第閑話 攻略階層とは別に深まるもの ただしある意味攻略
「エヴァンジェリンとベアトリクスにお話があります。あと管制管理意識体も」
『白銀亭』の自分の部屋に戻って、エヴァンジェリンとベアトリクス、それに管制管理意識体を呼ぶ。
いつもの帰宅時には先にお食事にするか、それともお風呂にするかを確認される。
ここにもう一項目加えるのが二人の野望とのことらしいが、今のところその段階へ踏み込むつもりは俺にはない。
覚悟ないしは度胸がないと言い換えても可。
俺はだいたい先に一風呂浴びてからご飯を食べたい派なので、俺が風呂に行っている間に二人は晩御飯の仕上げをするというのがここしばらくのパターンだ。
出来立ての晩御飯のためには、俺が食卓に着ける時間が明確になってから仕上げをする必要があるらしい。
その条件を満たしつつ俺を待たせることもないので、先に風呂へ入るのは二人にとっても都合が良いとの仰せである。
ありがたい話だ。
だが今日は二人からお約束の確認をされる前に、俺から三人を呼んだのだ。
二人もまあ、あんなことがあった当日なのでこれあるを予想していたものと見える。
「ん」
「うむ」
『はい』
そう言って、広い部屋のほぼ真ん中に二人してちょこんと正座するのが可愛らしい。
まだ日は沈んでいないが、ベアトリクスは大人バージョン。
管制管理意識体の表示枠は座る二人の頭上に表示される。
俺も対面に同じように正座する。
「例の一件は僕が全面的に悪かったとの結論に達しました。ごめんなさい。以後気をつけますので赦してもらえるとありがたいです」
そして深々と頭を下げ、迷宮で『千の獣を統べる黒』と共に至った結論に従い、土下座を敢行する。
「悪いのは、あの女のヒト」
「我もそー思う」
『二人に同意します』
主である俺に頭を下げさせたことに、僕であるエヴァンジェリンとベアトリクスは狼狽を隠せない。
座るときはまだどこか恨めしそうな目をしていたのに、そんなものはあっと言う間にどこかに行ってしまったようで、二人とも本気であたふたしている。
管制管理意識体もどこかおちつかない様子になっている。
この辺は素直というか単純というか、俺にしてみれば可愛いのだが、主従関係が大前提に在る以上俺がずるいというべきだろう。
そして俺へのジト目が解消されれば、罪は褐色痴女に集中するのは自明のことだ。
「それはそうなんだけど、僕にも隙があった。それにあれがもし致命的な攻撃だったとしたら、この体を失っていた可能性もある」
それは確かにそうなのだ。
俺の目に表示されるレベルは確かに3に過ぎなかったが、それを欺く手段があるのかもしれない。
未だレベル一桁であるヒイロであれば、高レベル者の攻撃をくらえば一撃で死ぬ。
『黒の王』もしくは『魔神モード』であれば不意打ちの直撃一発二発で死にはしないが、それでもくらわないに越したことはない。
俺の言葉に、三人の顔色が変わる。
女性としてではなく、僕として自分たちがやらかしたということに思い至っていなかったことを恥じている表情。
特に傍にいたエヴァンジェリンとベアトリクスがしゅんとしている。
その意味では部屋の隅っこで小さくなっている『千の獣を統べる黒』も同罪だと思ったらしく、ぷるぷるしている。
いや責めてる訳じゃないんだよ。
もしも逆だった場合、俺は悔やんでも悔やみきれないだろうから自戒を込めて油断をしないようにしようと言っただけなんだ。
「いやそういうことじゃなくても悪いのは僕だった。逆を考えたらハラワタ煮えたからね。本当に以後気をつける」
その言葉にエヴァンジェリンとベアトリクスが頬を染め、管制管理意識体がどこか羨ましそうにそれを見る。
そんな表情もできるんだな、管制管理意識体。
ともかく言わんとすることは伝わってくれたらしい。
『ですがヒイロ様。今回の件、僕たる我々に不備があったのは事実です。今後ヒイロ様及びブレド様の自律防御系能力の管制管理権限を一部、お任せいただけませんでしょうか?』
「有り難い、一部ではなくすべて任せる。それと『天空城』の全機能の使用も許可する。僕を含む『天空城』のみなに、あんなふうな不意打ちを二度とは許すな」
『承知いたしました』
深く一礼し、同時に表示枠が消える。
管制管理意識体はこれで納得し、今の俺の指令を実行に移ったのだろう。
今の会話を受けて、エヴァンジェリンとベアトリクスも今回の件の落としどころとしては納得してくれたようだ。
何となればうれしそうでさえある。
俺が腹を立てると言ったくらいで喜んでくれるのだから、ありがたい話だ。
「それにあの人はプレイヤーと見てまず間違いない」
「ぷれ、いやー?」
「あまり聞かぬが――白姫から奪った能力に関わる存在じゃな?」
「僕――というより『黒の王』と同じ立場と言えば分るかな? おそらくは『天空城』のような拠点を持ち、僕たちを従えてこの世界に干渉する者をそう呼称する」
褐色痴女の存在について、俺なりの考察を一通り伝える。
そして例のアレは俺に好意らしきものを持っていたからではなく、絶対に誰にも気付かれぬように俺にメッセージを伝えるための行為だったことも付け加えておく。
なんとなくジト目になっていたが、納得はしてくれたようだ。
その際伝えられたメッセージの内容を具体的に伝えるとすぐに真顔に戻ったが。
「そしてあの言い方からすれば他にも確実に居る」
俺についてもいい、ということは今所属している何らかの組織があるのだ。
そしてそれは俺に――『天空城』に敵対していることも同時に示唆している。
「仲間に、するの?」
「いや。――だが我々『天空城』が保護することは受け入れてもいいと思っている」
「アレ以外に情報を得る手段がない現状、それが最善手か。というかこの手の話であれば宰相殿、できればセヴァス殿や他の統括とも話したほうがよいのでは?」
エヴァンジェリンは不本意だけれど仕方がないという御様子、ベアトリクスは最終決定を俺がすることを当然としながらも、相談するならみんなにするべきでは? というもっともなことを口にする。
「いや、あの件があったからまずは三人に納得してもらおうかなって……」
「……うれしい」
「個人的な感情と、組織としての最善をはかりにかけたりはせぬ。――でもありがと」
エヴァンジェリンはその細腕で両の頬を包み、ベアトリクスは赤面して素の言葉で感謝を伝えてきた。
何だこの空気。
「ま、まあ保護の条件を我に血を吸われることにすればよい。もしも『支配』が通じなくとも、どこにいて何をしておるかを完全に掌握することは可能だ」
「だめ」
テレを誤魔化すように、己の特性を利用すればいいというベアトリクスの提案を、被せ気味に俺が即否定する。
「え、――どうして?」
予想外であっただろう俺の強い否定に、ベアトリクスが常に演じている自分のキャラを忘れて素になっている。
エヴァンジェリンもびっくりしたのか、目を見開いている。
どうして?
それは白姫を吸血するベアトリクスを見て、俺がなんかやらしーなーと思ったからだ。
女性であればともかく、男にあれをしているベアトリクスは見たくない。
それにプレイヤーということはだね、きみ。
アバターが褐色美女だからと言って中の人まで女だとは限らないという問題があるのだよ、わかるかね。
わからないだろうけれども。
その場合俺は実は男に――緊急思考停止。
「ベアトリクスは今後吸血しちゃダメ」
今までどのように血を摂取してきたかはこの際問わない。
だが今後は一切禁止する所存である。
小さい男と笑わば笑え。
「死んじゃうよ?!」
完全にキャラを忘れて、ベアトリクスがさすがに抗議する。
吸血鬼、それも御真祖様に対して血を吸うなとはあんまりと言えばあんまりである。
だが俺も当然ベアトリクスに操? を強要して死なせるつもりなどない。
ちっさい独占欲などと言っていられない状況ともなれば、断腸の思いで解禁することも厭わぬ所存ではあるし、それまでは――
「僕から吸えばいい。それならいいだろ?」
「――に、二言はあるまいな」
「ない」
俺の宣言に目を白黒させた後、いろいろなことを呑み込んでベアトリクスが言質を取りに来る。
望むところだ、ドンと来い。
ちょっとやらしーなーと思った事でも、俺相手であれば問題あるまい。
予想以上に真祖における異性からの吸血というものに性的な意味があったらどうしよう。
まあいい、それならばなおの事俺からだけ吸うようにすべきなわけだし。
明日から鉄分多めの食事をお願いします。
「ベアちゃんだけ、ずるい」
「エヴァンジェリンには、「ゲヘナの火」を一つあげる」
当然そう来ると思っていたので、ベアトリクスにも同じような? 条件は考えていた。
全ての炎を司る鳳凰たるエヴァンジェリンは、『黒の王』の眼窩に燈る四つの「ゲヘナの火」に強い興味を示していたのだ。
「いい、の?」
分身体の血にせよ、「ゲヘナの火」にせよ、『黒の王』の力を分け与える行為であることをエヴァンジェリンは正しく理解している。
まあそれで本体が弱体化するわけでもないから問題は特にない。
どちらかというと、他の僕たちに対して特別扱いに過ぎるという点を気にしているのかもしれない。
だが管制管理意識体には俺の能力の管制権限。
エヴァンジェリンには「ゲヘナの火」
ベアトリクスには俺の血。別に『黒の王』本体の方でもいいけど、血あるのかな?
「今回の件の、僕なりの三人への補填というかお詫びというか……そんなあたりで」
そういうことだ。
それでそれぞれが強くなってくれるのであれば問題はない。
他の僕たちへも、序列と貢献に見合った何かを用意すればいいだけだ。
二人が嬉しそうに頷く。
「それと、明日からは迷宮攻略に同行してください。ただしSDバージョン限定」
「ホン、ト?」
「よいのか?!」
SDバージョンとなれば、小動物モードの『千の獣を統べる黒』と同じくペット枠扱いとなる。
これも課金拡張で最大枠である3まで増やしていたのでエヴァンジェリン、ベアトリクス、シュドナイでちょうどいっぱいだ。
ゲームの時は可愛らしいSDキャラがいろんなアクション、リアクションを見せてくれるだけではなく、一体につき一つ、プレイ効率を良くする能力を付与可能だった。
思えばシュドナイの『索敵』はそれにあたるのだろう。
ゲームでは本人なのか、本人に似た何かなのか判然としなかったが、こっちではSDモードになっただけのあくまでも本人であることがシュドナイで証明されている。
緊急時には本来の姿に戻るというのはさすがにゲームの時であれば不可能だったが、こっちでは実験してみるべきだろう。
敵にプレイヤーがいることがほぼ確定となった現在、ベアトリクスが白姫から奪った『白光』――プレイヤーからの攻撃無効化をいつでも発動可能というのは結構重要かもしれないし。
「あ、でも。ヒイロ様のお食事、どうしよう……」
「ぬ。――我もやっと最近、まともになってきておるのだ。今日の兎肉のマスタード煮込みなどは、おいしいと言ってもらえると思うのじゃ」
わりと斜め上な心配を始める二人が面白い。
食事もそうだけど、確かに誰かが待っていてくれる部屋へ帰ることには憧れていたし、ここ数日は密かにその体験に感動してもいた。
だけどある程度敵が明確になった今、常に共にある安心感の方が優先される。
戻ってきているはずの人がいないなんて状況、想像だけでもぞっとする。
『天空城』の方も心配と言えば心配だが、そのために管制管理意識体には俺の能力と拠点としての『天空城』の機能すべてを自由にする権限を与えた。
エレアやセヴァスも常駐しているし、滅多なことはないだろう。
「これからは何日間かに一日二日、休日設定するから、その時に作ってくれればいいよ。それ以外の日は外食でいいんじゃないかな?」
「ぜいたく?」
「よいのか?」
迷宮攻略ばっかりで飽きてもアレだしね。
ポルッカさんの言葉に従うわけじゃないけれど、休日はやっぱり必要だろう。
仕事であれば当然の事だけど、俺にとっては現実化した「T.O.T」を好きなだけプレイできる状況だったので、楽しく自らブラック労働条件になっていただけだ。
落ち着いてくれば、むこうとはまったく違うファンタジー世界の日常を味わってみたくもなる。
「冒険者としてそれくらいは稼いでるからね。休日にはまあ、どこかに出掛けたりしてもいいし……」
「でーと!」
「デートじゃな!」
ま、そういうことだ。
少々照れくさくもあるけれど、二人がぴょんとはねてまで喜んでくれるのであれば充分価値がある。
ただし手慣れたデートなどを期待されても困るが。
演劇見てお茶飲んでおいしい食事を食べるくらいしか思いつかない。
エスコート何それおいしいの?
いや大丈夫だ。
とある少女漫画で、①「美味いもの」と、②「流行りの場所」と、③「濃すぎないロマンチック」があればいいんだろうと言い放ち、だいたい合ってるとの答えを女性陣からもらっていたはずだ。
それなら俺にも――無理か。
濃すぎないロマンチックとか言われても、夜景くらいしか思いつかない。濃いか。
だいたい夜景がきれいとか言っても、この世界では夜に灯が燈っているのは夜街だけだしなあ……
王都とか行けばきれいなんだろうか。
『天空城』から見下ろしてみるのはいいかもしれない、もはや普通のデートではなくなるが。
それもいい。
レベルが上がり、迷宮攻略層は深度を増してゆく。
『天空城』首魁としても、世界に干渉してゆく網も線も複雑さを増しながら拡がってゆく。
だったら僕とも、いや近くにいてくれる者たちのとの関係だって、深まっていったっていいだろう。
今のところ一番深まっているっぽいのが『千の獣を統べる黒』ってのも、正直どうかと思うわけだし。
「ヒイロ様? 今夜も、いつもと一緒?」
「主殿? もしも此度の件、先に我らが奪っておらねばこの程度で済んだとお思いか?」
ちょっと今まで見たこともないような妖艶さで、二人が左右から囁く。
いつの間に脇を固められたんだ。
いやまだそこまではちょっと、ねえ?
あ、『千の獣を統べる黒』この野郎。
器用に扉を開けて、部屋から出て行こうとしてんじゃねえ! なんだその顔! おい!
まって――
ぱたんと閉まる、ヒイロたちの部屋の扉。
半目で口を横に開いた『千の獣を統べる黒』が、九本の尻尾をピコピコさせながら、やれやれとでも言わんばかりに一声猫の声で鳴く。
そして今宵は部屋に帰れぬな、などと思いつつ。
気まぐれな猫らしく、夜の街へと彷徨い出る。
つい最近までは思い浮かべることすらなかった、我が主とのこの特別で独特な距離感を、あるいは女として扱われている者たちよりも悦びながら。





