第閑話 鳳凰と真祖の取扱説明書
ここはおなじみ、アーガス島迷宮第六階層。
そのわりと深部。
もう少しで『階層主の間』に到達できそうな位置。
ここまで攻略を進めているのは現時点ではまだ俺くらいだろうから、わりと遠慮なしに『閃光』による乱獲を推し進めている。
経験値効率も現状問題なく、予想よりも早期にレベル7到達及び第七階層への進出を図ることができそうだ。
十階層以上の二桁階層になれば希少魔物も湧出するようになるし、それを独占できればレベルアップのより効率化がはかれることは間違いない。
正式登録されている冒険者として、世界で最初にレベル8に到達するとかけっこう夢がある。
「目立ちたくないんだがなぁ」を早期に破棄せざるを得なかった俺としては、いっそ開き直ってそういう方向で冒険者生活を愉しむのが正解だろう。
冒険者ギルドによる前人未踏の階層進出許可は、暫定的に該当階層の階層主撃破となっているから、一番手を獲れれば再湧出まで第七階層を独占できる。
そうなれば正規軍や『教会騎士団』なんかと鉢合わせししないようにさえ気を付けていれば、好きに攻略ができるので気楽だ。
かように冒険者ヒイロとしての暮らしは順調なものだ。
順調でないのは『天空城』首魁としての立場の方。
今現在俺は、わりとのっぴきならない状況に置かれていると言っても過言ではない。
「どっかに落ちてないかな『千の獣を統べる黒』」
いや落ちてるはずなんてないんだけどね、『鳳凰』と『真祖』の取扱説明書なんて。
もしも本屋で売っていたら、俺はとりあえず両方とも買う。
その場合『鳳凰の飼い方』、『真祖の飼い方』とかのタイトルのほうが個人的にはそそられる。
たとえ内容が多少アレだったとしても、表紙と挿絵次第で何の躊躇いもなく財布の紐を緩める自信がある。
もしも「T.O.T」がRPGではなく恋愛シミュレーションゲームだったら『キャラ別攻略本』なんてものがあったのかもしれないな。ちょっと興味ある。
俺の部屋の書棚には、「T.O.T」に関する設定資料集や攻略本をはじめ、メディアミックスの小説、漫画、アニメ、はては二次創作の成果物に至るまで所狭しと並んでいた。
フィギュアとか埃被ってんのかなあ……手入れしたい。
ハマったゲームに関わるモノは片っ端から集めたくなるんだよな。
ゲーム内アイテムがおまけ、というか本体としてついている物も多いし。
そういえば手持僕のSDモデルは、分厚くてお高い公式設定資料集初版限定特典だったなあ……後続組が鬼の抗議をしていた記憶がある。
――いかん思考がトリップした。
「何がでしょう、我が主」
「――いや。いい」
怪訝な表情で問うてくるシュドナイに、流すように答える。
馬鹿なことを言っているのは自覚しているが、今夜『白銀亭』に帰るのは正直気が重い。
のっぴきならない状況とはつまり、俺が謎の褐色痴女に唇を奪われた故に発生している。
「――あれは仕方がないと、吾輩も思いますよ?」
最近デフォルトになりつつあるジト目で、シュドナイが俺を見上げて言う。
この野郎、俺が何を言いたいかわかっていてすっとぼけやがったな。
とはいえ返す言葉もない身としてはそれを責めるわけにもいかない。
というかシュドナイとのこういうやり取りを、俺は結構気に入っている。
「実際は我が主のお手がついていない己の前で、我が主の唇を奪われたとあっては、雌としてそれはさすがに……」
コイツ溜息つきやがった。
いやそんなこと言われてもね? 痴女と知らねばあれだけの美人がいきなりべろちゅーぶちかましてくるなんて想像できないだろ普通?
いや実際は『接触テレパス』で、絶対に他に漏れないように俺へ自分の意志を伝えたかったんだろうけど、それなら手でもつなげばコトは済む。
それをあれとは、痴女としか言いようがない。ハシタナイ。
別に嬉しくはない、本当だ。
たとえほんのちょっと嬉しかったとしても、後の厄介事を考えれば間違いなく差し引きゼロ以下だ。
逃げるようにして迷宮攻略を開始したものの、正直どうしていいかなんてわかるわけもない。
その後のエヴァンジェリンとベアトリクスの様子を見てしまった以上、「こういう時はこうしてください」と明記されている『取扱説明書』を求めてしまうのも、無理なからぬことと言えると思う。
坊や。女の取扱説明書てなぁ、その女が心と躰を許した男にしか読めやしねぇのさ――などと俺の中に居るダンディ・ガイが嘯いているが誰だお前! コ〇ラか!
「初めてじゃないよ? 初めては二人がジャンケンして決めただろ?」
どっちが勝ったかは特に秘す。
「そーゆーことではなくてですねー」
じゃあどういうことだよ?!
わかってないですねー、と言わんばかりに九本の尻尾を左右に振りつつ棒読みされるのが地味にイラっとくる。チッチッチというオノマトペが浮かんでそうで笑うが。
「というか手をつけてれば容認できるものなの?」
根本的な疑問を投げつけてみる。
「いやそのへんは吾輩も一応雄ですからなあ……余裕とかが違ってくるのではないでしょうか?」
「うーん」
そういうもんか?
現時点において世界の最前線と見做されている迷宮深部で、なんかボーイズ・トークみたいなことになっている。
ボーイズも何も一方の中身はいいおっさんで、もう一方は化け猫の類なのだが。
歳を経ても異性のことがわからないのは、人間も物の怪も変わりないらしい。
でもなあ。
接吻くらいで狼狽えるような関係じゃないでしょ? との指摘にエヴァンジェリンとベアトリクスが硬直せざるを得なかったというのは事実だ。
恥ずかしかったという以上に、女としての沽券に関わる何かがあったんだろう。
そうでなければあの二人があのまま褐色痴女――名も知らぬ女のヒトに唇奪われたんだなあ、俺――を見逃すはずがない。
たとえ涙目になってぷるぷるしていても、見逃さねば負け。
そういう論理が成立していたはずなのだ。
「逆に考えてみたらいかがでしょう?」
「逆?」
吾輩いいこと思いつきました! みたいなどや顔でシュドナイが振り返る。
周りで魔物がぽこぽこ倒れていっているのが妙な感じだ。
倒しているのは俺なんだが。
この狩り方は人目のあるところじゃできないな。
「お立場をです」
ああなるほど。
俺とエヴァンジェリン、ベアトリクスの立場を逆にするわけね。
そうすることによって相手の気持ちを理解しようとするのは、確かに基本的な手法と言える。
つまり? いつものようにお弁当渡されていってらっしゃいされているところに、冒険者ギルドの方から褐色半裸イケメンが息を切らして走ってくるわけだ。
ふむふむ。
そしてあの二人に、「なんで俺のパーティー募集に希望しないんだよ」と逆切れするのか。「女だったら希望して当然だろ?」と。
うん、俺なら張り倒すかなその時点で。
その上でつかつかと近寄ったと思ったら、二人に――
「殺すね」
「殺しますね」
シュドナイも同意のようだ。
これについておっさんも物の怪も、男も雄もない。
エヴァンジェリンとベアトリクスが「燃やす」「吸う」といった気持ちが、今更ながらによく理解できました。
その上去り際に「御馳走様」なんぞと嘯かれ、取り乱す俺を見て二人に「彼に愛されてんねー」などと捨て台詞を投げようものなら『黒の王』の総力を挙げて塵に還す。何なら再生してからもう一度コロス。
しかしそうなると解せんのは「もっと生々しいことしてんだから、これくらいいいでしょ?」の言葉に踏みとどまった件だが、そこは男と女の差なのかな?
俺の場合、そんなことを言われた日には笑顔でヒトを殺せるかもしれない。
イイオトナのイイオトコはもっと余裕を持つもんだろうカッコワライみたいな幻聴が聞こえてくるが、そんなことは知らん。
いずれにしても……
「悪いことしたよね」
「悪いことしましたね」
なんかシュドナイまでしゅんとしてて申し訳ない。
自分にはユニコーン要素あるくせに、自分の場合は「まああれくらいいじゃねえか」というのは都合がよすぎるというか、虫のいい話だ。
女性視点であればNTRだ殺せ! の声が上がっても否定できない。
しかしそう考えると、エヴァンジェリンとベアトリクスの間にも同じ理論が適用されると思うのだが、その辺はどうなんだろう。
ぽっと出に好きにされるのでなければ、共有? が成立するモノなのだろうか。
身内か他人かで是非が分かれるものでもないと思うんだけど、リアルな一夫多妻制とかどうやって成立しているのかまるで理解などできそうもない。
いや法律的なことではなく、気持ち的な面において。
男は都合よく考えていればいいのかもしれないけれど、それだって歳を重ねれば大変な気もする。
そのへんの答えを自分なりにしっかりもてないまま、なし崩し的にそうなるのはあんまりよろしくないなあなどと、やせ我慢込みで考える。
現状でも十分、引き返せないところまでは踏み込んでいる気もするけどそれはいまさらどうしようもない。
とりあえず今日は帰ったら、ジャンピング土下座でもなんでもして謝罪することにしよう。
たとえ二人の『取扱説明書』なんてなくても、せめてそれくらいは出来なければ、それこそ男としての沽券に関わるというものだろう。





