第02話 冒険者に至る顛末①
我が居城にして難攻不落、世界最強の拠点、『天空城ユビエ・ウィスピール』
その豪奢な玉座に坐し、見据えるは眼下に居並ぶ我が軍勢、その総勢。
居城と名を同じくする我が組織『ユビエ・ウィスピール』に属する、一騎当千という言葉も生温い精鋭たちが、誰一人欠けることなく整然と我が眼前にて跪いている。
絢爛たる装飾を施され、広大な空間を誇る天空城の『謁見の間』は現在、1000を超えるわが軍勢に埋め尽くされている。
ヒトの姿をしたもの、竜や魔獣の姿をしたもの、そもそも定型を持たないモノ。
統一性のかけらもなく、得体の知れなさという点では他の追随を許さないそれらの存在に共通するものはただ一つ、眼前に坐する己が主に対する絶対の忠誠だ。
「我が主。百度目の「世界再起動」成功、祝着至極に存じます」
玉座に最も近い位置で平伏している我が組織次席、『相国』の地位にある『万魔の遣い手』エレア・クセノファネスが皆を代表して声を発する。
「……うむ」
やっぱカッケェな、エレアの声。――ではなく。
いやいや。
いやいやいやいやいや。
「うむ」じゃねーよ、俺。
いやそれ以外どう答えろってんだって話でもあるんだが。
確かに俺は百回目の「世界再起動」をしたよ?
こりもせずに課金して、いわゆる「強くてニューゲーム」をまたしても開始しましたよ?
だってしょうがないじゃないか。
再来月には年に二回の巨大イベントが始まるし、それまでに自軍勢の一層の強化と資源・アイテム集めをやるには「世界再起動」するのが一番効率がいいんだから。
いつどこで何が起きるか、その効果的な対処方法は何か、それに必要な戦力はどれほどか?
世界のどこに手の付けられていない遺跡や迷宮があり、その効率的な攻略方法は?
それ等をすべて知った上で再攻略する快感は、俺にとっては他に代えがたい。
最高効率のレベル上げ以上に脳内麻薬を分泌させる行為は他にそうは存在しない。
何よりもすでに世界のだれもかなわない軍勢を率いて、「T.O.T」の最先端時間まで世界を蹂躙しながら自分の好きなように再構築できるというのは、まるで神にでもなったようで気分がいい。
このゲームの魅力は多岐にわたり語りだしたら一晩ではとても足りないが、個人的には「世界再起動」による世界蹂躙と、それを支える作り込まれた膨大なキャラ・人種・ジョブを軸とした戦闘システムと、イベントの膨大さ、詳細さが三位一体となっての人気だと思っている。
運営に踊らされているのなんて百も承知、これだけ楽しませていただいているのであるからにはお布施に躊躇などない。「T.O.T」に金をつぎ込むこと以上に俺を愉しませるものなんて無いわけだしな。
わはは、笑わば笑え、もはやそんなことで落ち込むステージはとっくに過ぎているのだよ。
……いかん。
現実逃避をしている場合じゃない。
エレアが祝いの言葉を発して以降、これだけの数がいるにもかかわらず「謁見の間」からは咳ひとつ聞こえない。
主たる俺の言葉をみな待っているのだ。
いやゲームプレイ時はこんなイベントシーンなんてないし、即座に開始時代にするべきことを各キャラに指示したあとは、淡々と時代を進めるだけだったからどうしていいかわからない。
そもそも千人(人でいいのか?)もの前でなにかを語るなんてアナタ、中堅企業の社長じゃあるまいしそんな経験なんかないわ!
どうしたもんか。
いやまあ俺が今夢を見ているのでなければ、とんでもない事態に陥っているのは間違いない。
こんなことを考えているうちに目が覚めてくれるのが一番いいが、それはそれで惜しいかもしれない、というか惜しいな間違いなく。
改めて「謁見の間」に居並ぶ我が軍勢を見渡す。
玉座の一番近くで跪くユビエ・ウィスピール次席『万魔の遣い手』エレア・クセノファネス。
人間の身でありながらあらゆる魔法を使いこなし、その頭脳は有史上最高と言われる、我が組織の要と言える存在。
とても男とは思えぬ金髪碧眼の美貌の持ち主で、その声は凛々しく美しい。
純粋な戦闘力では一桁ナンバーズに一歩譲るが、俺にとっては揺るぎない組織の要である。
指揮値が高いんだよな、エレア。
こうして実在の存在として改めてみると、現実には存在しえない美しさだよな、と感嘆せずにはいられない。妙な表現だが。
その左右に一歩下がって跪いている二人。
左府 №003『鳳凰』、エヴァンジェリン・フェネクス。
右府 №004『真祖』、ベアトリクス・カミラ・ヘクセンドール。
戦闘力では我が組織の双璧と言って間違いない。
正面から戦えばエレアでは瞬殺とまでは行かぬまでも、百戦やっても一度も勝ちを拾うことは出来ないだろう。
いやそれにしてもめちゃくちゃ綺麗だな、二人とも。
金髪金眼のエヴァンジェリンはスタイルも抜群である。
真っ白なくせに病的でない肌というのは、担当イラストレーターさんの天才的な塗りによるものか。ポリゴン化されていても美しかったが、現実としてみるととんでもない艶めかしさだ。
長いはずなんだがなぜかショートに見える髪型はおっさんには理解不可能だが、この世界でなら頼めば仕組みを理解できるように髪をほどかせてくれるんだろうか?
――いやいや。
黒髪紅眼のベアトリクスは通常モードである幼女形態だな。
まあ大人モードになっても胸は控えめなままなんだが……だがそれがいい。
すこし黒味がかった肌のきめ細かさは担当イラストレーターさんの拘りを余すことなく再現していて申し分ない。誰が再現したのだかは知らないが。
艶やかな長い黒髪から覗く、小さめの山羊角には、頼めば触らせてくれるんだろか?
――いやいや。
そりゃグラの好みの双璧であるからこそ、我が組織の双璧となるまで徹底的に鍛え上げたんだから俺の好みのドストライクなのは当然と言えば当然なんだけども、夢なら醒める前に一度お話ししてみたいものだ。
エヴァンジェリンもベアトリクスも中の人は大好きな人だしな。
無口なエヴァンジェリンと、姦しいベアトリクスの掛け合いを現実として聴けるのであれば、出すものを出すことに躊躇はしない所存である。
夏のボーナスくらいで構いませんか?
今はデフォルトの服装を二人ともしているが、季節イベントなんかの衣装別カードは出るまでがお仕事ですモードで回したもんなあ。SSRだからなかなか出ないんだよこれが。
指示すればあれらの衣装にもなってくれるんだろうか?
どこをどう操作すればいいのか教えてチュートリアル!
さっきから運営へのメッセージ送るのどうすりゃいいんだっけ? とか考えている俺に無反応なチュートリアルさんやヘルプさんには期待できない。
おちついてからいろいろ試してみるしかないだろう。どうしろってんだという話だが。
とりあえずその二人からはまた一歩下がった位置に、横一列に五人並んでいるのが一桁ナンバーズである、うちの主戦力の皆さま。
№005 近衛軍統括。執事長、セヴァスチャン・C・ドルネーゼ。
№006 東春軍統括。全竜、カイン。
№007 南夏軍統括。堕天使長、ルシェル・ネブカドネツァル。
№008 西秋軍統括。白面金毛九尾狐、凜。
№009 北冬軍統括。世界蛇、シャネル。
全員、一体でも国家二つ三つを相手にできる兵たちだ。
「謁見の間」ではみなヒト型をしている。
もともとヒト型であるセヴァスとルシェルはおくとして、カイン、凜、シャネルのヒト型を引くまでにかかった額は、記憶から抹消したままにしておくべきだろう。
こうして現実? として眺めることができるのであれば、充分以上に報われている。
みんな声をかければしゃべるんだろうな、ちゃんと。
その背後に整然と並ぶ多くの者たちもみな、必死で集めて鍛えたキャラたちだ。
トップには据えていないがお気に入りのキャラたちはいくらでもいるし、元は一桁ナンバーズだった者たちも多くいる。
お、謁見の間では『千の獣を従える黒』、九尾黒猫姿なんだな。
最近あんまりかまってなかったけど、かなりのお気に入りのキャラではある。
親分の凜ちゃんはヒト型持ってるけど、『千の獣を従える黒』は厳つい真の姿はあってもヒト型はないからなあ……あったら出るまで回すんだが。
まあ獣系の安易なヒト型化をよしとしない方々の意見にも頷けるところは大いにある。
なかなかに難しい問題だ。
ぼーっと皆を見回している間にも、誰も声を発したりはしない。
結構な時間がたったと思うんだが、それほどまでに俺――『黒の王』は皆にとって絶対者だということか。
そう思っていると、「謁見の間」の高い天井までの空間、皆の頭の上に無数の映像枠が表示される。
それらは今の時代の世界各地の状況を情報として表示しており、この後我々がどういう行動に出るかを決定するために必要なものだ。
ああ、ぼーっとしている俺を心配して、我が組織筆頭が反応してくれたのか。
コイツとは「プレイヤー」としてのやり取りも多かったからあんまり違和感ないな、声も姿もないからかもしれないけど。
(´・ω・`)Are you all right?
ああ、うん、ええっと、あんまり大丈夫じゃないかな?
我が組織筆頭、天空城管制管理意識体『ユビエ』
お前もいてくれるんなら、いろんな相談事は何とかなりそうか。
とりあえずどういう態度が『黒の王』として求められているのかはわからんが、プレイヤーたる俺がイメージしていたままに振る舞えばそう外れることはないだろう。
俺がプレイしていたゲームが現実化? しているようなもんだしな。
夢であればまあ、いい夢を見たでいい。夢の中でここまで夢を意識したことなど、人生一度もないけどな。
「我が忠実なる者どもよ! 我らは今、未知の状況に置かれている」
うん、嘘じゃない。
間違いなく未知の状況におかれている。
……少なくとも俺は。
意を決して発した俺の一言に、声なきまま「謁見の間」に緊張が走る。
跪き頭を垂れていた全員が、それを解きその緊張した視線を俺に集中してくる。
普通なら緊張で卒倒しそうなものだが、我ながら意外なことに全く意に介さない、というか「慣れている」という感覚が一番しっくりくるか。
『黒の王』としての記憶などまったくないが、今俺が宿る体と精神は、大組織の長としてこの手の空気は手慣れたものらしい。内心ビクビクしていても、それを表に出さずに済むのであれば重畳なことだ。
いやそんなことより自分のイケメンボイスにびっくりしたわ!
プレイヤーキャラに声は当てられてなかったから油断していたが、そりゃ話すんだから声はあるよな、現実化したんなら。念話ってわけにもいくまいし。
その声は間違いなく、俺が男性中の人で一番好きな、威厳に満ちながらも柔らかさを含んだ渋い声だった。
あー、そういえば俺の自キャラはこんな声が似合う姿だったよなあと今更ながらに思い出す。
鏡なんかないから自覚が遅れたよ。