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その冒険者、取り扱い注意。 ~正体は無敵の下僕たちを統べる異世界最強の魔導王~  作者: Sin Guilty
間章

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第閑話 傭兵組織 黒旗旅団

「――殺せ」


 薄い水色の瞳に何の感情を浮かべることもなく、人化した姿である全竜(リヴァイアサン)カインが酷薄に告げる。


 武人らしい精悍な姿を、この世界の誰も見たことのない「竜の鎧」に包んでいる。


 この鎧は『全竜』の鱗が変じたモノなので誰も見たことがないのも当然だ。

 たとえ『黒の王(ブレド)』であっても、手に入れるためには『全竜(カイン)』を殺して剥ぎ取るしかないという、唯一(ユニーク)アイテムとも呼べぬ代物である。


 当然今の世界に、その鎧を貫ける者など存在しない。


「はっ! カイン副団長殿!」


 カインの前に立つ屈強な戦士が直立不動で返事をする。


 歴戦の傭兵という言葉に恥じぬ、鍛えこまれた体といくつもの傷が残る顔はふてぶてしい態度こそが似合いそうなものだが、カインに対するその態度は新兵が上官に対するそれよりも緊張に――正確には恐怖に支配されていて()()


 百数十名にものぼる()()を全員殺せと言われて、何のためらいもなくそれを是としてしまうほどに。


「いやだから殺しちゃダメだって、カインてば。――バルドゥル。僕の所へ全員連れてきて。一人も殺しちゃダメ。いつも通り僕が()()する」


「はっ!!! 凜団長殿!」


 だが立っているカインの背後に据えられた戦陣座に腰を下ろした『白面金毛九尾狐』――凜の一言に、バルドゥルと呼ばれた古強者は先のカインに対する態度よりも硬直して大声で従う旨を返事する。


 そうせねば死んでしまうとでも言わんばかりに。


 人化している時の九尾()は、どう見ても華奢な美しい少女である。

 黒地に手鞠柄をあしらわれた振袖に身を包み、艶やかな黒髪は肩のところで切りそろえられている。

 大きな黒い瞳は愛らしいという表現が似合うものだが、その漆黒は奈落の闇を思わせる。

 もちろん尻尾など生えてはいないが、その代わりとでもいうように九つの狐火が護るように周囲に浮いているのが、凜がただのヒトではありえないことを雄弁に物語る。


 バルドゥルはこの少女――凜のことがカインよりも恐ろしい。


 いかにも武人であるカインが副団長で、一見して華奢な少女である凜が団長であることに、毛先程の疑問も持ち合わせてなどいない。


 バルドゥルが、凜の本当の姿を知っているからだ。


 それは現在凜が団長、カインが副団長として()()()に組織されている『黒旗旅団(ウェクシルム・アテル)』の団員全員がそうである。

 

「そんなに畏まらなくていいよ。一(たび)配下にした者は、旅団規に反さなければ()()()()()()()()


「は……、は!」


 苦笑めいた口調で告げられる言葉にも、まともな返事をすることができない。

 今から自分がここへと連れてくる、凜の支援魔法(バフ)を受けた妙に強い一団(自分たち)と戦って一方的に負けたと思っている、傭兵団とは名ばかりの盗賊ども。


 それが目の前の美しい少女にどう()()されるかを知っている身としては、その対象が自分ではないと知っていても生きた心地がしない。


 機敏に踵を返し、哀れな捕虜たちをこの世で最も残酷な場へ引きずり出す役割を粛々とこなさんとするバルドゥルである。


「やれやれ……懐柔路線でいった方がよかったのかな? カインはどー思う?」


 その様子を見て、凜がため息をつく。


 絶対的な主である『黒の王(ブレド)』に命じられた、軍でも冒険者でもない第三の戦力として「傭兵」を取りまとめる指示を受けた際、一から立ち上げるのではなく最初に大規模傭兵団を乗っ取る方法は悪手であったかと思っているのだ。


 それも悪い噂のある傭兵団を対象とし、己の真の姿をもって一方的に蹂躙した。

 今『黒旗旅団(ウェクシルム・アテル)』を構成する約500人の団員たちは全員、前身をそれなりに大規模傭兵団であった『赤い牙』に置いていた者たち。


 だがその『赤い牙』は本来1500名からなる傭兵団であり、千人は()()されて今現在どうなっているかを正しく知っているのは凜だけだ。


 ついさっき一人も殺すことなく一方的に制圧した、傭兵団とは名ばかりの盗賊崩れどもと同じく、ある町を襲おうとしていた『赤い牙』は、突如現れた白面金毛九尾の狐――凜に一方的に蹂躙され、その軍門に降ったのだ。


「屑は殺すべきだ」


 カインの返答はにべもない。

 敗者には戦士として遇される権利があり、勝者にはそうする義務がある。


 だが町や村を襲って略奪するような屑は、さっさと殺せばいいと思っている。


「だから殺しちゃだめだってば。我が主(マイン・フューラー)のエッグい上級呪文には万単位で(ニエ)を必要とする奴もあるでしょ? ()()()()()()()


「いつも通り適当な城塞都市や街では駄目なのか?」


 溜息をついて恐ろしげなことをさらっと口にする凜に、珍しく表情を――不思議そうな顔をして、こちらも恐ろしいことを問い返すカイン。


 カインは正義の味方でもなければ、武人としての矜持を云々言っているわけではない。

 これまでの百(たび)にのぼる『世界再起動(リ・ブート)』に付き従ってきたカインにそんな倫理観があるはずもない。

 カインの主である『黒の王(ブレド)』は一切の慈悲なく、戦う者も戦えぬ者も区別なく平等に擂り潰すようにして蹂躙してきたのだから。


 規律を守らず力に驕り、その上で敗れた者は屑。

 カインにとってはただそれだけの事。


 敗れぬ者は強者である。

 己をも倒した絶対の強者は、敗れるまでは何をしても許される。

 敗れたその時は、己も屑の一員として共に果てればそれでよい。


 それがカインの在り方である。


「んー……。なんか今の我が主(マイン・フューラー)、そういうのできるだけ避けたそうじゃない? どう思う?」


「知らん」


 よってカインは凜が感じ取っている、今までとは少し違う『黒の王(ブレド)』の様子にも頓着しない。

 朝令暮改があったとしても、それが強者のいうことであれば是であるというだけだ。


「もー、カインはー」


 ある意味シンプルな考え方であるカインに、わりと気を遣うタイプである凜は呆れる。

 とはいえ基本的には凜もカインとそう違う価値観を持っているわけではない。


 『黒の王(ブレド)』がよければそれでいいのだ。


「それよりも一度仲間としたものは、きちんと仲間として扱え」


「んー、そうしてるつもりなんだけど、最初の衝撃強すぎたからなあ」


 カインは難しいことは置く。

 だが一度仲間としたからには、それはこちらもそう接するべきだと思っている。

 それは今までの『黒の王(ブレド)』のやり方と乖離するものでもない。


 凜としては最初に己の真の姿で蹂躙し、その三分の二を「不合格」として処理された生き残りと、いきなり「仲間!」という方が無理があるだろうと苦笑する。


 自分たちは仲良し集団を組織しようとしているのではなく、『黒の王(ブレド)』が必要な時に必要なように使える戦力を準備しているだけなのだから。


「凜が()()必要もない。自分の意志で一員とならねば意味などない。――違うか?」


「違わないけど違うかなー。カインが思っているほどヒトってのは強くないんだよ。楽な方へ流れて生きていた連中は特にね。いまの『黒旗旅団』のメンバーは、縛られているからこそ安心している部分もあると思うよ?」


 縛る――九尾の力をもって、逆らう者はその意思を持っただけで()()された者と同じ道をたどるように(まじない)をかけ、そのことを団員たちには告げている。


「そういうものか」


「そういうもの、かも」


 強力な戦力を形成するためには、そのやり方も間違いではないと凜は思っている。

 だがカインの言い様は、最初に凜がした質問に対して、その方がいいと言っているのと同義ではあろう。


「ならばいいか」


「まー、それなりの期間が過ぎれば(ほど)くのもありかなーとは思うけどね」


「好きにしろ」


 そのわりには、凜には凜の考えがあるとわかればあっさりと引く。


 己が主から与えられた責務は凜の補佐であり、傭兵をまとめる仕事の主たるは凜なのだということをわきまえている。


 そんなカインに凜が苦笑いしたタイミングでバルドゥルが百数十人を引き連れて戻ってくる。当然完全武装のバルドゥルの部下たち数十人がその周りを囲み、無手の捕虜たちに対抗する手段などない。


「連れてきました!」


「御苦労様」


 震えるほど緊張して報告するバルドゥルに、捕虜たちが怪訝な目を向ける。

 前に立つカインは確かに多対一で囲んでも勝てそうもない偉丈夫だが、一番偉い位置に居るのが美少女であればそうもなるだろう。


 そして自分たちを一方的に、一人も殺すことなく制圧できるくらいの強者の(かしら)が、まるで下っ端のように怯えているのも奇異である。


 だがその理由を理解できるはずもない傭兵達は、ざわざわと落ち着かぬように近くの者と会話を始める。

 さすがに罵詈雑言を投げるつけるほどに愚かな者は居ない。

 

 自分たちのような輩があんなふうに従うのは、絶対的な力に対してだということくらいは理解しているからだ。


「黙れ」


 だがそのざわめきすらも、カインは赦さない。

 従わねば殺されるということが誰にでもわかる、静かだがよく通る一言。

 その一言が前の方から広がるにつれ、沈黙が百数十人を支配してゆく。


「貴様らに問おう――戦って勝ち取ったことはあるか?」


 周りを囲む味方達すら含んでしんとした場に、凜の鈴の音のような声が響く。

 だが威厳溢れる歴戦の勇者に問われたかのように、捕虜たちはみな首を縦に振る。


 傭兵稼業をやっていて、その経験がないものはあるまい。


「よろしい。では」


 満足そうに微笑んで、凜が重ねて問う。


「正当な対価を支払わず、己が力でもって()()()ことは?」


 その声はそろりと聞く者の耳に滑り込み、魂にとどいて凍らせるような響き。

 誰もが何も答えない。


 だがその声を聞いて、ほとんどの者が身動きをとることができなくなっている。

 凜の言の葉によって、体の自由を縛られている。


「今なお体が動くものはバルドゥルのところへゆけ。後の指示は彼から受けろ」


 凜が無表情に告げる。

 たった十数名、一割にも満たない者たちが這うようにしてバルドゥルの方へと集まってゆく。


 黒い狐火に包まれ、苦悶の呻きを上げ始めた者たちから逃げるように。


「残った貴様らは来たるべき時まで、我が闇の中で苦しみ、己が怨嗟でその黒い魂をより爛れさせておけ」


 凜が感情のまったく感じられない声で告げる。


 これが九尾()による()()


 戦うではなく町や村を襲い、抵抗する力のない者を蹂躙したことがある者――そうした相手の呪いに魂を濁らせた者を苦悶の永遠に囚え、そのよりどす黒く染まった魂を飴のようにしゃぶって己が力とするあやかしの技。


 己が主である『黒の王(ブレド)』が使う『呪怨顕現(イムプレカティオー)』に似て、よりえげつない『呪獄』


 意識を失うこともできず、焼かれても再生し、狂っても正気に戻される中で口々に叫びを上げる元、傭兵であった者たち。


 なんで、どうして、俺がこんな目に、助けて、熱い、寒い、殺して――


 凜に一番近くにいる、この元傭兵団の(かしら)らしきものが黒く燃え爛れる手を伸ばして凜に問う。


 どうして俺たちがこんな目に遭わねばならないのだと。

 自分たちが一方的に嬲った相手が同じことを思ったであろうことを棚に上げて。


「教えてやろう。戦えぬ者から力で奪うことを一度でも選択した者は、戦って負けた際に敗者としては扱われない。負けた時点でただの屑だ。その摂理からは何人たりとも逃れられない。何人たりともだ(ノーバディー)。私も、貴様も、我が主(マイン・フューラー)であってさえもだ」


 その燃える体にためらうことなく胸ぐらをつかみ、眼さえ燃えては再生を繰り返す頭の顔を覗き込むようにして、宣言する。


 凜にしか聞こえぬような掠れた声が、誰が決めたと重ねて問う。


我が主(マイン・フューラー)


 その一言と同時に、黒く燃える百余りの篝火が、凜の周りに浮かぶ九つの狐火に吸われて消える。


 処理が終わったのだ。


 助かった者も、元より『黒旗旅団(ウェクシルム・アテル)』の団員である者も誰も黙して語らない。


 今日十数名の団員を増やした『黒旗旅団(ウェクシルム・アテル)』は、為すべきを為すために黙して行動する。




「凜」


 周りに人がいなくなったタイミングで、カインが凜を呼ぶ。


「なにー」


 今己が行った惨劇などまるで意に介さず、『黒旗旅団(ウェクシルム・アテル)』においてはカインにだけ見せる態度で凜が返事をする。


「赦すと赦さぬの基準は我が主(マイン・ヒューラー)が定められたのか?」


「んーん、違うよ。僕」


 あっけらかんと答える。

 同じ組織に身を置いていても、呪われていない魂はそれなりに在る。


 それが今の『黒旗旅団(ウェクシルム・アテル)』を構成している旅団員たちだ。


 凜は自分が決めていると言っているが、凜の(まじない)によって浮かび上がる、踏み躙った者の怨念が憑いていない者を良しとしているのだ。

 呪うべき者が呪っていない相手を凜がわざわざ断罪するつもりもなければ、そんなにお偉いつもりでもない。


「それは我が主(マイン・ヒューラー)の叱責を受ける可能性はないのか?」


「ん? え!? ――あ、あり得るのかな?! あ、あり得るよね?!! 僕叱られる? 勝手なことしてる?」


 だがぼそりと告げるカインの疑問に、凜が物理的にちょっと跳ねる。

 正しいとか間違っているとか、妥当か妥当ではないかを問うているのではない。


 『黒の王』が定めたのではないのか、と疑問に思ったことを口にしただけだ。

 だがカインの予想以上に凜が慌てている。


 先の妖艶ささえ漂わせて、黒い魂たちを燃したのと同一人物とも思えない。

 

「――その時は俺も一緒にお叱りを受ける」


 めったに浮かべぬ笑顔を浮かべて、カインが告げる。

 凜も一桁に名を連ねる強者の一人だ。


 であれば主に叱られる以外は、己の好きにしてよかろうと思ったのだ。

 我が身はその補佐であれば、叱られる時には共に叱られるべきか、とそう判断した。


 なぜ自分が笑ったのかはカイン自身もよくわかっていない。


 ここから半年を待たずして、ラ・ナ大陸最大の傭兵団へと『黒旗旅団(ウェクシルム・アテル)』はなりおおせる。

 鉄の規律と死をも恐れぬ勇猛さは、『黒旗旅団(ウェクシルム・アテル)』を雇った方が勝つとまで言わしめる戦力となる。


 5千を超える規模となった『黒旗旅団(ウェクシルム・アテル)』の千人長を務める者たちはみな、とても傭兵とは思えぬ真摯さと重厚さを伴った、各国正規軍の将軍にも劣らぬ風格を身に纏っているという。


 それが凜の呪に縛られた故の擬態か、自分の在るべき傭兵のカタチを各々が『黒旗旅団(ウェクシルム・アテル)』で見出したゆえかは、ヒイロとともに戦場を駆ける時までわからない。



 そしてその時はそう、遠いことではない。


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