかなポルッカさん。
二ヶ月もの活動停止は、中堅どころの冒険者でも相当苦しいと思うんだけど。
「調査対象階層を事前にお知らせ願えれば、冒険者たちにもできるだけ邪魔にならぬよう通達も徹底致します」
「――なんだと?」
だが丁寧な口調のまま、続いたポルッカさんの言葉に騎士サマたちが色めき立つ。
それは馬鹿でなければわかる、明確な「お願い」に対する拒絶だから当然だ。
いや、約三人と一匹は盛り上がらなくていい、じっとしてて。
「ですが業務停止は承服いたしかねます。我ら冒険者ギルドの権利は我らが本部とウィンダリオン中央王国王家で取り交わされた正式な契約に基づく確かなもの。正式な手続きを踏まずして、何人たりともその権利を侵すことは赦されません」
かむこともなく、早口になることもなく、落ち着いた丁寧な口調のまま、至極真っ当なことを申し伝える。
支部長のびっくりした顔が面白いが、周りを囲む冒険者たちから「よくぞ言ってくれました」という空気が立ち上っている。
冒険者にもアルビオン信者は多いと聞いている。
だが彼らがいわば朴訥に信じ、敬愛するのはその主神と属神たち、神話や教義であって、偉そうにしている神官たちが属する「教皇庁」ではないのだろう。
村々に点在する教会、そこの神父様たちはその限りではないのかもしれないが。
見る見るうちに騎士サマたちの顔に朱がさしてくる。
拒絶されたり否定されたりすることはもとより、馬鹿にされることになど慣れる機会もなかったのだろうなあ、全員貴族の子女みたいだし。
こりゃ火がつくな……
うちのはもうすでについてる感じだしな。
「順序をはき違えないで頂きましょう。御申入れしていただくのは何の問題もありません。ウィンダリオン中央王国の国教たるアルビオン教のなさることであれば、できる限りの協力も致します。ですが我ら冒険者ギルドはウィンダリオン中央王国王家と双方納得のいく合意に至らぬ限り、迷宮攻略業務を停止することはあり得ません」
ポルッカさんが最後まで落ち着いて言い切った瞬間、案の定ギルド内にいる冒険者たちの多くから拍手や喝采が爆発的に発生する。
冒険者ばかりではなく職員もしているし、もちろん俺たちも一緒にしている。
シュドナイの尻尾が立ったり寝たりしているのは彼なりの拍手なんだろうか。
「貴様!」
わかりやすく激発して、ポルッカさんにくってかかる騎士たち。
完全武装のつい最近までの限界レベル者4人が、たった一人の一般人に剣を抜きそうな殺意をぶつけるというのはどうなんだろう。
とはいえこのクラスの威を四人から同時に叩き付けられるのは、普通のヒトには結構きついはずだ。
中身はどうあれ、この世界において限界レベル者の戦闘力というのは生半可なものではない。それこそ普通のヒトにだって、いわゆる気の発露を察知できるほどのものになる。
だけどさすがに額に汗を浮かべはするものの、ポルッカさんは怯まない。
「だいたい二ヶ月も迷宮に潜らないで、冒険者たちにどうやって食っていけっていうんです? 二ヶ月分の冒険者と冒険者ギルドの利益を補償してくださるというのであれば、私の権限で相談にも乗りますがね?」
そして今度はいつもの調子で言い放つ。
少々引き攣ってはいるものの、表情もまたいつものふてぶてしいものだ。
その声と態度に、冒険者たちは一段と盛り上がる。
大丈夫か? 大丈夫なのか?! という様子の支部長がちょっと気の毒ではある。
――うん、たぶん大丈夫じゃありません。
笑っちゃいかんが笑ってしまった。
ヒトの意地を通しているところ――カッコイイところを目の当たりにすると、なぜだか邪気のまったくない笑いが漏れる。
嬉しくなってしまうのだ。
それは同じ側に立つ者たちにとっては共有できる感情だろう。
だが逆側に立つ者にとっては、同じだけの悪意を喚起する。
そして挑発され慣れていない者にとって、ポルッカさんと冒険者たち(俺含む)の行為は、この世のなによりも許せない愚行だと信じて疑わない。
こうなるとこの後の展開はお約束になるんだろう。





