第閑話 武器商人 黒縄会
「まただ! まただよツェツィーリヤ!! もうたくさんだ!!!」
「落ち着いてください、ネル様。こんなもんなんです、ヒトなんて」
ウィンダリオン中央王国王都、某所。
密かに設立された『天空城』による市場掌握の先兵たる商会、『黒縄会』の仮設事務所。
そこで『世界蛇』シャ・ネルが、やってられないとばかりに憤慨している。
美しい白に近い銀髪を自らの手で乱れさせ、いつも涼しげなこれも銀の瞳に失望と怒りをにじませている。
なだめているツェツィーリヤと名を呼ばれた女性は、世界蛇が統括する天空城北冬軍の幹部の一人。
ヒトなんて、との言葉通り、正体は豹の獣人である。
『黒の王』配下の獣人の多くが、世界蛇が統括する天空城北冬軍に属している。
「脅して奪う。騙して奪う。果ては殺して奪う。対価を払うかと思えば妙な粉だったり、妙な利権だったり、終いには商いを見逃してやるのが対価だと来た。断れば「へっへっへお嬢ちゃん」だ! セヴァス殿が定期的に掃除をするのもよくわかる!」
つい先刻の『取引』で、またしてもまともに対価を支払おうとしない、商会とは名ばかりの無法者の群れを始末した直後である。
今回の連中は、王都で無事に商売がしたかったら自分たちに利益の何割かをよこせと言う、最も頭の悪い連中だったせいで我慢も限界に達したのだ。
もはや問答無用で始末して、世界蛇が騒いでいるわけである。
いくらまっとうに新規商会として拡大しようとしても、その手のが寄ってくるばかりで遅々として進まない現状にいら立っているのだ。
我が主の命を遂行できないことを僕たちは極度に嫌う。任されている世界蛇の立場であれば尚のことである。
結果ここ数日で、王都を拠点とする性質の悪い連中がヒト知れず消滅するという、想定外の浄化作用が働いてはいるのだが。
「お嬢は見た目でナメられっからなあ……真の姿はあんなにおっかねえのに」
「今なんといった?」
「ナンデモアリマセーン」
豹の獣人と共に商会を興す世界蛇の護衛に付いている、虎の獣人であるブラトが肩を竦める。
要らんことを言って虫の居所の悪い世界蛇に八つ当たりをされる羽目に陥っているが、自業自得というべきだろう。
「まあほらお嬢。まともな奴らもいるこたいるし、そう怒りなさんな」
四人ついている護衛の隊長格である、獅子の獣人であるアルトゥールが憤懣やる方無い世界蛇を、事実をもってあやしにかかる。
豹の獣人は一緒になって怒っているし、虎の獣人ではとても収められそうもないし、面倒だがここは自分の仕事だと判断したのだろう。
煙草を口の端に咥え、苦笑いの表情でなだめにかかる。
「確かにな! 中堅どころや零細には真っ当な商人も確かに居る。だが放っておけば大手にあの手この手で妨害されて商売にならんどころか、私たちが売った商品を取り上げられさえしている」
「それが現実ってもんです」
それでも納得しない世界蛇に対して、いけしゃあしゃあと言ってのける獅子の獣人。
こりゃだめだ、と判断したのだろう。
こういう時は自分から落ち着くまで荒れさせておくに限る。
そういう意味では豹の獣人の対応が正解だったのだろう。
お嬢の扱いはツェツィーリヤの方がまだまだ上だなあ、と反省する獅子の獣人である。
「うがー!」
「お嬢、なんかみるからにあっやしー奴が会いたいって来てんだけど、どします?」
とうとう頭をかきむしってイライラを爆発させる世界蛇に、表の警備をしていた山猫の獣人であるダヴィトが声をかける。
どうやら来客があるようだ。
「招いていないのに?」
「自分でここみつけたみたいっスよ」
それを聞いた瞬間、世界蛇の様子がいつもの落ち着いたものに戻る。
仕事をするにふさわしい空気を、瞬時で纏う。
「つまり撒き餌として市場に流した『天空城』の武具を既存のものではないと見ぬき、幾重にもカモフラージュした流通を辿ってうちまで来たってこった。――お嬢、どうやら大手ってやつが直接お出ましになったようだぜ?」
へっへと笑いながら、獅子の獣人が獲物を見つけた肉食獣の気配を漂わせる。
獣は本来罠などかけはしないが、獣人はその限りではない。
戦闘であれ交渉であれ、獣人たちにとって力の比べあいとなるものはすべて狩りなのだ。
「会おう、通せ」
「へーい」
――やっとかかった。
口の端を上げ獰猛に笑う世界蛇の表情は、そのことを如実に物語っている。
相手は商売の世界において一定以上の力を持つ者だろう。
それが正しく商いを求めるのであれば、誠意をもって双方に利益を生む商売を。
だがもしもそうでないのであれば――
自分たちなりの力をもって『天空城』にとっての最大利益のみを追求する。
「はじめまして、私が『黒縄会』の会長、シャ・ネルと申します」
世界蛇がさっきまでの不機嫌などまるでなかったかのような笑顔で辞を低く挨拶をする。
何なら揉み手でもしそうな勢いである。
商談相手の装い、雰囲気を見て偶然辿り着いた幸運者ではなく、自分たちが待ち望んだ大物であることを確信できたからには、そういう態度にもなろう。
商談室に通された初老の紳士は、いかにも商人でございという空気を漂わせてはいない。
この場にもしもヒイロがいれば、大手商社のやり手ビジネスマンを思い浮かべるであろう、洗練された空気を身に纏っている。
ただそうと言い切るには、少々剣呑な空気も含まれる。
戦場というよりは、荒事の世界特有の薄い刃物のような緊張感。
ただ一人の護衛も付けず、得体のしれない商会の懐に堂々と足を踏み入れる。
そこにはどんな形であれ力持つ者が漂わせる、確かな自信が見て取れる。
それがどんな力なのか、自らのものなのかそれとも借り物なのか。
それをこれから問われることになる。
「御挨拶痛み入ります。私は『三大陸』のウィンダリオン中央王国市場の総支配人を務めさせていただいております、ディルリッツ・ヴァウワスと申します」
一部の隙もなく丁寧な挨拶を返す、ディルリッツと名乗る初老の紳士。
「三大陸!」
「御存知でしたか」
驚きの声、いや正しくは喜びの声を上げる世界蛇。
さもありなん、ディルリッツの言は謙遜としても嫌味になりかねない言い様である。
それほどに『三大陸』名は商売の世界においては巨大だ。
商いを生業とするものが、その名を知らぬことなどあり得ないほどに。
味方にすれば儲けを、敵に回せば破産を約束されるとまで言われる、経済の世界における巨人なのである。
「それはもう。あらゆる商品を扱う世界最大の商会! 金で買えるモノであれば世界の果てからでも調達してみせる、文字通り三大陸をまたにかける巨人」
――そして世界最大の死の商人。
「いやいや……」
「そんな大商会。しかも一国の市場を任されている総支配人ともあろうお方御本人様が、我々のような木端商会にわざわざ直接足を運んでくださった理由をお聞きしても?」
わかりきったことを世界蛇が尋ねる。
そのわざとらしい問いに、獅子の獣人は咳き込み、豹の獣人はその煙に嫌な顔をし、虎の獣人は視線を逸らしてニヤニヤしている。
「いや『黒縄会』が卸したという武具がたいへん素晴らしい、という噂を聞きましてな。我々三大陸とも取引をお願いしたいと思いまして」
「もちろん、お取引はこちらも望むところです! お安くしますよ?」
商会の名前を含んで探し当てたことを誇るでもなく、そうした理由をもったいぶらずに切り出すディルリッツ。
だが愛想よく答える世界蛇に対して、苦笑を浮かべて続ける。
「いえ、商品のお取引ではなくてですな」
「と仰いますと?」
「例の商品の入手先を教えていただきたい。――情報のお取引ですな」
「それなりの御代はいただけるので?」
そろりと場の空気が重くなる。
ディルリッツの様子も、それを受ける世界蛇の様子も何も変わらないように見える。
だが間違いなくこの場で、目に見えない何かが軋みをあげはじめる。
「それは当然。こちらでは如何でしょう?」
「おーい。お帰りいただけ」
ディルリッツが提示した金額を確認するや否や、世界蛇が商人モード投げ捨て、吐き捨てるようにしてさっきまでと変わらず表で警護を続ける山猫の獣人に声をかける。
「足りませんかな?」
「舐めるなよ三大陸。そんな端金で自分たちの生命線を売り渡す馬鹿がどこにいる。――お帰りいただこうか」
提示された額は決して少なくはない。
確かに小さな商会であれば、自分たちの生命線ごと売り渡してもおかしくはない額だ。
だが現時点において、世界で誰も手に入れることが叶わぬ商品の入手ルートを明け渡す対価としては、到底適価には程遠い。
独占契約ですらなくその供給先を教えろということは、『三大陸』の威光をもって木端はそこをどけと恫喝しているに等しい。
態度こそ丁寧であっても、言っていることの本質は変わらない。
よって世界蛇は、ディルリッツをお客様として遇することを放棄したのだ。
「舐めているのはどちらかなお嬢さん」
口の端を醜くゆがめ、力に溺れる者特有の表情を浮かべてディルリッツが嗤う。
馬脚を現したというよりも、相手が小銭で納得しなければはじめからこうする心積であったのだろう。
「なんだと」
失望と怒りをその銀の瞳に浮かべていた世界蛇の目が、スッと細められる。
ディルリッツはその失望と怒りが、巨人に無理強いをされた小人の強がりだと誤認している。もしくは状況を理解できていない愚か者のそれだと。
総支配人としてこの手の仕事をこなす際、いつも向けられる感情に似ているので無理はない。
そして今までは、その失望と怒りを容易く絶望に変えてきた言葉と態度を、恥ずかしげもなく言の葉に乗せる。
一度出してしまった言葉は、二度とひっこめることができないという商人の鉄則を遠い昔に忘れ去ったまま。
「駄賃をくれてやるからさっさと教えろと言っているんだよ売女。――それともそのお綺麗な顔が二目と見られないくらいまで潰されてから吐く方がいいか? 我々三大陸に、その程度のことができないとでも思っているのか?」
醜悪な貌。
醜悪な言葉。
だがいかに理不尽で横暴であっても、相手が『三大陸』であれば、逆らうことなどできないはずの態度。
ディルリッツが『三大陸』において一国の総支配人にまで上り詰めた今でもこの汚れ仕事を率先して請け負うのは、相手の心と積み上げてきたものを圧し折り、己の万能感に酔えるこの瞬間をこよなく愛しているからだ。
極論してしまえば、この瞬間を味わいたいがためにこそ、己の才能と生涯を『三大陸』に捧げてきたとさえいえる。
この事務所の周囲は荒事専門の手下に包囲させている。
全員が冒険者上がりの世界最高レベル、中には魔法使いさえも含まれている鉄壁の布陣。
高い金を払って雇っている、こういう場合の処理に手慣れた連中だ。
個人の力が大きいこの世界において、世界最高レベルがその戦意、敵意――殺意を全開にすれば、ただの素人にすらその威はたやすく察知できる。
ディルリッツの言葉と同時に事務所の周囲8ヶ所で噴き上がった殺意、いや悪意はこの場にいる全員に間違いなく届いている。
――かわいそうだが、表で警護についていた若者はもう生きてはおるまい。
必要な見せしめだ。
すべきことを数瞬で終えた手下たちは、それ以上不要な悪意を周囲に振り撒くことをせず、すでにその威を納めている。
今までであれば自分たちが「俎板の上の魚」だと理解した愚か者たちが怯え、慈悲を乞い始めるタイミング。
あるいは彼我の力も考えず、自暴自棄で噛みついてより悲惨な目にあうはじまり。
だが。
「なるほど。その程度の事、ね。なるほど、なるほど。――素晴らしい」
ディルリッツの目の前にいる美しい女は、嗤っている。
今まで自分が見下し、蔑んできた木端商人たちに向ける嘲笑よりも深く、嬉しそうにディルリッツの事を見下げ果てて嗤っている。
それがなぜかわかる。
「そういうことなら無償でお教えしてもいいが、さてその考え方で何とかなる調達先かな?」
「なに?」
世界蛇はもしもディルリッツが己よりも序列上位者である、相国や執事長、つまり知りたがっている「商品の調達先」に今の態度を取ったらどうなるかを想像して少し笑う。
当然そんなことをさせるつもりもないが。
「ひとつよろしいか?」
恐れるどころか、いっそ嬉しそうに問うてくる銀色の女性に、ディルリッツは完全に呑まれている。
その答えを待たずに世界蛇が続ける。
「世界に冠たる大商会である貴殿ら『三大陸』であっても、必要に応じてこのような手段に出られるということは、だ」
今や声だけではなく、顔色も失いつつあるディルリッツにその美しい顔を近づけ、後ろ手にくんで腰を曲げ、覗き込むようにして言葉を紡ぐ。
「貴方たち商人の世界においてでさえ、つまるところ力とは暴力である。――その認識でよろしいか?」
ディルリッツの至近距離で二つの銀色の瞳が、力と欲で濁った瞳の深淵を覗きこむ。
「ならばよい」
つばを飲み込むこともできぬディルリッツからふと顔を逸らし、踊るようにその場で一回転して元の位置へと戻る世界蛇。
「我らは我が主の命に従い、この世界の商人のルールに基づいて商いをせんと欲した。そしてそのルールがそうだというのであれば、もはや誰に憚る必要もない」
そして告げる。
「我ら『黒縄会』の力。――存分にふるわさせていただこう」
ざわざわと本当の姿を現し始める三体の護衛と、その護衛対象であるはずの美しい女性の目がディルリッツは恐ろしい。
まだ明るい時間帯であるのに、眼だけが光ってその他すべてが陰であるように見える。
木端商人の護衛程度に後れを取ることなどあろうはずもない、強力な荒事専門部隊を呼ぼうとしてディルリッツは人生最後の、そして最大の絶望に囚われる。
ディルリッツ自慢の荒事専門部隊は、なすべきことを終えて殺意を抑えたのではない。
殺意を発したその瞬間に、もう二度と殺意を発することなどできぬようにされていただけのことだ。
ディルリッツが振り返った商談室の入り口から、のっそりと巨大な山猫が姿を現す。
その巨大な咢には幾人もの手や足が咥えられており――そこから伸びたすでに屍と化した荒事専門部隊たちであった者たちの虚ろな瞳が、虚空や、地面や、中にはディルリッツの方に向けられている。
それに加わる『三大陸』、ウィンダリオン中央王国総支配人の上げる、人生最後の叫喚をきくヒトは誰も居はしなかった。
「こうなったら話ははやい。『三大陸』を私たちの力で制圧するぞ。その上で一大勢力として真っ当な商売をしてやる。他の連中にもそれを強いてやる」
世界蛇が嬉しそうに宣言する。
売られた喧嘩は高値買取。
それは『天空城』の絶対指針である。
それについては序列上位者にも、主たる『黒の王』にも咎められることはない。
一支配人の暴走であり、『三大陸』の総意ではないなどという寝言も聞く気はない。
世界蛇たちが弱ければ、ここに屍をさらしていたのはこっちなのだ。
吐いた唾呑むなよとの宣言こそしてはいないが、『黒縄会』と『三大陸』は全面対立状態に入ったのだ。
どちらが生き残るのかは、各々が信奉する力のみが決めるだろう。
そこに遠慮するつもりはもはやない。
お嬢の納得する商売って何よ? と虎の獣人に聞かれた世界蛇が応える。
「カタチこそ違えど、関わった誰もが利益を得られなければそれは私にとって商売ではないんだよ。掠め取るのも、だまし取るのも好かん。それならば力によって奪い取る方がまだいくらかマシだ」
どうやら商人としての世界蛇は少々理想主義者に過ぎるようではある。
だが『三大陸』を完全に吸収した『黒縄会』は順調にその経済的支配を拡大し、商売の世界は少なくとも今よりは真っ当になってゆく。
ただ一つ。
とある迷宮の攻略を進める、ある冒険者の意に背かぬ限りにおいては。





