第35話 ヒイロのお願い
「しかしエヴァンジェリンもベアトリクスも、あんな話し方できたんだね」
本当に意外だったので二人に聞いてみる。
知らない側面があるというのは面白くもあり、何というかこう、な面もあり。
実際に話せるようになってまだひと月もたっていないというのに、不思議なものである。
「おどろい、た?」
「慣れぬがな」
俺に対してはいつも通りか。
二人にしてみれば俺に見せる態度こそが素であって、場に応じて求められる態度を取ることなど造作もないということに過ぎないのだろう。
わりとほっとしている自分に笑う。
うちの僕たち、実はみんなこんな感じなんだろうか。
なんか「オレサマオマエマルカジリ」みたいな連中も結構多そうなんだが。
一度全員と直接謁見()する必要があるかもしれないな。
とりあえずエレアとセヴァスとは一緒に呑んでみたくはある。
個性で殴り合いしているような組織の中間管理職の愚痴は、聞く分には面白そうだ。
自分がその長である以上、聞いたら聞いたで頭を抱えることになる可能性もあるが。
「私たちもおどろいた、よ?」
「主殿が、なんというかその……そんな感じなのは正直、意外だったゆえな」
エヴァンジェリンの唐突な告白に、ベアトリクスがフォローを入れる。
この辺の役割分担はもうお約束なんだな。
それはまあ、そうでしょうね。
『僕閲覧モード』時の記憶は無いっぽいから、『黒の王』の見た目で沈黙を守り、血も涙もなく最高効率で世界を幾度も蹂躙した主がある日突然、今の俺みたいになったらそりゃ驚きもするだろう。
『黒の王』は俺でもあるが、当然俺そのものではない。
今のところ『黒の王』とヒイロに見せる態度に問題は感じられないが、僕たちの絶対服従と好意はあくまで『黒の王』に向けられたものであり、俺そのものにではないということは忘れるべきではないかもしれない。
この世界で言葉もなく君臨していた『黒の王』を絶対とするならば、今その中に宿っている俺は異物であるかもしれない。たとえ『黒の王』の行動をすべて決定していたのが俺であったとしてもだ。
まあ『黒の王』もこのヒイロも、俺から生まれた存在であるのは間違いないし、あまり深刻に考えることもないのかもしれないけれど。
「僕にもそんな風に話せるの?」
そんなことよりも今はこっちだ。
必要だと判断するか、俺の命令があればするんだろうなと思いつつ問うてみる。
別にそんな深い意味があるわけでもない。
素で接してくれる方が嬉しいしね?
ご主人様扱いをしてほしいとかじゃありませんよ? ほんとに。
「ヒイロ様の御命令なら、呼び捨てだって、する よ?」
「ためしにしてみて?」
エヴァンジェリンが逆方向で意外なことを言ってきた。
いつもの様子もいいけれど、距離感近い感じも確かにいいかもしれない。
意にそまぬ無痛化もふくれっ面ながら従ってくれたのだ、この指示も受け入れてくれるだろう。
それが素でなければ意味がないことくらいは理解しているが、聞けるものなら聞いてみたいので頼んでみる。
「――ヒ、イロ?」
躊躇いがちに白い顔を朱に染めて、上目遣いでなんかすごいのが飛んできた。
これはやばい、こっちも赤面する。
人前で何やってんだという思考さえ飛びそうになる。
――本名で呼んでとかトチ狂ったことを言ったら、さすがにドン引きされるんだろうか。いやただの意味不明な妄言になるだけか。
「……左府殿はいろいろとずるいと思うんじゃがどうか」
ベアトリクスが半目で口を横に開いて、俺に問うてくる。
心の底から同意する所存である。
かまえかまえと騒ぐわりには、ベアトリクスはこういうあたり不器用というかどんくさいもんな。それはそれでいいのだが。
こういう時、『千の獣を統べる黒』は猫になりきると決めているらしく、視線を投げるとあさっての方向を向いてにゃーんときた。
お前さっき一喝したりしてるんだから、今更「ただの猫です」は通じないぞこのやろう。
仲間内で馬鹿をやっていると、アルフレッドさんのごほんというわざとらしい咳払いが聞こえる。
助かります。話を本題に戻しましょう。
「……私たちは、知ってはならないことを知ったんだね?」
呆れ顔を出さないようにしているためかどうかはわからないが、ごく真面目な表情でアルフレッドさんが問うてくる。
俺を含む少々間抜けな『天空城』勢もスイッチを切り替えてアルフレッドさんたちに向き合う。
アルフレッドさんの質問はあれやこれやと枝葉を問うてくることはせず、核心を端的についてきている。
頭のいい人というのはこうだから助かる。
この場で得た情報から、仮説を構築し、ほぼほぼ正しい答えに到達している。
「ええまあ、そういうことになります」
「やはりね。では私たちはどうすればいいかな?」
よって余計な会話が生まれない。
説明すべきこと、していいことの判断もこちらに委ねるべきだとわかっているから、ばくっとした質問でこちらの具体的な指示を受け入れる姿勢を見せてくれる。
接する態度を今のようなものに戻す前、アルフレッドさんが言った「自分たちにできることであればどんなことでも協力する」というのは本気なのだ。
アルフレッドさんはその約束を違える気はないのだろう。
だけど今から俺のするお願いは利もある反面、アルフレッドさんの想定の斜め上を行っていることも間違いない。
「できれば今からする説明を聞いてもらった上で、僕たちがお願いすることを受けていただければ、とても助かります」
まずは大前提となる説明をきちんとする。
すべて話すことは当然できないが、それをしなければ話が前に進まない。
最初に我々が『天空城』という岐――この世界にとって異界から来た存在であることを話す。
ここは少々誤魔化した。
百回も世界を好き放題して繰り返しているとか言っても、この世界の中の人には理解できないだろうしね。
ただ先日、アーガス島の上空でいろいろやらかしたのは自分たちだということはきちんと説明する。
次にヒイロはその首魁である『黒の王』がヒトの姿をとったものであること。
そして『天空城』は無条件にヒトの世界の味方という存在ではないが、できるだけ多くの価値観が近しいヒトたちとは仲良くやっていきたいと思っていることを説明する。
「ヒイロ君の価値観というのがどういうものか、聞いてもいいかい?」
ここで予想通り、アルフレッドさんからの質問が来た。
ここまで黙って聞いていてくれたのは、一連の出来事からアルフレッドさんが構築した仮説から大きく外れていなかったからだろう。
ヒイロは『黒の王』がヒトの姿をとったものだという発言にはさすがに驚いていた。
分身体などと言われても意味が解らないだろうが、さっき見せた『魔神モード』がかなりの説得力を持たせたのは間違いないだろう。
異界から来たのどうのも意外だったかもしれないが、先日の『九柱天蓋落とし』の下手人が俺たちだとはほぼ確信していたことは間違いない。
あの時『管制管理意識体』とセヴァスが不要な犠牲を出さないように動いてくれていて本当に助かった。
あれが無差別虐殺事件となっていれば、この質問にたどり着くことなく決裂している可能性が高かっただろうし。
「嘘を言っても仕方がないので、正直に言いますね」
とはいえここを誤魔化すつもりはない。
悪の権化になるつもりもないが、無償の正義の味方を気取りたいわけでもない。
『白姫』――『凍りの白鯨』に告げたとおり俺はけっこう俗物で、それを誤魔化して生きていくつもりは毛頭ない。
「お題目を並べても仕方ありませんし、難しいことを言うつもりもないんです。――この僕が冒険者として楽しく過ごせる世界であれば、全力で護りたいと思っています」
「もし、そうでなければ?」
俺の回答に、表情を変えることなくアルフレッドさんが問いを重ねる。
「叩き潰します」
俺もはっきりと答える。
アルフレッドさんは表情を変えないが、アンヌさんやお姉さま方はさすがに蒼褪める。
そりゃそうだろうとは思う。
だけど街のチンピラや冒険者という個人であろうが、冒険者パーティーであろうが、ギルドや商会であろうが、たとえそれが宗教や国家という巨大組織であったとしても。
『天空城』を擁する俺と敵対したものには必ずそうする。
すべての国家を統治して平和を与え法を布き、それに逆らうものすべてを殲滅して『天空城』が世界に君臨する気などはない。
あくまでも俺の価値観にそって愉しく生きられればそれでよく、それを邪魔する相手は叩いて潰すというだけだ。
とはいえ「俺に逆らったら、わかってるな?」と同義であることも否定できない。
「なるほど、よくわかった。基本的には私と変わらないので安心したよ」
「そうなんですか?」
だけどさっきと同じように、しばらくじっと俺の目を見ていたアルフレッドさんは本気で安心したようにそう口にした。
予想外の応えに、素で問い返してしまった。
「私だって自分の気分次第で自由にできるモノを、けっこうたくさん持っているからね。ヒイロ君はそれを「世界」にさえも適用できるだけの「力」を持っているということだろう? ――根っこの部分は理解できない考え方ではないさ」
俺のその問いに対して、そう言って苦笑いする。
力を信奉して生きる世界のヒトたちは、そういう考え方をするものなのか?
いや、アルフレッドさんが特殊な気がする。
間違いない。
その証拠に、アンヌさん以下女性陣はまちがいなく引いてるし。
ただ「力持つ者の責任」とか言い出されるよりは確かに少し気が楽になる。
やりたい放題絶頂の好き勝手と、己の望むような方向へ世界を引っ張ることをいっしょくたにしないようにだけは気をつけよう。
「まあホッとしているのは正直なところかな? 私たちを助けてくれたということは、ヒイロ君にとってこの世界はまだ捨てたものじゃないということなのだろう?」
そんなえらそうなものでもないんですけどね。
俺としては世界を巻き込む陰謀とかは全部叩き潰して、ただの冒険者としての生活を愉しめればそれでいいってだけなんです。
アルフレッドさんたちと、できれば仲良くしたいと思っているのは嘘じゃありませんが。
それに助けたと言っても、対価が何もないというわけでもない。
「それについては……謝らないといけないことがあるんです」
申し訳なさそうに言う俺に対して、さすがにアルフレッドさんもアンヌさん以下女性陣も深刻な表情を隠すことができない。
そりゃそうだ、自分の命がかかっていることだもんな。
助かったと思っていたら時間制限でやっぱり死にますとか言ったら多分、直接手を下したディケンスさんよりも俺のほうが呪われる。
もちろん『鳳凰』の「再生」にそんな罠はない。
逆はあるが。
鳳凰の再生は、それを受けた者に永続的な強化効果を付与する。
ただのヒトに比べて圧倒的な回復力を持つようになり、かすり傷程度であれば見ているうちに治癒するし、普通であれば致命傷となる傷であってもHPが0にならない限り死に至らなくなる。
寿命が延びるわけではないがほぼ不老と化し、寿命による死の寸前まで全盛期の能力を維持できるようにもなる。
要は身体面に関して、限りなくプレイヤー、もしくは魔物に近しくなるということだ。
そんなヒトが普通に迷宮攻略をしていればそりゃ目立つなという方が無理だ。
勝手に超人、悪く言えば化け物にしてしまった事は申し訳ないが、一度失った命を取り戻すための対価だと思っていただければ助かるなー、などと勝手なことを思いながら説明を終える。
「私たちもすでに、普通の存在ではないということか」
アルフレッドさんが自分の体を確認しながらも、さすがに驚愕を隠さない。
さりげなく「も」と言っているあたり、『天空城』というものを正しく認識してくれているのがわかるが、なんか複雑だな。
アンヌさんやお姉さま方も、さすがにこの話にはびっくりしているようだが、不老の部分にアルフレッドさん以上に反応していたことは見なかったことにする。
「つまり私たちは、やはり死ぬ必要があるんだね」
アルフレッドさんは理解がはやい。
別に問題ないかとも思う一方、自分以外に歴史の本来の流れに影響を与える存在は極力減らしたいとも思っている。
俺の知る世界との乖離と、俺の取った行動は出来るだけ直接つながっていてほしい。
ノイズとなり得る存在は極力避けたいとなれば、目立つということもあるがやはりアルフレッドさんたちパーティーには前周と同じく、今の時点で表舞台からは退場してもらった方が都合がいいのだ。
アンヌさんぎょっとしてますけど、本当にもう一度死んでくれというわけじゃありません。
やってほしいこともちゃんとあるし、個人的な繋がり程度であれば問題もないとも思っている。
要は公的に――歴史に「死」と認識されていればそれでいい。
「少なくとも対外的には……すいません」
そう言う俺に、助けてくれたことに変わりはないよと言ってくれるアルフレッドさん。
まあ確かに死んで終わりに比べれば、身体強化も表舞台から姿を消すことも些細な問題なのかもしれない。
「私たちの世界に対して、ヒイロ君の気に入らない干渉をしている存在――敵がいるってことだよね。それが『連鎖逸失』を引き起こしていたという理解でいいかな?」
「まだ敵が一つとは限りませんが、ほぼほぼその通りです」
当面の敵についてはそう深刻視していない。
今も例の「組織」とやらから辿って、背後にいる存在のいくつかに『管制管理意識体』は辿り着いている。
想定よりも迂闊ものは多いようだ。
泳がすのかその場で殲滅するかの判断はこの後俺がすることになるのだろうが、直接的な行動に出ることはできないだろうし泳がせてみるのもいいだろう。
数が多いようならいくつか残して殲滅すればいい。
どちらにせよ今までヒトの世の迷宮を縛っていた『連鎖逸失』は失われる。
アルフレッドさんの言葉を借りるなら、繋がる。
問題はその繋がった先。
「では表向きは死人となる私たちは、ヒイロ君のために何をすればいい?」
世界のためとは言わないあたりがアルフレッドさんらしい。
それにそんなことを言われたら俺も困ってしまうだろう。
俺がアルフレッドさんに頼むことは、確かに世界のためなんかじゃなく俺のためなのだから。
「強くなってもらいたいのです。この世界に生きるヒトたちの、誰よりも」
答えた俺のお願いに対して、アルフレッドさんが目を見開く。
現在セヴァス率いる近衛軍が未開大陸中央部に建造している不落の要塞都市。
そこを拠点として攻略可能なヒトの手が入っていない迷宮において、この世界に存在するあらゆるヒトよりも強い――高レベルにアルフレッドさんたちに到達してもらう。
それがヒイロのお願いである。





