第閑話 神智都市アガルタ
「ようアルフレッドの旦那、今日も精が出るな」
適正レベルの迷宮での鍛錬を終え、現在の本拠地へと戻ってきたアルフレッドたちのパーティー一行。
当然ここはアーガス島ではない。
それを証明するかのように、アルフレッドに声をかけている存在は明らかにヒトではない。
ここ――未開大陸中央部、今現在も急ピッチで進められている『天空城』による城塞都市、ヒイロによる命名によれば『神智都市アガルタ』
その建設に従事している僕、『百手の巨人』三兄弟の一体アイガイオン。
それがアルフレッドたちを見かけて声をかけたのだ。
巨大な体躯に備わる無数の手にあらゆる資材を掴み、まだ整備され切っていない市街中心部を横切って、必要な現場への輸送を担当している。
「こんな短期間で見違えるように強くなってるじゃねースか。さすがは我が主の盟友ってところですかい」
同じく百手の巨人の一体、ギュゲスも重ねて声をかける。
「おかげさまでね」
その巨体で日が遮られるのを見上げるようしながら、アルフレッドがごく普通に答える。
ヒトと僕――人外の化け物がありふれた日常会話を交わしている。
もっともアルフレッドたちはすでに、普通のヒトからは随分と乖離してしまってはいるのだが。
アルフレッドたちがアーガス島の迷宮で一度死んでから、すでに一月が経過している。
その間、アルフレッドたち固定パーティー一同はヒイロに誘われたこの『神智都市アガルタ』で、明けても暮れても鍛錬――迷宮攻略によるレベルアップに勤しんでいるのだ。
その本日のノルマを達成し、世界中のあらゆる迷宮、魔物領域と繋げられた転移魔法陣でついさっき帰還したところである。
最初こそはその「魔導帝国の首都です」とでも言わんばかりの仕組みに度肝を抜かれたものだが、ひと月もたてばさすがに慣れてもくる。
はるか上空に浮かんでいる『天空城』――ヒイロの真の本拠地を毎日見上げていれば、もはや何でもありかなあと思えてくるのである。
「アンヌの嬢ちゃん、今度は俺らと潜らねーか?」
「わ、私は兄様としか迷宮へは……」
百手の巨人三兄弟の最後の一体、コットスがアルフレッドの妹であるアンヌに声をかけ、それにアンヌがお約束の答えを返している。
慣れると言えばこちらの方がそうだろう。
いまでこそこうやって普通に会話をしているが、最初の一週間は『天空城』勢、中でも巨大城塞都市建設に向いた僕たちの威容に圧倒され、まともに会話をすることなどとてもできなかった。
一方僕たちはアルフレッドが我が主の盟友である旨を、相国の地位にあるエレアと、アガルタ建設総責任者であるセヴァスから告げられていた。
よってこちらも緊張のあまり必要以上に丁寧な物言いになっており、初期はぎくしゃくしていたのだ。
意外なことに恐ろしい外見をしている僕たちが、ヒイロの盟友であるというだけで対応に苦慮するのを見るにつけ、アルフレッドたちの方が先に慣れた――というよりも親しみを持つに至ったのだ。
「えー? 我が主に誘われても?」
「ヒ、ヒイロ君だったら……」
三巨人の周りで、手で触れてはいけない特殊物資を魔法で運んでいる妖精女王がくすくす笑いながらアンヌのお約束の答えをまぜっかえす。
その期待通りにアンヌは頬を朱に染め、本来言わなくていいことを言わされる。
僕たちは我が主を敬愛しており、特に女性体はその寵を競うところがある。
その最たるものが女性体における序列上位の数名なのだが、同時に我が主が好かれたり尊敬されたりすることを喜んでしまうという、わりとやっかいな性質も兼ね備えている。
そしてそういう相手には、ほぼ無条件で好意的になってしまうのだ。
ただし僕たちの好意の表現はなかなかに手厳しい。
「お兄様、愛する妹ちゃんがこんなこと言ってますけど?」
「愚妹よ、兄は悲しい……」
「お兄様!」
あっという間に空中を移動して、あっさりと独占特権を破棄された哀れなアルフレッドをからかう妖精女王。
薄く透けた透明の羽と、自身の身長よりも長い緩やかに波打つ金の髪。
ほぼ見えているんじゃないかという薄絹のみを身に纏った美しい妖精女王と、黙っていれば絶世と言っても過言ではない美青年であるアルフレッドが並べば絵にはなる。
自分がわりと欲望に素直な発言をしたことを棚に上げ、兄に対する身勝手な独占欲を発揮して声を荒らげるアンヌ。
「今のはアンヌ様がひどいですよね?」
「でも女の子ってそんなもんでしょう?」
「私にとって兄は男性の範疇には入らない」
「結婚できないもんねー」
アルフレッド・パーティーの美女四人組、騎士であるブリジットとフィアナ、弓使いであるシエル、短剣使いであるジゼルが順にわりと容赦ない発言を続ける。
「私はそういう、禁断の愛とか嫌いじゃないですよ?」
桜色の髪と瞳をした、どちらかと言えば可愛らしい寄りの容貌をしたブリジットが、最後にキワドイ発言を付け加える。
それを受けてアンヌがあわあわと真っ赤に染まる。
「OKそこまでだみんな。この都市におけるヒト代表である私たちの会話としては少々品性に欠ける。――愚妹もそんな顔をするな。賢き兄は「兄様のお嫁さんになる!」などという幼き日の言葉を本気にしたりはしていない」
「どうして言っちゃうの兄様!」
腕を下に突き出すいつものポーズで、もはや湯気が出そうな勢いで真っ赤なアンヌが抗議する。
胸を強調する形になるそのポーズは、兄や同じ女性たちの前ではなくヒイロ君の前ですればよいものを、と思わなくもないアルフレッドである。
「はっはっは、それは少々悔しいからだ」
「ちょーっと知性も足りないかな?」
仕事に戻った僕たちと別れ、ヒイロの拘りなのかなんなのか、きちんとつくられた『冒険者ギルド』へ向かいながら馬鹿な会話を続ける。
短く切ったくせっ毛の金髪と、蒼い瞳、小さな背の割にはこのパーティーでアンヌに次いで出るべきところが出ているジゼルが、足りないのは品性だけではないのでは? という疑問を口にする。
それはあくまでも冗談だが、ヒイロが率いる『天空城』の魔導技術に接すると、自分たちが最先端だと思っていたヒトの世の技術との差に呆然とすることしかできない。
生き物として決定的な知性の差があると思わせられるのに十分な、完全に隔絶された魔法技術を『天空城』勢は当然としている。
もしもヒイロがこの世界を滅ぼすことを目的とすれば、ほんの数日でそれは達成されるのだということをもはやアルフレッドたちは疑ってさえいない。
道行く大工とのような会話を交わしていた先の『百手の巨人』が一体だけでもヒトの世界に侵攻を開始すれば、防ぐ手段があるとはとても思えないのだ。
「しかしやっと慣れてきたな、この――嘘みたいな城塞都市にも」
「確かに初日は、こんなふうに会話できるようになるとは思えませんでした」
「アンヌ様は最初、ずっと涙目だった」
感慨深げに口にするアルフレッドに、肩で揃えた赤い髪と、薄茶の瞳をした騎士フィアナが淡々と答える。
それに続けて蒼の瞳と同色の髪をサイドテールにまとめたスレンダー美女、弓使いシエルがアンヌの初期に言及し、力の入っていない殴打による抗議を受けている。
規模からして『天空城』の力をもってしても一年二年ではきかない建設期間を要するであろう『神智都市アガルタ』ではあるが、すでにそこらの巨大国家の首都よりもその基礎機能は完成されている。
冒険者ギルドのみならず、各種商店や飲食店、インフラに至るまで冒険者としての暮らしをする分にはまるで困らないレベルである。
それ等はセヴァスが統括する近衛軍に属する『自動人形侍女』によって運営・整備されており、『黒縄会』を通して仕入れられるあらゆる商品はすでにかなりの充実をみせている。
買う者はまだたった六人に過ぎないのだが。
少々人恋しいことを除けば、大国であるウィンダリオン中央王国の王都で大貴族として暮らしていた時よりもはるかに快適な日々である。
冗談ごとのようだがアルフレッドたちは『天空城』に雇われるという形式になっているらしく、毎月支給される一定の金貨と、迷宮から持ち帰った各種アイテムを設定されたレートで換金することで暮らしや武器・防具の対価をきちんと支払っている。
その金貨が表を黒の王、裏をヒイロの横顔が刻印された『黒金貨』という贋金みたいな名前なのは誰のセンスによるものかは不明だが。
アルフレッドは支給されるたびに、ちょっと笑ってしまう。
どうやら僕たちにもそのシステムは適用されているらしく、中には貯め込むことを喜びとしている者もいるらしいのが面白い。
「ま、私たちとしてはヒイロ君の要望に応えるべく、日々精進するのみだよ。事実、今でさえ自分が自分とも思えないほど強くなっている」
「ここじゃまだハイハイしはじめた赤子ってところじゃない?」
「それは確かに」
ヒイロがアルフレッドたちに望んだことは一つだけだ。
この世のヒトの誰よりも、アルフレッドたちが強くなること。
それは今でもすでに達成できているという自信がある。
すでに10を超えたレベルもさることながら、アガルタではそれなりの金額で買うことができる魔法道具。
使用制限はあるものの、技・能力すら取得可能なそれの効果で、同じレベルであったとしても普通の冒険者とはすでに段違いの強さを得ていることは間違いない。
であってさえ、ヒイロに傅く僕どれ一体に対してでも勝てる気がまるでしない。
近い相手でも二桁、序列上位陣であれば三桁ものレベル乖離があるので当然なのだが。
「だが私たちが――ヒトが強くなる必要があるのだろう。少なくともヒイロ君の考えでは。であれば私たちは一日もはやく、ひとまずの成長限界に到達せねばな」
それでもヒイロがアルフレッドたちに強くなることを望むということは、圧倒的としか思えない『天空城』の総力を挙げたとしても対応しきれぬ事態を想定しているということだ。
それはおそらくヒイロたち自身を護る為ではなく、フォローしきれない世界を、その世界に住む者たち自身で護らせる為だろうとアルフレッドはあたりを付けている。
「成長限界を突破する被験体。それが私たちなんですよね」
「ついこの前までレベル7が私たちの成長限界だったんですけどね」
「今でさえ私たちは鳳凰の加護を得、ヒトが至ったことのない高みに足を踏み入れている」
「私たちだけで一軍相手にできるよね」
「勝てる」
アンヌの問いに、女性陣みなが応えているのは事実だ。
「それではきっとまだ足りぬのだ。そして私たちが先駆者となり、この都市はヒイロ君に選ばれた者たちの『戦死者の館』となる。やがて必要とされるその時まで力をため、刃を研ぐためのね」
それに応えるアルフレッド。
アルフレッドの言うとおり、普通の世界から見れば死んだことになった者たちが集まることになるであろうここアガルタは、『戦死者の館』と呼ぶにふさわしいのかもしれない。
「もしかしたら、その時は私たちの世代ではないかもしれないけどね」
普通のヒトの寿命ではけしてたどり着けない、だが確かにやがて訪れる遙かな未来。
もしかしたらヒイロは、その時をこそ見据えて「強者たちの血筋」をつなぐつもりなのかもしれないな、とアルフレットは漠然と考えたのだ。
その予想というには漠然としすぎている予感ともいうべきものが、正鵠を射ているかどうかはまだ誰にも――ヒイロ本人にも解りはしない。
ただ表においても裏においても、世界へ『天空城』が与える影響、あるいは支配。
それは順調に拡大していっていることは確かである。





