第33話 敗者の末路
「情状酌量の余地はなかった?」
ヒイロが念のためとばかり『管制管理意識体』に確認する。
自分の僕たちは、明確に指示しない限り敵対する者に容赦などしない。
『さあ? すべて対応した者たちに任せております。――ヒイロ様の御命令通り、抵抗しなければ命だけはとらないと最初に警告することは徹底させましたが』
『管制管理意識体』の応えは極そっけない。
そもそも一度敵と定めた相手に情状酌量などあろうはずもない。
「敵」とは完膚なきまでに叩いて潰す相手であって、気を遣う相手ではない。
力を行使して己が望みを成す者に対して、己の力を行使することを僕たちは厭わない。
彼らにしてみれば世界は敵か味方かという、シンプルなものなのだ。
敵は殺すモノ。
力及ばず己が消滅することも当然として受け入れる一方、誰に慮ることもなく己の好きなように己が力をふるう。
例外は唯一、主たる『黒の王』の命令のみ。
最近はそこにヒイロが加わったが、本質的には同じだ。
「で、生存者は?」
『いませんね』
にべもない『管制管理意識体』の答えに、天を仰ぐヒイロ。
確かに『天空城』として今回の動きを取ると決めた以上、僕たちが犠牲無くことを収める可能性がゼロであることは予測できてはいた。
必ず死者は出る。
そしてそれは、誰が直接手を下していようが、すべてヒイロの判断によるものだ。
僕たちは武器であり、それを振るったのは持ち主である自分。
そのことだけはうっかり忘れないようにしようと思うヒイロである。
なにやら深刻そうな表情を浮かべる主に対して、怪訝な表情を隠せないエヴァンジェリン、ベアトリクス、シュドナイである。
『管制管理意識体』さえもが似たような表情を表示枠の中で浮かべている。
何をいまさらという考えさえ浮かばない。
善も悪も、聖も邪も、ヒトと魔物の区別すらなく、幾たびも完膚なきまでに世界を蹂躙した『黒の王』が、今更殺す覚悟の葛藤を得ているなど思いもよらないのだ。
「まあ、しょうがないか」
最適解として壊滅させるという手段を選択した以上、犠牲はやむを得ない。
そもそも冒険者たちを人知れず殺し、『連鎖逸失』を生み出していた連中なのだ。
自業自得。因果応報。
己が剛力を頼んだものは、それ以上の力に滅ぼされるのをよしとしなければならない。
それは自分たちとて同じなのだと、ヒイロは割り切ることにした。
だが当然それですまない者もいる。
言葉を無くして阿呆のような顔でヒイロを見上げることしかできないディケンス。
今の会話が耳に入っていたのでは、そうなってしまうのも仕方がないことだろう。
――あ? 本部が壊滅? 生存者無し? そんなバカな! そんなバカな!!? 『炎術遣い』のディルツの野郎も、小生意気にガキのまま年齢が止まってた『召喚士』ブリジット嬢ちゃんも、竜でも引き裂く『狂戦士』のデミトリの旦那も、みな死んだって? あり得ねえ!!!
同じ成長限界まで至った同士でも、世界が違うと感じさせる戦闘力をもった組織の幹部ともいえる三人もすでに死んでいるという。
だがそんな嘘を言う必要がヒイロに在るとも思えない。
そもそも情報を引き出したいとも思っておらず、なぜそうなのかを説明した通りになっているというだけなのだ。
――つまり、今の会話は全部真実。
そう理解した瞬間、ディケンスは恐怖も絶望も一瞬忘れて、ただただ吐き気に襲われた。
けして仲良し集団だったわけではない。
事実、自分が助かるために組織の情報を売り渡すことに何の躊躇も持たなかったくらいだ。
あくまでお互いに利用し、利用される関係を「同志」などといううすら寒い呼び方で塗り固めていただけの、度し難い悪者の集団。
だが確かに長い時間を共に居り、歪んではいても同じ目的を共有してもいたのだ。
――それが今はもう、誰もいない。
堪え切れずに吐く。
「うわきちゃね」
あんまりなひと言である。
だが本音でもあろう。
「ところで、ディケンスさん? どうしてその組織とやらに加担したの?」
ついでの事のように、何なら話し終わったら「そっか」と赦してくれそうに尋ねるヒイロに対して、ディケンスは知る限りのことを垂れ流す。
少なくとも話している間は死ななくて、殺されなくて済む。
それだけがカチカチと歯がなってまともに話せなくなりそうなディケンスの口を、なんとか動かせ続ける原動力となった。
組織とは何か、魔人とは何か、自分がすでに百を超える年齢であること、どうして組織に属することになったのか、力無き者に対する力持つ者の横暴に歪み、今に至った自分の呪いも。
それをさほど興味もなさそうに、その割には辛抱強く聞き終えたヒイロが再び質問を投げかける。
「ということは、アルフレッドさんたちに直接因縁があったわけじゃないんだね?」
「お貴族サマや魔法使いサマはみな同じだ! 能力に恵まれなかったものを見下して、特権階級に胡坐をかいていやがる!」
ここだけは譲れないとばかり、恐怖に支配されていてもディケンスは叫ぶ。
それだけは心の底から間違っていないと思うからだ。
組織の一員として生きてきた時間、それを土台にしてきたのだ。
だがそんなことは、ヒイロには一切響かない。
だから自分のしたことは赦されるとか喚かれても、乾いた笑いしか出ない。
悪意を向けられた相手に倍返し()するのは当然だとヒイロは思っている。
だがその相手本人ではない、同じだと自分が思っているだけの他人に自分が受けた悪意を叩き付けるのは違う。絶対に違う。
それはヒイロの在り方と決定的にズレている。
「いやそういうことじゃなくて……まあいいや」
今度こそ興味を失ってヒイロが呟く。
アルフレッドのパーティーとディケンスの間に、他者が介入すべきではない因縁があったというのであれば、その殺し合いに自分が関わるのはどうかなと思っただけのことだ。
そうではないというのであれば、ディケンスはただの敵。
そして日が浅いとはいえヒイロの知り合いを一度は殺し、力で上回っていれば躊躇なくヒイロたちをも殺したことも間違いないだろう。
生かしておく理由などどこにもない。
ここは迷宮なのだ。
迷宮で接敵すれば、どちらかが死ぬのは当然の事。
それがヒトと魔物であっても、ヒトとヒトであっても変わるまい。
敵として接した以上、結果はどちらかの死。
それが嫌なら迷宮になど潜らず、ヒトの社会で秩序に従って生きればいい。
それでも理不尽な死が突然訪れるのが、現実というものではあるのだが。
力の理が支配する世界に身を置いたからには、それから逃れる事は叶わない。
ましてやヒイロたちは、あらゆる理から逸脱した存在たちの組織ともいえるのだ。
そんなモノと迷宮で敵対した以上、死は順当としか言えないだろう。
「――殺す、のか?」
「そうだね」
『千の獣を統べる黒』に対して、この人の相手は僕がするとヒイロは告げた。
その言葉の通り、最後まで相手するべきだろうとヒイロは思う。
この敵が、ヒイロがこの世界で直接手に掛ける最初の一人。
それがこれからどれだけ増えることになるのか、今のヒイロにはわからない。
もちろん無意味に増やしたいとは思ってはいない。
だが意味があれば、必要があれば自分が躊躇うことはないなー、と今ヒイロは思っている。
「呪怨顕現」
呟くようなヒイロの詠唱。
『合一』によって使用可能になった『黒の王』の持つ呪文や技・能力を発動させるには、詠唱まではいかなくともその固有名を口にする必要がある。
その瞬間、ディケンスに向けて這い寄る漆黒の汚濁が発生する。
「い、いやだ! 死にたくない!! 助けてくれ、なんでもする、何でもします! 頼む! なあ、おい」
ずるずると迫る汚濁から逃れる手段を持たぬディケンスが、すでに興味を無くしたヒイロに懇願する。
「それは今まで貴方が殺してきた者たちの怨念に、僕の魔力で形を与えたモノです。――それが生前、貴方に言ったことを貴方が聞いてあげていれば、それは生まれなかったハズですよ」
慈悲なき答えを、ヒイロが返す。
敵をどう扱うかを定めたからには、そこに躊躇などない。
本人に自覚はないが、本来の中のヒトとしては実際的にすぎる判断。
だが『黒の王』としては至極妥当なものだ。
この世界で生きていくのであれば、それは悪いことではない。
『呪怨顕現』はゲームにおいては、味方が倒された数に応じてそれをした敵に大ダメージを与えるという、よくある暗黒系呪文の一つである。
それが現実化するとここまでおぞましい呪文になるとは、内心ヒイロはちょっと引いてはいる。
その後の様子はあんまり見たいものではないから踵を返し、アルフレッドたちの方へ向かうヒイロ。
こうなったからにはアルフレッドたちにも協力をお願いするしかない。
それもまた、『天空城』首魁としてのお仕事である。
まあ悪い話ではないし、十中八九大丈夫だとヒイロは踏んでいる。
もしもお願いが聞き届けてもらえない場合については、その時に考えればいい。
完全に汚濁に取りつかれたディケンスがあげる悲鳴は、そう長い時間続かなかった。
痛みではなく純粋な恐怖と狂気からひしりあげられる叫声は、とてもヒトのものとは思えないシロモノではあったが。
エヴァンジェリンによって痛覚を消されていたことが、ディケンスにとって幸福であったのか、不幸であったのか――
それは汚濁に熔かしつくされ、共にこの世界から完全に消滅したディケンスにしかわからないことだろう。





