第03話 冒険者に至る顛末②
システム称号『黒の王』
プレイヤーネーム『ブレド・シィ・ベネディクティオ・アゲイルオリゼイ』
ゲーム「T.O.T」における俺の分身――今は俺自身。
一番目立つのは左右に大きく広がる巨大な漆黒の枝角――鹿の角と言えばわかりやすいか。
ただし俺のこの角は年に一回生え変わったりしないので、ここまで巨大に成長している。
左右非対称なのが地味にお気に入りだ。
幾重にも捻じれた山羊角と最後まで悩んだのは内緒。
ジョブや種族に縛られたものではなく、キャラメイクの一環だから変えようと思えばすぐにでも変えられる。いやまあそれは「ゲーム」であった時だから今はどうか不明なのではあるが。
突然山羊角に生え変わったら、眼前の我が僕達はどんな反応をするんだろう。
変化するならまだしも、突然無くなったら見て見ぬふりをするんだろうか……
「T.O.T」の面白いところに、キャラメイク要素のパーツであってもプレイ時間と共に成長・変化し、変更するとその成長がリセットされるというものがある。
一定以上成長すればオンオフ可能なエフェクトが付与されたりするし、ステータスボーナスや特殊効果が追加されたりもする。ゲームバランスに影響を与えるほどではないが、膨大な数が存在するパーツにどんなエフェクト・効果がありどれくらいの期間でそれが付与されるかの検証は一時ネットを騒がせた。
ちなみに俺の枝角は、魔力を使用すると無数の真紅の魔力ラインが巨大な角を一瞬で駆け抜ける。曲線で構成されている角を、幾何学的な魔力ラインが駆け抜けるのはかなりかっこいい。
某病に罹患していることは否定しない。
よって新パーツなどが追加されても、よほど気に入らなければ変更を躊躇することになるのはまあ当然だ。
レベルや課金ではなくプレイ時間でのみ成長するということは、サービス開始から一度も変更していなければたどり着けない変化もあるってことだしな。
その辺を解決する為に「分身体」というサービスも導入されたなあ……
当然そのためだけに導入されたわけではなかったが(プレイ効率の向上なども当然あった)、思えば運営の掌で楽しく、時に激しくよく踊ったものである。
顔の部分は一見すると仮面をつけているようだが、これが素顔だ。
四眼の竜頭が白骨化したような頭部。眼窩の奥には金色の光が浮かんでいる。
枝角とは別に後方にのびた小さめの竜角は素顔の一部。
これは『黒の王』となるために必要な特殊種族化とレアジョブ獲得、その後の成長とそのために必要な特殊クエストという気の遠くなるような手順を経て至った、今の「ブレド」の強さに直結しているから変えようもない。
プレイ開始時に作り込んだ苦み走った渋いダンディ・マスクは「強さ」のために犠牲になってもらった。
イケメン・ボイスはその時のキャラメイクに従っているのかな?
しかしどうやって発音しているのかは我ながら不明だ。
この見た目なら「念話」の方がまだしもしっくりくると言えなくもない。
頭部のインパクトが強くてそこに目を奪われがちだが、指にはすべてアーティファクト級の指輪が嵌っているし、肩部分が装甲化している漆黒の外套もかなりのレア・アイテム。
というか装備可能部分に装備されているすべてのアイテムは、すべてハイエンドのものである。(今現在では入手不可能となっているものも含まれる)
戦闘態勢になればどこからともなく現れる我が魔杖、『神々の終焉』
こいつは最高位レア武器素材カードと、年に二回ある巨大イベントの最高難易度クリア報酬を合わせて獲得できる、現時点で最強のものだ。
こいつは巨大イベントのたびにその報酬と合わせて強化更新されるが、武器成長要素も持っており、SSR級武器を相当食わせないとカンストしない。
今は当然カンストさせているが、二か月後にはまた大変だ。
あれ?
巨大イベントは「T.O.T」の最先端時間軸で展開されるから、この世界では数百年後になるわけだけど……実際にそれだけの時間を過ごさねばならんのだろうか?
いやまあ、今考えることでもないか。
とまあ確かに見るからに強そうな、眼前の千を超す僕たちが平伏するにふさわしい外見をしていると言えるのだ、今の俺は。声もいい、気に入りました。
なんか常に紅黒い魔力エフェクトも纏っているし、MPの無駄っぽいから切れるものなら後で切ろう。実際はMP消費してないけどね。
俺の緊急事態宣言――未知の状況におかれている、との発言後、みな緊張はしているが誰も発言しようとしない。
当然と言えば当然なのか。
このままでは埒が明かない。とはいえこのまま千人? 以上を相手に対策会議というわけにもいかない。
そもそも未知の状況に追い込まれているのは正しくは俺だけである。
僕たちにしてみればいつもの「世界再起動」直後にトップが急におかしなことを言い出したような状況でしかないだろうしな。
こういう時はトップダウン。
よく知らないけどきっとそう。
「序列一桁の者たちは我が居室へ。そこで今後の対策を構築する。……エレア!」
「はっ」
こういう時は役員会? で組織の方向を決定して上意下達がシンプルだ。
どちらにせよ状況把握と安全第一で、「石橋をたたいて様子見する」のが基本路線となるのは間違いないわけだし。
ん?
てっきりテキパキと指示を開始するかと思っていたエレアが固まっている。
序列一桁の皆もなにやら驚いたような表情の者が多いし、その背後に控える者たちもさっきまでの静寂を破り、水面下という表現がしっくりくる程度ではあるが確かにざわめいている。
そんなおかしなことを言ったのか?
「――どうした?」
俺のこの態度。
とはいえ「どうしました?」と聞くわけにもいかない空気だしな。なぜか全く動じない今の自分の精神状態に感謝したい。
「申し訳ございません。……我が主には長く御仕えしておりますが、玉音をお聞かせいただけたのも初であれば、居室への入室許可、我らの意見を聞いての対策などすべて初めての御指示でございましたので……数百年ぶりに己の「驚愕」と「緊張」という感覚を想い出しました」
――は?
いや、俺ってそんなにワンマンだったの?
声も聞かせないってどんな社長よそれ。
君らよくそんなのに長きに渡って従ってきたね、そんなに給料いいの?
――給料とかあるのかな? ないと困るよな。
でも言われてみればそうなのか。
ゲームとして「T.O.T」をやっていた時には会話による指示なんかはなかった。
5つ持てる軍に対して、その編成とどこを攻める、もしくは守るかの指示を出して即行動開始。
そんなものだった。
イベントなどでは持ちキャラたちによる会話などもあったが、プレイヤーはあくまでも彼らの主的立場であり、そういうのには参加してなかったな。
現実の世界では、彼らはすべて表示枠などで指示を受け、それに従って行動していたというわけか。
確かに戦闘画面でもプレイヤーの立ち位置と仲間たちの立ち位置は別枠表示になっていたし、スピンアウトのアクションゲームなんかではプレイヤーキャラはソロ活動のみだった。
うーん。
でもまあ好都合ともいえるのか。
「ユビエ」
(/"`・ω・´) Yes,Your Majesty.
具体的に指示する必要もなく、管制管理意識体が俺の一言で居室へと転移させてくれる。
つまりは俺の思考が筒抜けということでもあるのだが、現状も理解してくれているのであれば何かと心強い。
我が僕たちに指示していたのも間違いなく管制管理意識体であろうし、プレイヤーとこの世界とのインターフェースの役割をはたしていてくれた存在が健在なのは本気で有難い。
こちらから指示しなければ余計なことをしないところも助かるしな。
転移した居室についてはカスタマイズ要素でかなり遊べる仕様だったので、わりと思った通りというかVRモードなどで見ていた超リアル版、というかただの現実なのだが逆に驚く。
豪奢、と言うかここまで来ると過美にすぎる。
可能なのであれば質素、というか落ち着いた感じに模様替えしよう。
この姿で天蓋付のベッドで寝ていると思うとちょっと笑うけど、実際はどうなんだろうか。
さて。
まずは前回までの「世界再起動」からの流れをエレアに説明してもらって、今後の対策を考えるとしよう。
今後の「歴史」でいつ何が起こり、どこにどんなものが存在しているかは頭の中に把握できている。あやふやな部分は管制管理意識体が補完してくれるだろうし、そこに不安はない。
「世界再起動」直後の少なくとも五年は大きなイベント、少なくとも世界を巻き込むような大事は起こらないことはわかっている。
だがそれとても「今までは」というだけに過ぎない。
ゲームの時と今との乖離の摺合せは必須だし、確認すべきことはいくらでもある。
基本スタンドアローンのゲームであったこともあり、ゲームの中では「無敵」と言っていい存在であった『黒の王』とその組織の実力を確認することは必須だし、その上でこれ以上ないくらい慎重に行動する必要があるだろう。
もう長いことなっていないが、「GAME OVER」=死であることは充分に考えられる。
自動セーブ地点からやり直させてくれるかどうか、試す気にもならないしな。
そしてなにより。
ここはどう考えても「実在」するのだ。
世界にはヒトがあふれ、それぞれの国でそれぞれの暮らしを紡いでいるだろう。
それを「事実」として実感する必要がある。
絶対にある。
自分自身と味方の安全確認が何よりも優先されるのは確かだが、もしもゲームの時と同じくらいの力を我ら「ユビエ・ウィスピール」が持っているとして――
それを行使する相手も「生きている」のだということをきちんと理解しておかねば、俺と俺の仲間たちは「世界の厄災」となりかねないのだから。
――理解した上でなお「蹂躙」を行うのであれば、それはそれでありだとも思うのだが。
その場合、自分もそうされるかもしれないという覚悟は最低限必要となるだろう。